2017年日本国際賞生命科学分野の授賞はゲノム編集研究者に!:生命倫理についての早急な議論と合意が必要

4月19日に2017年の日本国際賞の授賞式が行われました。今年は客席からの参加でしたが、自分が分野検討委員会の最後の年に定義文(後述)作成から関わったという意味でも、また、ゲノム編集という画期的な技術に対する授賞としても、その対象が女性研究者2名だったという点においても、感慨深いものがありました。

今年33回目となる日本国際賞は、現天皇がまだ皇太子殿下であった時代に設立され、数年前までは陛下ご自身がご祝辞を述べられました。日本国際賞の30年の歩みをまとめた動画では、お若い頃の天皇陛下や、これまでの多数の受賞者のお顔など、懐かしく思いました。


今週は授賞式関連の種々の行事がありましたが、翌日の20日に、東大伊藤記念ホールにて市民向けの公開シンポジウムが行われ、エレクトロニクス・情報・通信分野含めて3人の受賞者の講演を聴いて来ました。
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エレクトロニクス・情報・通信分野の受賞者であるアディ・シャミア博士は現在ワイズマン研究所の教授で、暗号研究・情報セキュリティの研究で著名な方ですが、幼いころに同研究所のサマーキャンプのイベントに参加したことで科学への興味を抱いたと仰っておられました。

エマニュエル・シャルパンティエ博士はパリ第6大学を経てパスツール研究所で学位を取得、ウィーン大学、ウメア大学などを経て、現在はベルリンにあるマックス・プランク感染生物学研究所の所長です。もともとは細菌がウイルス等の感染に対してどのように立ち向かうのかを研究しておられました。

方やジェニファー・ダウドナ博士は、ポモナ大学で学士を、ハーバード大学で博士号を取得し、コロラド大学のポスドクを経てイエール大学で独立し、現在はカリフォルニア大学バークレー校の教授であり、ハワード・ヒューズ研究員ですが、リボザイムという、RNA酵素を研究して来られました。

二人の研究者が出会ったのは2011年3月のプエルトリコで開催された微生物関係の学会。それぞれ専門の異なる二人の研究者が意気投合して共同研究を開始することになり、細菌の適応免疫にCRISPRの配列が関わるということを見いだしたのです。実は、この配列は1987年にすでに当時阪大におられた石野良純先生が見出されたものだったのですが、その意義はわからなかったというものでした。

「ここから研究は思いもよらぬ方向に発展していきました」とダウドナ博士は話されました。それは、純粋な興味として始まったCRISPR研究が、思いのままにゲノムに変異を入れたり、新たな遺伝子を挿入したりする「ゲノム編集」という技術に応用できるということが分かったからです。

これまでも、いわゆる遺伝子工学、バイオテクノロジーという言葉で人為的な遺伝子の「切った貼った」は行われていましたし、組換えDNA作物の作出や、ES細胞と組み合わせて遺伝子ノックアウトマウスを作製するという使われ方もありました。ところが、彼らが開発したCRISPR/Cas9によるゲノム編集は、より正確に、より高率良く、より素早く遺伝子改変を行うことが可能です。誰でも簡単に行うことができるため、瞬く間に生命科学研究者の間に広まりました。

つまり、石野博士の繰り返し配列の発見から四半世紀を経て、その生物学的意義が理解され、生命科学の技術として応用されるようになった訳です。最初から応用だけを考えていても、画期的な技術は生まれないでしょう。

まだアラフィフの二名の女性研究者はどちらも颯爽としていて、ロールモデルとして本当に素晴らしいと思いました。講演の後では、高校生や大学生の女子も食いついて質問していました。頑張れ、未来の研究者さん!
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ところで、ダウドナ博士はすでにTEDでもトークを行っていますが、ゲノム編集技術の生命倫理的な側面について、社会での深い議論が必要だと主張されています。つまり、人類はゲノム編集を生殖細胞に用いてデザイナーベビーを作れるところまで来ているのです。この点に関して、日本の動向が気になるところです。直近の新聞報道では、国側と研究者の集団である学会側との間での意見がまとまらなかったということでした。


おそらく、この倫理的問題が一定の解決を見ないと、ゲノム編集にノーベル賞が授与されることにはならないと私は予測しています。これまでノーベル委員会は生命倫理が関係する成果については慎重な態度で臨んで来ました。例えば、ジョン・ガードン博士の確立した「クローン技術」は、それ単独ではなく、山中伸弥先生の「iPS細胞」と抱き合わせで「初期化(リプログラミング)」としての授賞となりましたし、さらに遡れば、初期胚から作られるES細胞も、相同組換えとセットで病態モデルとしての「ノックアウト動物の作製」という内容で認められました。人工受精でさえ、最初の例であるルイーズちゃんの誕生から四半世紀以上の時間が必要でした。

遺伝子工学が可能となったとき、アシロマ会議が開催され、組換えDNAによって作られた生物の「封じ込め」が合意され、さらにカタルヘナ議定書が取り交わされたように、ゲノム編集についてもきちんとした議論と合意形成が必要と思います。

関連情報:
連休中ですが、4月30日に日本学術会議主催による公開シンポジウムが開催される予定です。

関連拙ブログ:

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ちなみに、2015年の秋に作成した定義文はこちらです。

2017年「生命科学」定義文
「生命、農学、医学」領域
授賞対象分野:「生命科学」
(背景、選択理由)
生命科学の分野は近年、いっそうの広がりと深化を見せ、生命の成り立ちについての理解が飛躍的に進みつつあります。
例えば、次世代シークエンサーを用いたゲノムおよびエピゲノム解析、質量分析器を用いた各種オミックス解析、超解像度顕微鏡や三次元電子顕微鏡などを用いた分子形態学的解析、種々のゲノム編集技術を用いた細胞・個体レベルの解析などが現在、目覚ましい勢いで進展しつつあり、こうした革新的な解析技術により、これまでの概念を大きく変えるような発見が次々と為されています。生命倫理や個人情報の取り扱いに配慮しつつ、このような生命現象の理解を進めることは、人類の叡智に寄与するものであるとともに、未来の新しい医療の創造や普及につながることが期待されます。
(対象とする業績)
2017年の日本国際賞は「生命科学」の分野において、科学技術の飛躍的発展をもたらし、新たな生命現象の発見や、生命機能の理解を可能にする解析・分析技術の革新など、社会に大きく貢献する業績を対象とします。

たった400文字程度(英語バージョンは160 words程度)の文章に、多数の先生方が知恵をしぼり時間をかけて練り上げるというプロセスも、この賞の重みに関わるということを身をもって体験させて頂きました。改めて、財団関係の皆様には心から感謝申し上げます。

おまけ:
2016年の授賞式の動画では、分野検討委員として壇上にいたのですが、両陛下の後ろに映りこむことができて光栄でした♬



by osumi1128 | 2017-04-22 11:03 | サイエンス | Comments(0)

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