基礎医学分野のマスタープラン:生命科学研究のあり方は?

過日、日本学術会議主催により「第22期学術の大型研究計画に関するマスタープラン(マスタープラン2014)」のお披露目的なシンポジウムが乃木坂の講堂で行われました。


自分にとっては、第20期から会員を続けて卒業予定の今期の大きな仕事の1つが、このマスタープラン策定でした。上記「提言」には以下のようにまとめられています。


国家的な大型研究プロジェクトの推進には、長期間にわたって多額の経費を措置する必要があるため、社会や国民の幅広い理解を得ながら、長期的な展望をもって戦略的・計画的に推進していくことが強く求められる。本分科会は、日本学術会議「日本の展望―学術からの提言 2010―」の実現に向けて、大型研究計画の観点から学術の方向性を明らかにするために、新たに学術大型研究計画 207 件(区分 I 及び区分 II の合計)と重点大型研究計画 27 件を取りまとめ、その内容をマスタープラン 2014 として提案する。


研究者が研究を行う「研究費」は、以下のようなカテゴリーから成り立っています(話をシンプルにするために、国立大学の研究者のケースに限定)。

1) 文科省から配分される運営費交付金から配分される分(光熱水道費なども含む)
2) 科研費(競争的だがボトムアップ。数百万から数億まで)
3) トップダウンのテーマに沿った競争的研究費(CREST、さきがけ等。数千万円〜億程度。今後の健康医療系はこの枠なのか?)
4) 国のプロジェクトの委託研究費(各省庁、内閣府)
5) 財団の研究費(競争的)

研究者の自由な発想に基づいた研究は上記の1)2)に相当します。現在、1)の部分が年々減少しつつあり、学内でも各種業績に基づき「傾斜配分」される方向にあるので、20年前よりも研究者を取り巻く競争的環境が厳しくなっていることについては、別の記事でも述べました。

3)については、毎年、世界を含めた研究動向の調査結果などをもとにして、我が国として推進すべきテーマが設定され、それに沿ったプロジェクトの公募が行われます。4)のカテゴリーに相当する研究費は、大型の設備の設置や機器の開発も含み(例えば「京」など)、その予算を出す省庁が現場の研究者を含む有識者と相談しつつ進めます。5)はそれぞれの財団の支援したい方向性などによって、若手向け、女性枠などがあります。なお、ERATOなど大型で人物重視のものは、数も少ないのでここには含めていません。

いわゆる「大型研究費」は、2)4)の中に各省庁からいろいろあるのですが、2010年から始まった日本学術会議の「マスタープラン」という取り組みは、いわば「研究コミュニティーのボトムアップな意見に基づく大型の研究計画の<提案>」という位置付けです。つまり、4)の枠について、少数の研究者・有識者が関係省庁と協議して施策化するのではなく、より広い研究コミュニティーの合意をもとにした提案(マスタープラン)の中から、該当する省庁・担当局課の事情とマッチングするものがあれば予算化してほしい、というアドボカシー活動といえます。今回の207件のマスタープランの中で27件の「重点大型研究計画」は、第22期日本学術会議としてとくに「今、イチオシ!」、「ぜひ予算化を!」という位置づけです。


さて、今回のマスタープラン2014は、3年前から入念な準備をし、限りなく透明化を図りつつ進めたという点において、2010年とそのマイナー改訂の2011のときよりベターなプロセスになっていると思います(その経緯については、分科会の議事録に残され公開されています)。しかしながら、そもそも「学者たるものはお金に関わるべきではない」という精神が大事と思われている方もおられますし、「生命科学分野の研究は、加速器や天体望遠鏡を作って、皆でそれを利用する物理学系のスタイルとは異なる」という意見も多数ある中で、今回のマスタープラン2014は策定されました。実際、ボトムアップというスタイルを取りましたが、応募件数としては理工学系が過半数を占めていましたし、マスタープランに選ばれたからといって予算が付いている訳ではありません。

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研究予算の策定について、どのような組織がアドボカシーを担うのか、日本のアドボカシーはまだよちよち歩きの段階だと思います。特定の個人や学問領域への我田引水ではなく、より広い科学者コミュニティーのコヒーレントな意見をどのようにまとめるか、そういう訓練が足りない段階に見えます。自分の領域以外の研究領域に関して踏み込んだ意見を言いにくいことは、日本において「評価」という文化が育ちにくいことや、原発事故などの分析や検証とそれに基づく科学者からの発信に乏しいことと関係があり、さらに言えば、学位授与などの面でも離れた分野の研究室からの学位論文についての評価の甘さなどに繋がっているのではないかと思えます。

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また、「これらの研究が重要なので予算化してほしい」という要求は、要するに「研究するのにお金が必要です」という訴えである訳ですが、国民の税金をもとにした研究費を頂くからには、自らが襟を正して望む必要があると感じます。

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提言には、以下のように学術会議としての予算化の希望を求めています。


マスタープラン 2014 で策定された大型研究計画は、今後、科学技術立国を旨とする我が国の将来に資するために、国として計画に措置されるべきである。このため、大型研究計画が、国や自治体等の学術に関わる政策に速やかに反映されることが求められる。


ともあれ、このプロセスに関わらせて頂いた経験は(最後27課題を選定するヒアリングなどは3日間、朝から晩まで缶詰でした……)、広い学術分野全体を見渡すという上で貴重なものであったことについて感謝します。



by osumi1128 | 2014-06-02 13:50 | 科学技術政策

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