史上最大の論文捏造:量か質か?

前言撤回、やっぱり、梅雨です……(苦笑)。
でも、ジメジメ、ジトジトしているというよりは、仙台は梅雨冷えですね。

昨日、医学系の論文捏造のニュースが載った。
元准教授の論文捏造172本…例のない規模(YOMIURI ONLINE、6/30)
すでに、調査が始まる段階でも報道があったが、今回は、捏造論文の著者である東邦大学医学部の元准教授が会員である日本麻酔科学会が、29日に調査結果を公表したことが報道のきっかけとなっている。
それによれば、史上最多、172本の論文が捏造とされる。
調査対象となった国内外の専門誌に発表した論文212本のうち、「シロ」判定だったのは、共著者として関わった3本だけ、ということなので、ほとんど筋金入りである。





決着のついているケースでいうと、「数よりも質」で格段に上を行っているのは、高温超伝導研究の分野においてなされたヤン・ヘンドリック・シェーンによるものだろう。
当時まだ20代後半だったシェーンは5年で60本以上の論文を出し、そのうちのかなりのものがNatureやScienceに掲載された。
所属先であったベル研究所が外部有識者をヘッドに組織した調査委員会の調査結果に基づき、Science誌は8本、Nature誌は7本、Physical Review誌は6本の論文を取り下げた。
高温超伝導はエネルギー問題の点からも「あったらいいな」の先端的技術開発につながるため、「これが本当だったら、絶対ノーベル賞!」という周囲の声も大きかっただけに、当時業界に走った衝撃はかなりのものだったという。
そのあたりのことは『論文捏造』(村松秀著、中公新書ラクレ)に読み物としてよくまとまっている。

東邦大学医学部准教授のケースは、上記とはだいぶスタンスが違うことは確かだが、1つの論文を作るのにさえ膨大な時間とお金と、いやそれよりも知恵と頭のエネルギーを費やしている身としては、「なんだかな……」というやりきれなさを感じる。
どちらのケースも「上司は何をしている?」「雑誌の査読システムはワークしなかったのか?」という批判はあるが、筆頭著者の意識や品格がもっとも問われるべきだと私は思う。
論文は科学者にとって、手塩にかけた大事な「作品」なのだから。

生命科学分野の研究は、複雑なものを研究対象としているだけに、「曖昧さ」が残りやすい。
超純水装置の開発以前では、ある研究室での培養結果と、別の研究室での結果が異なっても「水が違うからかもね……」的な受け止め方があったくらいだ。
だが、基礎研究でも、その先に薬の開発等の社会的な応用がある場合には、フェイクの結果を元にしたらとんでもないことになるだろう。
膨大なコストをかけても製品化できないかもしれない。

……ついでに意うと、少なくとも国立大学法人という公的機関で教員になりたいという人間は、お金の使い方にも品格が必要だろう。
現行の科研費使用ルールでは、例えば「シンポジウムに招聘した外国人の接待」という使途はものすごく制限されている。
「間接経費が付いているのだから、使うならそれを使ってね」というルールにはなっているが、うちの大学では本部と部局に4分の3吸い上げられてしまうし、大学内の飲み食い関係の規定もきっちり厳しく決まっている。
例えば、「外国人の偉い先生をおもてなしする」という理由があって、参加メンバー(教員以上)の名簿も提出して、一人あたり単価8000円までなど。
(なので美味しいワインなどは含まれません。その分は自腹です。学生さんと一緒では駄目、というのは不合理極まりないと思うけど、とにかくそういうのは大学を介しての経理対象外です。)
やはりごく最近の報道を知って「なんだかな……」という気持ちになった。
by osumi1128 | 2012-07-02 07:48 | サイエンス | Comments(0)
<< 第7回ロレアルーユネスコ 女性... 祝:大隅良典先生京都賞授賞 >>