新薬スタチンの発見
2006年 09月 16日
内容は「発見したものの再三開発中止に追い込まれ、土壇場でついに認められるという波乱の道のりを発見者自らが語る(裏表紙より)」とあるとおり、血中コレステロールを下げる画期的な薬物であるスタチンがどのように発見され、製品化され、その効果が本当にあったかどうかという歴史が書かれている。
すでに1月14日のエントリーでも取り上げたように、遠藤先生は東北大学の農学部出身の方である。
卒業後すぐに企業で研究され、学位は論博として取られているのだと思う。
その後、米国留学をきっかけとして「コレステロール合成阻害効果をもつ物質の単離」というテーマに取り組まれることになって、青カビから「コンパクチン」という物質を1970年代に精製された。
当初、コンパクチンはラットの血中コレステロールを低下させなかったが、このことが実はコレステロール代謝に関してブラウンとゴールドスタインが1985年にノーベル賞を受賞することになる研究に大きなヒントを与えた。
彼らは「イヌ、サル、ヒトではコレステロールの取り込みの活性化にLDL受容体が関係している」と予測して、それを裏付ける論文を次々に書いたのだ。
ブラウンとゴールドスタインのノーベル賞受賞10周年記念集会で、ブラウンは「コンパクチンが肝臓のコレステロール合成酵素の働きを阻害する」ことを述べたFEBS Lettersの論文を引用し、「遠藤がスタチン研究の歴史を開いた」と話されたという。
本書はこのような研究のドラマが満載である。
それだけでなく、発見された物質がどのようにして製品となっていくのかについても、詳しく書かれていて興味深い。
製薬会社の中の役割分担や、特許の話、日米の企業体質の温度差など、門外漢には分かりにくい話を、自分が関わった経験として書いてある。
実際に現場におられるときには語れなかったであろうことを、日本国際賞受賞をもって時効と判断されたのだろうと想像する。
遠藤先生が青カビからコンパクチンを精製したのは1973年頃になるが、それは留学中にテーマの方向性を考えて、1968年に帰国され、実際にコレステロール合成阻害効果のある物質のスクリーニングに着手してから約4年後のことである。
ラットに投与する実験で効果が認められず、ニワトリとイヌでの効果が確かめられたのが76年頃、臨床試験が開始されたのが78年、製品となったのは87年であり、コンパクチン発見から14年、研究着手からは約20年かかっていることになる。
さらに、「本当に効果があったのかどうか」についての大規模臨床試験は通常5年くらいかけて行うが、その報告は95年から2003年までに7つ報告されている。
残念ながら本の中に元データの入手先がないのだが、本書ではこれらの成果をまとめて以下のように書かれている。
(スタチン薬により)LDLコレステロール値は25-35%低下し、心臓発作の発症率は25-30%低下することが認められた。
すなわち、スタチン以前の脂質低下薬で指摘された「コレステロール値が下がらない、総死亡率が下がらない、逆に癌が多くなる」などの問題はスタチン系薬剤では認められないということである。
ただし、私自身は「コレステロール含有量の高い食物は極力食べないようにしましょう」という食事指導は正しいとは思っていない。
「コレステロールだけ」からなる食物などはなく、例えば卵はその中で胚が発生できるだけの様々な微量栄養素、成長因子、脂肪酸などが含まれる。
そもそも、コレステロールは食事により摂取されるだけでなく、(生体にとって必要なので)肝臓で作られるのだ。
「美味しい物は体に悪い」という信仰よりは、(それを食べるのに罪悪感を感じることがさらに快感になる場合もあろうが)「美味しい物は体に良い」という方が進化の過程で備わった自然な感覚であると思う。
フレミングのペニシリン発見は偶然の発見といわれるが、遠藤先生はこの話に感銘を受けて、カビやキノコからコレステロール合成阻害物質を捜し、スタチンを発見された。
米国の研究者と同様に合成化合物からスクリーニングするのではなく、あえて「泥臭い仕事に賭ける」ことを選んだことが成果に結びついたのだ。
本書に書かれた新薬発見にまつわる壮大なドラマは、生命科学系の若い研究者が読んだらきっと参考になると思う。