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第41回神経内分泌学会にて講演:改めて「神経堤細胞の魅力☆」

高知大学医学部の岩崎泰正先生が大会長を務められた第41回神経内分泌学会にて、ランチョンの時間帯、井村裕夫先生の特別講演の前に講演を行いました。頂いたお題が『神経内分泌細胞のルーツ:神経堤細胞の魅力』だったのですが、私自身も自分の研究ルーツを振り返る良いきっかけになりました。
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神経堤細胞は、ヒトの発生であれば受精後第3週に現れます。神経管形成というダイナミックなイベントに伴い、神経上皮と外表上皮との境界部に形成される「神経堤」という領域から這い出した神経堤細胞は、わらわらと体内を移動しつつ増殖し、移動先で多様な細胞に分化します。

(右の画像は、神経堤に由来する細胞が緑色蛍光タンパク(GFP)で標識された発生途中(受精後13日目)のマウス胎仔です。)



神経堤細胞から派生する細胞・組織
●末梢神経系(脊髄神経・自律神経)のニューロン
●末梢神経系(脊髄神経・自律神経)のグリア(シュワン細胞)
●ホルモンを産生する神経内分泌細胞の一部
●皮膚のメラノサイト
●顔面と顎の骨・軟骨・象牙質を作る細胞
●脳を包む膜(硬膜・くも膜・軟膜)
●眼の虹彩・角膜の一部(内皮と実質)
●鼻の嗅上皮の一部(幹細胞含む)
●内耳の感覚細胞
脊椎動物の進化とともに八面六臂の活躍をするようになった細胞です。詳しくは「脳科学辞典:神経堤細胞」を御覧ください。さらに興味のある方は拙共著『神経堤細胞:脊椎動物のボディプランを支えるもの』(倉谷滋・大隅典子著、東大出版会)をご笑覧下さい(ただし絶版)。
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講演では、神経堤細胞に関係すると思われる神経芽腫のような腫瘍を取り上げ、もしかするとより普遍的に、腫瘍発生の「タネ」としての捉え方ができるのではないか、というような展望についても言及しました。

200名ほどの会場に立ち見が出たのも嬉しかったですが、講演後に懇談室で仕事をしていたら、何人もの若い方々が「もう少し伺って良いですか?」「別の講演と重なっていたので聞けなかったので教えて下さい」などと声をかけて下さいました。学会(meeting)は「興味のある研究者が直接会って、アイディアを交換する」ことこそが、その機能なのですから、このようなインタラクションはもっとも有意義なことです。

今回の学会は参加者300名ほどで、いわゆる「学会屋」さんが関与せず、また昨今のCOIの問題もあって製薬企業さんの関与も少なくなって、大会長の岩崎先生が心を砕かれて手作りされたことが伝わってきました。懇談室には高知のお菓子(ミレービスケット細切り芋けんぴなど)が置いてあったり(美味しかったです! あ、細切り芋けんぴパッケージに描かれているのは、高知ゆかりのやなせたかしさんのイラスト♬)。またご招待頂いた理事会の食事会は、土佐料理のお店「祢保希」で行われました。

上記の拙共著『神経堤細胞:脊椎動物のボディプランを支えるもの』(倉谷滋・大隅典子著、東大出版会)、そういえば1997年発刊なので、もう一度、私個人の視点で書きなおしてみたいと思いました。


by osumi1128 | 2014-11-02 09:31 | サイエンス | Comments(0)

2014年ノーベル賞自然科学系3賞の結果から思うこと

本日はノーベル文学賞の発表があって、残念ながら村上春樹ではありませんでした。ものすごく好きという訳ではないのですが、彼は自分でも翻訳を手がけているので、自分の作品が翻訳されて世界中で読まれることを最初から想定した文章を書いているという点において、ノーベル賞を取れるのかどうかが興味深いと思えるので。

さて、自然科学系の3賞のうち、今年は物理学賞について3名の日本人(より正確に言うなら、2名の日本人と、1名のアメリカ国籍を有する日本出身の方)が受賞され、これで19名となってオランダより多くなったはずですが、人口を考えれば、ドイツの健闘が著しいですね(図は下記のサイトより引用)。
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Here's A Beautiful Visualization Of Nobel Prizes By Country Since 1901

Read more: http://www.businessinsider.com/nobel-prizes-by-country-since-1901-2014-10#ixzz3FedhTgvN


青色発光ダイオードは、確かに街中にあふれているので、そういう「わかりやすい」ノーベル物理学賞も必要だったのかもしれません。

ここ10年くらいの生理学医学賞と化学賞は、どっちがどっちなのか、というところもありますが、今年の化学賞が「超高解像度の蛍光顕微鏡技術の開発」に対して授与されたのは、2008年のものと類似の方向性のように思います。下村脩先生がオワンクラゲから緑色蛍光タンパク質を発見して、それがマーティン・チャルフィーおよびロジャー・チェンによる遺伝子操作技術と合わせて、世界中の研究室で分子や細胞の標識に用いられるようになったのでした。1993年のキャリー・マリスも、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)という、これまた分子生物学の研究室であれば、どこのラボでも日常的に行う技術の開発です。

分子の構造決定に用いられるX線回折法は、例えば1962年のジョン・ケンドリューによるヘモグロビンの構造決定にも用いられましたが、1964年のドロシー・ホジキンがペニシリン、ビタミンB12、インシュリン等の構造決定を行ったことで受賞対象になりました。比較的新しいところでは、2003年のロデリック・マキノンがカリウムチャネルの構造決定によりノーベル化学賞を授与されました。同様に、高分解能NMR技術の開発により、1991年にリヒャエル・エルンストが、なぜか田中耕一さんと同じ2002年にクルト・ヴュートリッヒが(再度?)NMR技術で授賞していますね。

つまり、有用な、汎用性の高い技術の開発は受賞対象になる確率が高いと思います。

今年の生理学医学賞は「脳内の位置把握に関わる細胞の発見」に対して、ジョン・オキーフ博士、メイ=ブリット・モーゼル博士およびエドワルド・モーゼル博士に与えられました。昨年、2013年は小胞輸送、2012年はリプログラミング(初期化)、2011年は自然免疫と、神経系での授賞は2004年のリチャード・アクセルとリンダ・バック以来、10年ぶりということになります。……おっと、昨年の小胞輸送の受賞者のお一人、トーマス・スードホフ博士の研究は、シナプス小胞が関係する神経伝達についてのものでしたから、10年ぶりというのは不適切でした。
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オキーフ博士が1970年代に提唱し始めたのは海馬の中に「場所細胞 place cells」が存在するということでした。二次元空間の場所の感覚をラットが記憶し、特定の位置を通過するときに、海馬の中の特定の細胞が発火するという発見は、当時、斬新なものとして受け止められたことと思います。

「記憶に関する海馬の重要性」という意味であれば、オキーフ博士とともに、有名な患者HMについての報告を行ったカナダのブレンダ・ミルナ−博士(右の画像は、Wikipediaから拝借。TEDxMcGill2011のときのもの)が共同受賞となる、という選択もありえたのではないかと思います。

委員会はそういう組み合わせではなく、モーゼル夫妻を共同受賞者にした訳ですが、彼らは海馬と繋がっている嗅内野という部分に着目し、場所を認知してナビゲーションする細胞が、六角というか三角というか、そういう格子状に並んでいるらしいことを突き止め、そのような細胞にgrid cellsという名前を付けたのでした。

ちなみに、オキーフ博士は2012年に仙台を訪問されていました。「脳と心のシンポジウム」という国際シンポジウムで講演され(残念ながら所用により聞き損ねましたが)、その後、松島などを訪問されたようです。(松島遊覧船でカモメにはしゃぐオキーフ先生の画像は東北大学電気通信研究所の坂本一寛さんのFacebookから借用させて頂きました)
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場所の認知とその記憶、そしてその想起は、まだ二次元から三次元に理解を広げる必要があると思いますが、個人的には四次元に繋がる「時間の認知・記憶・想起」が面白いと、ずっと思っています。すでにイムノグロブリン遺伝子の組換えによりノーベル生理学医学賞を授賞されている利根川進博士は、理化学研究所・脳科学総合研究センターのセンター長でもありますが、マサチューセッツ工科大学(MIT)にも研究室を持っておられ、海馬の機能についての研究を展開されていますが、直近でScience誌に発表された論文では、時間の記憶に関わる特殊な細胞が嗅内野にあるのではと考え、この細胞群を「島細胞 island cells」と命名しておられます。ちなみに、この論文の筆頭著者は北村貴司さんです。

時間の認知・記憶にはいろいろな単位があります。東北大学の虫明元教授らは、運動の制御という観点から秒単位の時間を測る細胞が大脳皮質の運動野の一部に存在しているという内容をNat Neurosci誌に発表されました。私自身はもう少し長い単位の時間の認知・記憶に興味を持っています。例えば、カケスは4時間前に隠した餌と、124時間(つまり5日以上前)に隠した餌を区別して覚えているということが報告され、鳥も過去についてのエピソード記憶を持つらしいと考えられています(Clayton & Dickinson, Nature, 1998)。では、未来についての時間感覚はどうなのでしょう? 子どもが小さいうちは、「明日」くらいしかわからないのに、だんだんと「一週間」や「一ヶ月」「一年」という長さが理解できるようになり、もっと抽象的な「将来」まで人間は考えられるようになりますが、動物ではどうなのでしょうか?

もちろん、同じような興味を抱く研究者は他にもいます。大阪大学の北澤茂教授は、文部科学省の支援による新学術領域「こころの時間学」というプロジェクトを立ちあげ、認知科学だけでなく、心理学や言語学、哲学の分野の研究者まで巻き込んだチームで「時間」の認知のされ方について解き明かそうとチャレンジされています。今後の展開がとても楽しみです。


by osumi1128 | 2014-10-09 23:54 | サイエンス | Comments(0)

2014年ノーベル化学賞と母校の後輩のこと

ノーベル週間です。昨日の物理学賞が青色発光ダイオードの発明に関して日本人3名の受賞(画像はノーベル財団HPより)となったので、メディアはそちらで持ちきりですが、拙ブログは自分目線でのエントリーを続けます♫
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本日は化学賞の発表でした。その受賞対象はなんと「超解像蛍光顕微鏡」!(同じく画像はノーベル財団HPより) 化学賞としてはかなり珍しいのではないかと思います。化学は専門ではないですし、今年は2012年の山中さんのときのように、連続エントリーすることもないだろうと思っていたのですが、ちょっと待て、このネタなら書きたいことがありました。
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実は、先日、高校の後輩、有薗美沙さんが来て下さって、このような超解像顕微鏡を使ってマウスの神経細胞のシナプスの様子などを「生きたまま、超解像度で」観察して研究を行っている、というお話を聞いたところだったのです。有薗さんは、現在、理化学研究所脳科学総合研究センターの御子柴克彦先生の研究室に所属しつつ、フランスのボルドー大学の研究室に留学中です。この超解像蛍光顕微鏡を用いると、光の波長よりも径の短い分子さえも捉えることが可能となります。

「母校でセミナーなどしたい」というご希望を伺ったので、昨年、東北大学を訪問したスーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)のご担当の宮城政昭先生にお話をつないだところ、ちょうどまさに昨日、Intelligence Cafeと呼ぶ活動でお話されたということを、宮城先生から伺った次第。ご縁ですね……。
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真ん中が有薗さん、右端は校長の原田和雄先生(うーん、セーラー服が懐かしい……)。皆さん、とても熱心にお話を聴いたそうです。(画像は許可を得て掲載しています)
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少人数だったためinteractiveに発表ができてとても楽しかったです。
カルシウムイメージングや一分子イメージングの動画、また超解像の画像に驚きの声があがり、イメージング技術の感動が伝わってとても嬉しかったです。
私自身も科学に興味のない母親に相手をしてもらって発表を練ったり学生の皆さんの反応をみることで、研究者以外の人へどのように自分の「わくわく」をわかってもらうかについて勉強することができました。
このintelligent cafeの取り組みは本当素晴らしいのでどんどん盛り上がっていけばいいなと思います。(有薗さん談)
研究の「わくわく」をどんどん伝えていけたらいいですね!

ちなみに母校ネタでは、先日、ウルグアイ大使に任命された同期の田中径子さんのプチ壮行会を、共通に存じ上げている東北大学法学研究科の水野紀子先生とともに、同じく昨日に行ったところでした。地球の反対側ですが、頑張って下さい!


にわかに始めたウルグアイ勉強の情報ソースの1つはこちら。1980年代に日本で2人目の女性大使としてウルグアイに着任された赤松良子氏のエッセイ『うるわしのウルグアイ』。

by osumi1128 | 2014-10-08 22:55 | サイエンス | Comments(0)

祝!ノーベル生理学医学賞が「場所細胞・格子細胞」の発見に

科研費申請の山場と論文投稿が重なってデスクワークに没頭している間にノーベル賞ウィークの最初の発表、生理学医学賞の受賞者のアナウンスがありました。
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今年は神経科学! しかも、齧歯類を用いた空間認知記憶のメカニズムについてということで、子年生まれとしては二重に嬉しいです。さらに3名の受賞者のお一人が女性だったことも個人的にはとても嬉しい。(画像はノーベル財団のHPより拝借)

賞金の半分が授与されるJohn O'Keefe博士@UCLの研究は1970年代にさかのぼります。海馬という記憶に重要な脳の構造に、「場所細胞 place cells」という細胞が存在していて、ラットが二次元空間のある場所を通過したときに「発火する」ことを見出したという有名なお話です。

O'Keefe, J., and Dostrovsky, J. (1971). The hippocampus as a spatial map. Preliminary evidence from unit activity in the freely‐moving rat. Brain Research 34, 171-175.

O´Keefe, J. (1976). Place units in the hippocampus of the freely moving rat. Experimental Neurology 51, 78-109.

その仕事を引き継いで発展させたのがMoser夫妻@ノルウェー科学技術大学。この場合は、海馬ではなくて、嗅内野と呼ばれる部位なのですが、ちょうど「格子状の細胞 grid cells」が場所の認知に合わせて活動することを発見し、位置、方向、速度などが感じ取られているらしいことが示されました。私は方向音痴ではありますが、たぶん「方向」と「速度」は感知できているのではないかと思っています。

Fyhn, M., Molden, S., Witter, M.P., Moser, E.I., Moser, M.B. (2004) Spatial representation in the entorhinal cortex. Science 305, 1258-1264.

Hafting, T., Fyhn, M., Molden, S., Moser, M.B., and Moser, E.I. (2005). Microstructure of spatial map in the entorhinal cortex. Nature 436, 801-806.

Sargolini, F., Fyhn, M., Hafting, T., McNaughton, B.L., Witter, M.P., Moser, M.B., and Moser, E.I. (2006). Conjunctive representation of position, direction, and velocity in the entorhinal cortex. Science 312, 758-762.

今見たら、このモーゼル先生らの論文には、Menno Peter Witter先生が共著者になっていましたが、ウィッター先生は何度も東北大学で特別講義をして頂いています。ウィッター先生も海馬のご専門です。
(東北大学脳センターHPより)

現在、日本人の田代歩さんという方が、つい先ごろまでこのノルウェー科学技術大学で独立ポジションでおられたようです。神経新生の研究分野の大御所、Fred Gage研出身で、現在はシンガポールでラボを持っている模様。若手の海外での活躍は何より。でもって、直近の日本神経科学大会では以下のような講演が為されたようです(生憎、聞き損ねました……)。
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4つ目の演題の田代歩さんという方が、まさに、海馬歯状回の神経新生と空間情報記憶の研究を融合的に発展させておられるようです。ちなみに、このシンポジウムのオーガナイザーの井ノ口馨先生は、以前CRESTの同じチームにご参画頂いた、高校の大先輩であり、共同研究者です。北村貴司さんは、元井ノ口研、現利根川研@MITで、海馬の神経新生が記憶の消去に関わることを2009年にCell誌に発表された方。

「脳は3歳で完成する」という神経神話は正しくなくて、海馬などでは生涯にわたってニューロンが産生され続けますが、そのことが動物の記憶・学習・気分に大きく影響することがどんどん明らかになりつつあります。上記のCRESTは、そのことを強く提唱したプロジェクトでした。
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海馬は、有名なHM氏の症例から、短期記憶に重要であることが知られるようになりましたが、ヒトでは相対的に小さいことと、サルでは電極が刺しにくい深いところにあるため実験しにくいことから、齧歯類での海馬の機能や神経新生の研究は、ともすると軽視されがちでした。しかしながら、例えば、アルツハイマー病の初期の症状が「外に出て行って戻って来られない」などの空間認知の異常であったり、海馬の萎縮であることも知られるようになって、ヒトでもその重要性が少しずつ浸透しつつあると思われます。

ちょうど、先月9月21日に行われた東北大学包括的脳科学研究・教育推進センター主催の市民講座のテーマが「海馬」だったのは、なんとタイムリーなことでしょう! 河北新報の8日付に報告記事が掲載予定です。

by osumi1128 | 2014-10-07 00:38 | サイエンス | Comments(1)

iPS細胞の応用研究が創薬を変える:スタチンの新たな適用

先週は日本神経科学大会が横浜で開催され、3年ぶりのパシフィコ横浜で懐かしく思いました。前回は大会主催者だったので、いろいろな意味で感慨深いものがありました。

その間、たて続けにiPS細胞を用いた研究成果が関西方面から発信されました。1つは、神戸の発生・再生総合研究センター(CDB)の高橋政代先生のところから、iPS細胞を用いた世界で初めての網膜疾患患者への移植手術が行われたというもので、もう一つは、京都大学のCiRA、つまり山中先生のiPS細胞研究所の妻木範行教授の研究。
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iPS細胞の作製技術が報告されたときに、移植用の細胞としてよりも先に応用されるだろうと思われていた薬の開発への応用ですが、案外、その実例は少なかったらしく、今回、軟骨無形成症という難病の治療薬発見への報告が論文発表されました。患者さんの皮膚の細胞を元にしてiPS細胞を作製すると、例えばその患者さんの持つ遺伝子変異などが、そのまま残された細胞ができます。その細胞を利用して、細胞レベルで治せる薬をまずスクリーニングすれば良い、という戦略です。この論文では、Fgf3受容体の欠損マウスをモデルとして、個体レベルでのスタチンの治療効果についても確認しています。
(上記画像は下記の読売onlineから転載させて頂いています)

つまり、従来であれば、
患者さんの遺伝子解析→原因遺伝子の遺伝子改変マウス→病態モデルとしての確立→創薬の分子標的探索→効果のある薬物のスクリーニング→培養細胞での効果確認→病態モデルへの投与→効果のある薬物のスクリーニング
という順序であったところを
患者さんの皮膚の細胞→iPS細胞→培養細胞レベルでの病態再現→効果のある薬物のスクリーニング
という風にハイウェイ化できる、というわけです。

Statin treatment rescues FGFR3 skeletal dysplasia phenotypes

Disease models: Statins give bone growth a boost
上記論文を紹介するNatureのNews & Views記事

もちろん、すべての病気がこのようなやり方で薬の開発に進める訳ではありません。例えば、精神疾患や精神発達障害などは細胞レベルでの病態の再現や薬物の有効性確認が難しいことが予想されます。

論文発表に合わせて、クローズアップ現代でも報道されました。この番組では、さらに治療薬開発に関して、患者の病態を分類する上でも、iPS細胞を作製することが役立つことを紹介していました。例えば、ルツハイマー病ではアミロイドβというタンパク質がニューロンの中に蓄積すると信じられていましたが、患者からのiPS細胞をニューロンに分化させて調べてみると、アミロイドβがニューロン内に蓄積するタイプ、ニューロンの外に蓄積するタイプ、蓄積しないタイプに分かれることがわかりました。つまり、アミロイドβがニューロンに蓄積することが病態であると信じていて、それに効くと思われる薬物を開発しても、ニューロンの外に蓄積するタイプや蓄積しないタイプの患者には効果が無いかもしれません。効果がありそうな患者を集めて治験を行えば、より薬効を確認することが容易になり、薬の開発までの時間とコストが激減します。


患者さん由来iPS細胞でアルツハイマー病の病態を解明-iPS細胞技術を用いた先制医療開発へ道筋


したがって、時代は確実に、個別化医療、個別化治療の方向に向かっているといえます。そのためには、一人ひとりのゲノム情報の理解がますます重要になっていると思われます。

東北大学ではこのようなゲノム医学研究を進めているところです。

この発表でちょっと嬉しかったのは、軟骨異形成症の治療に有効だったのが、実は、コレステロールを下げる薬として頻用されている「スタチン」だったこと。スタチンは、東北大学農学部出身の遠藤章先生が1973年に開発された薬物です(画像はWikipediaより転載)。実は、前世紀末から、スタチンが、骨が脆くなる「骨粗しょう症」に効果があるという報告が為されていたことから、今回の軟骨異形成症にも効くのではないかと考えられたということです。
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ただし、番組でも指摘されていましたが、骨粗しょう症は閉経後の女性に多い病気ですし、一般的にスタチンが使われるのは、いわゆる成人病としての高コレステロール血症です。軟骨異形成症の子どもへの投与に関しては、いくつかのハードルがあると思われます。ともあれ、もうすぐノーベル賞発表のシーズンということでもあり、仙台からの期待が高まりますね。

by osumi1128 | 2014-09-18 20:23 | サイエンス | Comments(0)

STAP現象の検証実験

昨日付けで理化学研究所から「STAP現象の検証の中間報告について」公表されました。記者会見は、これまでの一連の発表と同様に動画配信されたようですが、即日のうちにテープ起こしがメディアに公表されてはいないことから、いっときよりも社会の関心は冷めたように思われます。

私自身は動画は見ていませんが、発表されたスライド資料から、どのような結果であったのかは十分理解できました。多くの科学者が予測したであろうことですが、1月末に発表されたNature論文(←すでに取り下げ済み)のプロトコル(実験の手順)に従って、生後5〜10日のマウス脾臓から得られた細胞をpH5.7程度の酸で25分間処理した細胞を培養した場合、22回の実験のうち半数程度に細胞塊が出現したものの(おそらく、死にかけの細胞が塊をつくったのではないかと想像します)、仕込んであった多能性細胞のマーカー遺伝子(Oct3/4-GFP)の発現誘導は認められなかったということです。
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もっとも重要なデータの図を上に引用しておきます。この図では、酸処理による自家蛍光かどうかも見極めるために、異なる2種の蛍光フィルターを用いた結果が提示されており、一見、緑色に光って見えるものは、実は赤い方のフィルターでも認められるので、細胞が初期化して生じたGFPの蛍光ではないことがきちんと示されています。
(ちなみに、このようなPPT資料は、研究室内の進捗状況報告の参考になりますね)

また、生データは示されていませんが、内在性のOct3/4遺伝子の発現上昇も認められなかったとのことです。

今後は、臓器特異的な遺伝子発現を示すマウスを用いて、心臓および肝臓の細胞を元にして厳密に細胞の由来を追求しつつ、同様のプロトコルでの初期化誘導が認められるかどうかについて検討するとのことです。そもそも、脾臓の細胞よりも元論文ではSTAP化しやすいということを示す図がありますので。また、誘導方法も、毛細管通過刺激や、ストレプトリジン処理なども行うとのことでした。
(これもまた、ラボ内プログレス発表のようですね……)

しかしながら、これらはすでにもともとのSTAP細胞なるものの誘導方法ではないのですから、まったく別の実験を行っていると考えるべきと思われます。そういう意味で、「STAP<現象>検証実験」という扱いになっているのでしょう。

さて、以上が現時点において丹羽博士らのグループが行った実験結果です。Nature論文で示された方法で「STAP細胞」を誘導することができなかった、つまり再現性が得られなかった、ということであり、これは論文発表直後から、世界中の何箇所かで繰り返されたことでした。今後については以下のように発表されています。

今後は、11 月末迄の期間に限って小保方氏の参画を得て、同氏による手技を第三者により確認する。また、今回の実験で用いた系統とは異なる系統のマウス、脾臓以外の臓器からの細胞を用いて、論文等に記載された各種処理による完全に分化した細胞(終末分化細胞)からの多能性細胞誘導現象の有無について3 月末迄を目処に確認する。


さて、この「小保方氏の参画」については、理化学研究所から6月30日の時点で公表され、それを受けて日本分子生物学会からのは、論文の疑義についての調査が先であり、本人が検証実験に参画することには問題がある、という趣旨の理事長声明を発出しました。

この点に関して、小保方氏の実験参画は「権利」として認められている、ということをご指摘頂きました。根拠となっているのは、文部科学省の研究不正に関するガイドライン(平成18年8月8日付)です。以下、該当箇所を転記します。
4 告発等に係る事案の調査
2告発等に対する調査体制・方法
(2)本調査
3.調査方法・権限
ア)本調査は、指摘された当該研究に係る論文や実験・観察ノート、生データ等の各種資料の精査や、関係者のヒアリング、再実験の要請などにより行われる。この際、被告発者の弁明の聴取が行われなければならない。
イ)被告発者が調査委員会から再実験などにより再現性を示すことを求められた場合、あるいは自らの意思によりそれを申し出た場合は、それに要する期間及び機会(機器、経費等を含む。)が調査機関により保障されなければならない。ただし、被告発者により同じ内容の申し出が繰り返して行われた場合において、それが当該事案の引き延ばしを主な目的とすると、調査委員会が判断するときは、当該申し出を認めないことができる。
ウ)上記ア、イに関して、調査機関は調査委員会の調査権限について定め、関係者に周知する。この調査権限に基づく調査委員会の調査に対し、告発者及び被告発者などの関係者は誠実に協力しなければならない。また、調査機関以外の機関において調査がなされる場合、調査機関は当該機関に協力を要請する。協力を要請された機関は誠実に協力しなければならない。


この「被告発者」が「自らの意志により」「再実験などにより再現性を示すこと」を「申し出た場合」は、「それに要する期間及び機会(機器、経費等を含む。)が調査機関により保障されなければならない。」ということになっているのです。

ちなみに、6月30日付の理研からの発表には「本人が申し出た」とも、上記のような根拠があるとも書かれていませんでした。
STAP現象の検証実験を行うことについては、様々な見解がありますが、科学的事実を明らかにするたに、小保方研究ユニットリーダーを相澤慎一実験総括責任者及び丹羽仁史研究実施責任者の指揮監督のもと、実験に参画させることとします。期間は、平成26年7月1日から平成26年11月30日までを予定しています。


したがって、本人参加の実験には正当性があり、11月末までそれを見守るしかないということのようです。

近畿大学医学部病理学講師の榎木英介氏は、直近で、次のような2つのブログを書いています。
STAP細胞があろうがなかろうが(8/27付ブログ)
「再現実験」は国民の期待を鎮める儀式(8/28付ブログ)

とくに前者の記事は、科学の世界における「真実」を事件の「真犯人」に置き換えて、「真犯人はこの人だ!」と言うためには、科学者がありとあらゆる証拠を提出しなければ「黒」とは言えない、という説明をしています。検挙したつもりであっても、真犯人でなければ、やがて葬り去られるのが科学の世界の掟です。

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【追記】
文科省ガイドラインがこのたび8月26日付で正式に決定となりました。
研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン(PDF)

【さらに追記】
2014年12月19日付で、STAP細胞の検証実験は不成功に終わったことが報告されました。
2014年12月26日付で「STAP細胞」とされたものは「ES細胞」であったことが調査委員会により報告されました。

by osumi1128 | 2014-08-28 22:47 | サイエンス | Comments(4)

光操作研究会・技術検討会と浜先生のこと【フォトギャラリー更新】

光感受性の種々の分子を用いて、神経活動を制御する「光遺伝学(オプトジェネティクス)」に関する光操作研究会が、医学系研究科・松井広先生の主催で開催されました。

今年の開催にあたって、これまで生命科学研究科の八尾寛先生が主催されてきた「オプトジェネティクス講習会」も一緒に開催ということでしたので、それならさらに「コネクトミクス講習会」もできたら面白いのでは、という話になり、実際は電顕コネクトミクスの講習会にはならず<形>関係の「イメージング講習会」になったのですが、カール・ツアイスさんに最新機器を持ち込んで頂いて、今週、月曜日から3日間、有意義な実習を行うことができました。

最近の顕微鏡は、ものすごい勢いで進捗しています。より細かく、より深く、より広く、より早く、画像を得ることができるようになり、それを三次元構築したり、各種の計測を行ったりすることによってデータが得られるのです。世界が変わります。

初日月曜日の<形>の講師として、カール・ツアイスの方によるデモ機の説明と三次元電子顕微鏡技術の紹介があり、さらに多光子顕微鏡でマウス脳深部イメージングに成功された北大の根本先生、マウス初期胚で細胞移動などをトラッキングされている基生研の野中先生にもお話して頂きました。また、実技講習会後、昨日午前中に、マックス・プランクのフロリダ研究所で電顕コアファシリティーのチーフを務める釜澤尚美さんにも来て頂いて素晴らしい講演をして頂きました。サラミを使った説明は、とてもわかり易かったと思います。
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釜澤さんが最後に紹介されたのは、日本の著名な電子顕微鏡学者、浜清先生のお言葉。
美しいものはいつもそこにあるのです。
大事なところはいつも隠れているものなんです。

お茶目な浜先生はこれを「ビキニ説」と仰っしゃるとのこと(笑)。

昨日午後から本日夕方までのシンポジウムは、オプトジェネティクスを用いた遺伝子発現操作や、光操作の結果をfMRIで観る、組織の透明化技術の最先端、質量分析を利用したイメージングなど盛りだくさん。若手の方々の意欲的な発表に加え、生物物理学の分野で初期からロドプシンの研究をされていた神取先生@名工大の歴史から最先端までのお話も、たいへん教育的で参考になりました。これまでの研究会を率いて来られた田中謙二先生@慶應、尾藤晴彦先生@東大(あ、「先生」ではなくて「さん」付がルールだったのを思い出しました!)もありがとうございました。

下村脩先生がGFPを発見したのが1962年で、ノーベル化学賞を受賞されたのが2008年、チャネルロドプシンの発見が2002年とすると、その40年後は2042年ですね……。きっとそれよりも前に、ノーベル賞受賞になるかもしれませんね。

私は明日から台湾でアジア・パシフィック神経化学学会のシンポジウム出席になってしまいますが、<光>操作のワークショップは週明けまで続きます。来年は、さらに他のシンポジウムも合わせて「東北大学知のフォーラム:脳科学最前線2015」として7月〜9月に開催予定です。乞うご期待!

オプトジェネティクスの技術講習会含め、全体イベント終了後にフォトギャラリーが更新されました。
それぞれの日程で「more photos」が見られます、
by osumi1128 | 2014-08-22 22:42 | サイエンス | Comments(0)

学位論文

数日前に本学医工学研究科の修士課程学生さん3人が訪れて、STAP細胞論文等についてお話しました。来週、インタラクティブな講義でディスカッションをする予定とのことで、「そもそも<再現性>とは?」「科学と社会の関係」などについて話しました。

「再現性」は科学を生業とする誰もが重要と思っていますが、それは「どの程度」のことなのかは、もしかするとラボによって基準が異なるかもしれないことを指摘しました。例えば「100回の試行」をして、「2回再現」されたらば、それは「再現性があった」と言って良いことなのかどうか? 100回行わなくて「10回の中で2回成功」したら? じゃぁ、「5回のうち2回」だったら???

もしかすると、話が具体的になると、ラボによって基準が異なるかもしれないと話しました。あるいは「コピペ」の問題も、「メソッド(材料・方法)」のパートではどこまで許されるか、分野によっては「イントロ」にはオリジナリティーが無いので、前任の方のものとかなり似ていてもOKとみなされる分野もあること、結果のパートでも、修士論文くらいであれば、前の学年の方や同じラボの同級生の文章とかなり似ている可能性もあるのではないか、などについて指摘しました。このあたり、本当に分野によって、実際、ラボによって異なる可能性があります。

さて、本日、早稲田大学理工学研究科の学位論文について発表がありました。以下、引用します。
理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダーが3年前に早稲田大学に提出した博士論文について、大学の調査委員会は「内容の信ぴょう性が低く、学位が授与されることは到底考えられない」としながらも、これは小保方リーダーが誤って下書き段階の論文を提出した過失によるもので、完成した論文は別にあったなどとして、博士号の学位取り消しには当たらない判断しました。
このことは見過ごしてはならない大きな問題だと思います。

「学位論文」は、研究職というキャリアを目指す人達にとって、大事な通過点の最初の1つであり、「どんな学位論文を書いたか」はその後の研究者としての評価に少なからぬ影響を与えるものであると思います。現時点において、日本でも世界的にも、学位の審査は、学位を与えるに足ると認定された研究機関がその任に当たり、その評価はいわゆる「学位論文」と呼ばれる書面とそれを元にした面接で評価されます。つまり「学位論文」は、研究者のキャリアにとって大事な最初の「作品」であり、その「出来」が次の職を得るのに重要な「手形」になるわけです。

ただし、「学位」は例えば「医師免許」のような国家試験ではなく、それぞれの大学院が授与するので、日本全体での統一基準が1つの「モノサシ」で測られる訳ではありません。それは、学問がとても多様であり、価値判断に多様性があることによります。つまり、「国家試験」やあるいは「センター試験」のような統一性を求めることは難しいのです。

しかしながら、今回の調査委員会からの発表は、同大学の学位認定基準について、大きな疑問を持たせる結果になったことはとても残念です。例えて言うならば、スキーのバッジテストで「どのゲレンデなら取りやすい」というようなことをあからさまにしてしまった、という解釈になってしまうのではないでしょうか? あるいは、学位申請の時点で基準に達していなくても後から修正すれば良い、ということになってしまうと、何のための学位審査かということになります。学位審査は、万難を排して準備して臨んで、その過程において切磋琢磨されることもまた博士としての資質に重要であるとみなされています。

今回の決定は、皆さん、おかしいと思いませんか? これは当該大学のみならず、全国の学位取得者や、これから学位を取得しようとする方々が提起すべき大きな問題だと思います。さらに言えば、日本の「博士号」という資格が世界でどのようにみなされるかという質保証の問題です。




by osumi1128 | 2014-07-17 23:21 | サイエンス | Comments(26)

STAP騒動について海外在住日本人研究者のご意見【追記しました】

欧州の学会を2つはしごして、帰国の途に着いたところです。ミラノの欧州神経科学学会は7000人くらいの参加者があり、日本人は200名くらいとのこと。北米神経科学大会(SfN)のように3〜4万人ほどは大きくなく、一応、基礎から臨床までカバーされており、欧州各国で開催(次はコペンハーゲン)というのも、DCやサンディエゴと場所が固定されているSfNよりも嬉しさがありますね。

さて、国外で活躍されている日本人研究者にお目にかかって、外から見てこの騒動はちょっとどうなのか、ということになり、以下のようなご意見を頂きました。ご本人の許可を得て掲載させて頂きます。【末尾にさらにコメントを追加しました】

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大隅さん

おっしゃられる通り、こちらには情報が不足しており、不正確な点や、的外れな点もあるかと思いますが、私の意見を聞いていただいてありがとうございます。以下、少し加筆修正しましたが、これでよければ、大隅さんのブログに掲載していただいて結構です。

研究者も含めて、人々がひたすら理研、CDBの側を責めているのを見ると、とても異常な感を持たずにはいられません。理研も正すところは正し、今後も間違った方向に進んでいるときには、周りから意見すること必要だという点は私にも良く分かります。追試が必要かどうかは、理研と周りの科学者が、科学的根拠に基づいて冷静に議論をするべきだと思います。もし追試の必要性が明らに否定された場合、つまり、STAP 細胞を支持する実験結果が何も存在してなかったことが明らかになれば、追試を中止すべきだというのは正しいと思います。税金を使っているのだから、、、という点も分かります。

私が憂慮していることは、第一に、不正が起きたときに責められるべきは、不正をはたらいたもの、および場合によっては、それを見逃した他の論文著者であるという第一原則が、はっきりしないようになっていることです。会社が何か不祥事を起こした場合は、会社のトップが責められますが、それと同じ論理で、マスコミ、一般市民が理研の責任を追求しているように見えます。このような構図が科学の世界で当たり前になると、今後苦労するのはほかの大学、研究所です。不正を完全に防ぐことは不可能です。将来不正が起こらないように、いろいろなシステムを改善することは必要ですが、同時に、今後起こった場合にどういう対応が求められるか、そのルールをはっきりさせておくことが必要です。大学、研究所が過剰に責められる前例を作っては今後のためになりません。また、不正の調査を徹底的に行うには、聞き取りや、データの解析等、様々な要素を総合的に考慮して判断する必要があるため、一定の時間がかかること。調査委員会の結論は重いものですので(最終的に法律問題にもなりますので)、中途半端に不正を認める発表はできないこと。従って、裁判の判決と同様、調査委員会の発表は、保守的になってしまうことが多いこと(疑いだけでは罰せられないこと)。これらのことが十分理解された上で、粛々と手続きが行われる環境が保証されていることが必要です。

一方で、こういった点に反して、改革委員会の報告書、提言には「推測」の範囲を超えない記述が多々存在し、それに基づいて理研の批判をしているのには、とても違和感があります。

今回の論文取り下げまでに半年しかかかっていない一因はもちろん不正があまりにもひどかったことがあると思いますが、一部の著者が抵抗する中、半年という短い時間で(他の不正のケースと比較して)、これまでに分かった誤りのリストを詳細に与えたうえで、取り下げまでこぎつたことについて、理研に一定の評価を与えてもいいのではないかと考えます。取り下げの申請は基本的には著者によるもので理研によるものではないことがルールだと思いますが、理研の働きかけがあって取り下げをまとめることができたのだと理解しています。

小保方さんの採用過程が通常の手続きを経ていない点が指摘されていますが、アメリカでは公開セミナーなしで、教授たちの推薦に基づいて、大学院を出たての若手にフェローなどのポジションで小さい研究室を持たせて自由に研究をする機会を与えるような制度があります。若手にチャンスを与えるということは当然危険がともなうことですが、独立のassistant professorのポジションも含めて、こういう機会が比較的たくさんあることが、アメリカでの研究者のモチベーションを高めること、ひいては科学の発展の土台を作っているのだと思います。独創的なアイデア、可能性を持っている人をいかに引きつけるかは大学にとってなによりも大事なことで、大学同士がしのぎを削っているわけです。CDBがこれまで先進的なシステムで若手にチャンスを与えてきたことは評価こそされるべきで、結果的にたった一人の悪い研究者を生んでしまったことで、そのようなシステム自体を否定してしまうことは、今後に悪影響を与えるのではないかと思います。CDBがこれまで若手にチャンスを与えて来たことは、評価されるべきことで、結果的にこういうことが起きたことによって、そういうシステム自体が否定されるべきではないと思います。もちろん、長期間、同じ幹部で運営してきて、チェック機構がはたらかなくなってきていた点等、改めるべき点があることは大事な点です。

常々、日本のマスコミの、政治家の言葉尻だけを捕まえて喜んでいる低レベルな姿勢に飽き飽きしていましたが、いまはそのターゲットが理研になっているようで心配です。日本の研究システムをいかに良くしていくか、それに向かってこれまで行われてきた試みの客観的な評価という、より大きな、建設的な問題を棚において、これまで少なくともいろいろな点でうまく機能していた組織の解体を、短絡的に言い出すのはとても危険に思われます。日本の科学者が、もっと大局的に、長い目で物事を考え、建設的な方向に物事が進んでいくことを望んでいます。


*****

【追加コメント】

建設的な議論が行われるためには、結局何が目指すところなのかということを見失ってはいけないと思います。

1、不正ができるだけ起こらないようにすること。
2、不正が起こったときに対応するシステム、ルールを作ること。
3、一日も早くみんながこの問題から解き放たれること。
4、若手や女性が十二分に才能を発揮できる環境を作ること。

これらの4つを頭に入れて、そのために何をするべきかを考えるべきだと思います。
いま人々がやっていることは、こちらから見ると「ボトムアップ」の間違い探しではないでしょうか。
もちろん、1あるいは2を大儀にやっているのだと思いますが、

行き過ぎると本当に大切なものを見失ってしまうのではないでしょうか。

*****
<以下追記>
日本分子生物学会はリンク先に示しますように、STAP論文疑義についての実態解明を求めており、まさに上記の1〜4を望んでいます。(中身を読んでいないと思われる?方々の)伝言ゲームの間に意図とは異なる受け取られ方をされている場合もあるようですが、関係者の処分や当該研究機関のあり方については、一切述べておりません。また、個人的には、当該研究機関でまったく今回の不正に関係の無い皆さんが一日も早く、良い研究に専念できることを祈っています。



by osumi1128 | 2014-07-10 00:09 | サイエンス | Comments(5)

STAP細胞の遺伝子解析からわかったこと

速報というよりは、改めて自分の頭の整理のために記しておきたいと思います。

STAP細胞論文発表直後に面白いと思ったことが2つありました。そのうちの1つは「ES細胞では寄与できない胎盤に寄与する」という点です。論文の疑義が出された頃の拙ブログ(3/12付)では、「もしかして初期胚由来の細胞を用いてキメラ形成実験をしたのでは?」という予測をしてみましたが、これははずれ。6月16日の若山会見やCDBからの発表により、それは遺伝子解析の結果、「TS細胞が混入した細胞」である可能性が濃厚になりました。


ES細胞は、胚盤胞と呼ばれる時期の内側の細胞「内部細胞塊」を元にして作製されるため、もはや胎盤へ寄与することはできません。一方、TS細胞(trophoblast stem cells)は胚盤胞の外側の栄養膜(trophoblast)を元にして作製されるため、胎盤には分化できますが、胎仔の細胞を作ることはできません。遺伝子発現解析によれば、STAP細胞がマウスの脾臓細胞とTS細胞の中間の状態のような性質を示すことがわかりました。また、より胎盤形成に寄与するとされたFI細胞(FGF-induced STAP細胞)は、TS細胞とES細胞の中間の性質を示すことから、両者の混ぜ物である可能性が高いようです。

一方、別のSTAP細胞解析結果からは、染色体異常が見つかり、8番染色体の数が多い「トリソミー」という状態になっていることがわかり、これもES細胞が元になっていたのではないかという可能性が濃厚です。

さらに、若山氏から渡されたマウスから得られたとされるSTAP幹細胞の遺伝子解析結果は、細胞を標識するために人工的に導入したGFP遺伝子の挿入位置が、元のマウスのものと異なることも示されています。この解析された細胞の由来については不明です。

結局、「本当に胎盤になるの?」という疑問については、ES細胞から作られたキメラの場合でも、胎仔由来の血球細胞が胎盤に入り込むために、GFP標識が光って見える可能性がある、ということが真実だったようです。やれやれ……。
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より詳しい説明については、下記、日経サイエンス8月号の特集記事が多数の図もあり、概ねわかりやすいものと思います。この記事では、論文のストーリーに合わせて、そのときどきに違う細胞が使われた可能性が指摘されています。

日経サイエンス8月号:STAP細胞の正体

ちょうど8月号が手元に届いたので、読んでみて気付いたことがあります。それは「Myc遺伝子は細胞がストレスを受けると高いレベルで発現する」という1文です。不勉強で知らなかったのですが、これはいくつかの知見を繋げるヒントになると思われました。

iPS細胞を作るときに用いられた「山中4因子」はすべて「転写制御因子」という、組み合わせによって細胞の性質を規定する因子ですが、そのうちの1つが「c-Myc」です。もともとはBurkittリンパ腫で同定され、癌細胞において高く発現することが知られる因子だったので、iPS細胞を移植した際の癌化に関係するのではないかと思われ、実際にc-Mycを入れなくてもiPS化できる技術が開発されています。

でも、もし酸などのストレスが細胞に与えられてMyc遺伝子が発現するのであれば、これは生体内での「癌幹細胞 cancer stem cells」の誘導に関係した現象なのではないかと思われます。この点こそが、私自身がNature論文(の上っ面だけ)を読んで面白いと感じたことの2つ目でした。他のストレス(トリプシンなどの酵素処理や機械的ストレスなど)によってもMyc遺伝子が発現するものなのか興味が持たれます(すでに関連する論文は出ていると思いますので、どなたか調べて何かわかったら教えて下さい)。ちなみに、c-Mycは正常な初期発生でも発現がありますが、そのあたりも「細胞ストレス」というという観点から見直すと面白いかもしれません。

その他マウスの購入等の記録から「エア実験」の可能性も疑われており、STAP細胞に関するNature誌の論文2報については、そのストーリーを成り立たせているデータそのものの信頼性が著しく損なわれているように思われます。美しいストーリーに合わせた図を作ることがサイエンスなのではありません。ストーリーに合わなかったら、そこから新しいストーリーを考えだすことこそ、サイエンスの醍醐味だと私は思います。

【参考】

【追記141101】
理化学研究所の遠藤高帆研究員が、実験に用いられたとされる細胞遺伝子解析結果を論文発表されました。それによると、論文(取り下げ済み)の記載と齟齬があることがはっきりしました。とくに、キメラ作製により胎盤になるとされたFI細胞は、90%がES細胞、10%がTS細胞である可能性が私的されています。上記の予測は正しかったと考えられます。


by osumi1128 | 2014-06-26 22:59 | サイエンス | Comments(3)