任期付ポジションについて考える

私の所属する東北大学大学院医学系研究科では、教員すべてが任期付ポジションだ。
これは平成14年に開始され、私も平成23年の時点(任期終了の1年前)に審査を受けた。
教授の任期は10年で再任可、准教授と講師は任期7年で1回のみ再任でその任期は5年、助教は任期6年で1回のみ再任でその任期は4年となっている。
幸い、私は次の10年も東北大で教育と研究をする権利を得ることができた。

このような制度が採用された10年少し前は、「人材を<流動>させるために任期付にする」というのが「流行」だった。
日本では(多くの会社も含め)終身雇用が一般的であり、大学でも一度、助手(今なら助教)で採用された場合には、順調に成果があがっていれば講師、助教授(今なら准教授)、教授と昇進して、定年退官まで勤めあげる、というのが伝統的には理想形とみなされていた。
もちろん、A大学の助手からB大学の講師になり、C大学の助教授を経てD大学の教授になった方もそれなりの数はあるのだろうが、いちばん問題だったのは、業績のない教員でも、そのまま定年まで在籍することが多々あることだった。
いわゆる「万年助手」というキャリアパスだ。
任期制導入の裏には、我が国のアカデミア全体での人材循環もさることながら、こういう万年助手の方に任期を理由に辞職して頂くことができれば、という目論見があった。




私が大学院博士課程を終了した頃は、日本の中に博士研究員、いわゆるポスドクのポストはとても少なかったから、もし助手に採用されていなかったら、私はたぶん「無給非常勤講師」として研究室に在籍し、研究を続けたと思う。
幸い、私より先に話があった先輩が助手の席を蹴ったので(お父様の歯科クリニックに就職するため)、私のところにお鉢が回ってきた。
(たぶん、よく知らない人物を公募するよりも、大学院4年間見てきた学生の方が安心だったのだろう。)
それから10年の間に、プロジェクト研究と呼ばれる競争的な研究費が多くなり、その研究費ではプロジェクトを推進するためのポスドクを採用することができた。
つまり、研究費の代表者にとっては、(個々の能力はいろいろだが)博士号を持った人材を雇用して自らの研究を推進することが可能であり、博士号取得者にとっては助手と同程度の給料が得られるポジションが増えたのである。
(ポスドクの待遇については後述する。)
これは、研究費を出す側にとっても、雇用者にとっても、被雇用者にとっても、誰にとってもWin-Winになると思われ、「ポスドク1万人計画」が1996年から科学技術基本計画に盛り込まれた。
また、「ポスドク1万人計画」は1990年代に打ち出された「大学院重点化政策」により大学院生の定員を増やしたことの必然の帰結でもあった。
そうでなければ「オーバードクター」がもっと多数になっていたことだろう。

「ポスドク1万人計画」が策定された時点において、「そのポスドクの人たちは次のキャリアパスはどうなるのか」についてどのような議論が為されたのかについては、伝聞になるが、「米国のように、専門性の高い博士人材がアカデミア以外でも活躍されるべきである」と考えられていたようだ。
ポスドク1万人計画は2000年までにあっさり達成され、今や1万8千人のポスドクが日本に存在する。
しかしながら、アカデミアのポストは2004年のいわゆる骨太政策によって「総人件費の削減」の煽りを受けて、とくに助手(現在の助教)のポストが激減した。
さらに最近では、定年延長により新規にオープンになるポストも減る傾向にある(ただし、団塊の世代が65歳に達した後には大量退職が予測される)。
したがって、ポスドクの次のポストはアカデミアに十分用意されているとは言えず、また、企業や行政も博士号取得者を受け入れる体制は不十分であり、3年〜5年の任期のポスドクを繰り返すケースが増えてきた。

先日(4月19日)行われた科学技術担当大臣等政務三役と総合科学技術会議有識者議員との会合では、現国会提出の労働契約法改正案についての議論が為され、科学技術人材育成の観点から、ポスドク等の有期雇用者の問題が論点となった。
すなわち、有期雇用が5年を続けて反復更新された場合に無期雇用への転換が雇用者に義務付けられた場合に、国立大学等の現状ではそのような無期雇用ポストが用意できないために、いわゆる「雇い止め」になる可能性が高い。
詳しくは、同会合の資料として、日本学術会議の若手アカデミー委員会等からの意見や、近畿大学医学部講師の榎木英介さんがソーシャルネットワーク上で流れた意見をとりまとめたものを参照されたい。
また、東京大学副学長の五神真先生は大学運営や研究人材育成を行う立場から、現状では質の高い研究人材の育成・確保が難しいと指摘されている。

雇用が不安定だと人々は不安になる。
不安度にセロトニンという神経伝達物質のトランスポーター遺伝子の多型が関係することが指摘されており、日本人には不安を感じやすいタイプの遺伝的多型を有する人が多い。
つまり、日本人は不安になりやすい国民性があり、だからこそ「一生、同じ会社で雇ってもらえる」安心感に基づいて個人の能力が発揮されて来たのだろう。
ところが、競争を勝ち抜くために欧米流の「人材流動」を一部のみ取り入れたために、種々の齟齬が生じてしまった。
だが、そもそもポスドクというポジションは長期にわたって在籍するべきポストではないと私は思う。

ところで、実は、日本では人口1万人当たりの研究者数は、2010年の時点で65.6人と、主要な国々の中でもっとも多い(平成23年度版科学技術要覧)。
例えば米国で46.8人、英国で39.4人、EU27カ国平均で30.6人といった具合である(労働人口1万人あたりの傾向も同様)。
英国での大学院生数は(2007年時点で)人口1万人あたりで25人、日本は(2010年時点で)27人とほとんど変わらないので、英国では「研究者以外の仕事」に就く博士号取得者が日本よりかなり多いことになる。
博士号を有する高い専門性を備えた人材を社会がどのように活用すべきなのか、根本的に問い直すべきであろう。
ポスドク問題の本質は、むしろここにあると考えられる。
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【参考リンク】
文部科学省科学技術要覧平成23年度版(PDF)
科学技術政策担当大臣等政務三役と総合科学技術会議有識者議員との会合(4/19)資料
by osumi1128 | 2012-04-26 23:57 | 科学技術政策 | Comments(0)

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