小保方さん関係(その7):STAP細胞のインパクトとこれから【追記しました】


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科学や研究に関連する話題は書こうと思えばことかかないのですが、そろそろ「小保方さん関係」でまとめるエントリーも収束させようかと思うので、締めくくりにあたって、再度、「STAP細胞」という研究がどのように面白いのか、私見を記しておきたいと思います。
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上記は理化学研究所・発生再生総合研究センターのプレス発表資料の図ですが、今回、どうやってSTAP細胞を誘導したのかという模式図です。
ここではマウスの脾臓から取ったリンパ球を、pH5.7という「酸性」の溶液に30分曝すという処理を行うことにより、未分化な「多能性幹細胞」をつくることができました。
リンパ球は、免疫機能に特化した「分化した」細胞ですが、それを「初期化」することができた訳です。

「初期化」自体はすでに、山中伸弥先生が4つの遺伝子を導入することによって、皮膚の細胞を胚性幹細胞(ES細胞)並に初期化できる(iPS細胞)ことを示されていたのですが、今回のSTAP細胞は2つの点でインパクトがあります。

1つ目は、どのくらい初期化されたのかが、iPS細胞や、iPS細胞がお手本としたES細胞よりも、さらに前にさかのぼった状態と考えられることです。
それは、すでに最初のエントリーにも書きましたが、STAP細胞を「胚盤胞」というごく初期の時期の胚に注入すると、胎仔の身体以外の組織である「胎盤」の細胞にも分化した、という実験から示されています。
胚盤胞の時期というのは、すでに、「内部細胞塊」という身体の細胞になる細胞群(ES細胞はこの細胞群からつくられる)と、外側を取り囲む細胞群に分かれていますが、STAP細胞は外側の細胞群に混じって、同じような運命をたどることができるのだと考えられます。

ES細胞が胎盤には分化できないというのは、もともとの由来がすでに「胎盤にはならない組織」であったので当然ですし、iPS細胞は「ES細胞的な細胞」を誘導しようとしてつくられたので、こちらも胎盤の細胞ができないのは、ある意味当然であるかもしれません。
また、移植医療への応用などを考える際には、別に「胎盤」が作られる必要はありません。
それよりも、患者さんにとって必要な種類の細胞を効率よく作ることができる方が、応用面としては重要でしょう。

STAP細胞から作られる細胞のバリエーションが広かったのは、ES細胞をお手本にした訳ではない、ということにあるかもしれません。
iPS細胞は、いわば「理詰め」で、「どうやったらES細胞に近い細胞を作ることができるか」を分子的に調べて24因子の候補から4因子で必要十分であることを見出していったのですが、STAP細胞は「いろいろなストレスを与えてみたら、酸浴がいちばんカンタンだった♫」というような軽やかさがありますね。

2つ目は、この研究が「初期化」の概念を広げた、ということです。

もともと、Vacanti教授が「幹細胞は小さい細胞だから、それを選別しよう」というところから、「選別するときに、細い管を通して、細胞を痛めつけることによって、幹細胞化しているのでは?」と、発想を逆転したところが、STAP細胞の着想に繋がりました。
まさに、コペルニクス的転回と言えるかもしれません。

実はiPS細胞が2006年にマウスで成功してから以降、世界中で様々な実験手技により「iPS細胞を作る」、あるいは山中4因子以外のやり方で多能性幹細胞を作る方法が試されました。

例えば、すでに国内特許が取得されているMuse細胞は、Multilineage-differentiating Stress Enduringという意味で命名されていますが、日本語にすれば「多種類の系列の細胞に分化する、ストレス耐性のある」細胞ということです。
Muse細胞を見出した出澤真里先生(東北大学医学系研究科教授)は、前任地の京都大学において骨髄由来の間葉系細胞に「トリプシン」という消化酵素をかけたまま一晩放置するという「失敗」をきかっけとして、「ストレス」に強い細胞が多能性幹細胞ではないか、そのような細胞は骨髄や皮膚などの生体組織に存在するのではないか、という研究成果を発表されていました。
Muse細胞に関するプロトコール

また、熊本大学の太田訓正さんは、マウスの皮膚の細胞をトリプシン処理し、そこになんと「乳酸菌」を入れることによって、多能性幹細胞を誘導できる、ということを発表していました。
熊本人財ネットワーク:乳酸菌で多能性幹細胞の作成に成功
もしかしたら、太田さんのプロトコールのポイントは、皮膚の細胞を「トリプシン処理する」というストレスだったかもしれませんし、乳酸菌がやや「酸性」の環境を与えていたかもしれません。

つまり、Muse細胞も、乳酸菌によるiPS細胞(iPSは本来induced pluripotent stem cellsという意味です)も、実は、細胞にとって強い消化酵素などの「ストレス」を与えることによって「誘導」される、ということがメカニズムとして含まれている可能性があると思われます。
今回のSTAP細胞は、そういう細胞の柔軟性というか、したたかさというか、ダイナミックな現象が起こりうるということに対して「一般化」できる概念を与えた、という意味で画期的なことだと言えるでしょう。

さて、この「ストレスによる初期化」は、さらに様々なアイディア、妄想をかきたてます。
膵臓から分泌される膵液に含まれますが、タンパク質のペプチド結合を切断することから、さまざまな生物学的実験に用いられています。
……ということは、膵臓の細胞はしょっちゅうトリプシンに曝されているのではないの???

あるいは、胃液はpH1.5程度の強酸性であり、タンパク分解酵素として「ペプシン」が含まれます。
……ということは、胃や食道(胃液の逆流を考えると)は、けっこうな「酸性環境」ではないの???
しかも、細胞を構成するタンパク質を溶かす酵素もあるし???

そういえば、かつて胃癌の原因として塩分摂取などが疑われたけど、今や「ピロリ菌」を除去すればリスクをかなり下げられることになっていますね。
じゃぁ、ピロリ菌って、いったい胃の中で何しているのでしょう???
【追記】
関連する興味深い論文をFacebook経由でTom Satoせんせいから教えて頂きました。多謝!
一般的に消化管の内面を覆うシート状の細胞群(上皮細胞)には、「陰窩(いんか)」と呼ばれるところに幹細胞が存在していると思われてきましたが、Troyという名前の分子を発現する分化した細胞は、刺激が与えられたり生体外に取り出されると多能性幹細胞として振る舞う、という内容ですが、これも、細胞レベルのストレスによって初期化が生じているのかもしれません。
Differentiated Troy+ chief cells act as reserve stem cells to generate all lineages of the stomach epithelium.
Stange DE, Koo BK, Huch M, Sibbel G, Basak O, Lyubimova A, Kujala P, Bartfeld S, Koster J, Geahlen JH, Peters PJ, van Es JH, van de Wetering M, Mills JC, Clevers H.
Cell. 2013 Oct 10;155(2):357-68. doi: 10.1016/j.cell.2013.09.008.

乳酸菌のように酸を生じる細菌は、大腸にもたくさん存在する可能性があるでしょうから、そういう環境も「酸性」なのでは???

あるいは、種々の呼吸不全や腎不全などの重篤な傷害によって、生体組織はやや酸性に傾いた「アシドーシス」という状態に陥ります。
(ややこしいことに、呼吸不全によってアシドーシスになるということは、「酸素」が足りないと「酸性」になる、のですが、これは明治時代くらいの日本語の訳語にルーツがあるので、いかんともしがたいですね……)
……ということは、アシドーシスの急性症状とは別に、長期的にみたら、からだの中で「酸性」環境に置かれた細胞がたくさん生じるのではないの???

ここまで書いて、すでにお気づきの方もおられると思いますが、もしかするとSTAP細胞のインパクトは、癌研究にも繋がるのかもしれません。
生体内の「癌幹細胞」は、さまざまな細胞レベルの「ストレス」によって生じ、癌幹細胞が多数増殖して「癌」になるということが考えられるかもしれません。
STAP細胞は「癌の芽」になっているかもしれません。

そして、むしろより大事なことは、そんな危うい細胞レベルの「ストレス」環境が生体内のあちこちに存在しているにも関わらず、たいていの細胞は初期化されたりしないのでしょうし、また、「免疫細胞」たちが生体内を見まわって、生じた「癌幹細胞」を見つけて退治してくれているのでしょう。
子どものときから発症する癌もありますが、成人期以降に癌の発症が多くなるのは、加齢とともに免疫系の不具合が生じてくることと無関係ではないでしょう。
また、免疫系の状態には、個体レベルの「ストレス」が関与していることについても多くの研究があります。
恒常的な「初期化を抑える」メカニズムこそが、癌の発症の予防に繋がるかもしれません。
(さらに妄想を膨らませれば、古今東西、呼吸法やら温熱療法やら、いろいろな「健康法」と言われるもののメカニズムを科学的に解き明かすことも可能になるかもしれません。)

ですので、今回のSTAP細胞の話は、筆頭&責任著者が若い日本人女性研究者であった、ということで日本国内に与えたインパクト以上に、世界中の研究者の脳を活性化したことは間違いありません。
次の研究のネタはいろいろなところに隠れていると思われます。
国家プロジェクトとしてどーんと応用に向けた研究費を付けるだけでなく、次の新しい基礎研究の芽を育むような施策を臨みます。

個々の研究は個人で、あるいはチームで行われますが、研究コミュニティーという、より大きな生態系も、何かのきっかけで大きく変わる可能性があると思います。
そういう意味で、今回のNature誌2本の論文は、「そのとき歴史が動いた」と、後から振り返って思えることになるのかもしれません(繰り返しますが、科学として今後の検証は必須です)。
今回の報道が、一般週刊誌での報道にまで繋がったことにより、普段は科学に興味の無かった方も含め、より多くの日本の方々が、その「歴史の一コマ」を目撃したという経験として、「2014年、STAP細胞」を覚えていて下さったらいいなぁと思います。

【追記141101】
理化学研究所の遠藤高帆研究員が、実験に用いられたとされる細胞遺伝子解析結果を論文発表されました。それによると、論文(取り下げ済み)の記載と齟齬があることがはっきりしました。とくに、キメラ作製により胎盤になるとされたFI細胞は、90%がES細胞、10%がTS細胞である可能性が私的されています。上記の予測は正しかったと考えられます。





by osumi1128 | 2014-02-08 09:51 | サイエンス | Comments(0)

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