狼少女は捏造だった

活けておいた万両は水揚げが悪くしおれてしまったが、梅の方は徐々に蕾が開いてきた。
葉も落ちた枝は本当に生きているのか心配なくらいだが、ちゃんとこうして花を開かせるエネルギーを持っている。

さて、12月19日のエントリー「ジェンダーは必要か?」に昨日tsさんという方から以下のようなコメントを頂きました。
「ジェンダーがセックスを規定している」という主張は、狼少女やアヴァロンの野生児のような、
幼少期ジェンダーを与えられないという特殊な育成歴をもった人間が、
年齢的には成長性しても精通や初経がなく、生物学的な性的成長が
阻害されていたという事実に基づいた説と記憶しています。

あなたの読まれた本にはそのようには書かれていませんでしたか?


確か、この話はジェンダー関係というよりも、「子供を育てるには環境や教育が大切である」ということの例としても引き合いに出され、心理学や言語学の教科書にさえ載っているといいます。
でも、狼少女の話はいわば「捏造である」ことが明らかになった、という話を聞いていたので、ネット検索をかけてみたところ、以下のようなサイトが見つかりました。

「狼に育てられた少女がいる」という神話(2004.08.12)

少し長くなりますが、このエントリーの後半部分を転記しておきましょう。
 精神分析医のベッテルハイムは、この「狼少女」の行動が、自閉症児に同じように見られ、それ以外の行動もオオカミに育てられたと考えずとも説明がつくことを指摘しました。
 人類学者バーンは、実際にインドに行きゴダムリの村の存在を確かめようとしたけれど、この村は現在どころか過去にも存在しなかったということが判明しました。

 この少女たちの話の真実性は、生物学的にも疑問があります。シング牧師の記している狼少女の特徴は、漫画的というか「もしも狼に育てられたらこんな感じになるだろう」というイメージを当てはめているので、非常におかしいことが分かります。

 1:狼少女が木登りをしたり真夜中に遠吠えをするという話が出てくるが、狼は木に登らないし、真夜中に遠吠えしません。
 2:狼の子どもは自分から乳房に近づきますが、人間は母親から乳房を寄せる必要があります。
 3:狼は時速45km前後で走るが、人間は大人の限界で35kmしか走れない。子どもが狼についていけるはずがありません(しかも四足歩行で)。
 4:シング牧師が記している「夜中に目がギラギラ光る」「犬歯が異常に伸びている」「汗をかかない」「夜の方がよく目が見える」という性質を人間が持つことは生物学的にありえません。
 5:狼のミルクと人間の母乳は成分が違いすぎるため、人間の赤子は飲めません。
 社会学者のウイリアム・F・オグバーンは、インドで狼に育てられたという「野生児」の調査を行ったところ、どれもただの捏造や勘違いだということが明らかになっています。
 例えば、4年半もの間オオカミと生活していた少年が両親のもとに戻ってきたという記事がインドの新聞に掲載されましたが、これをオグバーンが調査したところ、その少年がオオカミと一緒にいたところは誰も見ておらず、ただの行方不明だったということが判明しました。
 アマラとカマラの事件も同様に調べたところ、当時孤児院にいた人々は、風変わりな子どもがいたことは覚えていたけれど、特別に「オオカミ的」な行動を示したかを覚えている人は誰もいませんでした。

 野生児の行動は、一見狼に育てられたかのように見えるので、それを「本当に」狼に育てられたと勘違いしてくる人が出てくるのは当然かもしれません。しかし、合理的に考えれば、これは捨てられた精神薄弱の子どもだったと考えた方が妥当です。
 こういった子どもたちは、「役に立たない」ので貧しい地方で捨てられることは悲しい現実としてありました。カマラとアマラもその中の一つだったのでしょう。


この有名な話は広く流布しているので、生物学者としては困ったことだと思うのですが、きちんとした訂正の本などは出ているのでしょうか?
普通の生物学の知識があれば、「ヒトが狼に近づくことは無理がある」と分かるのですが、社会学や心理学で取りあげられているこの事例に対して、あえて異議を唱えないで済ませているのでしょう。
でも、国民全体の知的レベルを考えたときに、果たしてそれでよいのかなと思うのです。
東北大の「ジェンダー学」でどのような教育が為されているのか、きちんとウォッチしないといけないと思いました。


そもそも、こういう事例というのは、先に「人間が人間らしくなるためには環境や教育が大事だ」という結論があって(この主張は正しいと思いますが)、そこにドラマティックなデータを当てはめようとすることによって生じるのだと思います。
韓国のヒトクローンES細胞論文も、「ヒトのクローンのES細胞を作ることができるはずだ」という命題が先にあって、そのためのデータが可能な手段を用いて捏造されたもので、ある意味、根っこのところは「狼少女」と同じであるように思えます。
研究者の功名心が倫理観を超えてはならないと思います。
by osumi1128 | 2006-01-03 20:15

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