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NIH-Japan Symposiumの備忘録:サイエンスを行うのは人

初めて会う方がよく「ブログ、見てます」と仰って下さるのですが、数年前よりもエントリー頻度が下がっているのは、(1)日々のつぶやきはTwitterとFacebookに移行、(2)震災後から2014年終わりくらいまで気張っていたモードからトーンダウン、(3)入れ替わりのタイミングで週刊ダイヤモンドに5週おきにコラム連載、という背景かなぁと思っています。でも、TwitterやFacebookは、自分で何を書いたのか、後から検索しにくいので、やはり長く残したい大事なことは、ブログとしてウェブに記録しておきたいと思います。

2月15日〜17日に、米国衛生研究所(NIH)とのジョイントシンポジウムの第3回めが開催されました。2011年の東日本大震災後、NIHの方々が本学の被災状況を心配されて種々ご支援された御礼として始まったシンポジウムですが、ご準備・運営頂いた関係各位のご尽力に心から感謝申し上げます。
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初日の夕方にキャリア・ディベロップメントのセッションがあり、外山玲子先生のコーディネートとイントロにより、筑波大学の深水先生のトークに加え、今回招聘されたNIH側の若手8名(学部卒業後のpost-bachelerの方から、PhDの学生さん、ポスドクやジュニアスタッフの方まで)にパネル討論に登壇頂きました。東北大学側からの参加者も、学部生や大学院生、とくに多数の留学生が参加して、グループディスカッションも盛り上がっていました。競争の激しいと言われる生命科学業界ですが、「なぜ、この分野に参画したのですか?」という質問に、「良いメンターに恵まれたからです(=高校のサイエンスの先生が良かった、大学の指導教員に勧められた)」という答えが多かったのが印象的でした。やっぱり「先生」って大事ですね……。
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翌日、オープニング・セレモニーで、総長やNIH側の代表の先生のご挨拶に加え、NIH日本人研究者の会(通称「金曜会」)を立ち上げられた尾里啓子先生のスピーチが素敵だったので、記しておきます。(追って英語のテキストを頂く予定)

尾里先生は、「サイエンスを行うのは人である。だから人と人の間の関係性を大事にすることが必要である。かつて日本からNIHに留学した方と、今もNIHにいる日本人の間の関係が続いて、このようなジョイントシンポジウムに繋がった。皆さんも人と人のネットワークを大事にして下さい」という意味のスピーチを、ゆっくりと、でもしっかりと述べられました。

尾里先生の英語は、決してネイティブ的な流暢さはありません。ですが、その分、重みがあるというか、よく伝わるというか……あぁ、表面的な話し方より、やっぱり「中身」が大事なんだだなぁ、と改めて思った次第です。天皇皇后両陛下の話される英語との共通性を感じました。

尾里先生は、日本人女性の中でも小柄な方ですが、その志はとても大きいと思います。2012年の春の叙勲において、瑞宝中綬章を授章されたのは、ご自身のご研究に加えて、日米学術交流等のご功績によるものとのことです。2013年のときには叶わなかったのですが、今回、来日頂くことができて何よりでした。
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ポスターセッションには100題を超える発表があり、若い方々で賑わっていました。元大学院生の耳鼻科の鈴木淳君がポスター賞を受賞したのも嬉しいことでした。画像はラボのFacebookを参照あれ。
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自分が担当したのはNeuroscienceのセッションで、NIH側からは代表を務められたBattey先生と、NIMHのMerikangas先生、国内からは宮川剛先生、本学からは富田博秋先生が登壇されました。
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きっとこの画像で尾里先生の小ささ(物理的な)がわかるはず♬ お隣のMerikangas先生は豪快な方でした!


by osumi1128 | 2017-02-27 21:37 | 若い方々へ | Comments(0)

徳島に行ってきた:四国5大学連携女性研究者研究交流発表会に参加

徳島大学からの依頼により、平成28年度第3回四国5大学連携女性研究者研究交流発表会で講演をしました。このプロジェクトは平成26年度の文科省ーJSTの人材育成費補助事業「女性研究者研究活動支援事業(連携型)」により、徳島大学、香川大学、愛媛大学、高知大学、鳴門教育大学および地元企業の連携行われています。
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講演後の情報交換会でもスピーチを求められたので、「メンター」と「バトン」という2つのキーワードにまつわるお話をしました。
キャリアを形成する上で、メンターは重要。多くの場合、直属の指導者がメンターになる訳ですが、メンターは何人いてもいいし、自分で勝手に「この方が私のメンター!」と決めても良い。昨年4月から徳島大学の学長を務められている野地澄晴先生も、私にとってのメンターの一人。大学院の最後の頃から共同研究でお世話になり、励まして頂いたり、苦言も頂戴した。そういうメンターを大事にするのが良い。
私自身は、こういう「男女共同参画」や「ダイバーシティ」を推進するための活動を10年以上に渡って続けて来たが、それは私よりも年上の先生からバトンを渡されたから。年上の先生からは「昔はもっとたいへんだった。活動は常に続けないとバックラッシュに負けてしまう」と言われ続けて来た。この10年の間に遅々とした歩みではあるけれど、確実に変わって来たと感じる。これからは私のバトンを次の方に渡す時期だと思っている。
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さらにその後の二次会では、久しぶりにお話した野地先生から、種々、大学改革のことなどを伺うとともに、いくつか書籍をご紹介頂きました。そのうちの一つは「グリット(やり抜く力)」についてのものだったのですが、いくつか同じタイトルの本がありますね……。

とりあえず下記の本『グリット 平凡でも一流になれる「やり抜く力」』の説明より引用。
GRIT(グリット)は、いま米国で最も注目されている「成功のためのキーワード」です。
最新科学で明らかになったのは、「真の成功」のための最重要要因は、生まれながらの才能やIQではなく、GRITだということです。(むしろ「IQの高い人は、自分を過信し、努力を怠る」)
GRITは、Guts(度胸)、Resilience(復元力)、Initiative(自発性)、Tenacity(執念)の4つの要素からなり、「やり抜く力」を意味します(それぞれの頭文字をとると、GRITになります)。
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上記の本の元?にもなっている、社会心理学者の著書はこちら。しっかり読みたい方にはこちらの方がベターでしょう♬
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by osumi1128 | 2017-02-04 19:01 | 若い方々へ | Comments(0)

頑張れ! 未来のリケジョたち♬

先日の土日は合宿イベントに参加しました。(正式な集合写真は末尾のイベント報告サイトに載っています♬)
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東北大学知のフォーラム特別企画として、東北大学知の創出センターが主催し、男女共同参画推進センター(TUMUG)と東京エレクトロン株式会社が共催でした。東京エレクトロンさんから「女性研究者を支援するようなイベントを支援したい」というお申し越しを頂き企画を始め、本学の女性教授、准教授によるご講演と、東北大学サイエンス・エンジェル(SA)のファシリテーションによるグループワークを行うというプログラムでwebで募集を行い、北は岩手県、南は愛媛県まで、23名の女子高校生が「知の館」に集まりました。私は司会進行役として参加。
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研究担当の伊藤理事による力強いメッセージと、東京エレクトロンの先端半導体技術部門開発企画部長の瀬川澄江様によるご来賓のご挨拶の後、医工学研究科教授の田中真美先生による「触覚メカニズムの解明と触覚センサシステムの開発」について、その後、薬学研究科准教授の矢野環先生による「昆虫というモデル動物からのヒトの病気の解明」についての講演が為されました。さらに、5名のSAが自己紹介をし、その後、仙台市郊外の秋保へバスで移動。場所を変えて「高校において、リケジョ・理系進学者の数を拡大するための具体的取り組みについて」というお題で、5つのグループに分かれて意見を出してもらいました。その内容は翌日にそれぞれのグループからの発表となったのですが、皆、的確な現状分析と、とても具体的な提言をしてくれました。以下にいくつか記しておきます。

現状の問題点:
・そもそも理系・文系に分けるのが問題、またその時期が早い
・理系は(実際はそうでもないのに)科目数が多いなどの思い込みがある
・実験が楽しくなさそうなイメージがある、男子に任せる風潮がある
・理系の仕事のイメージがわかない
・高校の数学で挫折する
・奨学金制度が足らない
・出産の年齢を考えた場合の大学院進学のハンディ
解決策:
・文理を分けないコースや入試の導入
・理系の良いイメージがわくようなロールモデル(TVヒロイン、アニメキャラ含む)
・ファッション誌で理系職業(医師・看護師・薬剤師以外の)を取り上げる
・「科学の甲子園」などをTV放映
・OGの母校訪問でキャリアの紹介
・理系の先生の教え方の改善
・研究室の見学ツアー、理系研究者による講演会
・小さな子どもへの理科教室

すでに私たちがSA制度により行っている「オープンキャンパスfor女子高校生」、「高校への出張セミナー」や「科学イベント」や、JSTの支援による理科教員を対象とした「サイエンスキャンプ」等は確かにニーズに応えるものであることを確認しつつも、まだまだ全国的にみれば足りていないのだと実感しました。また、理系のキャリアの「見える化」はとても大事だと、改めて実感しました。
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こちらは前日のグループワーク最中の様子。SAがファシリテーターとして意見が出やすいようにリード。
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各グループ5分のプレゼンは、交代交代で行っていました。これも「平等」を大事にする女子の特徴。
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質問は2分で、田中先生、矢野先生、瀬川様、SAさんから頂きました。
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発表終わってグループ写真をパチリ。お疲れ様でした♬

ちなみに、理系のキャリア情報については、決して女性だけに足りていない訳ではありません。『13歳のハローワーク』という本が2003年に出たときに、パティシェやとび職など、けっこうレアな職業が挙がっているのに対して、いわゆる理系の職業がほとんど無いことに愕然としたことを思い出します。このブログを書くにあたり、検索してみたら、「13歳のハローワーク公式サイト」というwebサイトがあることに気づきました。ところがやっぱり、”「分野」で調べる”というリンク先の「科学技術・ものづくり」に関する分野は、「機械・電気・化学」と「コンピュータ・IT」の2ジャンルしかなく、その中身は結構、偏っているように思われます……(例えば「モデルガンの製造」「武器・兵器評論家」などが載っているなど)。

大学の理学部や農学部に進学したら、どういうキャリアに繋がるのかが知りたい場合には、「自然」というカテゴリーが近そうです。でもそのリンク先を開いてみると、我々のような大学の研究者にとって身近なキャリアは挙がってきません。あるいは、「医療・福祉ー保険・薬」というカテゴリーの中に薬剤師やMRという職業はあっても、「創薬研究者」などは見当たらないのです……。

広告満載のこのサイトがどのように運営されているのかは不明なので、国としては、もっと現状に即した中高生向けのキャリア選択支援サイトを構築しても良いのではないでしょうか? 何度となく主張していますが、資源に乏しい我が国では「人財」こそが礎です。文系よりも少ない理系で、さらにマイノリティである女性がもっと増えることが、この分野の活性化に繋がると信じます。

将来的に文理の壁を取り払っていくことは重要ですが、直近では理系のキャリアパスを若い方々に示すことが求められていると思います。女子高校生の言葉を借りれば「理系バリアフリーを目指す!」のが大切でしょう。今回参加してくれた女子高校生たちが、未来のリケジョとして活躍することを期待しています。

*****
ちなみに、2日めの発表の後は、バスで「せんだい3.11メモリアル交流館」と閖上の朝市を見学して、仙台駅にて解散。遠くから参加された生徒さんにインパクトを残したようでした。
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東北大学知のフォーラムサポーターサイト:

東北大学知のフォーラム特別企画「明日をソウゾウするあなたへ ~女性科学者への道案内~」を開催しました










by osumi1128 | 2016-10-18 22:34 | 若い方々へ | Comments(0)

第56回生命科学夏の学校@白石に行ってきた:ダイバーシティを考える

生化学若い研究者の会が主催する第56回生命科学夏の学校に参加するために白石に行ってきました。実行委員長の西村亮祐さんが東北大ということもあり、本学の若い知人も多数参加されていました。確か講師として呼ばれるのはこれで3回目。東大と、神戸エリアのどこだったかと。前2回がものすごい暑かった記憶があり、着ていくものの選択を誤った気がします……>< 仙台からやまびこで一駅、白石蔵王で降りたときの気温は20℃くらい、さらに山間の会場まで移動すると19℃となりました。
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お呼び頂いたのはシンポジウムで、科学哲学の伊勢田哲治先生@京大と、食品栄養学の前田隼人先生@弘前大と御一緒でした。全体タイトルが『これからの「多様性」の話をしようー多様性社会を生き延びるための◯◯」というもので、最初にセッション企画の意図が話されたのですが、「多様性は望ましいのか」というタイトルだったことに(御連絡は受けていましたが……あまり自覚しないままに会場に赴いたので)びっくりしました。私にとって「多様性」は「望ましい」ことがア・プリオリに前提だったからです。
 (ちなみに、セッションは2日目の午前中で、前夜の懇親会も遅くまで盛り上がった模様。伊勢田先生のご講演からは、ヘレン・ロンジーノやミリアム・ソロモンなど、今まで知らなかった哲学者のことを知りました。前田先生は弘前大学で開発された「紅の夢」という新しい林檎の品種をイントロに地域での産学官連携などについて講演されました。)

どうも、「これまでよりも<多様性>の多い社会になると、たいへんそうだ。どうすればよいか?」というような問題意識を話されたように思います。それで、あぁ、そうか、就活で皆が一斉にリクルートスーツを着て、そのまま入社式にも出るために一面黒尽くめ、という状態になるという話の背景の一部を少し垣間見た気がしました。(画像はWING DAILYというサイトの2016年4月4日の記事から拝借します。)
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ちなみに、弁理士の日々というブログのJAL入社式から見える時代の変化という記事を見て頂くと、1980年代と2010年代の服装の違いがよくわかると思います。

たぶん、私の世代の意識としては、制服でもないのに、皆が同じ格好になるのは全体主義のようで「キモチガワルイ」という感覚があるように思うのですが、それが皆と同じでないと不安の方が強いということなのでしょうか……。上記の今年のJAL入社式で植木社長の訓辞が「皆さんもダイバーシティの要素」という内容であったというのは、なかなかアイロニーを感じます。若い世代の皆さんにとって、「皆と同じでないと心配」という要素と、「多様な個性を発揮して下さい」というプレッシャーの間には葛藤がある訳ですから、そりゃぁ、たいへんだなぁと思った次第です。

講演は15分(!)で、そんな感想から始めてしまったので、ほぼ時間切れ……。私は男女共同参画という観点からの話題提供でしたが、そもそも有性生殖を行う生物が地球上で多様な進化を遂げてきた、ということもあるので、性差は前提。また、男女という二項対立とは捉えておらず、いわゆる男性的な思考パターンの女性もいれば、その逆もあるでしょうから、結局は個人個人の希望に合致したキャリア形成ができたら良いと考えています。

……ともあれ、あまりに喋り足りなかったのですが(苦笑)、近い話は今度、お茶の水大学さんで講演がありますので、近場の方、良ければぜひ聴いて下さい。一応、本日まで参加登録受付のようですが、たぶん当日参加でも大丈夫でしょう♬

2016年9月3日(土)14時~17時20分
お茶の水女子大学理学部3号館7階701教室
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by osumi1128 | 2016-08-28 08:03 | 若い方々へ | Comments(0)

横浜市立大学で講義

横浜市立大学大学院生命医科学研究科、生体医科学部門、生体機能医科学研究室の竹居光太郎先生のお招きで、初めて同大学の鶴見キャンパスに行ってきました。
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90分X2コマ=3時間の集中講義で、「基礎医学研究の喜び」「神経発生を駆け足で」「次世代継承エピゲノム」の3つの話題についてお話しました。実際は均等割の時間配分ではなく、真ん中の神経発生講義部分が一番長かったのですが、今回改めてスライドをKeynoteバージョンで作りなおして臨みました。本当は、神経発生だけで15コマくらい話ができるのですが、まぁ、90分くらいに収めるには、ということで構成しましたが、樹状突起刈り込みと神経細胞死は割愛となりました。あと、誘導因子のところで、せっかくなので、竹居先生の発見されたLOTUSのことなども盛り込めばよかったと反省……。

休憩時間に面白い質問をしに来てくれた学生さんもいましたし、授業感想を竹居先生提出分とは別に、講師分も書いてもらったので、とても良いフィードバックになりました。かなり盛り込み過ぎくらいに内容を詰め込んだのですが、しっかり付いてきてもらえたようで、それぞれの方で面白いと思ったポイントが異なっているのが印象的でした。そのような多様性が大事だと思っています。

講義の後、竹居先生と卒研生、大学院生とイタリアンでディナー。その折に、RNA結合タンパク質の解析をされている佐々木幸生先生にご紹介頂き、共同研究にも繋がったことが嬉しいです。研究においても出会いが大事。
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さて、今頃はあちこちの生命科学系の修士・博士の大学院入試の応募時期となっています。東北大学大学院医学系研究科は、7月15日から募集開始となります。こちらを参照下さい。


by osumi1128 | 2016-06-26 15:01 | 若い方々へ | Comments(0)

東北大学知のフォーラム脳科学イベント終了:Charles Yokoyama先生のサイエンス・ライティングセミナー

2年前から準備してきた東北大学知のフォーラム脳科学の国際シンポジウムと関連諸行事が終わりました。国際シンポジウムは7月、8月、9月と3回、参加人数はのべ300人超え。関連行事は、技術ワークショップ(7月)、倫理セミナー(8月)、若手向けワークショップ(9月)、市民公開講座(9月)、そしてサイエンス・ライティング・セミナー(9月)と行いました。

最後のシンポジウムのテーマは「Memory & Mind」で、片平さくらホールを会場に開催しました。富山大学の井ノ口馨先生と東北大学の筒井健一郎先生にオーガナイザーをお願いし、MITの利根川進先生、エジンバラ大のRichard Morris先生、CalTechの下條信輔先生、オタワ大学のGeorg Northoff先生、国内ではATRの川人光男先生、東大の合原一幸先生に初日のトークを頂きました。2日目は、もう少し若手の国内の方々のトークとポスターセッションという構成。実に活発な質疑応答でしたが、学生さんからの質問が無かったことについて、Morris先生から何故か?と訊かれて、日本人の学生さんは、年上の人たちがいると遠慮しがちであると答えましたが、この点はグローバル化を進める間に、なんとかしたいものです。
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その他の画像は、TFCのFacebookページを御覧ください。
(是非「イイね!」をお願い致します♬)

さらに3日目には、シンポジウムにもディスカッサントとしてご参加頂いた理研BSIのCharles Yokoyama先生に「Essential skills for publishing high impact research」というタイトルでセミナーをして頂きました。
d0028322_22471881.jpgハイ・インパクト・ジャーナルに論文を載せるには「conceptual advance(概念的な革新)」がもっとも重要であり、それは研究の企画段階から始まっている、というのが一貫して流れていた哲学であったと思います。

Yokoyama氏は日系四世で、神経科学分野でポスドクまでのキャリアがあり、その後、Neuron誌のエディターの道に進まれました。「実験が上手じゃなかったからね。書くことやアドバイスをするのは好きだったけど」とのこと。さらにその後、利根川先生に引きぬかれて、BSIの広報・戦略部門のヘッドになられたのが2011年。BSIの中では、論文作成の相談にも乗っているとのことでした。うちの研究科にもそういう人材が欲しいところです……。

セミナー後、日本の科学を世界に発信するにはどうしたら良いか、などについての意見交換を行った後、東北メディカル・メガバンク棟の見学にお連れしました。山本機構長のところを表敬訪問した後に、シークエンス解析室、健康センター、バイオバンク室、スパコン室などを興味深く見学されました。最後はスパコンに記念のサイン♬
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d0028322_22452324.jpgセミナーは大好評でしたので、是非今度は丸一日コースで講義をお願い致します♬


by osumi1128 | 2015-10-02 22:47 | 若い方々へ | Comments(0)

利根川先生と若い方たちのふれあい

東北大学知のフォーラム脳科学もいよいよ最後のイベントです。本日は国際シンポジウムでもご講演頂く利根川進先生によるパブリックトークがありました。私も前座の3題の講演の中で海馬の発生と神経新生についてお話をしましたが、拙ブログでは利根川先生のご講演後の若い方々による質問コーナーのことを取り上げます。
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今回、仙台市内の4つの高校と、東京学芸大学附属高校の生徒さんと、東北大学の医学部生と理学部、大学院生命科学研究科の学生さん、合わせて15名(男子9名、女子6名)に登壇頂いて、利根川先生に直接質問するという趣向にしました。

研究そのものについての質問は、例えば、iPS細胞は脳科学研究にどのように役立つでしょうか、記憶の書き換えは鬱やPTSDの治療に応用可能でしょうか? などもありましたが、研究の倫理的な側面についての質問もありました。利根川先生は、ヒトへの応用については慎重に考えるべき、動物愛護の精神も必要というお答えをされていました。

質問のために登壇した若い方々は、研究者志向の強いタイプだと思うのですが、キャリアパス的な観点の質問に対しては、良い研究者になるためには、楽観的であること、良いメンターを得ること、何を研究したいかをよく考えること、などが重要と話されました。とくに「独創も真似」(座右の銘でもあり)という言葉が印象的でした。ニュートンの「巨人の肩の上」というお話も引用されつつ、先人のアプローチや戦略を真似ることは重要とのこと。確かに「真似る」と「学ぶ」は、ともに「まねぶ」という言葉から派生したものであり、絵画なら模写、文学でも好きな作家の作品をまるごと書き写す(註:コピペではなく、タイプし直す、書き写す)というやり方がありますね。

「留学すべきか、国内に残るべきか」という質問については、分野にもよるだろうが、外に出てチャレンジすることは重要というお立場のようです。先生ご自身は、大学院から米国で過ごされました。とくに「若いうちに海外を経験すべき」とアドバイスされていました。

研究者と芸術家の類似点についても話されました。どちらも「creativityが重要」であり「好きなことを追求するのが基本」という意味において近いメンタリティーがあると私も思います。

「行き詰ったときにはどうするか?」という質問に対しては「寝て忘れる!」というアドバイスを。そういう行動パターンを取れる性格かどうかが大事なのかもしれませんね。確かに、寝ることは海馬の神経新生にもつながります。

お勧めの1冊としてはダーウィンの『種の起源』を真っ先に挙げられました。その次が『DNA二重らせん』でした。おっと、コーディネータとして「東北大学には『種の起源』の初版本が図書館に所蔵されています」というコメントを入れ損ねました!



今日の利根川先生とのひとときが、参加した皆さんにとって「特別なメモリー」になってくれたらと願っています。さて、明日からはいよいよ東北大学知のフォーラム脳科学の総集編とも言うべき
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画像は、イベント終了後に関係各位の集合写真です。お疲れさまでした♬ 追って読売新聞に報告記事と特集記事が掲載される予定です。
【おまけ】
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終了後も熱心に質問する東北大学の学生さん。
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こちらは母校の後輩たち。





by osumi1128 | 2015-09-27 18:48 | 若い方々へ | Comments(0)

夢を叶える

昨日、東日本大震災からちょうど4年半という節目で、東北地方は今度は大雨による洪水・冠水等に見舞われました。仙台市が最終的に40万人のエリアに避難勧告を出したことは、その規模がいかに大きなものであったかを如実に示しています。地球の反対側からもお見舞いメールを頂きました。幸い、自分の周囲には甚大な被害を受けた方はありませんでしたが、医学部の講義室では雨漏りが発生したようです。朝から学部生は全面休講措置となりましたが、午後には雨は上がっていたので、大学院生や教員は平常業務に戻りました。公共交通機関には、東北新幹線を別として、大小の被害がありましたので、地域によっては移動が困難なところもあると思います。より甚大な水害に襲われた鬼怒川周囲の方々が、早く日常に戻れるよう、心からお祈り申し上げます。

4年半という節目は、米国にとってはニューヨークの同時多発テロ事件から17年目という日でもありました。どのくらい経てば記憶が薄れるのか想像できないのですが、洪水の映像は津波の状況に似ていて、きっと辛い記憶を思い出してしまった方もいるのではと思います。……前を向くために、もっと昔のことを思い出してみます。

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先日、自分の年齢の3分の1くらいの、とても若い方とご一緒する機会があって、楽しい時間を過ごしたのですが、その折に「将来の夢」という話題になりました。

自分のことを振り返ってみると、小学生時代にはTV番組の影響で「スチュワーデス(今で言うキャビン・アテンダント)」に憧れたことがありました。「英語を使って仕事をする」ように思えたのがカッコ良かったのでしょう。でも、現在の仕事は日常的に英語を使っています。同じ頃、「アナウンサー」もやってみたかった。実際に、リトル・リーグの試合のアナウンス(「何ばーん、何々君、ピッチャー」などというあれ、ですね)もしたことがありますが、講義や講演は似ている面もありますね。放課後のお稽古事の一つに「お絵かき」がありましたが、描く才能はまったく無く、それは大学の専門課程での「組織標本スケッチ」でも嫌というほど思い知らされましたが、絵を観ること、分析するトレーニングになりました。

中学生くらいの憧れの職業としては「建築家」というのもあったのですが、これは構想計算をするのは嫌い、と思って消滅。でも、建築を観るのは今でもとても大好きです。1年生から生徒会の書記をしていたことは、議事録を作るスキルに活かされました。生徒会の会長選挙にも2回立候補し、2回目で当選。最初のスローガンが「生徒の、生徒による、生徒のための生徒会」で、次のが「トランスペアレントな生徒会」でした。標語を作ったりすることは、今なら新しい組織の名称やロゴマーク作成に当たりますね。

高校では「料亭の女将」が面白いと思ったのですが、今は研究室の女将を務めています。ちなみに、文化祭委員をしていましたが、学会やシンポジウムの企画・運営などにそのスキルが繋がっています。かなり好きだったのは「雑誌の編集者」。これはまさに、論文原稿作成と重なるセンスやテクニックがあるのではと思っていますし、広報室用務には役立ちました。「お絵かき」と結びつく面もありますね。

なので、若い方は「何になりたいのか、決められない!」と迷って構わないのだと思います。そのために集めた情報や努力したことが、後になって活かされることも多い。また、惹かれるものは、その方の性格を形作り、どんな職業に就いていたとしても、それがその方の「個性」になります。ただし、どんなことでも「仕事」として行うには、子ども時代のレベルでは勤まらないし、毎日積み重ねる努力が必要。

もう一度、その歳に戻れたら、私は何をしたいのか想像するのも楽しいですね。そんな若い方が夢を持てるような社会を作らなければならないと改めて思います。



by osumi1128 | 2015-09-12 13:22 | 若い方々へ | Comments(0)

前田信代先生&オリバー・スミティーズ先生X東北大学サイエンス・エンジェル

東北大学知のフォーラム関連で、2007年のノーベル生理学医学賞受賞者であるオリヴァー・スミティーズ先生が再び本学を訪問されました。奥様であり、ご自身も研究者である前田信代先生(ノースキャロライナ州立大学教授)にとって、東北大学は母校であり、仙台は生誕地で妹さんもお住まいであるため、今回もスミティーズ先生とともに帰国され、薬学研究科や医学系研究科でご講演をされました。

さらにせっかくの機会なので、直前になって前田先生にご連絡申し上げ、東北大学男女共同参画推進センター(愛称TUMUG)をご訪問頂けることになり、もれなくスミティーズ先生もご一緒されました。東北大学サイエンス・エンジェル(SA)や女性研究者のMLを使ってお声がけしたところ、急な連絡にも関わらず10名ほどが集まりました。

気の張らない会でしたので、前田先生もスミティーズ先生もリラックスされた雰囲気で、いろいろなお話をして下さいました。修士のSAたちには、いきなり英語での自己紹介となって、ハードルが高かったかもしれませんが、それはスミティーズ先生がもれなく付いて来られ、前田先生が基本的に英語モードだったので仕方ありません(笑)。コミュニケーションは相手に合わせることが必要なので。もちろん「日本語でもOKですよ」と伝えましたが。

前田先生は、実はお父様が本学の第14代総長、前田四郎先生であり、お母様も薬学を勉強されたのですが、ご結婚によりキャリアは続けず、3人のお嬢さんを育て上げられました。前田信代先生は理学部に入学され、化学を専攻されましたが、大学院進学を希望することをお父上に伝えたときに、実は難色を示されたといいます。さらに学位取得後、恩師の先生のご紹介でウィスコンシン大学での研究員のポスト(当時は国内には職が無かったとのこと)に就きたいことを話すと、「2日間、口をきいてくれませんでした。2日後に父は<私は娘たちにDo your best!と説いてきたが、それは間違いだった>という言葉とともに許してくれたのです」と笑って私たちにお話しになりました。

もちろん、そのウィスコンシン大学でスミティーズ先生に出会う訳です。その経緯はというと、最初のボスのところの研究費が切れて、さらにNIHに行くという話も出たのですが、結局、近くのラボで独立したてのスミティーズ先生のところの研究員として受け入れられたのでした。「信代先生に、どんな印象を持たれましたか?」とスミティーズ先生に伺うと、「Nobuyoは素晴らしい研究者で、私には無い才能を持っていた。私はどちらかと言えば大雑把だが、彼女はとてもこまやかだ」と仰っておられました。「Nobuyoのもっとも有名な仕事は動脈硬化のモデルマウス作製なのだけど、その論文に私の名前が入っていないということが私の誇りです」とも。
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さらに、ノッてきたスミティーズ先生からは、若いSAたちに「将来のパートナーを誰にするのかはとても重要」とのアドバイスを。「貴女のやりたいことを制限する人はダメ」と言われると横から前田先生が「あのエピソードを話すといいんじゃない?」と間の手を。「実は、以前に<私の成績評価を変更して下さい>と言ってきた女子学生がいた。<A評価をB評価にしてほしい>というんだ。<私のボーイフレンドがB評価なので……>という理由で! もちろん却下したけどね」

これは実に「ありがち」な話であると思います。たぶん日本中にも、同様に自分の才能をスポイルしてしまっている女性はたくさんいて、それは本当にもったいないことです。

前田先生からは「母のアドバイスなのですが<最初になんでもできると言わない方が良い>ですね。お料理も上手、お掃除も得意……と言ってしまうと、<じゃぁ、やってね>になるから。母はそれで失敗したと言ってました(笑)」と。

助教をされている方から「主人も研究者なのですが、とてもハードワーカーで、帰宅するのは夜中です。必然的に家事は私がしなければなりません」というお話が出ると、スミティーズ先生は「<良いアイディアのためには睡眠が重要! 疲れてしまっては良い研究はできない>ってことをわかってもらった方が良いのでは?」とアドバイス。「僕は朝食を用意するのと、皿洗いを担当しているよ!」とも。前田先生からも「次回こういう機会があれば、男性も一緒に話をしましょう」と提案されました。来年10月くらいに機会が巡ってくるはずです!
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(スミティーズ先生の「ひらめきのヒント」は、改めて別エントリーにします♬)

by osumi1128 | 2014-12-11 23:57 | 若い方々へ | Comments(0)

「留学すると日本に戻れない」のか?

NIH-Japan-JSPS Symposiumという国際会議に出席するために米国ワシントンDCに出張してきました。もともとは東日本大震災後に、米国国立衛生研究所(NIH)から寄付や被災研究者受け入れの援助を頂き、昨年5月にお礼の意味も込めてNIHの研究者10数名を東北大学にお招きしてシンポジウムを行い、石巻へのツアーなども行ったのですが、今年はそれをNIHで行おうという企画でした。さらに背景にある意図としては、かつてNIH全体で300名もいたという日本人研究者が、現在では200名ほどに減少しており、NIHとしてもっと多数の日本人に来てほしいというがあり、日本学術振興会(JSPS)も加わっているのは、「海外学振」と呼ばれる博士研究員の海外派遣制度を支援しているからです。
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初日の朝一番の発表だったので、行きの成田のラウンジや飛行機の中でもKeynoteのブラッシュアップをして臨みましたが、前日入りした夜は、DC泰山会という、高校のプチ同窓会にお呼ばれして、種々の分野においてDCエリアで活躍される10名ほどの方々とご一緒しました。やはり、同じ高校で3年を過ごしたというだけですぐに打ち解けられるのは良いですね。

シンポジウムの内容そのものは追って研究科HP等に掲載されると思いますので、ここでは2日目の夕方に行われた「NIH金曜会X UJAプレゼンツ 日米日本人研究者交流会:研究キャリアに関するパネルディスカッション」と、帰りの日の朝のパワーブレックファーストという名の女子会に参加したことを元にして、いわゆる「<留学>のススメ」についての私見を述べたいと思います。

金曜会のイベントでは5名のシンポジウム参加日本人教授が登壇し(私もその一人でした)、上記の組織が行った世界180大学、360名ほどのアンケート結果をもとに、「今、海外で博士研究員(ポスドク)などをしている日本人がどんなことを心配に思っているか」等について、じゃぁ、どうすればよいかなどを話しました。女子会の方は、メンターとして「お姉さん(私もその一人)」側が4名、NIHのいろいろな研究所で研究をしている女性ポスドクが9名と少人数の会でしたので、さらに個別のアドバイスなどをしました。

「留学する(海外でポスドクなどをする)と<帰ってこられないのではないか>」という不安が多い(だから留学する人も減っているのではないか)」ということは、今回のアンケート以外にも目にしたことがあります。登壇された私以外の先生方は皆、海外でのポスドク経験者でしたが、ポスドク経験の無い私も含めて「どうしても日本に帰らなければならないの?」という疑問が湧いて、ちょっと「問題設定が違うのではないか?」というギャップを感じました。

私を含めて今ポスドクをされているよりも10歳以上、上の世代は、まだ日本にポスドクのポジションが少なかったということもあって、博士号取得後に助手(当時)になれず、でも研究したいと思えば、海外に行くしかなかった、という時代でした(その意味において、我々の世代からのアドバイスは、直接そのまま役に立つかどうかは、それぞれ判断頂いた方が良いでしょう)。そのような方の中にも、海外で研究室主催者(PI)になられた方もいらっしゃいますし、皆がどのようなキャリアパスであったのかについての客観的なデータは見たことがありません。でも、海外にポスドクに行く前に、「戻ってくる宛がある」のは臨床系の方に限られていて(これは今でも同様の構図と思います)、そうではない理学系の友人も「研究を続ける、できるだけ良い研究環境に身をおく」ために海外での研究生活にチャレンジしたのだと思います。結果として、若いうちに海外の研究者(後に著名になる方含め)とのネットワークができることも、留学経験者の方々のキャリアパスに有利になったものと拝察します。

たぶん、登壇者らが一番しっくりこなかった質問は、「日本でポジションを得るためにコネクションはどの程度必要か?」というあたりだったように思います。「コネクション」の定義にもよりますが、今どき「有名ボスからねじ込まれて採用した」というようなことが可能な、ある意味<優雅な>研究室はありえないでしょう。どんなPIであれ、自分の研究室を良くするのに必死な訳ですから、採用候補の研究者はできるだけ優秀で前途有望であってほしいでしょうし、研究室に足りない技術や知識を持ち込むことを期待されていると思います。独立したテニュア・トラックのポジションなどでも同様の構図です。その研究科や研究所をより良くすることに貢献して頂ける研究者を、採用する側は切望しているのです。

女子会の際に、おそらくこのパネル・ディスカッションに参加されなかったと思われる方が、つまり独立に、同様の質問をされました。曰く「業績が良いのに公募に落ちたのは、すでにコネのある方がいたからなのでしょうか?」 一般論で語るのは難しいのですが、インパクトのある論文を出していても、採用する側の求める方向性の研究で無ければ、ポジティブに作用しない場合もあります。あるいは、面接してみたらプレゼンや質疑応答から、本人の研究資質に疑問を感じることがあったかもしれません。つまり、インパクトのある論文が出せたのは、そのボスが偉かったからではないの?ということですね。

さて「コネクション」ですが、これは「与えられるものではない」とオトナたちは思っています。「コネクション」という日本語の語感が悪ければ「ネットワーク」と言い換えても良いでしょう。良いネットワークは努力してゲットすべきものです。それは、大学院の研究室を選ぶとき、ポスドク先を選ぶときにPIを誰にするか、という選択だけではなく、学会(meeting)に参加した際に、同世代の研究者との情報交換も必要でしょうが、論文で名前しか知らない著名な研究者と話をすること、ただ話をしただけでは相手は覚えてくれる訳はないので、学会から戻ったら御礼のメールを出しておくこと(返事は期待せずに)、その学会のときに発表した内容が論文になったら「あなたのアドバイスにより無事に論文が出ました。ありがとうございました」と伝えることなどにより積み重ねていくことができます。

私自身は、伝統ある研究室の出身ではなく、プライベートな事情により留学の機会を逸してしまったということもあり、若い頃、自ら必死にネットワークを作る努力をしてきました。確か、アイオワで学会があった折、当時は海外出張の旅費を出せるような研究費は持っていなかったので、自腹で行ったということもあり、ソルトレイク・シティのユタ大学のマリオ・カペッキ先生のところに留学中のC先生に帰路で寄りたいと連絡したところ(ファックスの時代ですね……)、「来るならセミナーしますか?」と言われて、「あ、はい、光栄です。アレンジお願いします」ということで、のちにノーベル生理学・医学賞を受賞されることになるカペッキ先生のラボでセミナーをさせて頂いたというのが最初だと思います。「そうか、名もない私でもセミナーさせてもらえるんだ!」と知って、それ以降は自分で、「今度、ロンドンに行くのでラボを訪問させて下さい。可能であればセミナーもしたいです」と面識の無いGuy’s Hospitalの先生にも直接コンタクトを取るようになりました。留学できなかった分を少しでも補いたいと考えていたからです。ちょうど30代前半の頃ですね。

(昔のことを思い出したついでに、そのユタ大学での人生初海外セミナーは、天候不順によりアイオワからの飛行機が遅れ、乗継地のシカゴの公衆電話(!)からC先生に連絡を入れ、「わかりました。たぶん、なんとかなるでしょう。荷物は預けましたか?」「いいえ、幸い、キャリー・オンしましたッ!」ということで、空港に迎えに来て頂いたC先生の車の中で、35 mmスライドをカルーセルに並べて(……時代だ……)、ユタ大学の駐車場からセミナー会場までダッシュしてなんとか時間に滑り込んだ、という曰くつきでした。ふぅ……(汗)。時代を感じさせるエピソードですね。カペッキ先生のオフィスの壁に自転車が吊るされていたことなど、ふと当時の情景が蘇りました。)

今ならメールを入れて、訪問したい、セミナーをさせて頂きたいと伝えれば良いので、20年前よりもずっとハードルは低いのではないでしょうか。知らない研究室でセミナーをすることは、ジョブ・トークのための予行練習になるでしょう。

日本とのネットワークについて、「留学先のボスが、学会発表などは論文がまとまらないと行かせてくれない」という話も女子会で聞きました。もちろん、ボスの研究費でサポートしてもらう場合には、ボスの意向に従うしかないでしょう。何かの折に(もしくは理由を作って)自腹で定期的に帰国してセミナー・ツアーをすることは、もしそうしたいと思えば自らの意志で達成できると思います。国内の移動については、余裕のある訪問先ラボであればサポートしてもらえるはずです。未発表データを話すことができない場合にも、ラボ訪問だけなら留学先のボスに遠慮する必要はないでしょう(さすがにその場合は国内寮費のサポートは難しいでしょうが)。そのラボの若い方々にとっても、留学先のことを知るチャンスになるのですから、歓迎してもらえると思います。

ともあれ、サステナブルな科学者コミュニティーを作るためには、おそらく学協会のような組織がそれぞれの分野の若手をエンカレッジすることに、これまで以上に努力することが必要だと感じています。自分たちが若手の頃にはそんなサポートはされず、ボスにはたてつきつつも奉仕してきた世代として、納得いかない先生もおられるかもしれませんが、学会がそれなりの年会費や大会・年会等の参加費を取って運営するのであれば、サイエンティフィック・セッション以外にも、参加して得られるものがある企画が必要でしょう。ここでは割愛しますが、多様なキャリアパスのロールモデルの提示も重要ですね。ちなみに、昨年に引き続き、日本分子生物学会では今年の年会用にも、海外在住研究者の年会発表のための旅費支援を行っています。

最後に、NIH女子会で出たアイディアとして、「留学復帰ポスドク制度」はどうか、という話になりました。これは、現在、育児休業取得者(男女限らず)のための枠として学振の「育児休業復帰博士研究員RPD」という制度があることに倣ったプランです。一定期間(どのくらいの長さにすべきか、要検討)海外でポスドク等を経験した若手研究者(年齢制限はどうするか?)のための、2年程度(長いのは有り難いが予算には限界あり。どの程度の期間が適切か?)の研究費付き特別研究員枠(何人程度が適切か?)を想定しています。できれば、1000人を超えるアンケートの数字に基づいてほしいところですね。そのような提言を文科省に持ち込むなどしてみてはいかがでしょうか? それから、いろいろな制度ができても周知されないこともあるので、例えば、分生Facebookなどに「イイね!」をして頂いて、各種のお知らせがプッシュされるようにしてみて下さるとよいかもしれませんね!

RPD制度は、男女共同参画の長年の活動や、学協会連絡会という組織の2万人規模の大規模アンケートの結果に基いて、ボトムアップな提案が、当時の学振の久保真季氏のご尽力もあって実現したものです。制度はこのように一人ひとりの力の積み重ねで変えることが可能と思います。
by osumi1128 | 2014-10-26 22:55 | 若い方々へ | Comments(9)