Neuroethicsということ

事情により北米神経科学学会@アトランタの参加は本日まで。
明日の早朝に発つので、パッキングは夜のうちに済ませないと・・・

昨年のSfN@ワシントンDCは2万7千人の参加者だったそうだが、今年は今日の時点で2万1千人余である。
おそらくこの学会はもっとも車椅子の参加者の多い学会なのではないだろうか?
脊髄損傷の患者さんなどが、1年間での研究のアップデートを自分の目で確かめに来たりしている。
患者団体も展示ブースを出しているし、また、「Education in Neuroscience」というセッションもあり、その年のBest Educator in Neuroscience」の表彰などもある。
関連して、例えばSchizophrenia Research Forumというwebを運営しているNPOは夜のセッションを1つ催していた。
このサイトでは、最新の研究に関する情報だけでなく、ウェブ上での討論や、研究者が必要な試薬を捜したり、グラントや就職情報が載っていたり、研究者でない人たちも参加している。
とにかく、昨年初めて参加したときもそうであったが、学会といっても様々な立場の人たちが参加しているということが強く印象に残った。
こういう層の厚さが米国の脳科学を支えていると感じた。
科学コミュニケーションの場として、今後、日本の学会も解放されることになるだろうか?
お座なりな市民公開講座を学会会期中に開くだけでは、まだまだだと思う。

今日も朝5時に目覚めて、メールを片付けてから翻訳の校正の3分の1を終わらせた。
その後、午前中のLectureとしてNeuroethicsについてJudy Illesという方が講演されるのを聴いた。
Neuroethicsの定訳は神経倫理なのだろうか?
まだ日本語として定着していない気がするが、その重要性については非常に注目されてきている。
日本では言い出されたのはbrain-machine-interface (BMI)のや脳イメージングの研究分野からなのだが、本当はゲノム情報というのも極めて倫理的問題を含んでいる。
例えば、ボランティアで脳研究のために画像を撮ることに協力して、実は脳腫瘍が見つかったら、どのような気持ちになるだろう?
精神疾患のリスク遺伝子が多数明らかになったとして、それを知りたいかそうでないか?
糖尿病や高血圧よりも、脳に関する問題はデリケートだ。
今後、科コミの世界ではどのように扱われるようになるだろう?
Commented by TA at 2006-10-17 11:53 x
気付いたらアクセスして拝見しております。SFNに参加ということで運良くお目にかかったら…などと思っておりましたが、分野がまるで違う上に、この人数ですからお会いすることもありませんでした(それに面識もございませんので)。SFNでは研究者同士の交流(情報交換)の仕方がやはり日本人は下手なのかなとよく思わされます。それと研究者はやはり「先生」と呼ばれる人たちなので、日本の学会において一般の人々が近寄りがたいのでしょうか。それも日本の文化ではあるのでしょうが…。なんか支離滅裂の初コメントになってしまいました。お気をつけてお帰りください。
Commented by osumi1128 at 2006-10-17 12:18
TAさん、こんばんは(現地時間)。
そうですね、一応ファーストネームで呼び合うフラットさとは異なる文化・習慣ですしね。でも、少しでも変えることができたらと思っています。
by osumi1128 | 2006-10-17 11:20 | サイエンス | Comments(2)

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


by osumi1128
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31