脳と脂質:母親の偏った多価不飽和脂肪酸摂取は仔マウスの脳形成不全と過剰な不安を引き起こす

10月10日にアクセプトされた論文がStem Cell誌にオンライン掲載されるのに合わせて、大学からプレスリリースして頂きました。脂質脳科学、妊娠期の栄養の重要性などの観点から、拙ブログにも紹介しておきます。

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過日も紹介したDOHaD仮説ですが、病気の原因が胎児期に遡るということが最初に気づかれたのは、第二次世界大戦中のオランダの大飢饉の後に生まれた30万人の追跡調査によります。胎児の時期に極端な低栄養で育った方が、成人になってから肥満が多いという疫学的なデータが得られたのです。別のイギリスの結果からは、新生児死亡率の高い地域では、その数十年後の心臓病患者数が有意に多いということもわかり、これらがDevelopmental Origin of Health and Disease(DOHaD)仮説の根拠となりました。オランダのコホート研究ではさらに、胎児期に低栄養だった集団では、統合失調症の発症率が2倍程度に上昇していることが示され、同様の結果は中国の事例でも認められました。つまり、DOHaD仮説は成人病だけでなく、精神疾患にも当てはまるということになります。

脳は脂っぽい組織です。乾燥重量の約65%が脂質です。これは脳の細胞に突起が多いことや、さらに髄鞘形成などが生じているからであり、リン脂質二重層から成る細胞膜成分が多いことに起因します。中でも、ドコサヘキサエン酸(DHA)やアラキドン酸(ARA)などの高度不飽和脂肪酸が多いことが知られています。私たちはこれまでより、神経幹細胞の増殖や分化に、DHAやARAが重要な働きをしていることを見出してきました。また、これらの脂肪酸と細胞内で結合する脂肪酸結合タンパク質の重要性についても報告しています。

今回は、特定の脂肪酸の効果という観点ではなく、DHAの元になるオメガ3系とARAの元になるオメガ6系の脂肪酸の「バランス」に着目し、マウス胎仔の脳の発生発達や、その後、成体になってからの不安行動について調べることになりました。というのは、現在、オメガ3系の脂質を含む青魚などの摂取がどんどん低下し、一方でオメガ6系の植物油を使うことの多い揚げ物やマヨネーズなどの摂取は増加しているために、オメガ6過多/オメガ3不足の状態が懸念されるからです。

母マウスの妊娠1週間前から、普通餌もしくはオメガ6過多/オメガ3不足餌を与え、仔マウスの脳構築を調べると、ニューロンの産生が盛んな胎生中期からグリア細胞の産生が前倒しに始まってしまい、結果としてニューロンの産生が減少してしまうことがわかりました。この効果は、確かにオメガ6とオメガ3脂肪酸のバランスによるものであることを、オメガ6系の脂肪酸をオメガ3系の脂肪酸に変換できるFat-1トランスジェニックマウスを用いて確認しました。ニューロンの中でもとくに、精緻な神経機能に重要と考えられる、遅生まれの浅層ニューロン数が減っていました。

この原因について、理化学研究所の有田誠先生との共同研究によりリピドミクス解析をして頂き、オメガ6系のエポキシ代謝物が増加し、逆にオメガ3系のエポキシ代謝物が減少していることがわかったので、in vitroで神経幹細胞を用いて、これらのエポキシ代謝物の影響を調べると、確かに、増加していたオメガ6系のエポキシ代謝物はグリア細胞の分化を誘導し、減少していたオメガ3系のエポキシ代謝物はニューロンの分化を誘導することがわかりました。

このような脳構築期の脂質栄養のアンバランスが、その後どのような影響をもたらすかについて、生後10日目以降は普通の餌で飼育して成体になってから解析を行うと、オメガ6過多/オメガ3不足餌で飼育された母獣から生まれた仔マウスでは、不安行動が増加していることが認められました。この結果は、胎児期の脂質栄養の偏りが情動に影響を与えるという点において、DOHaD仮説に合致したものと言えます。

かつて、動物性の脂はコレステロールが多いので良くないのに対して、植物性の油は健康に良いと見なされてきた時代があったと思いますが、揚げ物やマヨネーズに使われるコーン油、大豆油などは実はオメガ6系の脂質を多く含みます。三食、からあげクンとフライドポテトを食べる方はいないかもしれませんが、妊娠期には良い脂質を摂取することが子どものこころの発達にも大事であると思われます。

本研究には、上記に挙げたリピドミクスの有田先生以外にも、餌の供給に関して、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学のSheila Innis先生、Fat-1マウスの提供として米国ハーバード大学のJing Kang先生、代謝状態の解析に東北大学糖尿病代謝科の片桐秀樹先生、脂肪酸分析に関してサントリーウエルネス(株)健康科学研究所の柴田浩志様など、国内外の多数の研究者にご協力を頂きました。この場を借りて感謝申し上げます。そして、何より、本研究の考案から遂行まで数年にわたって研究を続けてきた筆頭著者の酒寄信幸さん(現福島医科大学)、投稿先に合わせて何度も書き換えたり、リバイスのための実験も含め、大変な困難をよく乗り越えたと思います。おめでとう! また、協力して支えて下さったラボメンバーの皆さんと、本研究のために犠牲になった合計612匹のマウスに心から感謝致します。

【メディア記事】
2NN:

【神経発生学】妊娠マウスの偏った多価不飽和脂肪酸摂取は仔マウスの脳形成不全とと過剰な不安を引き起こす/東北大など[11/19]





by osumi1128 | 2015-11-21 10:26 | サイエンス | Comments(0)

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