3Dヴィジュアルの世界へのいざない(&『3Dで探る生命の形と機能』ご紹介

d0028322_928199.jpg書評というより本についてのあれこれです。

私が大学院生だったとき、「in situハイブリダイゼーション法」といって、組織内におけるmRNAの局在を切片上で可視化する技術が開発されました。
この技術がなぜ生命科学研究の進展に重要であったかというと、遺伝子の「働き方」についての重要な情報を与えてくれるからです。

すべての細胞には基本的に、父方由来、母方由来のゲノムが2セット備わっているのですが、すべての遺伝子群が「スイッチ・オン」になっている訳ではありません。
細胞の種類や分化段階などによって、どの遺伝子が働くのかが異なっているのです。
「遺伝子が働く」というのは、ゲノムDNAを鋳型として中間段階のmRNAが合成され(「転写」という段階)、そのmRNAを鋳型としてさらにタンパク質がつくられることを意味します。
したがって、ある細胞でAという遺伝子が働いているという証拠を示すには、遺伝子AのmRNAかタンパク質がその細胞の中に存在しているかどうかを調べれば良いということになります。

比較的均一な細胞群でできあがっている臓器であれば、その臓器を擦り潰してRNAを抽出し、そのRNAの中に目的の遺伝子AのmRNAがあるかどうか、もしくは、同じことをタンパク質レベルで探索することができます。
(いわゆる、ノザン・ブロットやウェスタン・ブロットですね)
ところが、臓器や組織は必ずしも同じ細胞種だけで構成されている訳ではないので、どの細胞なのかまで正確に知りたい場合には、「組織・細胞を(壊さないで)そこにあるがままに(in situ)」解析できたら良いということになります。

タンパク質の局在の場合には、目的とするタンパク質を抗原として動物を免疫し、その動物から抗体を得て「免疫染色法」「組織抗体法」などと呼ばれる方法で染色するという方法がすでに確立されていました。
mRNAの検出に関して、当時新たに開発された方法が「in situハイブリダイゼーション法」でした。

最初の方法は、組織を固定してパラフィン切片を作製し、目的の遺伝子Aに対する相補的な核酸を「プローブ(釣り針)」として用意しておき、その切片上で放射性同位元素により標識したプローブを組織の上でインキュベーションすると、もし目的の遺伝子AのmRNAが存在していれば、相補的に結合することができ、さらに乳剤をかけて銀粒子の感光を行うことにより、mRNAの存在をキラキラとした粒として検出するというやり方でした。

当時、私が調べたかったのは、マウスの顔面発生期にビタミンAの誘導体であるレチノイン酸に対する3種の受容体がどのように発現するか(=mRNAの局在がどうなっているか)でした。
日本でin situハイブリダイゼーション法の技術をいち早く確立されていたのが、当時、岡山大学におられた野地澄晴先生で、日本細胞生物学会でその技術を紹介したご発表があったときに、そのときはまだ大学院生だったのですが、真っ先に共同研究を申し込みました。
そして、自分で切った連続切片を貼り付けたプレパラートを東京から岡山に送って(宅急便バンザイ!)、野地先生のところでin situハイブリダイゼーションをして頂いて、出来上がった標本をまた送り返して頂いて自分で観察する、ということを行っていました。

見ていたのが、マウスの小さな胎仔の連続切片だったのですが、自分の頭の中で3D構築を行って、きっと全体としてはこんな風になっているに違いない、と思って模式図を描いたりしました。
私にとって、初めて英語で世に出した論文の仕事でした。

そうこうしている間に、放射性同位元素ではなく、digoxigeninという化学物質でプローブの標識を行うことが可能となり、乳剤感光という数週間かかったステップが、数日で済むようになりました。
そして、この非放射性同位元素標識プローブを、切片を切らずに「マウス胎仔まるごと」に応用することが可能となったのです!
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初めて自分で行ったwhole mount in situ hybridization (WISH)により、ラット胎仔から取り出した中枢神経系の原基におけるPax6という遺伝子のmRNA局在を見たときの感動は忘れられません。
それまでは、連続切片の二次元のデータを自分の頭の中で三次元化していたものが、そのまま、あるがままに立体的に見ることができる、その情報量の増加は格段に大きいものでした。
また、放射性同位元素を用いたin situハイブリダイゼーション法が基本的に白黒の世界であったのに対して、WISH法では青紫色にmRNAの局在が見えるというのも好みに合っていました。

もちろん世界中で、とくに発生生物学という学問分野において、このWISH法は大流行し、一見ただ透明な胎仔の中には、種々の遺伝子発現レベルという観点から、さまざまなテリトリーがあることがわかりました。
つまり、遺伝子発現の「塗り絵」ができたのです。
そして、神経発生の分野で言えば、初期の脳の枠組みが構築される分子メカニズムの理解が1990年代半ばに飛躍的に進んだのでした。

……NPO法人綜合画像研究支援という組織が編集した『3Dで探る生命の形と機能』を手にとったとき、真っ先に浮かんだのが上記のようなエピソードでした。

人間は「見る」ことが大好きな生き物です。
網膜上に映る像は二次元ではありますが、リアルな世界は三次元でできているので、やはり二次元の対象よりも三次元の方が情報量が多いせいか、より興味が沸きます。
それは、映画やアニメーションの世界がどんどん3D化していることからも明らかでしょう。

本書では、生物学的試料を対象とした3Dイメージングに関する実に様々な技法が紹介されています。
この場合の3Dは「立体(3D)再構築」の場合と、「立体視(3Dイメージング)」の2つの技術を含みます。
3D再構築は、病院の検査のCTと同じようなものだと思って頂けばよいでしょう。
3Dイメージングは、最近流行りの3D映画と同じように、ステレオ撮影の原理を用いています。

かつて、電子顕微鏡でも、連続切片を撮像して、それを厚紙にトレースして手で重ねあわせてローテクな立体構築を行っていた時代がありましたが、今やコンピュータの進歩のおかげで、もっと簡便に正確に3D構築を行うことが可能です。
これはとくに神経科学分野で注目の最先端技術となっていて、とくにシナプスの結合の様子を包括的に見ることができるとして「コネクトミクス」を構築するための重要なツールとみなされています。
私自身は、この技術は単に神経細胞同士の繋がりを見る為以上の大きな発展性があると思っています。

真理は常に新しい技術によって見出されていくものです。
To see three dimensionally is to believe more convincingly.

【紹介した書籍】
『3Dで探る生命の形と機能』(2013年、朝倉書店)
by osumi1128 | 2014-01-18 09:48 | サイエンス | Comments(0)
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