下條信輔先生@ASCONE特別招待講義
2010年 11月 02日
脳を数理で解き明かそう ~実験的アプローチとの融合~
脳の世界の謎は、人類の英知に最後に残された大きな砦です。 この数十年で、脳の中を観測する技術は飛躍的に進歩してきました。 しかし、実験的観測だけではどうにもならない謎が脳にはあります。 この謎を解く鍵となるのは、 物理学や情報学の世界で力を発揮してきた数理的アプローチです。 数理的アプローチによる脳の理解の一端を経験しながら、 脳科学への扉を開いてみましょう。
今年のテーマは『意識の実体に迫る』ということで、10月30日(土)から2日(火)まで4日間のプログラム。
本日は特別招待講義として下條信輔先生が話されたので聴きに行った。
「クオリア?~心の主観と行動/神経の客観」
「脳と心の神秘」を「脳と心の関係の神秘」という意味にとってよいなら、クオリア(感覚質)の問題こそ、その最たるものだろう。クオリア問題とは、たとえば「私の体験するこの赤い色の感覚質は、なぜ斯くのごとくなのか」という問題を指す。
クオリア問題は、本当にハードプロブレム(=科学の進歩で解け得ない問題)なのだろうか。ここでは心理物理学、神経科学における最近の瞠目すべき知見や現象―とりわけ知覚アウェアネスに関する行動、電気生理、神経病理の知見―を足がかりに、(1)クオリア問題が少なくとも部分的には擬制問題であること、(2)一枚岩のハードプロブレムに見えたものも、いくつかのイージープロブレムに分解し得るケースがあること、さらに(3)クオリアが解決不能な難問に見えた仕組みそのものも、生物学的/神経科学的/言語学的制約条件から了解可能であることを示したい。
下條先生は高校の先輩で、先日、長谷川眞理子先生がいらした際にも「ずっと私の1学年下だったのよね」と仰るように、東大の心理学で修士号を取られた後に、マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得されている。
留学後に東大教養で教えられた後、カリフォルニア工科大学のAssociate Professorから1998年以降Full Professorになられた。
昨年までERATOのプロジェクトも展開されて、認知心理学では意識や意志決定といったコアな研究課題に取り組まれている。
時間の関係で、今日は前半のイントロお話までしか聴けなかったのが残念だが、認知が後付けや間を埋めるように生じるというデータは興味深かった。
「〈クオリア〉は〈ハードプロブレム〉ではなく、科学で(部分的には)解き明かすことも可能」という肝心の部分については、また機会を探すことにしよう。
ASCONEオータムスクールには30人くらいの若い方々が受講生となっており、ポスター発表等もあった模様。
中心となる講師も若手であり、4日目で受講生の皆さん馴れていたこともあろうが、下條先生のトークの間にも質問が次々と上がり、おぉ、元気な若者達だ!と頼もしく思った。
勢いのある学問領域には意識の高い、モチベーションを持った人材が集まるものだ。
学問も生態系と同じ、それなりの栄枯盛衰がある。
環境適応するには、集団内の多様性を増すことが大事。
【関連リンク】
下條先生の著書:
『まなざしの誕生 赤ちゃん学革命』新曜社、1989
『視覚の冒険: イリュージョンから認知科学へ』産業図書、1995
『サブリミナル・マインド: 潜在的人間観のゆくえ』中公新書、1996
『「意識」とは何だろうか 脳の来歴、知覚の錯誤』講談社現代新書、1999
『サブリミナル・インパクト 情動と潜在認知の現代』ちくま新書、2008