「人種の差」関連エントリー・ファイナル

悪い予想は当たり、JFK出発は6時間遅れた。
こんなことなら、翻訳の本も機内持ち込み手荷物にして、作業を続けるべきであったと心の中で舌打ちした。
しかも、日本は週末なので、処理するメールも少ない。
やれやれ・・・・
という訳で、以下かなり長文になります。

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一連の関連エントリーにはこれまでになく非常にたくさんのコメントを頂きました。
コメントを入れられた方の実数が非常に多い訳ではありませんが、いろいろな立場のご意見を知ることができましたのは有り難かったと思います。
必ずしも建設的な意見交換ではない場合もときどき見受けられましたが、ブログというコミュニケーションの手段としては仕方ないのかもしれません。
そろそろ煮詰まってきたように思いますので、ここでブログ管理者としては一応ファイナルということにしたいというエントリーをします。

今回の元エントリーはWorkshop on Schizophreniaに参加している間に「ゲノム時代」の「人種」というものに一生物学者として興味と疑問を持ったことが発端です(普段はラット・マウスの世界であり、学問上あまり気にしていない)。
そもそも、どんな「人種」であれ混血が可能なので、大局的な生物学として考えると「たいした差ではない」と言えます(「種」の定義から言って)。
ただし、薬の効き方などを考える場合に(向精神薬も含まれます)、ethnic groupを考慮すべきというのが現在主流の考え方だと思います。
そのことを明らかにするための手段として「統計学」は必要不可欠なものですが、実際の医療の現場では究極には「個人の差」「一回性の問題」に行き着くということでもあります。

実は先週参加したCold Spring HarborのWorkshopの初日の講義「(いわば)統合失調症概論」で以下のようなことを知りました。
統合失調症発症に関する社会的なリスクファクターとして、都市で生まれることのほかに「移民」ということがあるそうです。
イギリスの統計をもとにしていたのだと思いますが(実際にはアメリカでも同様とのこと)、中でもAfricanやAfrican-Caribbeanが非常に高く、non-English whiteよりAsianは低い、というものでした(すみません、ノートを成田からの荷物に入れて送ってしまって、今手元に数字がありません。後でリスクが何倍かを入れておきます)。
解釈としては、移民には言葉の障壁や社会的差別等によるストレスがあるためであろう、Asianにおける発症が移民の中では少ないのは家族で移住するからではないか、という風に「説明」されていました。
ただ、どちらも単独移住が多いAfricanとAfrican-Caribbeanの間でも統計的な差があることについては良い説明がありません。
生物学的な差が何かあるのかもしれませんし、何かpsychiatric genetistsにはすぐ思いつかないような文化的・社会的な差があるのかもしれません。

生命科学分野の中では今、「環境」により「遺伝子の働き方」が変わる、ということ(エピジェネティックな変化)に大きな注目が集まりつつあります。
癌や生活習慣病の場合もそうですが、神経系の場合にはさらに、「学習」などとの関係からも興味をひいています。
面倒見のよい母ラットに育てられるかどうかによって、元々面倒見の悪い系統のラットの仔の脳の中の遺伝子の働き方(それは化学修飾によります)が変化したり、持続的なストレスを与えて(ラットにおける)うつ状態を引き起こした場合、そこに抗うつ剤を持続的に投与した場合などでも、DNAの塩基配列そのものは変わらなくても、そのスイッチの入り方(遺伝情報の発現)に差がでます。
「遺伝」と「環境」という意味で言えば、「どちらが大事」なのではなく「どちらも大事」ということです。

もちろん、ラットやサルではヒトの営みすべてをモデル化できる訳ではありませんから、そのような研究は人間の精神活動を理解する助けにはならない、という哲学もありえるでしょう。
チンパンジーに一生懸命言葉を教えても3歳児程度までにしか発達しないといいます。
「だから、チンパンジーの研究をしても意味がない」という立場もありますが、「じゃあ、チンパンジーとヒトとどう違うのか? 何がヒトの言語獲得に重要だったのか?」を調べてみようという研究も実際に為されています。
あるいは、ある言語障害の家系(KEファミリー)において、その障害と連鎖する遺伝子としてFOXP2という名前の遺伝子が同定されました。
障害のある方にはFOXP2遺伝子に変異があり、そうでない方には変異がないことから、この遺伝子が初のspeech geneとして登場したのが数年前のことです(『心を生みだす遺伝子』の中にも書かれています)。
まだ、この遺伝子がどのように言語機能に関わるのかについて、全貌は明らかになっていませんが、その遺伝子はマウスにも存在しており、運動を制御する脳の領域において働いていることが報告されています。
文法性を持った歌を学習する鳴禽の脳でもこれは同様なので、今後の研究により発話に関わる運動系の制御などの理解に繋がる可能性もあるでしょう。

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元エントリーで「アフリカンアメリカンで生物学の研究者は少ないように見受けられるが、これには(社会的な背景が非常に大きいことが予測されるが)生物学的な要因はあるのだろうか?」という意味のことを書き、これについては「人種差別的発言である」というところから、「男女差についても差別的態度なのではないか?」という思いこみのようなご批判を受けました。
元エントリーの「地雷」や、関連エントリーで「バリバリの生物学者」というような言葉で読者を煽ってしまった観があることは行き過ぎだったと反省しています。

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「女性はもともと理系に向かないのではないか?」ということについて「そうではない」「社会的背景がある」ということを支持するデータを出しておきます。
(プレビューしましたら、あまり画質が良くないようですが、今アクセスできるコンピュータではいろいろいじれないので、とりあえずこのままにしておきます)
15歳時点における数学リテラシーに男女差がない、というのは数学科の友人Kさんにネタ元を聞かないと分からないのですが、「理科を面白いと思うか」という質問に対して、だいたい小学校から中学校まではyesと答えた生徒に男女差はないのですが、その後、男女の差が開いていき、結果として大学進学時点で諸外国では理系が男女半々に近いのに対して、日本では3:1くらいになります(科学技術白書等参照)。
その原因として、周囲の環境が大きいのではないか、ということを表すのが右図になります。
これは文科省の「学校教育におけるジェンダーバイアスに関する研究(平成12-14年度)」からのものですが、中学2年生の男女それぞれに「将来、自分が科学や技術に関わる仕事についたら喜ぶと思う」ということを、「お父さん」「お母さん」がどう思うか、また「先生は私が理科で良い成績を取れると期待している」ということについて「とても当てはまる・だいたい当てはまる・あまり当てはまらない・当てはまらない」という選択肢で回答してもらったものを集計したものです。
お父さんよりもお母さん、そして教師の方がより「女子は理系に向かないのでは」というプレッシャーをかけている(それを子供たちが感じている)実態が浮かび上がります。

もし、本当に「アフリカンアメリカンの方が生得的には他のethnic groupと同程度生物学を指向するにも関わらず、社会的にそれが抑圧されているのかどうか」を調べるとしたら、同様の調査をすることが可能でしょう。
ただし、それはそういうニーズや欲求があればの話かもしれません。
上記は男女共同参画に関わるたくさんの方たちの努力によって、現状を改善するための前段階として実態調査がなされたということがあります。
ちなみに、上記の資料が手元にあるのは、明日、松田科学技術担当大臣に男女共同参画学協会連絡会委員長の立場でご面会することになっており、そのプレゼン資料から抜き出したからです。
頂いたコメントで「現状を変えるべく動いていない」というご批判もありましたので、一応、こういうこともしている、ということを説明しておきたいと思います。

だいぶ長くなりましたが、最後に、一連の関連エントリーの中で、コメントによりご指摘を受けた中で、私が重要と思うことにつきまして、以下取り挙げておきます。

<双子における遺伝率について>
「一卵性双生児における統合失調症の発症率は40-60%」という記載ですが、より正しくは「一卵性双生児の片方が統合失調症を発症した場合に、もう片方が発症する確率は40-60%」というのが一般の方には誤読の少ない記載です。
ご指摘有り難うございました。
双子の親御さんの方、ご心配(びっくり?)させてしまって申し訳ありませんでした。
もっと早くコメントバックしたかったのですが、沢山のコメントに埋もれてしまいそうでしたので、別エントリーにさせて頂きました。

<男性の乳癌について>
「乳癌は女性特有」とエントリーの中に書きましたが、女性の1/100くらいの割合の男性乳癌患者もいるといいます。
1/100という数字の信憑性につきましては、正確なことは専門書等に当たって頂いた方がよいと思いますし、生涯発症率としてどのくらいなのか知らないのですが、「(これは無視できない数字であるので?)、<乳癌は女性特有>という記載は改めるべき」とのご指摘を頂きました。
ご指摘のように訂正致します。
有り難うございました。

<フィンランド人について>
「フィン人はウラル語族の系統です。」という記載について、「人種と民族を混同している」旨のコメントを頂きました。ご指摘有り難うございます。
言いたかったことは、フィンランドの国民の多くを構成するフィン人は、おもにフィン語を使用するのですが、これはウラル語に属するもので、また、身体的にも同じ北欧のスウェーデン人とは異なる、ということです。
身体的な部分は、これまでに実際にお会いした(たかだか)数人のフィンランド人の方たちから私が感じる「印象」で(やや身長が低い、髪の毛の色、目の色が茶系など)、その分類としてどのように扱うのが適当なのかは知識がありません(どなたかお教え頂ければ幸いです)。

なお、Wikipediaを覗いてみましたら、下記のような記載になっていました。

現在のフィンランドの土地には旧石器時代から人が居住した。南には農業や航海を生業とするウラル語族のフィン人が居住し、後にトナカイの放牧狩猟をする、同じくウラル語族のサーミ人が北方に生活を営むようになった。 400年代にインド・ヨーロッパ語族のノルマン人のスヴェーア人がフィンランド沿岸に移住を開始し、居住域を拡大していった。


私のブログよりは影響力が大きいでしょうから、こちらを編集して頂いた方がよいかもしれませんね。

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昨日は成田に着いたのが夜の10時過ぎ。
時差解消にはこういうタイミングの方がよいかもしれない。
今日、明日は東京で用務。
Commented by tpkn at 2006-08-07 10:06 x
> フィンランド語云々について

北欧はおおまかに言って北へ行くほどアジア人(ラップ人、エスキモー等の北極圏民族)に近い顔つきの人が増えますね。ラップ人との混血が進んでいると思われる「インド=ヨーロッパ語族」のアイスランド人などがその典型でしょう。ほかに、マジャール語(ハンガリー語)もウラル語族ですが、オーストリア人やクロアチア人とハンガリー人との間に何か特徴的な身体的違いを見出す人がいるとすれば、それは「族」という漢字に引っ張られた結果と見るのが自然ではないでしょうか。「マジャール語は印欧語ではない」という知識がなければ、そのようなことはおそらく思いつきもしないでしょう。

> なお、Wikipediaを覗いてみましたら、

おお、このWikipediaの記述は非常に誤解を招く表現ですね。「アルタイ語族のトルコ人と日本人」「インド=ヨーロッパ語族のメキシコ人」といった表現を想定してみれば、その違和感がわかっていただけるかと思います。私はWikiの使い方がよくわからないので、どなたか詳しい方、ぜひ編集をお願いいたします。
Commented by hana at 2006-08-07 10:35 x
「日本では女性が研究者にならない」という理由に対して、「社会的要因が大きい」という仮説についてはよいとして、「生物学(遺伝子学)的には男女の理系能力は同等である」という仮説についての検証はなされているのですか?

一部の生物学者の方が、「女性は遺伝子的に理系的能力に劣っているというのは、見識のある生物学者の間では常識」と発言しており、気になりました。
Commented by st at 2006-08-07 12:01 x
一連のエントリーと多数のコメント、大変考えさせられ、勉強になりました。
Commented by st at 2006-08-07 12:03 x
一連のエントリーと多数のコメント、大変考えさせられ、勉強になりました。
Commented by tpkn at 2006-08-07 19:17 x
上記コメント、アイスランド人とラップ人の話はまったく無根拠な思い込みでした。ラップ人(サーミ)は別にアイスランドにいませんね。お詫びして訂正します。

参考スレ:ビョークって人種的に分けると?
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/geo/1000588575/213n-
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↑今日の昼頃、このコメントがなんらかのエラーにより、何度やっても別のエントリーにくっついてしまたので、改めてポストしなおします。別エントリーにストーカーみたいに同じコメントが連投されていますが、そういう事情です。失礼いたしました。
Commented by kshojima at 2006-08-08 04:25
前にサマーズがハーバードで「女性には科学的素養がない」ようなことを行っていたのを思い出しました。アメリカの知識階級の考えそうなんですから日本は言うまでもないなぁっと。。。
Commented by 本当かね at 2006-08-08 05:31 x
どれだけ言葉を重ねて言い訳したとしても、
やはり納得しかねるものがあります。
あらためて、最初の「人種の差」の文章を読むと
大隅先生が、後におっしゃるように深く考えた上での発言だとは
とても思えないのです。

環境も大事といいますが、
「バリバリの生物学者である私から見たら、オリンピックの100m走で日本選手が金メダルを取れるような日が来ることは決してないと思うし、それは、ゲノムに書き込まれていることによる限界を示している。」
と大隅先生は書いているじゃないですか。

結局、大騒ぎされて、やっとちょっとだけヤバイと思って
言い訳しているようにしか思えないですね。
Commented by hana at 2006-08-08 07:10 x
大隅先生

答えにくいということでしたら、大隈先生のお考えでなくてもよいですから、女性は理系研究者に向かないというのは、「見識ある生物学者」にとっては当たり前のことなのかどうかをお教えていただけないでしょうか。理系を目指す学生として、「バリバリの」生物学者の御意見を是非伺いたいと思います。
Commented by T at 2006-08-08 11:24 x
結局、人種の差や、男女の遺伝学的、生物学的差があるのは事実だが、その事実を人間社会がどう受け止め、活用するなり、切り捨てるなり、どうやって差別の無い社会をつくっていくかかが一番大事なのだ。
生物学的差の存在は事実だし、人種というカテゴリーも机上の空論でなく存在する。怖いのは「存在する事実」が、自分の信ずる理念に合致しないからと、それこそ机上の論理を駆使して「存在しない」と牽強付会な論理で結論してしまう恐ろしさだ。
はっきりしボーダーはなくとも、人類を代表的人種に分けることは可能で、それ事態は悪ではないのだ。医学的には有益だったりもするのだ。
Commented by まあ at 2006-08-08 13:26 x
まともな意見だと思います。
Commented by うん at 2006-08-08 13:31 x
hanaさま
あなたの考える「女性研究者」とは何でしょうか?
独立してラボを持ち、研究費を自分で持ってくる「ボス」のことでしょうか?それとも研究を職業としている人のことでしょうか?
研究を仕事としている人をさしているのならば、そこに男女の能力差はないと思います。数が多いだけに男の方にバカが多い気がします。就職できなかったからなんてのもいますから。

見識はないですが
>女性は遺伝子的に理系的能力に劣っている
なんてことを平気で言える、幼稚でバカな人たちの言うことは気にしなくてもいいと思います。

ただ、もし、ぼす=理系研究者との考えなら、お分かりのように男女のかずの差は存在します。過去における博士課程まで進む男女比の関係もあるとは思います。ボスになることに関して、男女差別があったかどうかは私には分かりません。
Commented by うん at 2006-08-08 13:41 x
それと

大隅さんに質問するのもいいですが、大隅さんは研究者としては成功している一握りの部類です。
仕事として研究をしたいのならば、研究室巡りでもして、実際にいろんな女性の学生やスタッフに会って、話を聞く方があなたの人生設計の役に立つと思います。
Commented by keya1984 at 2006-08-08 23:12 x
この文部科学省の「学校教育におけるジェンダー・バイアスの研究」という調査は、設問が恣意的だと私は思うのですが。「ほら!こんなにジェンダー・バイアスがありますよ!」「女は理系に向かないという偏見がこんなにあって子供が影響を受けてますよ!」という結論先取りのための設問というか。でも良く見たら、どの項目でも「理系に進んだら親が喜ぶと思う」「自分が理科でいい成績をとれると先生が期待してくれている」と思っている中学生は「男子も少ない」という結果なんですよね。なぜこんな結果になるのか、少し考えてみました。
Commented by keya1984 at 2006-08-08 23:21 x
これと同様の設問を「理科」ではなく「社会科」でやっても、似たようなことになるんじゃないでしょうか。受験科目の主要三教科は「英」「国」「数」でしょう。「社会科」も「理科」も暗記科目のようになってて、どっちかというとサブ扱い。だから、そういった教科で「良い成績を取れると先生が期待するか」と言えば、主要三教科よりは重視されない傾向があると思います(みなさんの中高生の頃はどうでしたか?)。まして将来の進路として「社会科に進んだら親が喜ぶと思うか」となれば、おそらく理系より更に少ない。「つぶしがきかないぞ?」という親心とかありますよね。ですから、男女ともにこの設問で「そう思う」と答える生徒が少ないのは当たり前かと。
Commented by keya1984 at 2006-08-08 23:32 x
「女は理系に向かないという偏見が多い」という声を何となく耳にする機会が多い割りには、親の期待度でそんなに差がない結果だとも思えます。この男女差は、むしろ就職面での期待の差(必ず定職についてほしいと期待される男子と、無理に就職しなくてもよいと思われる女子との差)が出ているのではないかと。それより明らかに「極端に少ない」と思えるのは、「自分が理科で良い成績が取れると先生が期待している」と思っている女子です。これは、「自分は理科が好きで良い成績を取る自身があるのに先生は期待してくれない」ということとダイレクトにつながるのかどうか。そういう場合もあるかもしれませんが「自分は理科は興味ないし良い成績を取れるとも思わないし、先生もそんな期待は自分にはしていない」という女子が非常に多い、ということの反映かもしれません。この結果からだけでは、何ともいえないと思います。ですから、物理だとか生物だとか天文地質だとかに興味がある女子はやはり少ないかもしれないということをふまえて、少ないかもしれないが芽を摘まないようにという方向性のほうが大事なのではないかと思います。
Commented by keya1984 at 2006-08-09 00:29 x
そういえばS.ピンカーの著書で、こんな話が載っていました。物理学の分野での話なのですが「あなたは女でも理数系の成績がいいんだから是非その道へ」という過度の期待(逆説的に「性役割」の期待)をかけられて進学したはいいが、やはり興味が続かず適性も感じず悩んで離脱する女子学生が意外に多いとか。そういえば物理学という領域はほんとに女が少ないという印象があります。それに比べて生物学は比較的多いような気がします。特に自然調査などの綿密なフィールドワークといった基礎研究部門で、女性研究者らしき名前をよく目にするような。思えば文科系でも哲学はかなり男に偏っているような。私にはどうも、理系と文系というより、ある特定分野において偏りがあるような気がするんですよね。
Commented by hana at 2006-08-09 06:53 x
うんさま、tさま

お返事ありがとうございました。

自分の進路を選択するときに遺伝子学にみて才能がない分野には行きたくないので変な質問をしてしまいました。それともう一つ、純粋に最先端の生物学者はこういう議論についてどうお考えなのかを知りたかったのです。tさまのいうように遺伝子の差を社会がどう活用するかによるという指摘は、なるほどと思いました。

大隈先生、お返事いただけなくてとても残念でした。生物学者として活躍されているのを知ってこのブログを拝見&書き込みさせていただいておりました。バカバカしい質問をしてしまってすいませんでした。
Commented by やれやれ at 2006-08-09 08:47 x
>Tさん hanaさん

そして社会・文化的な差が存在することも事実で、どちらがどれだけの重要性を持っているかはケースバイケース、比較しないとどう扱うべきかはわかりません。実験室のほんの部分的な事実をあたかも支配的なメカニズムであるかのように喧伝する科学者の手口には気をつけねばなりませんね。
Commented by なんとなく at 2006-08-09 10:38 x
理系の人って、オタク的要素を持ってないと続かないように思います。オタクという言葉で語弊があれば、興味の強い偏りというか。サイエンスの分野は、そこまで"こだわり"を持てる人でなければ続かないのではないでしょうか?
理系に女子が少ない、というのは、鉄道オタクに女子が少ないのと共通点があると思います。女子は科学にそこまでの"強い興味"を見出せない人が"多い"のではないでしょうか。
Commented by どことなく at 2006-08-09 11:21 x
女子がそういう強い”こだわり”を持つことを歓迎しない空気も世の中にあるのではないでしょうか。それに女子は他にかけるべきコストが多いですし。
Commented by keya1984 at 2006-08-10 07:47 x
うーん。なぜ幼児の頃から男の子は乗り物に異様な興味を示しがちかということと、なぜ鉄ヲタに女が少ないかということと、関連はありそうです。ただしこれは「理系的な感じのするもの」の中で言えば一要素「機械的に動くものへの強い関心・機械的に動く仕組みへの強い関心」ではないかと。でも、ヲタ全般で言えばアニヲタは女も多いわけですし(笑)。あと、「女子は他にかけるべきコストが多い」というのは、たぶんそうでしょうね。ただし「女子がそういう強い”こだわり”を持つことを歓迎しない空気も世の中にあるのでは」というのは思い過ごしでは。「あまりひとつのことにこだわるな」というのは男がよく言われることです。実際、ヲタであることを物笑いの種にされるのも、もっぱら男のほうだと思います。
Commented by keya1984 at 2006-08-10 07:48 x
それより私が言いたかったのは、次エントリで大隈先生が言われている『「女性はこれこれに向く・向かない」ということを気にするよりも、自分は何が好きか、何をしていると楽しいか、やりがいがあるか、を大切にして下さい』に近いです。文部科学省のフェミフェミ調査の問題とピンカーの一節を紹介したのは、「女があまり理系を志向しないのは社会的抑圧があるから」という主義のもと「女の子たちは、理系に向かないと社会に思い込まされている」となって、「女だからこそ理系に向けて頑張って」などと逆説的に性役割を課すような風潮にならなければ良いが、ということです。なので、女がひとつのことに興味が続かないということを言いたかったのではありません。中高生の頃の興味が大人になって続かないことは、何の分野でも男女の別なくあることだと思います。ちなみに私は史学畑ですが、「暗記が得意なので受験科目で歴史が好きだったから」「ある歴史小説に感動したから」といった理由で入ったはいいが、やがて興味を失っちゃったという人も(男女ともに)在学中にいましたし。
Commented by どことなく at 2006-08-10 09:52 x
でも、身なりがいいがげんだけど数学ができる男子と、身なりがいいかげんだけど数学が出来る女子なら、世の中の圧力が強いのは女子のほうではないですか?
Commented by どことなく at 2006-08-10 10:36 x
あとやっぱり、幼児でも親の反応とか見てると思いますよ。計算する犬っているじゃないですか。主人の反応を見て数を選ぶっていう。そういう感じで幼児でも既に刷り込まれてるのかもしれませんよ。
Commented by PhD? at 2006-08-10 21:41 x
良く一連のエントリーを読むんだ。

典子さんは、
「女性が科学の勉強にむいていない。」
ということを身をもって証明してくれているじゃないか!
Commented by ちがうよ at 2006-08-10 23:40 x
個人差が大きいんだよ。典子さんが向いてないだけ。
Commented by keya1984 at 2006-08-11 07:49 x
>身なりがいいがげんだけど数学ができる男子と、身なりがいいかげんだけど数学が出来る女子なら、世の中の圧力が強いのは女子のほうではないですか?

どんな圧力なのかわかりませんが見たことも聞いたこともありません。たとえば「数学ができるけど身なりがいいかげんで陰気な男の子」と「身なりがいいかげんだけど数学ができてわりとサバサバした女の子」と比べてみては?*つまり「数学」んとこで色目で見すぎです。
Commented by keya1984 at 2006-08-11 07:58 x
「親による刷り込み」論は在学中に教育学で知っていましたし、フェミ本で読んでたのでよく知っていましたが、自分が親になってみれば、そんな単純なものではありません。親の反応なんか関係なく息子は異様に乗り物に興味を持ちました。ためしに、あまり喜ばない反応をしてみせると息子は幼いながらに抗議したり悲しんだりしました。というか、自分の好きなことについて親が喜ぶ反応をすれば相乗効果はあるでしょうが、「子は、親が喜ぶもの喜ばないものを見ながら、喜ぶことを選んでいく」のであれば躾けも教育も必要ないとすら言えます。同じことを繰り返し叱って覚えさせる必要もないわけで、そんな楽なものはないでしょう。でも実際にはそんなことないです。
Commented by どことなく at 2006-08-11 08:36 x
そうかな。絶対じゃないけど、やっぱりあると思いますよ。陰気とかサバサバとかこそわざとらしいです。
あと犬だってなんでも言うこと聴くわけじゃないですからね。
Commented by keya1984 at 2006-08-14 05:54 x
「身なりがいいがげんだけど数学ができる男子と、身なりがいいかげんだけど数学が出来る女子なら、世の中の圧力が強いのは女子のほう」というのは、社会にそう思わされているのではなく、ありがちなフェミニスト(?)の主張によってあなたがそう思い込まされているだけでしょう。だって具体的な話でも何でもないわけでしょう。「どことなく、あると思う」「絶対じゃないけど、やっぱりあると思う」なんて、思い込みにすぎないのですから、それこそ男子への偏見ですね。「身なりの良し悪し」と「数学の出来不出来」には何の関係もないわけです。でも結びつけるのは、おそらく「ダサくて実験好きでオタッキーな理系クン」のイメージなんでしょうけど、それこそ安直なイメージなわけです。そしたら実際はどうかと言えば、性格ほかのこととも結びつけて考えてみればすぐわかるでしょう。要するに、「数学ができる女の子にどんな圧力があるというのか」ということなんですよ。身なりについて言えば、女の子のほうがおしゃれに気を使う傾向があるかもしれませんが、それは圧力でも何でもないでしょ?
Commented by keya1984 at 2006-08-14 05:59 x
あと、ここで犬と人とを比べるのであれば、「イヌの親子とヒトの親子」で比べないと意味がないのです。飼い犬と飼い主の間の「調教による影響」のことであれば「飼い犬と野良犬」を比べないと意味がない。子を育てるのは調教ではありませんからね。科学的に考えないと(笑)。なお、数日レスができませんので、レスがあってもお返事は数日後になります。
Commented by どことなく at 2006-08-15 10:05 x
keya1984さんのどこが科学的なのか分かりません。思い込みとこじつけばかりみたいです。
Commented by kk at 2006-08-16 04:05 x
kera1984さんは男性の方でしょうか?
もし、そうならば、
1)きちんとした身なりの男性の格好(アイロンのかかったシャツとスーツとネクタイ、靴はピカピカ、髪もといてヒゲもそってます)
2)いいかげんな身なりの男性の格好(のびほうだいのひげ、ぼさぼさの頭、センスを無視したよれよれのシャツとズボン)
3)きちんとした女性の格好(ヒゲとすね毛をそって、化粧してかつらかぶって、胸と腰に詰めものしてスーツきてハイヒールはく。できればダイエットもしてね)
4)いいかげんな身なりの女性の格好(ヒゲとすね毛はないけど、
化粧もせず、頭はぼさぼさ、時代遅れのなりふりかまわない服装で、辛うじて女性だと思われる格好)
この4つの格好で、ここで述べておられるような論理的、科学的?!な議論を見知らぬ人(男性、女性)とおこなった場合、どんな結果が出るでしょう?
Commented by keya1984 at 2006-08-16 19:55 x
>keya1984さんのどこが科学的なのか分かりません。思い込みとこじつけばかりみたいです。

それはあなたでしょう。何日たっても、具体例の一つも出てこないのですから。数学ができる女の子に、どんな圧力があると言うんですか?言い出した本人がそれに答えれらえないということが、そんな圧力などないということを証明していることにしかならないんですけどね。
Commented by keya1984 at 2006-08-16 20:18 x
kkさん。見たところ、1)~4)いづれも「数学の出来不出来」とは、全く関係ないようです。純粋に見た目の問題ですよね。その問いにどのように答えようとも、それとが「数学の出来る女の子に圧力がある」ことになりますか?

つまり、2)の男子が文学ヲタクであればどうなのでしょう。あるいは3)の女子の(つまり体毛が濃いその他の)悩みなどのことが、いったいどのように「数学が出来る女の子には圧力がある」ことに結びつくのか、それをあなたが言わなければ、恣意的な設問でしかないのですよ。科学的、というのも大袈裟ですし、所詮は(この件に関して)茶飲み話のレベルでしかないのですが、いい加減な印象だけで関係ない話を「そういうことがあることにする」かどうか、少しマジメに考えたらわかることですよね。もちろんここでは3)が性同一性障害のMtFではないことを念頭に置いています。なぜなら、そうした人への圧力はありますがそれは全く別の話ですから、ここで持ち出すのは不謹慎だからです。体毛の濃い、胸の薄い女の子もありましょうや。ですからここでは3)を女子だとしてお答えしました。
Commented by kk at 2006-08-17 03:18 x
私が思うのは、keya1984さんが思っている以上に、女性が見た目で判断される要素があるのではと思ったからで、数学ができるできないには、あんまり関係ないです。表現は悪かったのかもしれませんが、実際に女の格好をして歩いてみて、世の中の反応を見ると言うことで、どことなくさんの言わんとしていることがわかるかもしれないのではおもったのですが、keya1984さんはにはそういうユーモアを受け取ってくれそうな感性が無さそうなので、もうやめにします。
Commented by keya1984 at 2006-08-17 07:28 x
>私が思うのは、keya1984さんが思っている以上に、女性が見た目で判断される要素があるのではと思ったから

私はそれを否定していませんよ?

>数学ができるできないには、あんまり関係ないです。

私もそれを言っているのですが。

>実際に女の格好をして歩いてみて、世の中の反応を見ると言うことで、

ということは、やはり「男が女装して歩いたら」ということでしょうか。それは全く別の話でしょう。どことなくさんは、そういうことなど言っていないのですし、そういうのは、ユーモアとは言わないと思います。
Commented by kk at 2006-08-18 12:58 x
 ある仮説Aを支持する現象A'を示すことによって、仮説Aが示唆される。これに対して、ある仮説Aを支持する現象A'が存在しないことによって仮説Aを棄却するのは難しい。現象A'を示せないことは、仮説Aを証明はできないけど、それを完全に否定することもできない。
 少なくても、どことなくさんのこころの中には、圧力が存在する。証明はできないけど、それができないからと言って、keya1984さんのいうようにそんな圧力がないことの証明になっているわけではない。keya1984さんの頭の中の検出限界の感度では見えないだけであるのかもしれない。 先に挙げた4つの場面を実際にやってみたら、検出感度があがるかもしれないと思ったので、私は実験例を示唆したに過ぎない。科学的な議論とはこんな感じでおこなわれるんではないでしょうか?その善し悪しはわからないけど。
Commented by keya1984 at 2006-08-18 23:01 x
kkさん。科学的な議論?に移る前に、少し気になっているので確認してみたいことがあります。先の私のレスはつっけんどんすぎたかもしれません。kkさんは、私に男かと尋ねられました。そのうえで書かれたことを拝見して感じるのは、kkさんは女で、こうしたことを私に問いかけたいのではないかということです→「どことなくさんの言われることは数学とはあまり関係がないと私も思う。でも私は女なので、どことなくさんの言わんとしたいこともわかるような気がする。あなたは男なのでしょうか。どことなくさんの気持ちがわからないのは男だからではないですか?見た目で判断されがちな女の気持ちは男の感覚ではわからないかもしれないけれど、たとえば自分のパッと見を女にできて歩いたらと想像することで少しわかりませんか?」。ざっくらばらんに書くと、私はそのようにも受け止めているのですが。
Commented by keya1984 at 2006-08-18 23:14 x
そこで、『ある仮説Aを支持する現象A'を示すことによって、仮説Aが示唆される。これに対して、ある仮説Aを支持する現象A'が存在しないことによって仮説Aを棄却するのは難しい。現象A'を示せないことは、仮説Aを証明はできないけど、それを完全に否定することもできない』について、まずは別の例で考えてみます。ある行動に関する遺伝子群の存在を仮想することによる仮説などがそうですね。その当該遺伝子群がゲノム上に特定されていなくても、それを「ある」と仮構する仮説を「ない」と仮構した場合の仮説と突き合せて、どこまでその行動が説明できるかというケースを考えてみます。すると、そこで言う「現象の有無」が何を指すかにもよると思うのですね。kkさんの言われる「現象」が「当該遺伝子の有無という現象」を指すのであればkkさんの言われるとおりでしょう。しかし「当該行動の有無という現象」を差すのであれば、仮説A(仮想された遺伝子群の有無)を支持するはずの現象A'(その遺伝子群の有無による当該行動)が存在しないとき、仮説Aは棄却されるはずです。
Commented by keya1984 at 2006-08-18 23:24 x
さて、では以上をふまえたうえで『ある仮説Aを支持する現象A'を示すことによって、仮説Aが示唆される。これに対して、ある仮説Aを支持する現象A'が存在しないことによって仮説Aを棄却するのは難しい。現象A'を示せないことは、仮説Aを証明はできないけど、それを完全に否定することもできない』ということをkkさんが、どことなくさんの意見にどのように当てはめているかが、よくわかりません。ここでは「数学のできる女の子に世の中では圧力がある」が現象A'に当たることは理解できますが、仮説Aに当たるものは何なのでしょうか。「女が見た目で判断されがち」というのも別の現象でしょうし私はその現象の存在は否定しておりません。kkさんとしては何が仮説Aに当たると思われて、私がどのようにそれを否定しているとお感じなのか、見当がつかないのです。そこでそれがわからないまま、とりあえず連投になりますが私のほうから自分の意見を説明してみます。
Commented by keya1984 at 2006-08-18 23:27 x
どことなくさんは”自分の中に”ではなく”世の中に”「ある」としているのです。そして私は、どことなくさんの心の中に「ない」とは言っていないのですよ。どことなくさんの心の中に嘘ではなく、実際にそのような心理が「ある」という前提で「思い込みでしょう」と言っておりますし、ご本人の思い付きではなく「ありがちなフェミニスト(?)の主張によってそう思い込まされているだけでしょう」とも言っております。なぜならある人の心の中に何かについての抑圧感が主観的に存在するということと、世の中にそのような圧力が客観的に存在することということは、混同されていいものでしょうか。「数学のできる女の子には世の中で圧力がより高い」という現象A'は提唱者の心の中にあれば良いというものではなく、客観的に観察されないのでしたら「事実と違う」としか言えないでしょう。ひとまずここはご理解いただけるのではないかと思います。
Commented by keya1984 at 2006-08-18 23:34 x
つまり、kkさんは男である私の「感性」や「頭の中の検出限界の感度」の問題にしていますが、そのような問題ではないでしょう。いえ、仮に私にそのような問題があって「あるはずの事実が検出できない」のだとするなら、他の人が「本人の主観的な抑圧感ではなく、該当するこのような圧力的言動の事実が客観的にありますよ」と提示すればこと足りるのです。ところが事実の提示がないままに「あなたの感性や感度の問題」で「見えないだけ」だというのであれば、科学ではなく宗教として論じるべき話題になってしまうのです(宗教論としても問題がありますが)。あるいは見た目で判断されがちな女の気持ちが男にわかるのかという非難でしたら、その気持ちはわかります。しかしだからといって、そうした女の気持ちだということで事実ではない嘘までが「そうした女への圧力が世の中にはある」と語られて良いことにもならないはずです。そうした嘘も女心の表れだと言われたらそうなのでしょうが、嘘は嘘です。
Commented by keya1984 at 2006-08-18 23:40 x
でもそういう女心の嘘も場合によっては、表現されたことを事実としてではなく感情として受け止めるべきケースもあるかと思います(逆の立場でもそれはありますよね)。そこで、ここではそれで良いかどうか、『先に挙げた4つの場面を実際にやってみたら、検出感度があがるかもしれないと思ったので、私は実験例を示唆したに過ぎない』とのことですので、思考実験をしてみましょう。これは数学ができるできないには関係ないということで同意できているはずなのですから、それを踏まえて考えます。私はノンケでストレートの男ですが、「GIDのMtFの人はどんな好奇の目にさらされるのか、それだけでも自分で疑似体験してみよう」と思って女装して道を歩くとします。この実験により、あくまで擬似的にですが、世の中の圧力は体験できるでしょう。なぜならそうした圧力をかける人は「この人は性同一性障害なのかな?それともノンケでストレートな男が実験的に女装しているだけかな?」などとは考えたりしないでしょうから。
Commented by keya1984 at 2006-08-18 23:54 x
しかしそれだけでは、当事者への圧力が時として二次的に精神疾患に結びつくほどの苦悩までは体験できません(もちろん心を病まず前向きに生きている当事者も多いのですが、ここでは別の話ですので割愛します)。この精神病理との混同をさけるため、医療の現場では次のような指針が設けられております。
http://www.jspn.or.jp/04opinion/opinion14_07_20_01.html#2
「自分は体は男だが本当は女なんだ」という確信と苦悩という本人の主観が第一に考えられていること、かつ、何らかの精神病理による一時的な認知障害等ではないことが基準に設けられておりますよね。当事者の心の中の抑圧感が極度の抑うつ状況など精神病理を生むこともあります。しかし幻覚や幻聴が原因で性同一性が逆転しているのではないわけです。そうした精神病理にもつながりうる抑圧感を感じさせる世の中の圧力は、本人の思い込みではなく現に存在するものです。それに対して「数学ができる女の子への世の中の圧力」は、こうした検出レベルでの話なのでしょうか?何でもかんでも抑圧だということしたあげく、ありもしない圧力まであることにしてしまうのは「それも女心だ」で済むとは考えないのです。
Commented by keya1984 at 2006-08-18 23:56 x
私が上で書いた「ある人の心の中に何かについての抑圧感が主観的に存在するということと、世の中にそのような圧力が客観的に存在することということは、混同されていいものでしょうか」とは、こうしたことを念頭に書きました。当初いきなり不謹慎だなどと言われてkkさんも立腹されて「女心もユーモアもわからん男め」とお感じになったのかもしれませんし、あの私の書き方ではそれも無理もないかとは思います。そこで長くなりましたが、私としては、こういうことがあるからあのように指摘したということを説明いたしました。短い言葉で簡潔に書けないものかとも思うのですが、私にはそうした技量はないようです。
Commented by kk at 2006-08-19 14:27 x
 この手の話を実験科学者がおこなう方法で議論することがいいのかどうかわからないけど、議論は科学的であった方がよいようなので。
 仮説Aを支持する証拠A'を示すのは、難しいのではないか。ある限定された実験系の中でのみにおいて証拠データA'を出すことさえも、実験科学者達は日々悪戦苦闘している。高解像度の分析機器や光学機器が開発されるのも、弱いシグナルを増感、増幅させる方法の開発も、シグナルに対するノイズを消す努力をするのも、みんなデータA'のためだ。 そうして出された証拠A'をもってして、仮説Aは示唆される。その繰り返しだ。しかし、データA'が出せない場合、仮説Aを示唆できないけど、それをもってして仮説Aを完全に否定することは難しい。あくまで検出限界以下だとしかいえない。あの手この手でA'をさがす。(この部分がおタクにみえるのか?) それでもだめなら、別の仮説Bをあげて、それを支持する証拠B'がおなじ実験系で検出されることをもって、AのかわりにBを主張することはできる。が、それでも仮説Aを完全に否定するには慎重でなくてはいけない。
Commented by kk at 2006-08-19 14:40 x
 どことなくさんのいうところの、「数学ができるけど身なりがいいかげんな女子は、同様の男子よりも圧力を受けている」という仮説Aを支持する証拠A'は、確かに示されていない。(そう簡単には示せないだろう。)しかし、だからといってこの仮説を完全に棄却することもできない。 一方、keya1984さんの考えているところの、「どことなくさんが感じている圧力は、フェミニズム運動による刷り込みがもたらした主観的な思い込みだ」という仮説Bを主張したかったならば、それを支持する証拠B'を示さなくてはいけない。 たとえば、『19xx年に、扇動的なフェミニズム運動家達が、数学能力の高い少女達を一同に集めて、夜な夜な男性への偏見ともとれる思想を吹き込んだ結果、思い込みによる抑圧が生じた女性がいる事実』などがあるとすれば、keya1984さんの主張に説得力が出てくる。それでも、それが「どことなくさんの仮説Aが嘘で、圧力は刷り込みによる主観的な思い込みであることの直接的な証拠」にはならない。
 
Commented by kk at 2006-08-19 14:42 x
 keya1984さんは、歴史や社会学、教育学などよく勉強されていて知識は豊富な方なのであろう。しかし、その知識の表現方法が不完全だと、どんなに説明しても、説明すればする程、『思い込みとこじつけみたいで、どこが科学的なのかわからない』といわれてしまう。残念なことである。
Commented by 傍観者k at 2006-08-19 21:53 x
>実際に女の格好をして歩いてみて、世の中の反応を見ると言うことで、どことなくさんの言わんとしていることがわかるかもしれないのではおもったのですが、

男性が女装することでの周りの反応?を確かめろ、ということだとしても、男性が女装すること自体が好奇の視線に晒されると思うし、普通の体型の男性が女装するなら女性以上に神経を使うのは当然でしょう。 その点から言えば女性が(それがどんなものであれ)男装をすることの方に好意的なのがこの世の中というものかも知れませんよ。

>それをもってして仮説Aを完全に否定することは難しい。

誰かが「完全に否定」されるって言ったの?
ここは「完全に否定」さする必要なんて無いと考えるのがフツーなのではないでしょうか。

あと、NHKの数学講座を女がやっている時代に、こんな議論はないだろー、とも思います。
Commented by keya1984 at 2006-08-20 00:22 x
kkさん。「あなたは男だから女の気持ちがわからないのだろう」が通じないとなると、次は「あなたは文系だから科学の話がわからないのだろう」ですか。では、文系の科学論を述べます。「仮説と現象」「実験と検出」についての実験科学者の方法論は理解できます。ならば、「この手の話を実験科学者がおこなう方法で議論することがいいのかどうかわからない」についてお答えするとすれば、その方法論は、いま論じられていることには応用できません。なぜなら、どことなくさんの意見はそうした方法論によって検出できるものではないからです。つまり、「数学ができる女子は同様の男子よりも世の中で圧力を受けている」というものは「科学的な仮説ではない」としか言えないはずです。そのうえで「議論は科学的であった方がよい」とお考えであるなら、この種の意見が科学の土俵で語れるかどうかからお始めになるべきでは。それこそ先日来の主題であったものですよね。科学的であるか否かとは、科学という方法論で考えられるか否かでしょう。科学的仮説ではないものを科学の方法論で弁護しようとすれば、それは似非科学です。
Commented by keya1984 at 2006-08-20 00:37 x
それより、kkさんは実験科学の方法論を安易に流用していらっしゃいますが、科学以前にひどく無理があります。kkさんの先のレスでは、明らかに「数学ができる女子は同様の男子よりも世の中で圧力を受けている」を「仮説を支持する現象」として扱っていたはずです。しかし「その現象が検出されないからと言って、その現象が支持するとされる仮説までは否定できないのではないか」とのご意見でした。ですから、私は「ならば仮説に当たるのは何ですか?」とお尋ねしたのです。すると今度は、先に「検出できなかった現象」として扱っていたはずのものが「仮説である」と言われる。そんな馬鹿な。それ自体が仮説でありそれを支持する現象であり、しかしこの現象は検出できないが仮説としては棄却できない・・・? それでは「さまよえる恒星ネメシスの接近が恐竜を滅ぼしたのだ」と変わらないではないですか。ネメシスなる空想上の星について「そういう星がさまよう現象があるという仮説であり、その現象は観測されないが観測できないからと言って仮説は棄却できない。なぜならその接近で恐竜滅亡は説明できるからである」。
Commented by keya1984 at 2006-08-20 00:39 x
実験による検出ができない部分があるからといって有効な仮説を葬り去るべきではないといえば、まさに進化論などがこれに該当すると思います。しかし進化論の科学としての妥当性を担保するものは、実験による検出ができない部分を補って余りあるだけの科学的精査に耐えうるからでしょう。どことなくさんの思い込みは、進化論的なレベルではなくネメシス説くらいのものないではないですか。まして、そうした科学的方法論の約束を無視して、埒外にある「あなたは男だから」「あなたの感性や感度の問題」「あなたの表現の不完全性」などを持ち出して強引にありもしない結論を導くのでは、非科学的を通りこして没論理的としかいえません。私の表現の拙さはもちろんのことですし、感性の問題などもあるかもしれませんが、科学の土俵に上がらない話題について当否の判断基準を相手の個性を理由にして結論付けるのは科学の方法論ではないはずです。ご自分の現在の主張が科学的であるかのように装っておられるのでしたら、あまりにも基礎的な論理そのものを軽視しすぎです。科学用語を散りばめたらからといって科学的だとはならないでしょう。もう少し、筋道だった論考をお願いいたします。
Commented by keya1984 at 2006-08-20 00:48 x
なお蛇足ですが、『19xx年に、扇動的なフェミニズム運動家達が、数学能力の高い少女達を一同に集めて、夜な夜な男性への偏見ともとれる思想を吹き込んだ結果、思い込みによる抑圧が生じた女性がいる事実』など私が言いもしないことを立証する必要はありません。こうした詭弁はフェミニズム板で何回か目にしましたが今回もです(私が「過激フェミニストによる陰謀」説などどこでしているのでしょうか?)。「社会通念の内面化」や「社会的な言説の影響」というのは社会学的に扱われる認識であり、これ自体には有効なものも多いのですが、なぜか社会学系のジェンダー論者は、自分たちは社会の影響から脱しているかのような論調をしばしば見ます。その一例が「数学ができる女子は同様の男子よりも世の中で圧力を受けている」という言説でしょう。意図的な嘘でなくて、該当事実がないのにそれが事実かのように思い込んでいるのであれば、そうした思い込みは個人的な空想であるか、世の中に既にある言説の影響を受けたかどちらかでしょう。おそらく後者だろうというのは、意地悪な解釈をしたくないだけのことです。その解釈を立証せよ言われればできませんが、それならばどうだとおっしゃりたいのですか?
Commented by kk at 2006-08-20 08:52 x
 自分の考えを理解されるように文章化する作業は難しいものですね。本件に関して私が言いたかったことは、「そんなこと結局誰にもわかりはしないんだ。あるかもしれないしないのかもしれない」ということなんです。ただ、一連のやり取りを見ていて、keya1984「科学的に考えないとね(笑)」どことなく「どこが科学的なんだか?」が気になってしまって、自分でも傍観者kさんのいうように、こんなこと他人のブログに書いてていいのかと思ってました。
Commented by kk at 2006-08-20 08:55 x
 実験室ですごしてきて、(自然)科学者達が「科学的に物を考えること」とはどんなものかをみてきました。keya1984さんもおっしゃる通り、この手の話を(自然)科学的に考えることは無理も承知で書きました。やり取りをくり返すうちに、自分の表現が上手く伝わっていないこともわかりました。どうして(自然)科学者達が時として世間の人に理解されないのかも何となくわかりました。「科学」という言葉の認識にも、社会科学者と自然科学者の間にずいぶん違いがあるのかもしれません。これだけは分かってもらいたいのですが、keya1984さんが男性だからとか、文系だからという理由で感情的になったことはないし、私の性別もどうだっていいことなんです。もし私の書いたことでひどく気分を害されたなら、それはとても申し訳なく思います。すみません。この数日間この場を借りていろいろ経験させていただきました。大隈先生、ありがとうございます。
Commented by keya1984 at 2006-08-20 12:13 x
えぇ、自分の考えを理解されるように文章化する作業は難しいものですね。私も自分で「同じことをもっと簡潔にわかりやすく書けないものだろうか」と思うのです。kkさんの「これだけは分かってもらいたい」については、お気持ちのことでしょうからそれはわかりました。やりとりの内容から、私はkkさんを女の人だと思っています。ただ、女の人と議論になったとき得てしてこのパターンになるのですね。「あなたが男だからでしょう。でも私が女だからとかではない」「あなたがその話をしたそうだったから話を合わせただけ。無理な話だとわかっていたけど」「私は感情的にはなっていないが、あなたがひどく気分を害したのなら謝ります」。こうしたときに男がどう感じるか、そこはわかっていただけないものでしょうか。あまりにもよくあることなので、ひどく気分を害したりしていませんよ。一連のやりとりの中で、何だかずいぶんと「こんなことを言う男の人は、こう考えているのだろう」という女性的な判断が多かったように思います。
Commented by keya1984 at 2006-08-20 12:15 x
ただ、ここではもっと基礎的なことではないでしょうか。そんな圧力が世の中にあるというなら(これは物理学的な圧力なのではないのですから)「世の中にあるこれこれの言動や制度が、数学のできる女子への圧力となる」という事例を提唱者・弁護者が提示しなければ、解釈論にもならないのですよ。ところがその手続きを一切なさないまま「あるはず」「あなたの感性や感度の問題で見えないだけ」「そんなこと結局誰にもわかりはしないんだ。あるかもしれないしないのかもしれない」ということであれば、「死後の世界が存在するかしないかを議論してるのではないのですが」なんです。しばしばフェミニズムが宗教化していると評されるのも、こうしたことから人々が感じることなんですけどね。「ここでいう女子への圧力とはカルトの教義のようなものであり、信者はこれを他者に証明はできないが他者から否定されても信者はこれを棄てない」と。自然科学か社会科学かという次元ではないように思います。
Commented by keya1984 at 2006-08-20 12:16 x
>keya1984「科学的に考えないとね(笑)」どことなく「どこが科学的なんだか?」が気になってしまって、

そうなんですか。正直ビックリしました。だってこの箇所は「親による刷り込み」説を考えるに際して「イヌとヒトとの比較をするなら」という部分ですよ?ちなみに私は、親の言動を子が学習していくことや、親の喜怒哀楽の感情を見ながら子が影響を受けることまでを「完全に否定」するようなことを書いていないはずですが。ただし生来のものもあるはずで、すべてが生後の刷り込みであるかのような単純なものではないという主旨のことを書いたのです。一例として挙がった「幼い男の子の乗り物への強い関心」について書いていたら、それに対抗すべく飼い犬と飼い主の話が繰り返し出ましたから、少々ウンザリしてあのように書きました。私は「ヒトは他の動物と違うじゃないか!」とは必ずしも考えないことは前のエントリでも述べました。イヌとヒトとの比較をしても有意義なことはあるかもしれません。でもね・・・という主旨です。
by osumi1128 | 2006-08-07 08:27 | サイエンス | Comments(59)

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