形態学の神髄

REDEEMの実習の前半3日の間には「分子生物学実習」と「細胞生物学実習」が組まれている。
分子生物学実習はラットの肝臓からゲノムDNAを抽出し、さらにそれを鋳型としてPCRによる遺伝子増幅を行うというものである。
ゲノムDNA抽出は古典的なフェノール・クロロホルム法で、15mlのチューブで行うので、析出したDNAが糸状に見えるところがなかなか感動的。
最終的にはエタノール沈殿したものを、可愛らしい小箱に入れて「REDEEM実習記念」としてお持ち帰り頂く。
PCRはそれぞれが違うプライマーセットで行って、さらに制限酵素処理したものを泳動し、バンドパターンから増幅したDNAが何であったかを推論する、というクイズ形式になっている。

細胞生物学の方は、初日に培養細胞をまき直し、2日目に4種類のうちのいずれかの発現ベクターをリポフェクションで遺伝子導入し、3日目に固定して、蛍光顕微鏡で画像を取り込んで、どんな発現ベクターであったかを当てる。
ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体、細胞膜、それぞれを標識するような市販の発現ベクターを利用している。
この実習は学部レベルで行っているところはないだろうと自負している。

本日3日目は、CCDカメラ&モニタ付き顕微鏡による画像取り込みが律速段階なので、その間に、2光子顕微鏡によるタイムラプス観察のムービーのデモと、ヒトの種々の正常組織のプレパラート観察も並行して行うという盛りだくさんメニュー。

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医学部の(歯学部も)基礎教育には解剖系の実習として組織学実習が欠かせないのだが、これは今だにプレパラート標本を顕微鏡で見てスケッチするのがお決まりだ。
私はこの「スケッチ」が大の苦手で、どうやっても上手く描けない。
まあ、80名のクラスのうちものすごく画才のある子は数名なのだが、「美しい」と認識するものを、そのようにアウトプットできないというのは自分では悲しいことだと思っていた。
ただし、ひたすら見たものを頭に焼き付け、微妙な差異を見いだす訓練にはなった。
また、模式図を簡単に描けるようになったのも、この時期のトレーニングのせいかもしれない。

大学院に進学すると、スケッチしなくて良くなった。
当時はまだCCDカメラの普及前だったので、まずはひたすらアナログにフィルム撮影を行ったのだが、構図、すなわち写真に写すフレームを決めて、フォーカスを合わせ、光量や露光時間を調節して写真に撮るというのは性に合っていた。
少なくとも、色鉛筆で描くよりも美しく表現できると感じたし、時間当たりたくさんのサンプルからのデータを取ることができた。

蛍光顕微鏡の撮影の場合には、真っ暗な部屋を締め切って、場合によっては10分もかかる露光時間の間、息を詰めていた。
ときにはラジカセで音楽を聴きながらということもあったが、たいていは、その間ずっと、シャッターの切れる音がするまで、今、写しているデータから何が言えるか、仮説やストーリーを考えていた。

スペインの偉大な神経解剖学者ラモニ・カハールは膨大な数のスケッチを遺している。
きっとそれを描きながら、論文の構想を考えていたのだろうと、100年以上前の研究室の様子に思いを馳せる。
ときにドラマチックで詩的な記述は、現代の研究者をも活性化させるに十分である。

明視野の顕微鏡撮影でも同じことだが、撮り終わったフィルムを現像に出して初めてデータとして記録できたことになるので、かつては捨てるフィルムも多かった。
今では、モニタで確認しながらデジタル画像として取り込むことが可能である。
初心者でも比較的容易にデータを無駄なく確実に取れるようになったことは確かだが、もしかしたらゆっくりストーリーを考える時間は減ってしまったのかもしれない。
あるいは、スケッチを描くということによって連合的に頭を使った昔の方がcreativityは高かったような気がする。

形態学は、サンプルを調整するところでエネルギーを使い果たしてはいけない。
ようやく観察できる標本を得て、それからが本番なのだ。
by osumi1128 | 2006-09-07 00:59 | サイエンス | Comments(0)
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