民間企業の研究活動に関する調査報告

研究そのもの以外の仕事(というよりもボランティア)として科学と社会の間をつなぐ活動と人材育成関係を続けていますが、本日はキャリアパス多様化事業関係で興味深い資料を知りました。

文科省の科学技術・学術政策局・調査調整課というところが行った「民間企業の研究活動に関する調査報告」(平成18年度調査)という資料なのですが、先月下旬報告書刊行となっていて、文科省のHPにも全文掲載されています。

調査対象は、平成17年の総務省「科学技術研究調査」において「社内で研究開発活動を実施していると回答した」資本金10億円以上の民間企業1791社で、有効回答率が50%(896社、うち製造業734社、非製造業162社)です。
主な調査項目は
(1)研究開発費
(2)研究開発者などの人材について
(3)民間企業の研究開発活動に関する社内外の環境
ということですが、このうちの(2)について取り上げます。

次年度、研究開発者の増加が見込まれるとした企業は、減少を見込む企業よりも年々増加していて、平成18年度では前者が37.4%で後者が5.1%。
これは景気の上向き傾向を反映しているものと思われます。
その内訳としては、残念ながら「修士号取得者」の増加を見込む企業が多く(有効回答数の30.9%)、博士課程修了者が7.7%、ポスドク経験者が3.0%となっており、やはり多くの企業の「今」を反映しているようです。

さて、興味深いデータというのは「採用した研究者の資質」という項目です。
新卒で採用した学士、修士、博士、および採用したポスドク経験者に分けて、期待を上回る、ほぼ期待通り、期待を下回る、わからない、という選択肢に答えてもらっているのですが、もっとも回答比率の高いのは当然ながら「ほぼ期待通り」です(どの枠でもほぼ60%)。
で、「期待を下回る」という回答が最も多いのは学士(31.1%)、順に、修士(26.3%)、博士(15.3%)、ポスドク(8.1%)の順になっています。
逆に「期待を上回る」という回答は、学士、修士は1%台ですが、博士、ポスドクはそれぞれ2.6%と2.2%でした。

ただしここで注意しなければならない点は、「ポストドクターの採用実績がある企業(136社)のうち、「ほとんど採用していない企業」では「わからない」という回答率が非常に高く、そのために「期待を下回る」という回答率が低く抑えられているように読み取れます(ある意味、紳士的ですね)。
一方、ポスドクを「ほぼ期待通り」とする企業は136社のうち55.9%と過半数で、また「毎年必ず採用している」「ほぼ毎年採用している」「採用する年もある」企業が軒並み「ほぼ期待通り」という回答をしている訳ですから、「雇ってみれば安心」「採用したことがないと、なんとなく不安」というのが企業の心情の客観的表れなのではないでしょうか。

この調査では、「採用に至らなかった理由」という設問はなかったようですので、それについては「資質が期待を下回る場合に考えられる理由」という回答から推察するしかないのですが、ポスドクの場合の第一位は「社会での経験に乏しく、企業のニーズに無関心であるなど、企業の研究者としての自覚に欠ける」で、第二位が「専門に隣接する分野の教育の内容・方法が不十分」、第三位が「ビジネスやマネジメント等の社会的な教育の内容・方法が不十分」でした。
第二位と第三位は研究室主催者・指導教員にも責任の一端はあると思われます。

Stochinaiさんのブログ博士バッシングや、大学は、なぜ大学院生を増やしたいのかなどでいろいろなコメントのやりとりが展開されていますが、多くが(すべてではありませんが)客観的データに基づく議論というよりは、個人的な経験や自分とその周りの状況からの意見のように見えます。
もちろん、例えば現在博士課程やポスドクの方にとっては、「自分の次のキャリア」が最大の関心事であり、客観的データに基づいて全体がどうこう考える余裕はないかもしれないことは察します。
企業サイドと思われる方の書き込みも、自分の会社では、あるいは、自分の近くにいる博士は、という経験から「来て欲しい」「来て欲しくない」という判断をされているように思います。
少なくとも、上記の調査結果からは、博士やポスドクに対する拒否反応というのは「採用した経験のある企業」では、さほど心配することではない、とくくって良いと私には思えます。

さて、文科省では「キャリアパス多様化促進事業」をトップダウン的に開始しており、平成18年度採択の8機関は今年度に中間評価を受けることになっているところです。
それぞれが一生懸命取り組んでいると思いますが、上記の分析から言えることは、「博士以上を沢山採用している企業にもっと入れる」よりも、「これまで博士やポスドク経験者を採用したことがない企業に、一人でもそういう高度キャリア人材を送り込む」ことこそが大切だと考えられます。
ちょうど、大学における女性研究者育成問題に置き換えますと、これは「女性教授0部局に、とにかく1名採用してもらう」ことに相当します。
教授会構成メンバーに女性が1名でも入ると、「なあんだ、女性が来てもコワくないんだ」ではないですが(笑)、「知らないことによるアレルギー反応」が減ることは確かです。

博士やポスドク経験者と一緒に働いてみなければ、その人材をどのように活用したらよいのかも分からないでしょう。
まずは「未経験企業に1名!」という路線が、全体の意識改革につながるのではないでしょうか。

なお、このエントリーは「企業のアンケート調査」に基づくものであり、より大切な「教員の意識改革」については、別途そのような調査を行い、その結果に基づいて考えるべきと思いますので、本日は割愛させて頂きます。
by osumi1128 | 2007-11-02 22:22 | 科学技術政策

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