拙著あとがきのあと(その10):そもそもなぜ「自閉症研究」に取り組もうとしたのか

『日経サイエンス』8月号(6/25発売)に、丸山敬先生@埼玉医大が拙著『脳からみた自閉症 「障害」と「個性」のあいだ』(ブルーバックス)をご紹介下さいました。面識は無いのですが、ありがとうございます。丸々1ページ割いて頂いていて、とても詳しく説明して下さっています。「特集2:がんの免疫療法」という記事で本庶佑先生のPD-1の話も載っていて嬉しいです。

本書執筆のきっかけの一つは東日本大震災でした。

 あの日のことは、被災者であってもなくても、誰でも語るべきことがたくさんある。あるいは、5年経ったいまでもまだ語る気持ちになれないという方もいるだろう。地震発生時刻の14時46分、私はオフィスでパックス6変異ラットの研究データについて大学院生と議論中だった。突然の大きな揺れを感じて、私たちはテーブルの下に身を隠した。本棚からはあらゆる書籍とファイルが降ってきた。大学院生はデータの入った大事なPCを抱えて震えていた。「ここなら大丈夫だから!」と彼女に呼びかけ続けた200病は、永遠に続くのではと思うほど長く感じた。(本書あとがきの一部)

この体験をしていなかったら、たぶん研究の方向性や軸足は違ったものになっていたでしょう。今から思えば、空回りでしかなかったプロジェクトもありました。私自身が躍起になっているほどには、付いてこれなかったメンバーもいました。ライフラインが復旧しても、一人ひとり、生きているだけで必死な部分があったと思います。意識に上らない部分で、皆、傷を負っていました。もちろん、それは津波で亡くなられた方々やそのご家族に比べたら、まったく取るに足らないレベルの心の傷ですから、口に出すことも憚られるものでした。

マウスの超音波発声の実験系を立ち上げたのも震災後でした。生後1週間程度の間、お母さんマウスから引き離された仔マウスが超音波の音域で発する声(ultrasonic vocalization, USV)は、赤ちゃんの泣き声に対応するような音声コミュニケーションと考えられます。遮音された装置の中に仔マウスを入れて計測するので、人為的な操作が加わらず、数値化しやすい指標だと思いました。

そして、Pax6変異マウスの父と野生型の母を交配して得られた仔マウスのUSVをデータを見ていたとき、気づいたことがありました。

「うーん、これ、バラつき多いよね……」
「そうですね……」
「なんでかなぁ……。うーーん、そうだ! もしかして、雄が加齢しているってこと、ないかしら?」

交配実験を行う際、妊孕性のある雄は、何度も交配に使い回すことがあります。そこで、大学院生が父マウスの月齢で分けてみると、なんとなく、老齢父マウス由来の仔マウスのUSVコール数が少ない傾向が見えたのです! このときに、単にバラつきが大きいから、もっと例数を稼ごうとしか考えなかったり、あるいは、過度のプレッシャーを大学院生に与えてしまっていたら、現在行っている研究には繋がらなかったでしょう。

拙著の中でも少しだけ触れていますが、父が加齢した場合に、子の自閉症の頻度が高くなる傾向、つまり相関性のデータは論文化されていましたので、じゃぁ、本当にそうなのか、動物実験で因果関係を見てみよう! というプロジェクトを開始し、学会発表にまでこぎつけたのが2013年。雄マウスの加齢が交絡因子になるということは、各種のマウスを使った実験を行っている方々への警鐘でもあり、またちょうど「卵子の老化」の問題が報道されていた頃でもあったので、「ちょっと待って! 加齢は母側だけの問題ではないのです」ということを伝えたく、学会からのプレス・リリースを出して頂きました。


その後もデータは蓄積し続けており、再現性はきちんと取れています。また、スピンアウト的な研究成果として、Pax6が精巣の中で精母細胞などの雄性生殖系列の細胞に局在していることも見出しました(拙ブログ参照)。現在は、どのようにして父加齢の影響が仔マウスに伝わるのか、精子エピゲノムから仔マウス脳の遺伝子発現を繋げることができないか苦心しているところです。仔マウスの行動における「個性」がどんな風にして作られていくのか、さらに理解を進めることによって、人間の「個性」の問題にも迫ることができたらと願っています。
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by osumi1128 | 2016-06-29 23:58 | 自閉症 | Comments(0)

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