交差点の花束

大学病院前の交差点には、必ず花が添えられている。

地下鉄でラボに来るときは、北四番丁という駅から15分ほど歩くことになる。
国道48号線という幹線道路の歩道を、まっすぐ西に向かう。
この7年の間にも少しずつ風景が変わり、新しいビルが多くなった。
圧巻は「東北地方初(このあたりのキャッチコピーが笑える)免震構造高層マンション」で、30階建てのひときわ高い建物は本当に遠くからもよく見える。

地下鉄ができる前は市電が通っていたらしいのだが、私はその様子を知らない。
ヨーロッパの都市では、最近になってまた市電がエコロジカルであるという理由で残されているところがある。
ドイツとの国境近くのストラスブールでは、まるでディズニーランドにあるような可愛らしい車体の路面電車が走っていて、古い街の風景にポップなアクセントになっていた。
チューリヒの市電は車体が色とりどりの広告で面白かった。

d0028322_1617939.gif医学部のあるキャンパスの辺りは星陵町と呼ばれている。
ちゃんといわれを聞いたことはないが、「星陵」というネーミングはおそらく戦後のもので、東北大医学部のロゴマークが「北斗七星」であることに関係しているのだろう。
ちなみに、東北大全体のロゴマークはこれまで無かったのだが、法人化後つい最近、相当なお金を払って外国のデザイナーに作ってもらった。
こちらは宮城県の県花である「萩」をデザインしたもの(「藤」ではありません。念のため。葉の形が違いますね)。
ついでに言うと、東北大医学部の同窓会の名前が「艮陵(ごんりょう)同窓会」といって、「東京から見て艮(うしとら)の方角にある医学部」ということらしい。
「東京から見て」という発想が、ちょっと控えめというか内向きというか、これからはもっと「世界を見て」いかなければならないと思うが。


仙台駅からタクシーに乗って「東北大の<医学部>にお願いします」と伝えると、「歯学部」と聞き間違えられたり、もっと悪いと「理学部」と間違えられて、青葉山の遠いキャンパスに連れて行かれる羽目になる。
そのため私はいつも「大学病院の方に行って下さい」と言って、近づいてから「病院の中ではなくて、医学部の中に入って下さい」と指示するようにしている。
聞き取りにくいのなら確かめてくれればよいのに、「ハイ、歯学部ね」といって自分が正しいと思い込むのはちょっと非都会的反応。
でもとにかく「大学病院」といえば仙台市内で全く間違いがないのは、幸か不幸か、医学部が1つしかないことにもよる。

さて、医学部キャンパスが見えてきて、よく渋滞しているT字路に差し掛かると、横断歩道の脇にバケツが置いてあり、その中には、雪の日もかんかん照りの日も、必ず2、3束の花束が供えられている。
何年前になるだろう、でも私が赴任してから後のことなのだから5年前くらいのことだったか、ちょうどこの交差点で事故があった。
自転車に乗っていた女子高生がバスに引っかけられたのだ。
どれだけの自己責任があったのかなど、詳しいことはあまり知らない。
ただ、大学病院の真ん前ではねられた女の子は、搬送先を探す間に救急車の中で亡くなったのだと聞いた。

多くの、あるいはほとんどの「大学病院」は「特定機能病院」に指定されており、一般の患者を受け入れるよりも、紹介による難病等の高度な治療を行う役目を担っている。
恐らく、女の子がはねられて、誰かが救急車を呼び、その救急隊の人はマニュアル通りに最寄りの受け入れ病院を探したのだと思う。
「どうしてすぐに大学病院に運んでもらえなかったのか。そうすれば助かったかもしれないのに・・・」と、同じ女子校の生徒たちは嘆き悲しんだらしい。
もっともな話だ。

何故誰も「とにかく大学病院に連れて行こう」というアクションを起こさなかったのか?
特定機能病院に指定されていても、担ぎ込まれた患者を追い返すということは、普通絶対にありえない。
大学病院として、このような事件が二度と起きないためには、どうような対策を講じればよいか、マニュアル通りではない対応をどのように判断したらよいのか。
同様のことはさまざまな医療の場面に当てはまるだろう。

大学病院の庭には、昨年、この事故を悼んでモニュメントが置かれた。
新しく入学してきた学生や研修医に、交差点の脇の花束の意味を伝えていってほしいと願う。

追伸:
このブログを投稿してから、元東北大学医学部学生の方からこの事故の事情に関してメールを頂いた。
それによると、事故の患者さんは、骨盤の骨折を起こしており、腹腔内多量出血のため亡くなったのだが、当時大学病院には十分な救急設備や体制が整っていなかったために、搬送したくても搬送できなかったのだという。
その方のコメントを読んでもなお、救急隊の搬送先が設備の整った遠い病院であるべきであったか、私には疑問が残る。
救急車の中では蘇生をする他にどれだけのことができただろうか?
どこに運ばれても無理だったかもしれず、どうやってもご家族には無念の思いが残っただろう。
今更この話を蒸し返すことにどれだけの意味があるのかという意見もあるだろう。
ただ私としては、今でも交差点に花を手向ける人がいることは忘れてはならないことなのだと考える。
by osumi1128 | 2005-06-20 09:37 | Comments(0)
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