小保方さん関連(その3):いのちを見つめる女性研究者

註:本記事はSTAP細胞についての疑義が生じる前に書かれたものです。女性研究者の応援のために書いたもので、多数のロールモデルがすでにいることを知ってほしいという内容であるため、このままブログに掲載しておきます。12月26日付で、STAP細胞とされたものは、実はES細胞であることが報告されています。

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理系女子(リケジョ)=女性研究者ではなく、もっと多様な職業に就いている方も、その予備軍もいますが、元祖リケジョといえば「キュリー夫人」を挙げる方が多いのではと思います。
実は、さらに昔、ニュートンと同時代に、フランスに「エミリー・デュ・シャトレ公爵夫人(1706ー1749年)」という方がいて、運動する物体の持つエネルギーが質量と速度の自乗に比例することを証明したり、ニュートンのプリンキピア・マテマテカの仏語訳を書いたりされていて、この方がリケジョ元祖かなぁと思っています。

日本では、女性が活躍しているのが、文学(直近の芥川賞や直木賞はすべて女性)、音楽(クラシックでもポップスでも女性も男性と同様に活躍)、スポーツ(もうすぐソチオリンピックですね!)くらいに限られていて、その他の業界は、科学に限らず産業界にせよ政治にせよ行政にせよ、どこも女性がとくにトップに足りない(under representative)のですが、女性研究者あるいは女性科学者という業界では、たった14.0%(平成25年男女共同参画白書)であり、お隣の韓国はというと16.7%で、さらに水を開けられています。
ですので、もっと女性が活躍した方が良いだろうと思って「リケジョ倍増計画」を(勝手に)推進しており、そういう意味で今回のような小保方さんの快挙は嬉しい限りなのです。
(国内で動乱も無い、平和な日であるという象徴でもあると思われます)

小保方さん関連(その3):いのちを見つめる女性研究者_d0028322_21532882.jpg実は、昨年『なぜ理系に進む女性が少ないのか?』という本の翻訳を出させて頂きました。
そこでは「認知機能に性差があるのか?」「あるとしたら、それは生得的なものか、社会的なものなのか?」などの問いについての論説が15本取り上げられています。
女性と男性は染色体レベルでXX(女性)とXY(男性)の違いがあり、ゲノムレベルで言えば0.3%が異なっています。
種々の身体的な差異があるだけでなく、脳画像解析が進んだことにより、脳の構造や成熟の仕方、空間認知の仕方などに違いがあることも明らかになってきています。

この本の中に取り上げられていますが、PISAのデータを見ると、理科や数学のテストの「平均値」で日本の男子・女子に違いはありますが、統計的な「有意差」はありません。
それよりも、米国の男子の点数よりも日本の女子の点数が平均値で高いのですから、これは生物学的な差よりも社会的な差が大きいことは明らかです。
また、平均値の差よりもはるかに大きな「個人個人の差」があります。

さて、上記の拙翻訳本には含まれていないのですが、「学問に、学術分野に性差はあるのか?」という問いを立ててみたいと思います。

自然科学系の学会・協会の連合である「男女共同参画学協会連絡会」という組織があって、女性比率の調査やアンケート、それらに基づく提言の作成などを行っています。
その資料に「学生会員における女性比率(A)と一般会員における女性比率(B)の相関グラフ」があります。
このA/Bは「ガラスの天井指数」と称され、学生会員としてその学協会で象徴される学問分野に参画した若い女性が、どれだけ生き残っているかを示します。
もしA=Bであれば指数は1であり、たとえ参入する女性が少なくても、その方々が生き残ることができることを示します、
一方、指数が2であるということは、学生で入った女性の半分が脱離していくことを意味し、女性をうまく育てていないことになります。
小保方さん関連(その3):いのちを見つめる女性研究者_d0028322_1143696.jpg
理系の中でも生命科学系の学協会は、女性比率が高めです(図の中の点で緑のもの)。
理学系・化学系、工学系になるにしたがって、女性比率は下がります(図の中の点で緑や青のもの)。
私が理事長を務める日本分子生物学会は、学生における女性比率が約35%程度ですが、格差指数は2.0に近いので、まだまだ女性の力を活かしているとはいえません。
学生会員における女性比率はほとんど同じですが、日本発生生物学会は格差比率がより1に近いので、女性が生き残りやすい環境であることが推測されます。
一方、日本細胞生物学会は、直近のデータでは格差比率はほとんど無い(=1)のですが、その理由は学生会員の女性比率が最近減ったからのように思われます。
その原因がどのようなことなのかは精査する必要があると思います。

さて、小保方さんは再生医療を目指してハーバード大学に留学した訳ですが、今回の研究は「応用研究」ではなく、発生生物学という分野とみなすことができる「基礎研究」です。
実は、発生生物学はこれまでから多くの女性研究者を魅了してきました。
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例えば、1935年にノーベル生理学・医学賞を初めて発生学の分野で受賞したハンス・シュペーマンのお弟子さんだったヒルデ・マンゴールドは、不幸にしてお亡くなりになったのでノーベル賞の受賞は叶いませんでしたが、彼女がいなければシュペーマンの「胚誘導」の受賞はありえなかったことでしょう。
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1995年のノーベル賞は「初期胚発生の遺伝的制御に関する発見」に対して3名が共同受賞になりましたが、そのうちの一人は、クリスティアーネ・ニュスライン=フォルハルトという女性です。


小保方さん関連(その3):いのちを見つめる女性研究者_d0028322_21113533.jpeg
2007年のノーベル生理学・医学賞は、いわゆるノックアウトマウス作製に対して3名の共同受賞でしたが、これは抱き合わせで、基盤技術としてのES細胞作製に関して、マーティン・エバンス、特定の遺伝子欠損技術として、専門的にはhomologous recombinationと言われる技術の開発に関してマリオ・カペッキ、そして本当にノックアウトマウスを作って高血圧のモデルを作製したオリバー・スミシーズが受賞者になりました。
もし受賞対象がES細胞の作製であれば、間違いなく共同受賞であったはずなのは、ゲイル・マーティンという女性研究者でした。

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一方、日本には「日本国際賞」というノーベル賞に匹敵する賞があり、不肖ながら審査員を務めさせて頂いた2002年の受賞者は、アンジェイ・タルコフスキーとともに、アン・マクラーレンでした。
こちらの受賞理由は「哺乳類の発生生物学研究の開拓」ということになっており、やはり発生生物学分野の研究者でした。
キメラ作製などの初期胚の操作技術で有名な方ですが、このような研究の倫理的な側面についても深い関心を寄せておられた方です。
残念なことに、数年前におなくなりになりました。
マクラーレン博士の日本国際賞受賞講演の要旨(PDF)はこちら




小保方さん関連(その3):いのちを見つめる女性研究者_d0028322_21393029.jpg
現在、国際幹細胞学会の会長を務められているのは、ジャネット・ロサーンですが、彼女ももともとは哺乳類の発生生物学を研究されていました。
(ちょっと個人的なエピソードがあります)

私自身も、研究の始まりが発生生物学だったので、とくにそのように思うのかもしれませんが、上記にお名前を挙げた輝かしい方々の他にも、自分が大学院生だった頃、女性でPI(研究室主催者)として活躍されていた女性研究者はたくさんおられました。
それは、日本の中の学会だけではわかりづらかったかもしれませんが、海外で開催される国際会議に出れば、よくわかる、つまり「見える化」されていることでした。
なので、自然と「頑張ってPIになろう!」と思えたのだと思います。

発生生物学で著名な女性研究者が多数輩出されてきたことは、その分野に進む女性の母集団が大きかったことの反映であると思います。
では、なぜ、発生生物学に惹かれる女性研究者が多いのかと考えると、これは、女性が「いのちに寄り添い、いのちを見つめる性」としての特質を持っているのかなと思うのです。
発生学、あるいは発生生物学は、受精卵から個体に至るまでの過程について、その仕組、メカニズムを追求するという学問です。
「子どもを生むことができる性」としての女性には、生得的な興味があるのではないでしょうか?

今回の報道で、小保方さんが中学生のときに書いたという読書感想文を目にする機会を得ました。
ちいさな、ちいさな王様』という、私も大好きな素敵な絵本で、子ども向けの絵本というよりもはるかに大きな含蓄がある本なのですが、その中で彼女の視線が「いのち」に向き合っていることを感じました。

ある意味、山中先生がノーベル賞を受賞されたときに匹敵するくらい、メディアの科学関係者のみなさんが活性化しているここ数日で、小保方さんの「若い女性」という属性の方が、本来の科学的な意義についての報道よりもエキサイトしているのではないかと懸念されていますが、「リケジョ応援団」を自負する私としては、どんな意味であれ、あるいは本人の意志がどうであれ、「リケジョ」が見える化されることを歓迎します。
いつか「リケジョ」がマイノリティーでなくなる日がくれば、もはやそんな報道は自然消滅するのだと思えるからです。

【関連リンク】

by osumi1128 | 2014-02-01 01:07 | ロールモデル

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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