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壮行会

今日は東京で2つ用事を済ませてから仙台に戻り、グループミーティングの後、金曜日からミュンヘンに短期出張する大学院生の壮行会をラボで開いていました(現在進行形)。

ポスドクの人が青森の浅虫というところの漁師さんからホタテをお安い値段で送ってもらい、お刺身やら炊き込みご飯にして頂きました。
その他、サラダを作ったり、ピザのデリバリー、プリンやゼリーのデザートまであって、賑やかな食卓になりました。
こういうラボ内宴会は気兼ねがなくて良いですね。
お店と違って時間も気にしなくてよいし、仙台だと終電も関係ないし。
ご機嫌です。

明日は午前中は溜まった仕事を片づけるのと、学生とのディスカッション。
午後は発生生物学会のサテライトWSや主催セミナーがあるので、投稿はサボるかもしれません。
by osumi1128 | 2005-05-31 23:53 | Comments(0)

書評が出ました

昨日の日曜日の朝日新聞の読書面に『心を生みだす遺伝子』の書評が掲載されました。
全国紙に書評が掲載されるというのは初めての経験で、ちょっと嬉しい気がしています。
http://book.asahi.com/review/TKY200505310232.html

「最近の生物学はゲノム(遺伝子)と脳科学の話題で花盛りである。関連図書の出版も相次いでいる。そこにまたもや加わったのが本書。おまけに書名まで遺伝子と脳(心)のダブルヘッダーときている。もっとも、原題は『心の誕生』。・・・」
(書評はサイエンスライター渡辺政隆氏)

補足(言い訳)すると、この本の原題はThe birth of the mind: how a tiny number of genes create complexity of human mindというもので、副題には遺伝子が明示されているのです。

心と遺伝子というキーワードからは、決定論的なイメージをもたれがちなことが危惧されるのですが、この本はそうではなく
「・・したがって、「ヒトの心を決めるのは、氏か育ちか」なる論争はもはや成立しない。遺伝は当然介在するが、遺伝だけで決まるはずもないのだ。」
と言っているのです(書評より引用)。

たぶん、このブログを読んでくださっている方々には「当たり前」なのかもしれませんが、一般向けの講演(例えば先日の劫の会など)をすると、反発あるいは抵抗の印象を感じることが多いです。
そういう抵抗がなくなるまで、この本は価値があるのではと思っています。


本日は東京で会議があり、投稿が夜中を回ってしまいました。
会議は「科学・技術分野の人材育成」に関するもので、ポスドクのキャリアパスなどについて、どのような施策をすべきかなどについての議論でした。
その内容はこのブログとしてはふさわしくないと判断しますので、また違った媒体に記したいと思います。
by osumi1128 | 2005-05-31 00:50 | Comments(1)

衣替えの季節

今日の仙台はやや薄曇りで、最低気温が10℃、最高気温は昨日より下がって17℃とのこと。
至適温度の低い私にはこの気候がとても有り難い。
(気温28℃を超えると私の体の酵素反応は不活化される。)

夏でもレザーや薄手のウールのはおり物が着られるのは、ちょっとヨーロッパ的だと思う。
アメリカでもサンフランシスコなどは、夏にかえって気温が低く、以前8月に訪れた際に、毛皮!のご婦人が通りを歩いていて仰天した。
(同じときに、かたや半袖Tシャツのお兄ちゃんもいるのだが)
また、アメリカやイギリスの友人宅に泊めて頂くと、クローゼットの中に冬物と夏物が同居していて、「衣替え」の習慣がないことを実感する。
さすがに仙台ではそこまでいかないが、梅雨が明けるまでコタツを仕舞わない、という話も聞いたことがあるし、10年前くらいまでは夏にエアコンが無くても暮らせたらしい(今でも夜はエアコンを切って寝られるのが有り難い)。
どうか人為的な温暖化が進まないように皆で気を付けて、この環境を保って欲しいものである。

さて日本の「衣替え」は6月1日からということになっている。
学校の制服の場合は袖が短くなったり、暗い色から白っぽいものになるが、着物の世界では6月から、単衣(ひとえ)といって裏地の付いていない着物に変わる。
この変化はとても季節の移り変わりの喜びを感じるものである。
5月一杯、少々暑くても袷(あわせ)を着て、さて6月になると軽やかな単衣を纏うのだ。
西洋的・合理的考え方に則れば、気温に合わせて衣服を選ぶのが当然であろうが、少々の不自由さを堪え忍ぶことで、季節の変化を楽しむことができる。
季節の変化は単に袷と単衣ということだけでなく、色や素材の使い方にも表れる。
当然、秋から冬は暖色系が見た目にも暖かい印象を与えるし、春から夏は爽やかな色を着ることにより、自分も周りの人も心地よさを感じる。
都会ではどんどん環境が人工的になってしまい、ファッションも食べ物も季節感が少なくなりつつあることは残念に思う。
冬に部屋の中でノースリーブを着るのはお洒落だと思うが、仙台の2月末に地下鉄の駅でサンダル&生足のお嬢さんを見かけたときには、卒倒しそうになった。
まあ、こういうことを感じるのは私が年を取ったからで、確か大学生の頃は母から「冷やしては駄目よ」とさんざん注意されていたような気がする。
世代間ギャップというものか。

さて、今週前半は東京出張で、後半は第38回日本発生生物学会が国際センターで開催される。
大会長は東北大学生命科学研究科の仲村春和先生。
http://www.sasappa.co.jp/hassei38/kaisai/jsdb2005/
仙台が一番美しいこの季節に、多くの発生研究者達が集い、熱い議論が交わされるのが楽しみだ。
山菜の旬は終わったが、ホヤ、シャコエビ、殻付きガゼウニ、アナゴ、カツオ、そして仙台牛などなど、山海の美味を地酒とともに味わって頂けたらと思う。
by osumi1128 | 2005-05-29 14:48 | Comments(0)

スタバ礼賛

昨日は東京出張していて投稿ならず。
今日はとても爽やかな日だったので、ラボまで歩いてきた。
といっても、途中寄り道しながらなのだけど。

この季節街を歩くための必需品は、お気に入りの帽子(麦藁でできていて折りたためるもの)とサングラス。
自宅からラボまでの間になんでも揃っているのが仙台住まいの良いところ。
しかもこのエリアは通りが基本的に東西南北の碁盤の目なので、方向音痴の私でもほぼ迷わない。
(もし私がネズミだったら、空間認知の行動テストなど、最初からパフォーマンスが悪く、学習に非常に時間がかかると判定されるだろう。)

寄り道するのは決まっていて、本屋さん、花屋さん、デパート、そしてスタバ。
7年前に仙台に来たときは、まだ1件もスタバがなく、私は何度か仙台誘致の意見を「お客様の声」として出してきた。
その効果だと思うが、1〜2年くらいの間に5件が駅および街中出店してくれた。
以来、私は(頼まれてはいないのだが)仙台スタバサポーター会長を自負している。
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紅茶よりはコーヒー党ではあるが、スタバが好きなのは決してコーヒーそのものの為ではない。トータルな店の雰囲気といおうか。
(ちなみに、今まで出会ったコーヒー好きで一番凄いと思ったのは、工学部のY先生のところのポスドク?のHさん。彼は「気圧の低いところで低温で沸騰させた水で入れると美味しい」ということを証明するために、富士山の五合目まで行ったらしい。先日、挽きたての豆で入れて頂く機会があったが、確かにこだわりが感じられた。)

私はいわゆる街の伝統的?コーヒー店が苦手である。
こだわりの主人が奥に控えていて、お客も常連で成り立っているような店は非常に居心地が悪い。
私にとっては、チェーン店でバイトのお兄ちゃんやギャルのマニュアル的サービスの方が、ドライでむしろ落ち着けるのだ。
(大学受験の頃は、よくマクドナルド等で勉強したものだ)
しかも、スタバなら日本全国津々浦々、さらには海外までも同じような店の造りになっているので、どこにいってもカフェラテ1杯買えば「私の居場所」となる。
タリーズなどはまだ仙台に1件というレベルだし、ドトールやヴェローチェなどは残念ながら海外にはない(店の雰囲気も大分好みとは異なる)。
バリスタベアなどのグッズ、いろいろなデザインのプリペイドカードを置いているというのも、コレクター条件付けのツボを押さえている。
・・・という訳でスタバ、である。

さて、仙台スタバサポーター会長として次に誘致したいのは「東北大学病院店」である。
これは、かねがねあちこちで言い続け、「お客様の声」にも書いてているのだが、なかなか実現しない。
この秋竣工予定の新病棟までのホスピタルストリートなど格好のロケーションで、夜勤明けの医者や看護士、授業をサボった学生、インキュベーションの合間と称してくつろぎたい大学院生、煩い電話から逃げたい先生などが一日中利用すると思うのだが。
できれば健康面を考え、海外(および一部の都会)によくあるように、果物なども置いて欲しい。

学内にスタバができたら、間違いなく私の所在マグネットの欄に追加で「スタバ」というのを入れる必要があるだろう。
by osumi1128 | 2005-05-28 16:43 | Comments(4)

生パスタパーティー

昨晩は法学部の女性教員のおうち(官舎)に7人集まって「生パスタの会」が開かれたました。
内訳は法学3名(うち新潟大からの内地留学の方1名含む)、数学1名、工学1名、医学(生物学)2名。
平日の夜にこんな風に集まって、夫婦別姓の問題からゴリラのおしりは何故赤くならなくなったか、生物学研究におけるデータ捏造は数学ではありえない、などなど、様々な話をできるというのは、仙台に来て一番面白いことです。
街のサイズが手頃(タクシーで帰って1500円くらいの距離)で、しかも職住近接ならではだと思います。
二次会を法学部の別の先生のお宅に移して不思議な香りの紅茶を頂き、夜中の2時に鳩時計が鳴いてお開きとなりました。
とてもリフレッシュすることができました。

今日は11時から研究室のジャーナルクラブ&プログレスレポート。
本日の学生さんのプログレスでは、これまでの仮説が打ち砕かれ、別の仮説が立つことになりました。
こういうプロセスもサイエンスをやっていて面白いことの1つですね。
by osumi1128 | 2005-05-26 15:03 | Comments(0)

お茶の世界

興味はいろいろ広いのだが、「趣味は?」と聞かれたら「お茶です」と答えている。
(もちろん、煎茶でも紅茶でもウーロン茶でもなく、「裏千家」という流派の茶道)
始めたのは比較的遅くて20代後半だが、結構性に合っている。
今は二人目の先生で、都立大(東横線沿線の駅という意味)までお稽古に行く。
流石に仙台からだと毎週通う訳にはいかず、最近は忙しくて月に1度程度になってしまっている(涙)。

さて、何故お茶が好きなのかについて分析してみた。

1.季節がある
実験材料として「季節モノ」(例えばウニとか)を使う研究者は別として、私たちのように年がら年中同じ(ように見える)マウスやラットやニワトリやウズラを使っていると、研究そのものには四季はない。
お茶の世界では、まず大きく「風炉」の季節と「炉」の季節に分かれ、さらに月々でも趣向がある。
床の間に掛けられるお軸やお花、お茶と一緒に頂く和菓子だけでなく、お点前の種類もいろいろ異なる。
したがって、「1年に1度だけしかお稽古できないお手前」などが存在する。
なかなか「年に一度」というレベルのことは覚えていられないものだが、でも「ああ、また初風炉の季節だな」とか「今日は葉蓋のお点前なんだ」と季節を感じることがとても嬉しい。
地球という環境に生まれた生物として、一日のリズム、月のリズム、四季のリズムというのは大切なことなのではないかと思う。
夜も明るいコンビニが開いていたり、冷暖房完備の中で暮らしているというのは、自然の摂理に反することだ。
(と言いながら、コンビニは利用しているし、冷房もなるべく避けてはいるが無かったら辛い)

2.合理的かつ美的である
これは習ったことのある人にしか分からないが、お点前は実に合理的に組み立てられている。
そもそもお茶というのは「一服美味しく頂いてもらう」のが真髄であって、細かい約束事などはなくても良いのだが、一服のお茶を美味しく点てるのに、どういう順序で道具を使えば理に適っているかを先達が考えられた。
さらに、道具はどのように配置すると合理的で美しいか、どのように扱うと所作が安全で無駄なく美しくなるかという点についても心が配られている。
道具の配置は重要な点であり、実験室に学生を探しに行き(たいてい探すときにはいない)、ベンチの上が破滅的状況の場合に「片づけましょう」とメモを残す。
この場合の「片づける」というのは、適当に仕舞えばよいのではなく、「使いやすいような配置を考える」ことである。
いつもピペットマン(微量な液体を測る道具)は右手の届きやすいところに置いておく(右利きの場合)、この試薬の瓶はいつもこの位置にある、それだけのことで、実験の流れが体に染みつきやすくなり、無駄がなくなる。
無駄がなくなるということは、より大事なことに神経を集中されることができるようになるということだ。
また、500mlのボトルをベンチの端ギリギリに置いているような場合は、見つけるそばから危なくないように奥にずらしておく。
ちょっとしたことが良いデータを生むためのコツなのだと思うのだが。

3.リラックスできる
普段はいわば横文字の世界で生きているが、お茶の世界は和物で「縦」である。
あるいは椅子vs畳ともいえる。
この切り替えが脳の異なる部分を使うらしく(fMRIを撮った訳ではないが)、頭が、そして心がほぐされる気がする。
さらに言うと、お茶の世界において私は劣等生である。
普段は一応「先生」なので、モノを知っていないといけない、常に先頭に立って走らないといけない、というプレッシャーがあるが、お稽古のときは「分かりませーん」「間違えましたー」ということを平気で言える。
それを支えてくれるお稽古の仲間の友人達がいる。
彼女たちは会社に勤めていたり主婦だったりで、研究をやっている私はちょっと異邦人なのだけど、ちゃんと遊んでくれる。
ほぼお稽古の後は毎回お茶をし、一緒にランチしたり飲みに行ったり、旅行にもご一緒するが、これが滅法楽しい。

という訳で、お茶は楽しい。
勿論その他、いろいろなお道具に直に触れることや、歴史などなどあるのだが、今日は時間切れ。

後でトップページの画像を、サントリーニのお土産で、香合に見立てたらよいと思ったものに変えておきます。
by osumi1128 | 2005-05-25 13:27 | Comments(0)

新しい発見

新しい発見はいつもドキドキする。
最近残念なのは、自分で手を動かして実験している訳ではないので、「一番最初」に新しい発見を見ることができないということ。

「先生、面白そうなんですけどーーー」
「えっ、ほんと? 見せて見せて」
「後でもいいですかー。この後、かくかくしかじかしなければならないので(個人情報なので保護しました)・・・」
「OK。じゃあ、戻ってきたら声かけてね」
・・・ということで「おあずけポチ」状態。

待つこと数時間。
「先生、いいですかー?」
というお声がかかり、ポチは嬉しくて「ワン」と鳴く。
実体顕微鏡の下にあるサンプルは、肉眼でもすでにその発見の素晴らしさを見せている。
顕微鏡の接眼レンズの幅を狭めて(私は非常に眼の幅が狭い)覗くと、「うーーーん!!! これは凄いね!!!!! 美しいねえ・・・。」
「ですよね。」
彼女は淡々として言うが、きっと本心では狂喜乱舞しているはず。
だって、ここに至るまでに約8ヶ月の仕込み期間があり、何度も辛い思いをしてきたのだから。

「美しいもの中には真実がある」と思う。
顕微鏡の中のサンプルは、未だ何がその遺伝子の機能かを語ってはいないが、こんなに美しい遺伝子の発現パターンは、絶対に大事なことをしていると信じさせる強さを持つ。

このような発見をするのは、研究者にとっての数少ない「ハレ」の日である。
仕込みの期間と良いデータが取れることの割合は9:1より悪いのではと思う。
(少なくとも自分で手を動かしていたときはそうだった)
それでもめげない楽観主義も研究者に必要な資質の1つである。
by osumi1128 | 2005-05-24 18:31 | Comments(0)

ギリシア画像など

このブログは実名なので逃げも隠れもしていないのだが、敢えて特段宣伝もしていない。しかし、研究者は検索能力に優れているらしく、ひょんなことから見つけて下さっているらしい。

先日も「掃除機についてググっていたら見つけました」という方がおられた。
(注:ググるとはGoogleで検索することです。年齢の上の方のために念のため)
その他はどうも西の方で口コミがあるようだ。

うちの両親も見るようになり、先日すでにギリシアの画像はアップしておいたのだが、前の記事の中に「編集」で後から入れておいたので分からなかったらしく、「画像を楽しみにしている」というメールが入ったので、仕方なくさらに掲載することとする。
個別にメールで送るとか、CDに焼いて郵送するのはさらに手間なので…
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本当はもっと青い海が綺麗に撮りたかったのだが、生憎快晴の日は少なく、ちょっと沈み気味。
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うちの元学生で現在ドレスデンでポスドク中YA氏も載せておこう。
Wieland Huttner研の他のメンバーと撮影。

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こちらはポスター会場となっていたところ。
奥の方にはサントリーニ島で発掘された壁画などのレプリカが公開されていた。
(例の「横顔」ばかりの絵です)
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街の風景を2枚ほど。こんな石畳の通りが多く、非バリアフリー。
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そしてロバが人や荷物を運ぶのに使われています。
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そしてこれが私の大好きな夕日の景色。
学会ではなくてのんびりしに来られたらよいのですが…

以上、遅くなってしまった昼食を取りながらの投稿でした。
by osumi1128 | 2005-05-23 16:13 | Comments(0)

安藤先生へのファンレター

2005年5月21日
安藤先生

本日は東北大学医学部艮陵同窓会の特別講演を有難うございました。
先生の、そして先生のデザインしたもののファンとして、初めて生のお声を伺うことができ、感激しました。
ご著書にサインも頂けましたし、ツーショットの写真まで。
さらに予想外のことに、たまたま私のオフィスにまでおいで頂き、とってもsurprise!でした(片づけていなかったのが唯一残念なことです)。

一時間以上に渡るpassionateなご講演の中のたくさんの言葉を反芻しています。
「モノを視る目」「感性を磨く」「創造力はコンピュータではなく人の頭の中にある」「人と環境と建物の調和」「逆境からの創造」「創造的かつ合理的であること」「知恵を絞れば困難を乗り越えられる」・・・・・
数々のコンペを勝ち取っておられる陰に、沢山の敗戦があり、それでもチャレンジし、自分が良いと思ったことを粘り強く周囲を説得して成し遂げていく・・・先生から大きなパワーを頂いた気がします。
ユーモア溢れる語り口もとてもentertainingでしたね。

私自身は東北大学医学部の中で基礎研究分野におり、脳の発生発達の遺伝子プログラムを理解することを目指して研究しています。
言ってみれば「脳のレシピ」を解き明かそうとしているのです。
(多くの方が発生の遺伝子プログラムを「設計図」というアナロジーで説明されますが、私はいわゆる「設計図」とはちょっと違うと思っています。
図面と出来上がったものはほぼ一対一に対応しているでしょうが、遺伝子は「小指の先の爪」や「右の眉毛」などに対応している訳ではありません。
また、もっと大事なことに、「脳のレシピ」は設計図よりもはるかに柔軟で、環境に上手に対応しうるものです。
おそらく建築でも実際には現場で働く人たちがその場で良い方向に修正したりすることがあると思うのですが。)
科学研究はとても面白いのですが、どんどん専門化が進んでしまい、一般の方々とその美しさをなかなか共有できないのが残念です。

少しお話ししましたが、年末に両親と直島に行きました。
残念ながら地中美術館は閉館日だったのですが、2日間、ベネッセハウスの中のアートや、「家」プロジェクトを楽しんで参りました(ご講演のスライドの中にも出てきて、ちょっと嬉しくなりました)。
そして、いつかこのホテルを借り切って小さな国際会議を開くことができたら素晴らしいなと思いました。
そこここにアートが溢れる環境で合宿形式の会議を開き、オフの午後に「家」プロジェクトや民家を見に行ったり、朝食前の地中美術館鑑賞ツアーなどを組んだら、サイエンスの議論もさらにstimulateされるのではないかと考えたのです。
ネックはやや宿泊料金が(国民の税金を元にした研究費で支払うには)高いことで、何か良い方策はないかと思案中です。

淡路夢舞台も何度か会議で参りましたが、先に植樹を始められたとは存じませんでした。
先生のデザインは幾何学的で人工的な要素と、光や水や緑などの自然の要素の組み合わせが素敵ですね。
また、既存の建物や景観を生かしながら、そこに斬新なデザインを加えていくというコンセプトも素晴らしいことだと思います。

御本の中に引用されていたサンディエゴのソーク研究所の建物を初めて見たのはかれこれ15年ほど前になるでしょうか。
最初は留学していた日本の研究者が発表に使われたスライドでしたが、ちょうどシンメトリーな建物の間に望む海に太陽が沈んでいく情景は、まさに絵のように美しいものでした。
そしてセミナーや研究打ち合わせのために実際に訪れたときは、ちょうど結婚式のセレモニーをしていました。
日本の研究施設の建物で結婚式のセレモニーなんて、絶対にあり得ないでしょう。
それにもまして、打ち放しのコンクリートの壁とパイン系と思われる木の部分との対比が素晴らしく、こんな感性溢れるデザインの建物の中で日々研究生活を送るということは、どんなに心地良く刺激的なのだろうと羨ましく思いました。

人が建物を造り、その建物が人の心の有り様をつくるのだと思います。
先生のデザインされる建造物が、これからも多くの人たちに感動をもたらすことを期待しております。
どうぞお体にお気を付けられて益々ご活躍下さいませ。

新緑の仙台より
大隅典子

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by osumi1128 | 2005-05-22 20:48 | Comments(0)

劫の会にて講演

木曜日の一般向けの講演は「劫の会(こうのかい)」という、仙台市の様々な職種の市民の方が集まって、それぞれの専門のお話を聴くという会合でした。
この名前の「劫」は「五劫のすりきれ」という、落語の寿下無に出てくる「劫」なのですが、これは時間の単位を表し、「天女が三千年に一度地上に降りて、大きな石を羽衣でなでる、その石がすり切れて無くなるくらい」の長さなのだそうな。
うーん、壮大なロマンですね。
ちなみに、一番小さな時間の単位は「刹那」で、こちらは1秒の60分の1ということ。
こちらはより日常的な感覚がついていける単位ですね。

こういう一般向けの講演というのは割と好きな方で、「エンターテイメント」になることを心がけています。
文学も音楽も美術も建築も、みなプロでない人も楽しめる文化なのに、サイエンスが遠く離れてしまったことに憂いを覚えます。
レオナルド・ダビンチは一人でサイエンスから建築、美術までこなすことができたし、ゲーテの交流は音楽家だけでなく科学者も含まれていたし(metamorphosisの概念など)、もっと相互交流できていたのに、サイエンスを楽しめるのが専門家集団のみになっていったことは残念です。
科学者がもっと社会に対して溶け込むべきと私は思うのですが・・・

さて、これから東北大学医学部の同窓会主催で安藤忠雄さんの講演があるので聴きに行ってきます!
先ほど実はお目にかかることができ、握手とサインをして頂きました。
安藤さんの建築はとても幾何学的でインパクトがあって大好きです。
by osumi1128 | 2005-05-21 14:20 | Comments(2)