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祝!ノーベル生理学医学賞が「場所細胞・格子細胞」の発見に

科研費申請の山場と論文投稿が重なってデスクワークに没頭している間にノーベル賞ウィークの最初の発表、生理学医学賞の受賞者のアナウンスがありました。
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今年は神経科学! しかも、齧歯類を用いた空間認知記憶のメカニズムについてということで、子年生まれとしては二重に嬉しいです。さらに3名の受賞者のお一人が女性だったことも個人的にはとても嬉しい。(画像はノーベル財団のHPより拝借)

賞金の半分が授与されるJohn O'Keefe博士@UCLの研究は1970年代にさかのぼります。海馬という記憶に重要な脳の構造に、「場所細胞 place cells」という細胞が存在していて、ラットが二次元空間のある場所を通過したときに「発火する」ことを見出したという有名なお話です。

O'Keefe, J., and Dostrovsky, J. (1971). The hippocampus as a spatial map. Preliminary evidence from unit activity in the freely‐moving rat. Brain Research 34, 171-175.

O´Keefe, J. (1976). Place units in the hippocampus of the freely moving rat. Experimental Neurology 51, 78-109.

その仕事を引き継いで発展させたのがMoser夫妻@ノルウェー科学技術大学。この場合は、海馬ではなくて、嗅内野と呼ばれる部位なのですが、ちょうど「格子状の細胞 grid cells」が場所の認知に合わせて活動することを発見し、位置、方向、速度などが感じ取られているらしいことが示されました。私は方向音痴ではありますが、たぶん「方向」と「速度」は感知できているのではないかと思っています。

Fyhn, M., Molden, S., Witter, M.P., Moser, E.I., Moser, M.B. (2004) Spatial representation in the entorhinal cortex. Science 305, 1258-1264.

Hafting, T., Fyhn, M., Molden, S., Moser, M.B., and Moser, E.I. (2005). Microstructure of spatial map in the entorhinal cortex. Nature 436, 801-806.

Sargolini, F., Fyhn, M., Hafting, T., McNaughton, B.L., Witter, M.P., Moser, M.B., and Moser, E.I. (2006). Conjunctive representation of position, direction, and velocity in the entorhinal cortex. Science 312, 758-762.

今見たら、このモーゼル先生らの論文には、Menno Peter Witter先生が共著者になっていましたが、ウィッター先生は何度も東北大学で特別講義をして頂いています。ウィッター先生も海馬のご専門です。
(東北大学脳センターHPより)

現在、日本人の田代歩さんという方が、つい先ごろまでこのノルウェー科学技術大学で独立ポジションでおられたようです。神経新生の研究分野の大御所、Fred Gage研出身で、現在はシンガポールでラボを持っている模様。若手の海外での活躍は何より。でもって、直近の日本神経科学大会では以下のような講演が為されたようです(生憎、聞き損ねました……)。
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4つ目の演題の田代歩さんという方が、まさに、海馬歯状回の神経新生と空間情報記憶の研究を融合的に発展させておられるようです。ちなみに、このシンポジウムのオーガナイザーの井ノ口馨先生は、以前CRESTの同じチームにご参画頂いた、高校の大先輩であり、共同研究者です。北村貴司さんは、元井ノ口研、現利根川研@MITで、海馬の神経新生が記憶の消去に関わることを2009年にCell誌に発表された方。

「脳は3歳で完成する」という神経神話は正しくなくて、海馬などでは生涯にわたってニューロンが産生され続けますが、そのことが動物の記憶・学習・気分に大きく影響することがどんどん明らかになりつつあります。上記のCRESTは、そのことを強く提唱したプロジェクトでした。
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海馬は、有名なHM氏の症例から、短期記憶に重要であることが知られるようになりましたが、ヒトでは相対的に小さいことと、サルでは電極が刺しにくい深いところにあるため実験しにくいことから、齧歯類での海馬の機能や神経新生の研究は、ともすると軽視されがちでした。しかしながら、例えば、アルツハイマー病の初期の症状が「外に出て行って戻って来られない」などの空間認知の異常であったり、海馬の萎縮であることも知られるようになって、ヒトでもその重要性が少しずつ浸透しつつあると思われます。

ちょうど、先月9月21日に行われた東北大学包括的脳科学研究・教育推進センター主催の市民講座のテーマが「海馬」だったのは、なんとタイムリーなことでしょう! 河北新報の8日付に報告記事が掲載予定です。

by osumi1128 | 2014-10-07 00:38 | サイエンス | Comments(1)

iPS細胞の応用研究が創薬を変える:スタチンの新たな適用

先週は日本神経科学大会が横浜で開催され、3年ぶりのパシフィコ横浜で懐かしく思いました。前回は大会主催者だったので、いろいろな意味で感慨深いものがありました。

その間、たて続けにiPS細胞を用いた研究成果が関西方面から発信されました。1つは、神戸の発生・再生総合研究センター(CDB)の高橋政代先生のところから、iPS細胞を用いた世界で初めての網膜疾患患者への移植手術が行われたというもので、もう一つは、京都大学のCiRA、つまり山中先生のiPS細胞研究所の妻木範行教授の研究。
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iPS細胞の作製技術が報告されたときに、移植用の細胞としてよりも先に応用されるだろうと思われていた薬の開発への応用ですが、案外、その実例は少なかったらしく、今回、軟骨無形成症という難病の治療薬発見への報告が論文発表されました。患者さんの皮膚の細胞を元にしてiPS細胞を作製すると、例えばその患者さんの持つ遺伝子変異などが、そのまま残された細胞ができます。その細胞を利用して、細胞レベルで治せる薬をまずスクリーニングすれば良い、という戦略です。この論文では、Fgf3受容体の欠損マウスをモデルとして、個体レベルでのスタチンの治療効果についても確認しています。
(上記画像は下記の読売onlineから転載させて頂いています)

つまり、従来であれば、
患者さんの遺伝子解析→原因遺伝子の遺伝子改変マウス→病態モデルとしての確立→創薬の分子標的探索→効果のある薬物のスクリーニング→培養細胞での効果確認→病態モデルへの投与→効果のある薬物のスクリーニング
という順序であったところを
患者さんの皮膚の細胞→iPS細胞→培養細胞レベルでの病態再現→効果のある薬物のスクリーニング
という風にハイウェイ化できる、というわけです。

Statin treatment rescues FGFR3 skeletal dysplasia phenotypes

Disease models: Statins give bone growth a boost
上記論文を紹介するNatureのNews & Views記事

もちろん、すべての病気がこのようなやり方で薬の開発に進める訳ではありません。例えば、精神疾患や精神発達障害などは細胞レベルでの病態の再現や薬物の有効性確認が難しいことが予想されます。

論文発表に合わせて、クローズアップ現代でも報道されました。この番組では、さらに治療薬開発に関して、患者の病態を分類する上でも、iPS細胞を作製することが役立つことを紹介していました。例えば、ルツハイマー病ではアミロイドβというタンパク質がニューロンの中に蓄積すると信じられていましたが、患者からのiPS細胞をニューロンに分化させて調べてみると、アミロイドβがニューロン内に蓄積するタイプ、ニューロンの外に蓄積するタイプ、蓄積しないタイプに分かれることがわかりました。つまり、アミロイドβがニューロンに蓄積することが病態であると信じていて、それに効くと思われる薬物を開発しても、ニューロンの外に蓄積するタイプや蓄積しないタイプの患者には効果が無いかもしれません。効果がありそうな患者を集めて治験を行えば、より薬効を確認することが容易になり、薬の開発までの時間とコストが激減します。


患者さん由来iPS細胞でアルツハイマー病の病態を解明-iPS細胞技術を用いた先制医療開発へ道筋


したがって、時代は確実に、個別化医療、個別化治療の方向に向かっているといえます。そのためには、一人ひとりのゲノム情報の理解がますます重要になっていると思われます。

東北大学ではこのようなゲノム医学研究を進めているところです。

この発表でちょっと嬉しかったのは、軟骨異形成症の治療に有効だったのが、実は、コレステロールを下げる薬として頻用されている「スタチン」だったこと。スタチンは、東北大学農学部出身の遠藤章先生が1973年に開発された薬物です(画像はWikipediaより転載)。実は、前世紀末から、スタチンが、骨が脆くなる「骨粗しょう症」に効果があるという報告が為されていたことから、今回の軟骨異形成症にも効くのではないかと考えられたということです。
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ただし、番組でも指摘されていましたが、骨粗しょう症は閉経後の女性に多い病気ですし、一般的にスタチンが使われるのは、いわゆる成人病としての高コレステロール血症です。軟骨異形成症の子どもへの投与に関しては、いくつかのハードルがあると思われます。ともあれ、もうすぐノーベル賞発表のシーズンということでもあり、仙台からの期待が高まりますね。

by osumi1128 | 2014-09-18 20:23 | サイエンス | Comments(0)

STAP現象の検証実験

昨日付けで理化学研究所から「STAP現象の検証の中間報告について」公表されました。記者会見は、これまでの一連の発表と同様に動画配信されたようですが、即日のうちにテープ起こしがメディアに公表されてはいないことから、いっときよりも社会の関心は冷めたように思われます。

私自身は動画は見ていませんが、発表されたスライド資料から、どのような結果であったのかは十分理解できました。多くの科学者が予測したであろうことですが、1月末に発表されたNature論文(←すでに取り下げ済み)のプロトコル(実験の手順)に従って、生後5〜10日のマウス脾臓から得られた細胞をpH5.7程度の酸で25分間処理した細胞を培養した場合、22回の実験のうち半数程度に細胞塊が出現したものの(おそらく、死にかけの細胞が塊をつくったのではないかと想像します)、仕込んであった多能性細胞のマーカー遺伝子(Oct3/4-GFP)の発現誘導は認められなかったということです。
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もっとも重要なデータの図を上に引用しておきます。この図では、酸処理による自家蛍光かどうかも見極めるために、異なる2種の蛍光フィルターを用いた結果が提示されており、一見、緑色に光って見えるものは、実は赤い方のフィルターでも認められるので、細胞が初期化して生じたGFPの蛍光ではないことがきちんと示されています。
(ちなみに、このようなPPT資料は、研究室内の進捗状況報告の参考になりますね)

また、生データは示されていませんが、内在性のOct3/4遺伝子の発現上昇も認められなかったとのことです。

今後は、臓器特異的な遺伝子発現を示すマウスを用いて、心臓および肝臓の細胞を元にして厳密に細胞の由来を追求しつつ、同様のプロトコルでの初期化誘導が認められるかどうかについて検討するとのことです。そもそも、脾臓の細胞よりも元論文ではSTAP化しやすいということを示す図がありますので。また、誘導方法も、毛細管通過刺激や、ストレプトリジン処理なども行うとのことでした。
(これもまた、ラボ内プログレス発表のようですね……)

しかしながら、これらはすでにもともとのSTAP細胞なるものの誘導方法ではないのですから、まったく別の実験を行っていると考えるべきと思われます。そういう意味で、「STAP<現象>検証実験」という扱いになっているのでしょう。

さて、以上が現時点において丹羽博士らのグループが行った実験結果です。Nature論文で示された方法で「STAP細胞」を誘導することができなかった、つまり再現性が得られなかった、ということであり、これは論文発表直後から、世界中の何箇所かで繰り返されたことでした。今後については以下のように発表されています。

今後は、11 月末迄の期間に限って小保方氏の参画を得て、同氏による手技を第三者により確認する。また、今回の実験で用いた系統とは異なる系統のマウス、脾臓以外の臓器からの細胞を用いて、論文等に記載された各種処理による完全に分化した細胞(終末分化細胞)からの多能性細胞誘導現象の有無について3 月末迄を目処に確認する。


さて、この「小保方氏の参画」については、理化学研究所から6月30日の時点で公表され、それを受けて日本分子生物学会からのは、論文の疑義についての調査が先であり、本人が検証実験に参画することには問題がある、という趣旨の理事長声明を発出しました。

この点に関して、小保方氏の実験参画は「権利」として認められている、ということをご指摘頂きました。根拠となっているのは、文部科学省の研究不正に関するガイドライン(平成18年8月8日付)です。以下、該当箇所を転記します。
4 告発等に係る事案の調査
2告発等に対する調査体制・方法
(2)本調査
3.調査方法・権限
ア)本調査は、指摘された当該研究に係る論文や実験・観察ノート、生データ等の各種資料の精査や、関係者のヒアリング、再実験の要請などにより行われる。この際、被告発者の弁明の聴取が行われなければならない。
イ)被告発者が調査委員会から再実験などにより再現性を示すことを求められた場合、あるいは自らの意思によりそれを申し出た場合は、それに要する期間及び機会(機器、経費等を含む。)が調査機関により保障されなければならない。ただし、被告発者により同じ内容の申し出が繰り返して行われた場合において、それが当該事案の引き延ばしを主な目的とすると、調査委員会が判断するときは、当該申し出を認めないことができる。
ウ)上記ア、イに関して、調査機関は調査委員会の調査権限について定め、関係者に周知する。この調査権限に基づく調査委員会の調査に対し、告発者及び被告発者などの関係者は誠実に協力しなければならない。また、調査機関以外の機関において調査がなされる場合、調査機関は当該機関に協力を要請する。協力を要請された機関は誠実に協力しなければならない。


この「被告発者」が「自らの意志により」「再実験などにより再現性を示すこと」を「申し出た場合」は、「それに要する期間及び機会(機器、経費等を含む。)が調査機関により保障されなければならない。」ということになっているのです。

ちなみに、6月30日付の理研からの発表には「本人が申し出た」とも、上記のような根拠があるとも書かれていませんでした。
STAP現象の検証実験を行うことについては、様々な見解がありますが、科学的事実を明らかにするたに、小保方研究ユニットリーダーを相澤慎一実験総括責任者及び丹羽仁史研究実施責任者の指揮監督のもと、実験に参画させることとします。期間は、平成26年7月1日から平成26年11月30日までを予定しています。


したがって、本人参加の実験には正当性があり、11月末までそれを見守るしかないということのようです。

近畿大学医学部病理学講師の榎木英介氏は、直近で、次のような2つのブログを書いています。
STAP細胞があろうがなかろうが(8/27付ブログ)
「再現実験」は国民の期待を鎮める儀式(8/28付ブログ)

とくに前者の記事は、科学の世界における「真実」を事件の「真犯人」に置き換えて、「真犯人はこの人だ!」と言うためには、科学者がありとあらゆる証拠を提出しなければ「黒」とは言えない、という説明をしています。検挙したつもりであっても、真犯人でなければ、やがて葬り去られるのが科学の世界の掟です。

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【追記】
文科省ガイドラインがこのたび8月26日付で正式に決定となりました。
研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン(PDF)

【さらに追記】
2014年12月19日付で、STAP細胞の検証実験は不成功に終わったことが報告されました。
2014年12月26日付で「STAP細胞」とされたものは「ES細胞」であったことが調査委員会により報告されました。

by osumi1128 | 2014-08-28 22:47 | サイエンス | Comments(4)

光操作研究会・技術検討会と浜先生のこと【フォトギャラリー更新】

光感受性の種々の分子を用いて、神経活動を制御する「光遺伝学(オプトジェネティクス)」に関する光操作研究会が、医学系研究科・松井広先生の主催で開催されました。

今年の開催にあたって、これまで生命科学研究科の八尾寛先生が主催されてきた「オプトジェネティクス講習会」も一緒に開催ということでしたので、それならさらに「コネクトミクス講習会」もできたら面白いのでは、という話になり、実際は電顕コネクトミクスの講習会にはならず<形>関係の「イメージング講習会」になったのですが、カール・ツアイスさんに最新機器を持ち込んで頂いて、今週、月曜日から3日間、有意義な実習を行うことができました。

最近の顕微鏡は、ものすごい勢いで進捗しています。より細かく、より深く、より広く、より早く、画像を得ることができるようになり、それを三次元構築したり、各種の計測を行ったりすることによってデータが得られるのです。世界が変わります。

初日月曜日の<形>の講師として、カール・ツアイスの方によるデモ機の説明と三次元電子顕微鏡技術の紹介があり、さらに多光子顕微鏡でマウス脳深部イメージングに成功された北大の根本先生、マウス初期胚で細胞移動などをトラッキングされている基生研の野中先生にもお話して頂きました。また、実技講習会後、昨日午前中に、マックス・プランクのフロリダ研究所で電顕コアファシリティーのチーフを務める釜澤尚美さんにも来て頂いて素晴らしい講演をして頂きました。サラミを使った説明は、とてもわかり易かったと思います。
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釜澤さんが最後に紹介されたのは、日本の著名な電子顕微鏡学者、浜清先生のお言葉。
美しいものはいつもそこにあるのです。
大事なところはいつも隠れているものなんです。

お茶目な浜先生はこれを「ビキニ説」と仰っしゃるとのこと(笑)。

昨日午後から本日夕方までのシンポジウムは、オプトジェネティクスを用いた遺伝子発現操作や、光操作の結果をfMRIで観る、組織の透明化技術の最先端、質量分析を利用したイメージングなど盛りだくさん。若手の方々の意欲的な発表に加え、生物物理学の分野で初期からロドプシンの研究をされていた神取先生@名工大の歴史から最先端までのお話も、たいへん教育的で参考になりました。これまでの研究会を率いて来られた田中謙二先生@慶應、尾藤晴彦先生@東大(あ、「先生」ではなくて「さん」付がルールだったのを思い出しました!)もありがとうございました。

下村脩先生がGFPを発見したのが1962年で、ノーベル化学賞を受賞されたのが2008年、チャネルロドプシンの発見が2002年とすると、その40年後は2042年ですね……。きっとそれよりも前に、ノーベル賞受賞になるかもしれませんね。

私は明日から台湾でアジア・パシフィック神経化学学会のシンポジウム出席になってしまいますが、<光>操作のワークショップは週明けまで続きます。来年は、さらに他のシンポジウムも合わせて「東北大学知のフォーラム:脳科学最前線2015」として7月〜9月に開催予定です。乞うご期待!

オプトジェネティクスの技術講習会含め、全体イベント終了後にフォトギャラリーが更新されました。
それぞれの日程で「more photos」が見られます、
by osumi1128 | 2014-08-22 22:42 | サイエンス | Comments(0)

学位論文

数日前に本学医工学研究科の修士課程学生さん3人が訪れて、STAP細胞論文等についてお話しました。来週、インタラクティブな講義でディスカッションをする予定とのことで、「そもそも<再現性>とは?」「科学と社会の関係」などについて話しました。

「再現性」は科学を生業とする誰もが重要と思っていますが、それは「どの程度」のことなのかは、もしかするとラボによって基準が異なるかもしれないことを指摘しました。例えば「100回の試行」をして、「2回再現」されたらば、それは「再現性があった」と言って良いことなのかどうか? 100回行わなくて「10回の中で2回成功」したら? じゃぁ、「5回のうち2回」だったら???

もしかすると、話が具体的になると、ラボによって基準が異なるかもしれないと話しました。あるいは「コピペ」の問題も、「メソッド(材料・方法)」のパートではどこまで許されるか、分野によっては「イントロ」にはオリジナリティーが無いので、前任の方のものとかなり似ていてもOKとみなされる分野もあること、結果のパートでも、修士論文くらいであれば、前の学年の方や同じラボの同級生の文章とかなり似ている可能性もあるのではないか、などについて指摘しました。このあたり、本当に分野によって、実際、ラボによって異なる可能性があります。

さて、本日、早稲田大学理工学研究科の学位論文について発表がありました。以下、引用します。
理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダーが3年前に早稲田大学に提出した博士論文について、大学の調査委員会は「内容の信ぴょう性が低く、学位が授与されることは到底考えられない」としながらも、これは小保方リーダーが誤って下書き段階の論文を提出した過失によるもので、完成した論文は別にあったなどとして、博士号の学位取り消しには当たらない判断しました。
このことは見過ごしてはならない大きな問題だと思います。

「学位論文」は、研究職というキャリアを目指す人達にとって、大事な通過点の最初の1つであり、「どんな学位論文を書いたか」はその後の研究者としての評価に少なからぬ影響を与えるものであると思います。現時点において、日本でも世界的にも、学位の審査は、学位を与えるに足ると認定された研究機関がその任に当たり、その評価はいわゆる「学位論文」と呼ばれる書面とそれを元にした面接で評価されます。つまり「学位論文」は、研究者のキャリアにとって大事な最初の「作品」であり、その「出来」が次の職を得るのに重要な「手形」になるわけです。

ただし、「学位」は例えば「医師免許」のような国家試験ではなく、それぞれの大学院が授与するので、日本全体での統一基準が1つの「モノサシ」で測られる訳ではありません。それは、学問がとても多様であり、価値判断に多様性があることによります。つまり、「国家試験」やあるいは「センター試験」のような統一性を求めることは難しいのです。

しかしながら、今回の調査委員会からの発表は、同大学の学位認定基準について、大きな疑問を持たせる結果になったことはとても残念です。例えて言うならば、スキーのバッジテストで「どのゲレンデなら取りやすい」というようなことをあからさまにしてしまった、という解釈になってしまうのではないでしょうか? あるいは、学位申請の時点で基準に達していなくても後から修正すれば良い、ということになってしまうと、何のための学位審査かということになります。学位審査は、万難を排して準備して臨んで、その過程において切磋琢磨されることもまた博士としての資質に重要であるとみなされています。

今回の決定は、皆さん、おかしいと思いませんか? これは当該大学のみならず、全国の学位取得者や、これから学位を取得しようとする方々が提起すべき大きな問題だと思います。さらに言えば、日本の「博士号」という資格が世界でどのようにみなされるかという質保証の問題です。




by osumi1128 | 2014-07-17 23:21 | サイエンス | Comments(26)

STAP騒動について海外在住日本人研究者のご意見【追記しました】

欧州の学会を2つはしごして、帰国の途に着いたところです。ミラノの欧州神経科学学会は7000人くらいの参加者があり、日本人は200名くらいとのこと。北米神経科学大会(SfN)のように3〜4万人ほどは大きくなく、一応、基礎から臨床までカバーされており、欧州各国で開催(次はコペンハーゲン)というのも、DCやサンディエゴと場所が固定されているSfNよりも嬉しさがありますね。

さて、国外で活躍されている日本人研究者にお目にかかって、外から見てこの騒動はちょっとどうなのか、ということになり、以下のようなご意見を頂きました。ご本人の許可を得て掲載させて頂きます。【末尾にさらにコメントを追加しました】

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大隅さん

おっしゃられる通り、こちらには情報が不足しており、不正確な点や、的外れな点もあるかと思いますが、私の意見を聞いていただいてありがとうございます。以下、少し加筆修正しましたが、これでよければ、大隅さんのブログに掲載していただいて結構です。

研究者も含めて、人々がひたすら理研、CDBの側を責めているのを見ると、とても異常な感を持たずにはいられません。理研も正すところは正し、今後も間違った方向に進んでいるときには、周りから意見すること必要だという点は私にも良く分かります。追試が必要かどうかは、理研と周りの科学者が、科学的根拠に基づいて冷静に議論をするべきだと思います。もし追試の必要性が明らに否定された場合、つまり、STAP 細胞を支持する実験結果が何も存在してなかったことが明らかになれば、追試を中止すべきだというのは正しいと思います。税金を使っているのだから、、、という点も分かります。

私が憂慮していることは、第一に、不正が起きたときに責められるべきは、不正をはたらいたもの、および場合によっては、それを見逃した他の論文著者であるという第一原則が、はっきりしないようになっていることです。会社が何か不祥事を起こした場合は、会社のトップが責められますが、それと同じ論理で、マスコミ、一般市民が理研の責任を追求しているように見えます。このような構図が科学の世界で当たり前になると、今後苦労するのはほかの大学、研究所です。不正を完全に防ぐことは不可能です。将来不正が起こらないように、いろいろなシステムを改善することは必要ですが、同時に、今後起こった場合にどういう対応が求められるか、そのルールをはっきりさせておくことが必要です。大学、研究所が過剰に責められる前例を作っては今後のためになりません。また、不正の調査を徹底的に行うには、聞き取りや、データの解析等、様々な要素を総合的に考慮して判断する必要があるため、一定の時間がかかること。調査委員会の結論は重いものですので(最終的に法律問題にもなりますので)、中途半端に不正を認める発表はできないこと。従って、裁判の判決と同様、調査委員会の発表は、保守的になってしまうことが多いこと(疑いだけでは罰せられないこと)。これらのことが十分理解された上で、粛々と手続きが行われる環境が保証されていることが必要です。

一方で、こういった点に反して、改革委員会の報告書、提言には「推測」の範囲を超えない記述が多々存在し、それに基づいて理研の批判をしているのには、とても違和感があります。

今回の論文取り下げまでに半年しかかかっていない一因はもちろん不正があまりにもひどかったことがあると思いますが、一部の著者が抵抗する中、半年という短い時間で(他の不正のケースと比較して)、これまでに分かった誤りのリストを詳細に与えたうえで、取り下げまでこぎつたことについて、理研に一定の評価を与えてもいいのではないかと考えます。取り下げの申請は基本的には著者によるもので理研によるものではないことがルールだと思いますが、理研の働きかけがあって取り下げをまとめることができたのだと理解しています。

小保方さんの採用過程が通常の手続きを経ていない点が指摘されていますが、アメリカでは公開セミナーなしで、教授たちの推薦に基づいて、大学院を出たての若手にフェローなどのポジションで小さい研究室を持たせて自由に研究をする機会を与えるような制度があります。若手にチャンスを与えるということは当然危険がともなうことですが、独立のassistant professorのポジションも含めて、こういう機会が比較的たくさんあることが、アメリカでの研究者のモチベーションを高めること、ひいては科学の発展の土台を作っているのだと思います。独創的なアイデア、可能性を持っている人をいかに引きつけるかは大学にとってなによりも大事なことで、大学同士がしのぎを削っているわけです。CDBがこれまで先進的なシステムで若手にチャンスを与えてきたことは評価こそされるべきで、結果的にたった一人の悪い研究者を生んでしまったことで、そのようなシステム自体を否定してしまうことは、今後に悪影響を与えるのではないかと思います。CDBがこれまで若手にチャンスを与えて来たことは、評価されるべきことで、結果的にこういうことが起きたことによって、そういうシステム自体が否定されるべきではないと思います。もちろん、長期間、同じ幹部で運営してきて、チェック機構がはたらかなくなってきていた点等、改めるべき点があることは大事な点です。

常々、日本のマスコミの、政治家の言葉尻だけを捕まえて喜んでいる低レベルな姿勢に飽き飽きしていましたが、いまはそのターゲットが理研になっているようで心配です。日本の研究システムをいかに良くしていくか、それに向かってこれまで行われてきた試みの客観的な評価という、より大きな、建設的な問題を棚において、これまで少なくともいろいろな点でうまく機能していた組織の解体を、短絡的に言い出すのはとても危険に思われます。日本の科学者が、もっと大局的に、長い目で物事を考え、建設的な方向に物事が進んでいくことを望んでいます。


*****

【追加コメント】

建設的な議論が行われるためには、結局何が目指すところなのかということを見失ってはいけないと思います。

1、不正ができるだけ起こらないようにすること。
2、不正が起こったときに対応するシステム、ルールを作ること。
3、一日も早くみんながこの問題から解き放たれること。
4、若手や女性が十二分に才能を発揮できる環境を作ること。

これらの4つを頭に入れて、そのために何をするべきかを考えるべきだと思います。
いま人々がやっていることは、こちらから見ると「ボトムアップ」の間違い探しではないでしょうか。
もちろん、1あるいは2を大儀にやっているのだと思いますが、

行き過ぎると本当に大切なものを見失ってしまうのではないでしょうか。

*****
<以下追記>
日本分子生物学会はリンク先に示しますように、STAP論文疑義についての実態解明を求めており、まさに上記の1〜4を望んでいます。(中身を読んでいないと思われる?方々の)伝言ゲームの間に意図とは異なる受け取られ方をされている場合もあるようですが、関係者の処分や当該研究機関のあり方については、一切述べておりません。また、個人的には、当該研究機関でまったく今回の不正に関係の無い皆さんが一日も早く、良い研究に専念できることを祈っています。



by osumi1128 | 2014-07-10 00:09 | サイエンス | Comments(5)

STAP細胞の遺伝子解析からわかったこと

速報というよりは、改めて自分の頭の整理のために記しておきたいと思います。

STAP細胞論文発表直後に面白いと思ったことが2つありました。そのうちの1つは「ES細胞では寄与できない胎盤に寄与する」という点です。論文の疑義が出された頃の拙ブログ(3/12付)では、「もしかして初期胚由来の細胞を用いてキメラ形成実験をしたのでは?」という予測をしてみましたが、これははずれ。6月16日の若山会見やCDBからの発表により、それは遺伝子解析の結果、「TS細胞が混入した細胞」である可能性が濃厚になりました。


ES細胞は、胚盤胞と呼ばれる時期の内側の細胞「内部細胞塊」を元にして作製されるため、もはや胎盤へ寄与することはできません。一方、TS細胞(trophoblast stem cells)は胚盤胞の外側の栄養膜(trophoblast)を元にして作製されるため、胎盤には分化できますが、胎仔の細胞を作ることはできません。遺伝子発現解析によれば、STAP細胞がマウスの脾臓細胞とTS細胞の中間の状態のような性質を示すことがわかりました。また、より胎盤形成に寄与するとされたFI細胞(FGF-induced STAP細胞)は、TS細胞とES細胞の中間の性質を示すことから、両者の混ぜ物である可能性が高いようです。

一方、別のSTAP細胞解析結果からは、染色体異常が見つかり、8番染色体の数が多い「トリソミー」という状態になっていることがわかり、これもES細胞が元になっていたのではないかという可能性が濃厚です。

さらに、若山氏から渡されたマウスから得られたとされるSTAP幹細胞の遺伝子解析結果は、細胞を標識するために人工的に導入したGFP遺伝子の挿入位置が、元のマウスのものと異なることも示されています。この解析された細胞の由来については不明です。

結局、「本当に胎盤になるの?」という疑問については、ES細胞から作られたキメラの場合でも、胎仔由来の血球細胞が胎盤に入り込むために、GFP標識が光って見える可能性がある、ということが真実だったようです。やれやれ……。
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より詳しい説明については、下記、日経サイエンス8月号の特集記事が多数の図もあり、概ねわかりやすいものと思います。この記事では、論文のストーリーに合わせて、そのときどきに違う細胞が使われた可能性が指摘されています。

日経サイエンス8月号:STAP細胞の正体

ちょうど8月号が手元に届いたので、読んでみて気付いたことがあります。それは「Myc遺伝子は細胞がストレスを受けると高いレベルで発現する」という1文です。不勉強で知らなかったのですが、これはいくつかの知見を繋げるヒントになると思われました。

iPS細胞を作るときに用いられた「山中4因子」はすべて「転写制御因子」という、組み合わせによって細胞の性質を規定する因子ですが、そのうちの1つが「c-Myc」です。もともとはBurkittリンパ腫で同定され、癌細胞において高く発現することが知られる因子だったので、iPS細胞を移植した際の癌化に関係するのではないかと思われ、実際にc-Mycを入れなくてもiPS化できる技術が開発されています。

でも、もし酸などのストレスが細胞に与えられてMyc遺伝子が発現するのであれば、これは生体内での「癌幹細胞 cancer stem cells」の誘導に関係した現象なのではないかと思われます。この点こそが、私自身がNature論文(の上っ面だけ)を読んで面白いと感じたことの2つ目でした。他のストレス(トリプシンなどの酵素処理や機械的ストレスなど)によってもMyc遺伝子が発現するものなのか興味が持たれます(すでに関連する論文は出ていると思いますので、どなたか調べて何かわかったら教えて下さい)。ちなみに、c-Mycは正常な初期発生でも発現がありますが、そのあたりも「細胞ストレス」というという観点から見直すと面白いかもしれません。

その他マウスの購入等の記録から「エア実験」の可能性も疑われており、STAP細胞に関するNature誌の論文2報については、そのストーリーを成り立たせているデータそのものの信頼性が著しく損なわれているように思われます。美しいストーリーに合わせた図を作ることがサイエンスなのではありません。ストーリーに合わなかったら、そこから新しいストーリーを考えだすことこそ、サイエンスの醍醐味だと私は思います。

【参考】

【追記141101】
理化学研究所の遠藤高帆研究員が、実験に用いられたとされる細胞遺伝子解析結果を論文発表されました。それによると、論文(取り下げ済み)の記載と齟齬があることがはっきりしました。とくに、キメラ作製により胎盤になるとされたFI細胞は、90%がES細胞、10%がTS細胞である可能性が私的されています。上記の予測は正しかったと考えられます。


by osumi1128 | 2014-06-26 22:59 | サイエンス | Comments(3)

「切り貼り」の一人歩きを憂う

予めお断りしておくが、本ブログは実名で公開しているものの、その記事は大学や学会など筆者の所属する機関の見解ではなく、あくまで個人の意見である。

1月末にNature誌に発表された2本の論文をきっかけに、話はさらに広がってNature誌論文筆頭著者の所属研究機関以外の研究者へも疑義が飛び火した。理研の不正調査委員会委員がすでに発表していた論文に関して、不正の疑いがあるという指摘が理研や他の大学に通報されたのだ。誰がどのような意図をもって「匿名の告発」を行ったのかは不明であるが、くだんのNature誌論文筆頭著者の弁護団からは「捏造・改竄の定義を求める」質問状が理化学研究所に提出されていた

質問状は、理研の調査報告書が解釈を明らかにしていないため、弁護団との主張がかみ合っていないとしている。理研の規定で改ざんは、「データの変更などにより結果を真正でないものに加工する」と定義されている。これに対し弁護団は、「加工した画像の結果が、真正な画像によって得られる結果と異なる場合」でも、真正な画像があれば改ざんには当たらないと主張している。捏造についても、実験せずにデータを提出した場合などを指すとし、小保方氏の画像切り張りや取り違えは改ざんや捏造に当たらないとしている。【毎日新聞4月30日付け畠山哲郎】


5月2日付けの調査委員の一人の所属先大学からの予備調査結果の開示により、メディアは、弁護団がさらに申立人擁護の根拠を得たかのようなコメントを報じた

三木氏はコメントの中で「STAP論文は許されず、田賀論文は許されるとすれば、画像の切り張りや引き伸ばしについて許される場合と許されない場合があることになる」と指摘。「改竄(かいざん)の定義を明確にすることを改めて求める」とした。(5月3日、産経新聞)


まず、「画像使い回し疑義」については、これを告発した方が、論文の中身はおろか科学論文の作法をまったく理解していない可能性があるので、まずそのことを指摘しておく。画像のデータでは、低倍率で広い視野を示すものと、その中の特定の細胞などを拡大してわかりやすく示すことは一般的に行われている。むしろ、高倍率の画像のみを示すことにより「捏造・盗用ではない」ことを示すものである。筆者は「告発文」そのものは見ていないが、そのことを理解した上で告発文に含めていたのだとすると、そのこと自体が「悪意」をもった告発であることを示す可能性も考えられる。

今回の騒動では告発者が、分子生物学系の研究において多用される各種の電気泳動データに関して疑義を申し立てているようなので、どのような「ルール」があるのかを示しておきたい。以下は、日本分子生物学会の若手教育ワーキンググループ(当時)が行ったフォーラムをもとに、2008年に中山敬一氏が「蛋白質核酸酵素」という雑誌に寄稿した文章「Photoshopによるゲルの画像調整」からの抜粋である。

1)コピー&ペースト(当たり前) ←しかし過去の捏造の大部分はこれ
2)タッチアップ(写真の傷を修正するためのツール)の使用
3)画面の一部のみ、明るさやコントラストを変更すること
4)異なった時間・場所で行った実験結果を、あたかも一つのデータのように見せること(例えば、同じ電気泳動ゲル上の離れたレーンを近づける場合でも、間に境界線を描かなければならない)

1)~3)は誰でもわかることで、確信犯的なケースしかこのルールを破る人はいないだろう。また専門家が見れば、このような処理は簡単に見抜くことができる。4)に関してはきちんと境界線を描いていないケースを時々認めることがある。注意されたい。


上記の抜粋において、1)はわかりやすいだろう。生命科学系の実験はかなりの部分「相対的評価」をするので、常に「対照群に比してどうか」を示す。したがって、電気泳動の場合にも、同じゲルに分子量マーカーや、対照条件、それと比較したいサンプルA、B、Cをともに泳動する必要がある。「対照条件はいつでも同じ結果が得られる」からといって、その結果の「バンド」を「使い回し」してコピペしては実験の意味を為さない。だからこそ、実験ノートにはどの「レーン」がどんな条件のサンプルであるかを記載することが必要である。

当然のことながら、画像ソフトを用いて論文用の画像のコントラストなどを変えると、これらの「細工」は露呈する。

2)のタッチアップは、画像の一部についた傷を「スタンプツール」などで修正することであり、芸術作品ならばそれもありえるかもしれないが、科学論文では「やってはいけない」ことになっている。では、ほんの少しだけ傷があるデータはどうするか。それは「実験をやり直す」ことが必要となる。些細なことなのに、と思うかもしれないが、ここで「不誠実」なことをすると、すべてのデータが疑わしくなってしまうからである。

この場合もまた、画像ソフトを用いて論文用の画像のコントラストなどを変えると、傷の修正は露呈する。

3)はもう少し深刻な問題がある。電気泳動のデータから「定量的な解析」を行う場合には、「バンドの濃さ」を測定することがある。このとき、Photoshopアプリ上で不適切な「調整」を行うと、例えば対照群とサンプルAの量を比較したい場合に、生データ上の比と異なる値を出すことが可能である(中山先生の図を拝借するので参照されたい)。もし、自分なりボスなりがある仮説を持っていたとして、それに合うような数値が欲しいというような場合に、こういう処理をするとその値が得られてしまうのである。

この場合、生データを見ないと本当のところがどうなのかは不明である。ただし、このような処理をした結果として、バンドの画像が不自然になることにより、改竄が発覚することもある。

4)が今回、新聞などの見出しにもなった「切り貼り」処理に近いものであろう。これはどのような場合に生じるか? 実験の際に、ゲルの左から、分子量マーカー、サンプルA、B、C……というサンプルを各レーンに流して結果を得て、さて論文の原稿を書いてみたところ、論旨として、A、C、Bの順に述べた方が論旨がわかりやすい、となったとしよう。もっとも誠実な対応は、サンプルの順番をA、C、Bにして再度実験をやり直してデータを取ることである。だがその時間が無い。そこでPC上でレーンの「切り貼り」を行うことにして時間を短縮する、という対応がこの場合に相当する。

このような「同じ条件で行った実験(当然ながらそのことがノートに記載されているとして)」のゲルのレーンBとCを入れ替えて示す場合には、「入れ替えた」ことが明示されるように、レーンの間に隙間を入れる(もしくは白い線を入れる)などをすることが推奨されている。各条件を3レーンずつ流しておいて、もっとも美しいバンドを選択して(切り貼りして)並べて示したい、というような気持もわからない訳ではないが、できれば全部並べて示すべきであるし、切り取って貼り合わせたのであれば、それがわかるようにしなければならない。

この場合、「異なった時間・場所で行った実験結果」を貼り合わせるべきではない。なぜなら、上記にも述べたように、生命科学系の実験のかなりの部分が「相対評価」であって、「絶対定量ではない」ため、同一の実験条件でサンプルA、B、Cを比較しなければ、本当に相対的な評価ができないからである。

当然のことながら、これらの「貼り合わせ」は、画像ソフトを用いて論文用の画像のコントラストなどを変えると、簡単に露呈する。

さて、ここが重要なのであるが、これらの「画像の切り貼り」が「意図をもって為された改竄」かどうかは、論文を読んだだけではわからない。

では、どうやって「意図をもって為された改竄」か、そうでないものかを見分けるのか? それは、日時やサンプルについての情報が適切に記述された「実験ノート」などに残された「生データについての情報」を照らし合わせることにより、当該実験に詳しい研究者であれば理解できる。

しかしながら、このような「生データ」が無い場合には、実験者がいくら『悪意がない』ことを主張しても疑義を晴らすことができないのである。

ただし、ここでまた問題なのだが、現時点では「生データ」を何年間保管すべきか、ということについて、明確に示されたルールが存在していない。現在では考えられないことだが、かつては研究者によっては、論文を投稿し、査読とリバイスを経て無事に受理された時点で廃棄することもあったかもしれない。普通は、まぁ、もう少し長い期間、その研究を引き継ぐ学生さんやポスドクなどが研究の筋道を辿ったり、論文への問合せに対応するために残しておいたりしただろう。ただし、実験を担当した学生やポスドクが研究室を移動する際に持って行ってしまう、研究室の引っ越しなどに伴って処分するなどは、現実的に起きたことなのではと思われる。特許等への対応が一般的となった現在では、原則、実験ノートや成果物は所属機関に帰属するが、2000年くらいまでの日本国内では、上記のようなこともあったと思う。

さて、では「論文捏造は切り貼りをしないとできないか」というと、残念ながらまったくそうではない。注意深く実験を組み立てれば、生データレベルから「真正ではない」結果を出すことは可能である。そのような事例として、1980年代初頭の「マーク・スペクター事件」を紹介しておく。すでに、読み物としては、『背信の科学者たちー論文捏造、データ改ざんはなぜ繰り返されるのか』(松野賢治訳、講談社ブルーバックス)や、福岡伸一さんの『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書)に取り上げられているので、詳しくはそちらを参照されたし。

ちなみに、コーネル大学HPではこちらのように経緯が詳しく情報公開されている(英語PDF)

当時、ATP分解酵素に関する研究で世界をリードしていた米国コーネル大学のラッカー研に大学院生として、参入したスペクターが、他のラボメンバーが決して成功しなかった実験を次々とこなして、ひと月足らずの間にデータを出して論文に発表していった。この場合のデータ捏造は、ラッカーの仮説がどういうものかをよく理解し、それに沿ったデータを「作る」にはどうしたらよいかを考えて、最適化した実験を組んでいるのだ。この場合は、論文を見ても、ノートを見ても捏造かどうかはわからない。いわば完全犯罪である。

……とはいえ、共同研究者のヴォークトが「たまたま」誰もいない実験室でスペクターの実験に使用した電気泳動ゲルにガイガーカウンターを近づけてみたことによって捏造は発覚した。ただし、もしヴォークトによる捏造の発覚が無かったとしても、恐らくその後数十年の間に追試ができず、「あれは間違いだったね」ということになっていたのではと想像する。この件は、少なくともニューヨーク・タイムズには載ったのだろうが、当時の米国市民の間でどこまで話が伝わっていたかについては私にはわからない。

ヴォークトからその話を聞いたラッカーは驚いた。そして、スペクターに事の経緯の説明を求めた。以下、福岡さんの本より引用する。

スペクターは何も認めなかった。捏造の意図も、捏造の実行も。自分は何も知らない。こんなことは誰かが自分を陥れるために行ったことだ。そう主張した。ラッカーは考えた。重要なのは予断を持って何ごとかを決めてしまわないことだ。スペクターがデータを捏造したという証拠は何もない。ラッカーはスペクターに命じた。三週間の猶予を与える。すべてのリン酸化酵素を新たに生成しなおして自分に手渡してほしい。その活性をこちらで調べ直す。スペクターは言下にイエスと答えた。自信に満ちていた。(福岡伸一『世界は分けてもわからない』第12章「治すすべのない病」より)

結局、スペクターは姿を消し、3週間経っても戻ってこなかった。ラッカーはスペクターを解雇し、学位審査プロセスを中止し、スペクターが行った実験の再現性を他の研究員に命じた。何一つとして再現性が得られなかった。

ちなみに、スペクターはコーネル大学追放の後、どうなったか? 上記のコーネル大学で公表されている記録によれば、その後、アイオワ大学にてオステオパシー医療の資格を取り、心臓外科のチームに入ってデータ処理に関わっていた。ところが、このときもまた、虚偽の医師免許を使っていたという。つまり、「捏造は習慣性がある」のである。

さて、以上、長くなったが、過日、朝日新聞オピニオン欄の「耕論」に挙げたことを繰り返しておこう。生命科学論文の世界にIT技術が浸透してきて、まだ私たちはそれを使いこなしていないように思う。データの示し方のルール、保管の仕方、雑誌での取り扱い方など、研究者コミュニティーが早急にルールづくりを進める必要がある。そうでないと「論文のあら探し」によって、健全な科学の進歩が損なわれる可能性がある。もちろん、その大前提として、科学者自身が襟を正し、自らが研究不正を防ぐ意識を高く持たなければならないのは言うまでもない。

【関連リンク】
日本分子生物学会理事長メッセージ(初夏):「科学」という手続き

by osumi1128 | 2014-05-05 10:46 | サイエンス | Comments(7)

第30回日本国際賞授賞式

新緑の美しいこの日に、第30回日本国際賞(Japan Prize)の授賞式が、天皇皇后両陛下ご臨席のもと、三権の長(衆議院議長、参議院議長、最高裁長官)もご来賓として迎えての、厳粛かつ和やかな雰囲気の中、摂り行われました。

日本の方には「ノーベル賞」の方が有名かもしれませんが、この日本国際賞、京都賞、そして国際生物学賞は、日本から国内外の研究者を顕彰する大きな賞として知っていて欲しいと思います。
「日本国際賞」(Japan Prize)とは、「国際社会への恩返しの意味で日本にノーベル賞並みの世界的な賞を作ってはどうか」との政府の構想に、松下幸之助氏が寄付をもって応え、1985年に実現した国際賞です。
この賞は、全世界の科学技術者を対象とし、独創的で飛躍的な成果を挙げ、科学技術の進歩に大きく寄与し、もって人類の平和と繁栄に著しく貢献したと認められる人に与えられるものです。
毎年、科学技術の動向を勘案して決められた2つの分野で受賞者が選定されます。受賞者には、賞状、賞牌及び賞金5,000万円(1分野に対し)が贈られます。
1. 京都賞は、科学や文明の発展、また人類の精神的深化・高揚に著しく貢献した方々の功績を讃える国際賞です。毎年、先端技術部門、基礎科学部門、思想・芸術部門の各部門に1賞、計3賞が贈られます。
2. 受賞者は、各部門とも原則として個人ですが、複数名の受賞もあります。また、国籍、人種、性別、年齢、信条などは問いません。受賞者には、ディプロマ、京都賞メダル(20K)および賞金が贈られます。 賞金は1賞につき、5,000万円です。
3. 各部門とも4つの分野を授賞の対象としております。毎年それぞれの部門で授賞対象分野を定めます。
 国際生物学賞は、昭和天皇の御在位60年と長年にわたる生物学の御研究を記念するとともに、本賞の発展に寄与されている今上天皇の長年にわたる魚類分類学(ハゼ類)の御研究を併せて記念し、生物学の奨励を目的とした賞です。本賞は昭和60年に創設され、以後毎年1回、生物学の授賞分野を選定の上、当該分野の研究において優れた業績を挙げ、世界の学術の進歩に大きな貢献をした研究者(原則として毎年1人)を選考して、秋に授賞しています。
 受賞者には、賞状・賞牌及び賞金1千万円が贈られ、天皇陛下から賜品が賜ります。

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アリス博士の研究分野は、いわゆる「エピジェネティクス」もしくは「エピゲノム」と呼ばれており、遺伝子の働き方がDNAだけで決まっているのではなく、後天的に種々の要因によって変わりうるという現象を扱います。
遺伝子の働き方が変わる原因は、DNAが巻き付いている「ヒストン」という、いわば糸巻きのような役目を果たすタンパク質に、いろいろな化学修飾が加わるからです。
そのような化学修飾にはメチル基が付く「メチル化」や、アセチル基が付く「アセチル化」などがあり、そのような化学修飾を媒介する酵素のうちの一つ、アセチル基転移酵素をテトラヒメナで同定したのがアリス博士です。

この分野の進展は著しいので、どなたを日本国際賞受賞者に決定するのかについては、委員会でも大変な議論があったのではないかと想像します。

来年の「生命・農学・医学領域」の受賞対象分野は「医学・薬学」ですが、これまた大変な激戦と予想。

ちなみに、授賞式後の祝宴のスピーチで、アリス博士は「今回の受賞はとても光栄なこと」とした後、前日に官邸を訪問し、総理に「道路が混んでご迷惑をおかけしたのではないか」と言われ「我が国の大統領訪日のためにご迷惑をおかけしている」と返したそうです。
さらに「翌日に国賓としてオバマ大統領を迎えるご日程の中、両陛下がこの授賞式にご臨席賜ったことを深く感謝致します」と話しておられました。

【追って画像をアップします!】


by osumi1128 | 2014-04-24 00:21 | サイエンス | Comments(0)

非効率のススメ?

印刷の世界にもディジタル化、電子化が進み、新聞や雑誌の発行部数や売上の減少が取りざたされて久しい。つい最近も「小悪魔ageha」という雑誌が廃刊になった。それを受けて、コラムニストの小田嶋隆氏が日経ビジネスオンラインに寄稿していた。
小田嶋隆のア・ピース・オブ・警句:「アゲハはもう飛ばない」(2014年4月18日)

前振りの「小悪魔ageha」という雑誌が意味したことは何だったかという考察や、出版不況とウナギの漁獲量との比較や、雑誌づくりは漁業というよりは農業というアナロジーも面白かったが、その後の(そこからが本題ともいえる)「雑誌の編集の話」がとても興味深かった。

 …多くの雑誌は、土を耕す段階や苗代を作る過程を省略せざるを得ない状況に追い込まれている。
 理由は、皮肉な話だが、生産性が向上しているからだ。
どうして生産性が向上したかというと、「ファックスが導入され、ワープロが実用化され、電子メールが原稿取りのプラットフォームに」なったからというのだが、その結果として効率が良くなり、一人の編集者が1980年代なら3人のライターを扱っていたのが、2010年代には、10人以上のライターを扱うようになったという。写植も不要になり、写真もデジタルデータでやりとりできるようになった結果、同じページ数の雑誌でも、半分の人数で編集できるようになった。

以下、2パラグラフをそのまま引用させて頂く。
 事実、原稿待ちや、ゲラ待ちや、現像待ちや、写植待ちや、レイアウト待ちといった、作業過程のいちいちで発生していた待機時間のほとんどが、ひとつのプラットフォームに乗っかることによって、激減している。
 ただ、人数が減ったことで、直接に減ってしまう要素もある。
 どう言って良いのか難しいところなのだが、私が抱いている感じでは、編集部から人間の数が減ったことで、「余裕」と「アイディア」が減少したと思っている。
 
小田島氏は続けて、このようなゆとりの時間が減ったことが、アイディアを生み出す土壌を枯れさせてしまったのではないかと論じる。次のパラグラフも秀逸だと思うので、やはり引用しておきたい。
 なんとなれば、雑誌のページのかなりの部分は、無駄な待ち時間の間に、だらだら無駄口を叩いている編集部の人間のアタマの中から生まれるもので、そもそも、あるタイプのアイディアは、タスクやジョブに追われている人間からは決して生まれないものだからだ。
ここまで読んで、研究を生業とする私は、「あぁ、論文もおんなじなんだ」と気付いた。

我々の業界でも、IT化により、ダブルスペースでタイプを打たなくても良くなり、センタリングの小技なども必要無くなり(←これはちとマニアックか……)、画像はPhotoshopやIllustratorで自在に組み合わせることが可能になり(昔はフィルムを現像して、切り貼りし、インスタントレタリングで文字を入れたり、と手作りだった)、3部とか4部とか作った原稿セットを入れた封筒を抱えて24時間開いている中央郵便局まで走る必要も無くなった。

論文作成にかかる時間は、単位頁当たりで見れば圧倒的に少なくなったはずである。ただし、多くの論文のボリュームがどんどん厚みが増しているので、効率化で楽になるかと思いきや、そんな実感はほとんど無い。そして何よりも「手作業」の時間が減り、待ち時間といえば、最後にオンライン投稿する際のアップロード時間や、先方での自動PDF化時間くらいになった。そう、無駄な時間がどんどん削ぎ落とされていったのだ。

小田島氏の言う「あるタイプのアイディア」が「タスクやジョブに追われている人間からは決して生まれない」のだとすると、その弊害はサイエンスの世界にも生じている可能性があるかもしれない。とくに、科学のお作法を学ぶ最初の段階の学生さんが、自分ひとりで論文を一から十まで作り上げるというスタイルではなく、チームの一員として参画する場合にはとくに「タスクやジョブに追われている感」が強いかもしれない。

この10年くらいの間における生命科学分野の論文不正問題の根幹には、このような背景もあるのではないだろうか。

1906年にノーベル生理学・医学賞を受賞したスペインの神経解剖学者のカハールは、単眼の顕微鏡を見ながらスケッチをする間に、論文の構成を考えたり、テキストの構想を練ったことだろう。次の実験のアイディアもそんな中で生まれたかもしれない。私の大学院時代はスケッチは自分のノートのためであり、論文用には「フィルム」で撮影する時代だったが、顕微鏡室で蛍光撮影をするのに、ときによってはシャッターが落ちるのに5分、10分とかかる場合もあった。その間、真っ暗な部屋でストップウォッチを手にして息を潜めて、自分の観た細胞や組織の様子からあれこれと考えを巡らせた。カラー・フィルムは現像に出す必要があったので、撮影結果を見るまでに数日かかった。

今、画像はCCDカメラからモニタに映しだされ、マウスでクリックすればたちどころにキャプチャーされる。もちろん、最新の顕微鏡の解像度やデコンボリューションの精度は格段に向上しているのだから、我々はカハールの時代まで戻ることはできないし、戻るべきではない。だが研究室で、効率化によって損なわれている余裕をどうやって取り戻し、それを「アイディア」に繋げるかについては真剣に考える必要がある。

医学教育の基礎として、「組織学実習」では学生さんに組織切片像をスケッチしてもらう。このアナログな、まだるっこしい、非効率な作業の意味について、もう一度、考えてみたい。今、研究室の学生さんが、往々にして自分が撮影した画像をしっかり覚えていないのは、スケッチをしていないからかもしれない。

小田島氏の文章からの引用はこれが最後。
…余裕を失い、ロングスケールでものを考えることができなくなっている雑誌の現場は、終末期の漁業に似た様相を呈してきている。
アカデミアの世界でも同じことにならないようにするには、どうすれば良いか。危機感を共有しなければいけないと思います。

【関連エントリー】

by osumi1128 | 2014-04-20 23:18 | サイエンス | Comments(2)