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母校でのセミナー

夕方母校でのセミナーをした。

私の出身大学は地下鉄御茶ノ水駅のすぐ上で、まるでNOVAのような立地であり、そこで学部時代、大学院時代、助手時代と15年以上を過ごしたことになる。
昔は建物の間にテニスコートもあったが、今はすべての敷地は建物で埋め尽くされている。
当時は医学部と歯学部しかなく、仙台に移ったときは大学らしいキャンパスが心地よかった。
でも便利さと落ち着きのいいとこ取りはできない。

出身研究室担当の学部の発生学の講義には年に一度くらいのペースで呼ばれている。
今回はカリキュラムが変わったとのことで、大学院生やスタッフ中心のセミナーであった。
母校でのセミナーは、自分を育ててくれたことへの有難さと、先輩後輩に対するなんとも言えない親しみと、若い時代のさまざまな思い出が交錯して、ちょっと複雑な気持ちになる。

セミナー後に、とある若い方が「先生は附属高校の出身ですよね?」と聞いてくる。
「え? 貴方は何期?」
「36期です」
「わー、一回り以上も違うねー。どうして知ってるの?」
「昔、ミニ同窓会みたいな会がありましたよね?」
「あ、そうだったね。今どうなってるの?」
「いやー、僕も3年外に出てたから・・・」
「そう。でも頑張ってね!」

うちの高校は東横線沿線にあり、当時私は神奈川県の逗子(鎌倉の隣)というところから、片道1時間半かけて毎日通っていた。
(もう絶対にそんな生活をする体力はない)
自由な校風と大人びた生徒たちの学校だった。
お茶のお稽古の折などに東横線で後輩を見つけると、思わず声をかけたくなってしまう。
でも、そんなことをしても、向こうからは「何?このオバサン」と思われるだけだろうなと考えて自自制する。
先日は所用で虎ノ門あたりを歩いていたときに、後輩の男子生徒、女子生徒を見かけた。
ああ、今でもきっと「地理実習」をしているのかもしれないと思って、とても懐かしかった。
(私たちのときの地理の先生のお一人はすでに故人となっている)
この地理実習では、かつての江戸城の周りの道を歩いて、現状がどうなっているのかをレポートすることになっていた。
地学実習も面白かった。
神奈川県の三崎に出かけて、地層の観察を行うものだが、自分が地層好きなのをこのときに知った。
(地層とか、鍾乳洞とか、巨石などにむしょうに感動するのだ)

明日はまた朝から晩まで缶詰。
やれやれ・・・
東京はもっと暑いかと恐れていたが、そうでもなかったことだけが有難い。
by osumi1128 | 2005-06-30 00:17 | Comments(5)

科学技術コミュニケーター

今日は午後から出張なので、今のうちに投稿を済ませておこう。

エスカレータの話の続きだが、そういえばJR仙台駅も通常と反対側(右側)が空くときがあった。
朝、東京からの新幹線から降りた乗客によって、誰か一人がパイオニアとして左側に寄ると、自然にその流れに沿ってしまうのだ。
ヒトという動物はかくも「集団に従う」という性質を有するものであり、誰かがある方向を向くと、その周りの集団も一斉にそちらを向いたりする。
(プレーリードッグだったか、何かの動物の群れも立ち上がって一斉にある方向を向くのをテレビで見た気がするが)。

さて、来年度からの第3期科学技術基本計画の策定がいよいよ大詰めを迎えようとしている。
http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihu47/haihu-si47.html
第1期、第2期の基本計画を通じ、日本の研究水準は着実に向上し(例えば論文発表数は米国に次いで世界第2位)、産学官連携や大学・研究機関の改革が進展しつつある。
その一方で、欧米のみならず、中国や韓国も含めた「知の大競争」が激化の様相を見せている(このあたりの文語は、おそらく有本科学技術・学術政策局長のものだ)。
このような背景をもとに、第3期科学技術基本計画ではいくつかの目標を掲げているが、その柱の1つが「人材育成」である。
曰く「モノから人へ」「機関における個人の重視」を基本姿勢とし、科学技術を担う人材の育成・活躍の促進に取り組むために
−世界的に活躍する研究者・技術者の育成・確保
−若手研究者が能力発揮できる環境づくり
−女性研究者の育成、活躍できる環境づくり
−外国人研究者の受入れの促進
−技術経営人材、ものづくり人材などの育成・確保
−子供の夢を育み、力を伸ばす環境づくり
などを、人材対策具体化の主要検討項目に掲げている。
(上記は総合科学技術会議第47回のプレゼン用ハンドアウトからの抜粋なので、最終案という扱いではない)

このような第3期科学技術基本計画を睨みながら、科学技術・学術審議会人材委員会というところで、より具体的な施策のための議論をしている。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu10/

ここ数回の議論の中心となっているのが「ポスドクのキャリアパス問題」である。
具体的な統計数値に興味のある方は、「第33回配付資料」等のPDFをダウンロードしてみて頂きたい。

「ポスドク1万人計画」はまさに科学技術基本計画に則って策定されたのだから、その結果にも責任があるという訳だ(実際は、現在1万3千人くらいのポスドクがいる)。
この手の「最初から分かっているではないか」的施策は、例えば戦後に医師や歯科医師が足りないからもっと増やさなければと、新設の医学部や歯学部を全国に作った挙げ句、「増えすぎたから定員を減らそう」となっているなど、あちこちに見られる。
私が学生だった25年前にすでに増えすぎが危惧されており、「余剰の医師、歯科医師が輩出されれば、市場原理で無医村、無歯科医村に行くだろう」という甘い予測はモロに打ち砕かれていた。
治療レベルの低い無医村、無歯科医村には誰も行きたがらないのだ。
(「国境のない医師団」には魅力を感じる人が多いのに)

ポスドク1万人計画の際も、「余ったらきっとベンチャーを立ち上げたり、企業に吸収されるだろう」というのが推進派の予測であったと思う。
確かにアメリカではものすごい数のバイオベンチャーが雨後の竹の子のごとく設立され、そこに半数程度のポスドクが就職していた。
これが日本ではまったく事情が異なり、税制や資本金集めの問題から、リスクを背負うベンチャーの起業は多くなく、従来の会社も新たに(マスター出ならともかく)ポスドクを雇うだけの度量が見られない。
もちろん、ポスドクの数が増えたのは「大型プロジェクト研究」が増えたからであって、アカデミアのポストはまったく増えていない。
結果、日本でポスドクを経験した人の次の就職先はまた「ポスドク」となる。

ポスドクがどのくらい「一人前」かは、委員会メンバーの中でも意見はさまざまであったが、アメリカでは「テニュアトラックに乗る前の一過性のポジション」と見なされている。
毎年何報か論文を書き、研究費を得るために申請書を書き、ポスドクや学生の指導をしながら研究成果を挙げる、というタフな生活をしたくない人は、企業等やファンディング・エイジェンシーへの就職を希望する。
(これはライフスタイルや価値観の問題であって、良い悪いではない。念のため)
おそらくアメリカでも日本でも、なるべく早くニュアトラックに乗りたいという人から、論文を書くよりもデータを出すことに生き甲斐を感じるテクニシャン的な人まで、ポスドクの資質には巾があることは間違いないだろう。
ただ、決定的な違いは、アメリカでは「いつまでもポスドクをする」ということはほぼあり得ない。
(研究所付きの「シニアポスドク」的な立場に移行する人はいるが、数からいうと例外的。そのほかには母国に帰るというパターンもあり)
その大きな理由は、「ポスドクの次はアカデミアならAssistant Professor」というルールが決まっており、昨日のポスドクは明日のPI (Principal Investigator)だからだ。

総合科学技術会議、基本政策専門調査会の資料では、若手研究者が能力発揮できる環境を整備すべきという観点から「テニュアトラック制の導入」や「若手研究者向けの競争的資金の拡充」等を挙げており、これは早期実現、というか、すでに実行段階にある。
ただし、大学においてテニュアトラックの入り口である「助教」というポストの数は、これまでの「助手」の振り替えを基本とし、後は(国立大学「法人」なのだから)自助努力で数はなんとかせよ、というものであり、これが頭が痛い問題である。
またよく考えないと、テニュアトラックというのは競争なのだから、あふれた「助教」問題が次に出現することになるだろう。

人材委員会では、「産業界のニーズにあった研究開発と事業化をリードする人材の育成」ができないだろうか、ということを議論している。
例えば経団連関係の委員の方に言わせると、「アカデミアでポスドクまでした人は、あまりにも会社という組織を知らず、製品化や企画化の素養が全くないので使い物にならない」。
そこで「啓発セミナーを行う」「企業とのマッチング(お見合い)の場をセッティングする」、などの案が出されている。
(これらはあまりお金のかからないプランなので、おそらく実現するだろう)
また「インターンシップ付きポスドク制度」なども話題に上った。

「女性研究者の育成・活躍促進、活躍できる環境の整備」も主要検討項目に挙がっているが、これについてはまた別の機会に譲ろう。
今日は「科学技術リテラシーを持つ人材育成」について述べて終わりにしたい。

すでに平成17年度採択の振興調整費、人材育成プログラムの中の「人社融合分野」として「科学技術リテラシーを持つ人材育成」に関する3つのプログラムが動き始めようとしている。
東京大学の「科学技術インタープリター養成プログラム」、北海道大学の「科学技術コミュニケーター養成ユニット」、そして早稲田大学の「科学技術ジャーナリスト養成プログラム」である。
http://www.c.u-tokyo.ac.jp/jpn/kyoyo/sciencetech050617.html
http://fox44.hucc.hokudai.ac.jp/~scicom/
http://www.waseda.jp/jp/pr05/050531.html
これらのプログラム修了者の就職先として想定されているのは、新聞・放送・出版・宣伝産業などで働く科学ジャーナリスト、科学館・博物館・データアーカイブなどのキュレーター、高等学校などの理科担当教員、科学技術コミュニケーション分野における研究者など。
一応「修士課程相当」というカリキュラム設定になっているが、とくに早稲田大学のプログラムでは「理系・文系のポスドクを積極的にリクルート」して、科学コミュニケーターとして再教育することを目指しているらしい。
(Double degreeなんてカッコイイ!)
東大のプランでは「現場での問題構造を体感する」ことを目的とし、新聞社、放送会社、科学未来館との連携や、ジャーナリスト(立花隆)、アーティスト(高田洋一)などとの協力体制が敷かれるとのこと。
(立花隆のセミナーなんて、とっても面白そう!!!)
育った人たちが数年後にどんなキャリアに就いているか、とても楽しみだ。
by osumi1128 | 2005-06-29 09:14 | Comments(5)

パンダの親指

故スティーブン・グールドが書いた本の1冊に『パンダの親指』というタイトルのものがある。
これをちょっと意識して書かれた『パンダの死体はよみがえる』(ちくま新書)を読んだ(ライフログ参照)。

本を書かれたのは遠藤秀紀(えんどうひでき)さんと言って、国立科学博物館から今年の2月に京大霊長類研究所に教授で移られた、まだ(たぶんぎりぎり)30代の方。
とある会議で初めてお会いしたら、「お父様のことをよく存じ上げています」と言われる。
細胞生物学系で専門が近いため、母の知り合いにはよく声を掛けて頂くことがあって、若い頃はちょっと反発もあったが、最近は年を取って丸くなったのか(体型も?)、有り難く受け取ることにしている。
だが、父は鯨が専門で、農学部水産学科の出身だから、バイオ系といってもそう滅多には共通項がない。
へえ、珍しい、どうして?と思ったら、鯨の解剖学の関係らしい。

会議の後、直ちに御本を送ってきて下さった。
読んでみるとなかなか面白い。
中でも、上野動物園のジャイアントパンダの二代目、フェイフェイを解剖し、パンダには「第六の指」だけでなく「第七の指」もあるという発見にまつわるエピソードは、筆がなめらかにすべるように描かれている(って、間違いなくキーボードに向かって執筆されたはずだが)。

遠藤さんの専門はいわゆる「解剖学」で、さまざまな動物の体がどんな風にできているかを、最近ではCTやMRIまで駆使して研究されている。
普通の「モデル動物」を扱うのではないので、「材料」が提供されるのは偶然によるところが多く、その運命的な出会いを最大限に学問に役立てたいというエネルギーに満ちあふれていることが伺われる。
これを「遺体科学」というらしい。
対象のレパートリーたるや、5トンを超えるアジアゾウから、ジャイアントパンダ、レッサーパンダ、コウモリ、マングースと多種多彩。
彼にとって「死」は終わりではなく「始まり」を意味し、「もしもし、ゾウが死にました。受領可能ですか?」という電話から研究が展開されていくのだ。

仙台も今は梅雨の中休み。
至適温度低めの私は東京以西より涼しいのが幸せ。
皆さんご自愛下さいませ。

PS:
すみません、先日のPowerPointの話から、どうしてもKeynoteを試したい気持ちになっているのですが、Pptのファイルがそのまま移行できるかどうか、どなたかご存じでしたらコメント(もしくは直接メールでも)下さい!
by osumi1128 | 2005-06-28 12:50 | Comments(5)

NPOにできること

久しぶりに三島に行くと、確かにエスカレータの右側を空ける東京型であった。
新幹線で1時間なのだから、東京に通勤する人だっているだろう。
コメントによると大垣と米原の間が「右か左か」の分かれ目なのだそうな。

さて、日曜日の晩の話になるが、とあるNPOの総会で「脳をつくるレシピの研究」と題する一般向けの講演を行った。

このNPOは「科学協力学際センター」といって、東北大学金属材料研究所の川添教授が代表を務めておられる。
学術研究の成果の一般市民への発信と学際的科学技術開発へのサポートが主な活動内容だ。
http://www.ccis.tohoku.org/
会員数はおよそ70名で、東北大学関係者だけでなく、仙台もしくは東北エリアの企業の方(大小いろいろ)も参画しておられる。
現在発足3年目で、「認定NPO」になることを目指しているとのこと。
(寄付金に税金がかからなくなるなどのメリットがあるため)

つい先だって私も会員になった。
それはこういう活動も研究者にとって必要な時代だと思うからだ。
(すべての研究者が皆そうしなければならないと思ってはいないが)

研究活動を20年行う間にだんだん不満になったことの一つとして「どうしてサイエンスの面白さを普通の人たちと共有できないのだろう」ということがあった。
また、自分で研究費を頂く立場になってみると、普段の生活とは桁が2つも3つも違うお金、しかもそれは元はといえばほとんど国民の税金、を使うのに、勝手なことをしていて良いのか、ということが気になってきた。
研究を志す人にある程度共通した性格のためなのかもしれないが、研究者の社会は閉鎖的になりがちである。
自分の研究室の仲間、元の出身研究室の友人、共同研究者や学会関係の友人とは密なコミュニケーションがあるが、それ以外の交流としては出身学部の元同級生、先輩後輩等くらいだろうか。
趣味の友達とは、なかなか研究そのものの話をすることはない。

平成17年度科学技術白書によれば、とくに若い世代で科学に対する無関心層が増加してきている。
これは初等中等教育の現場において、理科や科学の楽しさ、面白さを伝えることが難しいことにもよるだろうが、20年後の日本を考えた場合に由々しき問題であると思う。
「科学・技術は大事」と考える世代でも、どれだけのことを理解しているだろうか。
国の施策としての対応も望まれるが、今自分にできることは何かと考えると、いろいろな機会を利用した情報発信であり、例えばこのようなNPO活動のようなボランティアもその一つである。
会員の多くはバイオ系ではなく工学系なので、まずはこれらの方たちに脳研究についてちょっとずつ知って頂きたい次第。

普通の人に話をするのは、ある意味とても難しい。
よく分かって頂けないと「・・・で、そういう研究をして何に役立つのですか?」という質問を受けることが多い。
昔はムキになって「応用ではなくて、知ることそのものが人類の知に貢献する」などと答えていたが、今は「例えば、精神疾患などの発症を防ぐことができたら良いと思って研究しています」と答えている。
とりあえずは、そういう答えを聞くと、聞いた人は安心してくれる。
接点を持つためには、現時点では仕方ないかなと思う。
サイエンスの面白さを分かち合えるようになるためには、もっと若い世代に語りかける必要があるだろう。

日本はこれまでかなりのことを「国の主導」で行ってきて、道路や建物をたくさん作り、現在私たちは大きな負債を抱えている。
理想は小さな政府であり、いろいろな隙間を埋める事業を、それぞれの地域に密着した形でNPOなどが支えていければよいと思う。
by osumi1128 | 2005-06-28 00:34 | Comments(0)

見場と中身

昨晩の話題は「いかに分かりやすい授業をするか」だった。

7時に少し遅れて「ブラッドオレンジジュース&ピザ」の会に行った。
ピザ担当の数学科のK先生は、本当は定禅寺通りの美味しいピザ屋からテイクアウトしようと思っていたところが、最近、材料の手作りモッツァレラが入手困難になり、予約のみになったとのことで、ピザハットになってしまったと嘆いていた。
(ちなみに、このピザ屋さんは、ナポリ風窯焼きの美味しいピザを食べさせてくれます。しかも、オーナーシェフ?はイケメン系です。)
http://gourmet.yahoo.co.jp/gourmet/restaurant/Tohoku/Miyagi/guide/0207/M0004000181.html

(珍しく)ジュースで乾杯して食べ始めたのだが、最初(私の持ち寄りがテイクアウトのお総菜で、小茄子のピリカラ揚げ煮と、オクラとメカブのとろとろ和えだったためか)、給食の好き嫌いになった。
私たちの世代は「給食は(というか食べ物全般)残してはいけません」という教育で育っている。
Kさんは「とにかく嫌いで食べられないものが多くて、コッペパンの中に嫌いなものを詰めて(パンは残しても良いルールだったそう)ごまかした」という。
場所を提供して下さって、サラダとジュースを出して下さった同僚のN先生は、小学校低学年のときに行っていた香港の日本人学校の給食がとてもまずくて、食べられた代物ではなかったらしい。
そこで、例えばチャーハンのようなものの場合、最初にお皿に広げて「先生、食べられません」と言うと、「もう少し食べるのよ」と言われ、次に、それを寄せて固めて見た目に少なくして「もう、食べられません」と言うと、「よく食べましたね」となってメデタシめでたし。

上記2例から分かるように、子供というのはたくましく生き延びる術を考えつくものだ。

さて、どこから話題が転換したのか覚えていないのだが(決して、ジュースをビールに替えたからではないと思う)、Kさんが「授業ではPowerPoint使う?」と言う。
数学では数式を書いて順に説明しなければならないので、伝統的に板書なのだそうな。

私の場合は、仙台に来て2年くらい、OHPを板書で1年生相手に教養レベルの細胞生物学を教えていたが、その後、PowerPointに切り替えた。
その理由は、やはり美しい顕微鏡写真を見せたり、ムービーも使うにはPowerPointが一番便利だからだ。

Nさんの場合は、昨年度の修士相手の授業1コマのときは全部板書だったのを、今年はPowerPointにしてみたらしい。
「でも、板書のときの方が分かりやすかったんじゃないかな。PowerPointって、綺麗な図などは見せられるけど、流れていっちゃうでしょ。聴いている方は書き取れないよね」
「準備するときも、板書しないといけないと思うと、前の晩にはすごく一生懸命に覚えたりするけど、PowerPointだと、この話とこの話をして・・・とラフに考えるだけじゃない」

これは確かで、私も本当に印象に残って欲しい単語などはもういちど「板書」する。
(面白いことに、私が板書すると、学生は一斉にそれを書き取るという反応を示す。条件反射のようなものか?)
たぶん「板書」のスピードは人の理解のペースと合っているのだが、PowerPointにいくら情報を詰め込んでも、そのうちどれだけが学生の記憶に残るのかは疑問。
しかも、最近の学生はメモ取らない人が多い傾向があるし・・・

授業を準備する側から言ったら、PowerPointは有り難い。
ほとんど英語版しかないけど、教科書の図などのコンテンツは充実しているし、最新情報も論文からコピペできる。
そのときの授業内容がファイルとして残せるから、今年はここを入れ替えよう、などという亢進も非常に簡単だし、他大学に呼ばれて話をするときに並べ替えるのもラク。

今でも、昔、解剖学の先生が、沢山の色チョークを使って、さまざまな神経の走行などを黒板に描かれていたことを思い出す。
同じようにしようとすると、確かに準備に時間がかかる。
解剖なら同じことを教えていけるが、分子細胞生物学の分野では、「古典」だけでなく最先端のことも教えたいから、どうしてもボリュームが増え、それをカバーするには板書はキツイ。
(でも、それだけ教えようと思っても相手にはどれだけ残るのか分からないのだが)

数学では学会発表も黒板で行うことがあるらしいのだが、生命科学系は一昔前が「スライド」で、今ではほとんどコンピュータプレゼンテーションに替わっている。(PowerPointが嫌いな人はKeynoteなどを使っている)
したがって、授業も同じような準備になりがちである。

で、数学の人は、数学の授業をどうしたら分かりやすくなるかという話をよくするらしい(というか、彼女を見ている限り、とにかく非常に議論好き)のだが、数学者の議論は(彼女曰く)あさっての方向を向いているとのこと。
「見場より,中身」の美学が強すぎて、何をどう説明すれば分かりやすいか」と
いう話は熱中するのだが、それを、どうプレゼンするかには全く無関心らしい。
生命科学系では、論文書きやら学会発表やら科研費申請やら班会議やらで日々忙しすぎて、そういう議論をする暇がないのが現状かもしれない。

「まずパワーポイントの機能を覚えなくては」と言っているK先生には「分かりやすいプレゼン」を目指した拙著を進呈しておこう。


今日は夕方にNPO法人の総会で一般向けの講演。
明日は午前中東京、午後に三島で会議。
昨日のコメントによると三島のエスカレータでは右を空けるらしい(東京流)ので、本当かどうか観察してくる予定。
by osumi1128 | 2005-06-26 10:56 | Comments(2)

古今東西

エスカレータ、あなたは右側に乗りますか? それとも左側?

仙台の地下鉄は南北に走る1本しかないということは前にも述べた。
市電の廃止後にできたのだと思うが、最低区間が200円ということもあって案外利用者が少ないらしい。
確かに、朝のラッシュ時でも東京メトロ丸ノ内線霞ヶ関〜銀座間の空いている日中程度の混み具合。
でもこのくらいが本来、人間的な生活というものだ。

ところで、長いエスカレータに乗るときに、急いで歩きたい人のために右と左とどちらを空けるかというのは、土地によって違う。
東京は右側を通路として、歩きたくない人は左側の手摺りに掴まる。
大阪はその逆で、右側の手摺り寄りに並んで、左側を空ける。
さて仙台はというと、これが不思議、大阪流なのだ。
JR仙台駅でも、私が利用する地下鉄の幾つかの駅でも皆同じ。
誰に聞いてもその理由は分からない。
じゃあ盛岡は? と岩手医大の先生に聞いてみたところ、「盛岡はどっちでもありませんね。そもそもそんなに混んでないし、あまり急ぐ人もいないですから」という答え。
なるほど・・・

でも実は、ロンドン、パリ、ニューヨークとも右側で、グローバルに言ってみれば東京圏だけが異端児なのです。

そういえば、言葉は地方によって(世代やソサエティーによっても)異なるが、東西で非常に違うのは「イントネーション」である。
私が育った東京圏では「ハシ」という言葉の「ハ」を高く「シ」を低く発音すると、それは「箸」を意味し、その逆に「ハ」を低く「シ」を高く発音すると「橋」の意味になる。
(「端」は「橋」と同じ)
関西圏ではこれが逆という。
よくご自分では大阪弁を喋っていないつもりの方に、「西の方のご出身ですね。どちらですか?」と聞いてびっくりされるのは、単語としてはいわゆる「標準語」だけで構成された文でも、イントネーションが違うからだ。

ところが、もっとびっくりしたことに、「無抑揚地帯」がある。
これは北関東から東北地方にかけての地域らしいが、「イントネーションに意味がない」というのだ。
つまり先ほどの例で言うと、「ハ」を高く「シ」を低く発音しようが、「ハ」を低く「シ」を高く発音しようが、その単語の意味はイントネーションで区別されておらず、あくまで文脈依存的であるらしい。

いわゆる「東北弁」のリズムは「フランス語に似ている」とは誰が言った言葉だったろうか?
やや尻上がりになって、フレーズの終わりにアクセントがある感じは確かに似ている。
(私はそれよりも韓国語に近いと思うのだが・・・。ちなみに沖縄出身の先生によると、「東北弁は沖縄の言葉に似ている」らしい)
興味深いのは、東北弁も北になるほど口の開き方が小さくなって、濁音が多く籠もった発音になっていくようなのだが、これはEnglishとScottishの関係に似ているように思う。
あるいは、ヨーロッパでも南のラテン系の国に行くとシラブルが母音で終わる言葉になるが、これはアジアでもタイやインドネシアなど、あるいはポリネシア系の言葉の響きに通じるところがある。
ルーツの異なる言語でも、気候が長い間に言葉に対して同じような作用をするところが興味深い。

さて、「クラブ」という日本語は「ク」を高く発音すると「クラブ活動」などを意味するが、「ブ」をやや高めに平坦に発音すると「踊ったり、お酒があったりする夜の社交場で、機能としてはその昔、『ディスコ』と呼ばれたものに近いところ」を意味するらしい(入ったことがないのでよく分かりません)。
先日車の中で聞いていたラジオでは、「リスナー」の発音がこれと同様で「ナー」が高くてのけぞりそうになった。
(「ス」に母音が入るのは日本語なんだから仕方ないとしても)
「英語でのコミュニケーション力を高める」ことを文科省が推進しようとするのなら、このあたりにも「教育的指導」を入れるべきかも。
本来の英語の発音に少しでも近い方がまだ覚えやすいのではないだろうか。
・・・でも、言葉は先生の影響よりも、周りの友達から遊びながら自然に身に付いてしまうものでした。

*****
本日は論文再投稿をオンラインで済ませたところ。
今晩は、医学部キャンパス目の前の同僚のお宅でピザ&持ち寄りパーティーの予定。
本当は、例の数学科の友人(こちらもご近所)が、一緒に共同購入したブラッドオレンジジュースとピザでご飯にする、と言ってきたので、それなら久しぶりに集まろうか、となった次第。
http://www.rakuten.co.jp/toscana/108619/604508/
飲まない同僚なので珍しくアルコールの無い会になりそうですが(笑)。
by osumi1128 | 2005-06-25 15:25 | Comments(5)

観察眼の鋭さ

昨晩は長い会議の後、終電で帰仙し、本日は10:00-12:10に医学部2年生相手の発生学の講義(60分X2コマ)。
数年前から医学部は60分講義になったのだが、なかなか体がこのリズムについていかない。
伝統的に大学の講義は90分であり、その間に雑談を2,3回入れたりしてひとまとまりなのだが、60分は雑談していたら本論を喋る暇がない。
でも、ついついトリビアなことを言ってしまう(というか、大学の先生ってそれが仕事だと思いません?)。

さて、前フリしておいたように、『艮陵の教授たち』から面白い逸話を1つ。

これは東北大学初代の内科学講座の山川章太郎教授の「内科学診断実習」に関する話である。
(以下抜粋)
******
・・・学生に糖尿病の話をしていた。読んで字の如く、糖尿というものが甘いものであろうことは想像に値する。しかし、我々をはじめとして、果たして糖尿病の患者の小便が甘いかどうかを味わった人がいるかどうかはきわめて怪しい。山川先生は、
「諸君」
と言って尿の入ったコップを持ってきて皆で嘗めてみようということになった。これが本当の百聞は一見に如かずというサイエンスの基本である。居並ぶ学生の誰もが教授の掛け声を疑わなかった。医者になるには患者の小便も嘗めてみなければならないと信じていたのであろう。そこでおもむろに山川教授は指を尿の中に突っ込んでペロリと口の中に移して味わって見せた。
「うん、諸君もやって見給え」
 学生は真剣に教授の言われるままに患者の尿に指を入れて嘗めてみた。甘かっただろうか、塩辛かっただろうか、それとも苦かっただろうか。恐らく眼を縦横に引き伸ばして医の道を学ぶにはこのように辛い経験をしなければならないものかと嘆いたであろう。学生達が嘗め終わった所で山川教授は大らかに笑って見せた。
「諸君は一体どの指を嘗めたのかね」
「私は人差し指をハルンコップに入れたけれど嘗めたのは中指だったぞ」
「君らは何を見ていたのかね」
「科学というものは、物の観察から始まる。先生に教えを学ぶならば、その一挙一動、何指を尿に突っ込んでどの指を嘗めたかまで観察していなければ、立派な医者にはなれない」
と諭されたという。そこで真面目に糖尿病患者の尿を嘗めた学生は苦しい思いをしながら全員落第であったという話である。

・・・(中略)・・・
 医学は科学に基盤を置く。そして科学は観察から始まる事を教えた山川先生の教育者としての卓見に痛く敬服するのである。
******

やや関連するので、2004年のうちのラボの標語としてHPに載せていたものを再掲。
【まず「真似る」ことにより「学ぶ」】
「真似る」と「学ぶ」
どちらも語源は「まねぶ」です。
「学ぶ」基本は、まず「真似る」ことです。
人類の英知は獲得した文化の伝承によって培われてきました。
論文を通じて先人に学ぶこと。
先輩の実験手技の真似をすること。
自分のオリジナリティーはその上にこそ生まれるでしょう。


さてこれから締切過ぎた雑用を片づけなければ。
by osumi1128 | 2005-06-24 13:18 | Comments(0)

クジラ問題

先日、英語のトレーニングに英語のテレビドラマをDVDで見ているという話をしたが、初対面の外国人との話のきっかけ用の話題を持っていると便利である。
その人のパーソナリティーにもよるが、ジョークやユーモアのあるものだと、相手との緊張感をお互いに減らすことができるからだ。

私の場合には、以下のような話題を使っている(これはlong version)。
Noriko:...Both of my parents are biologists.
Dr. X: Oh, what do they do?
Noriko: Well, my father is working on whales.
Dr. X: A whale?
Noriko: Yeah, that huge sea mammal. He studies something like ecology of whales.
Dr. X: Oh, I see.
Noriko: And my mother is a researcher of yeast.
Dr. X: Yeast cells?
Noriko: Yes, she is a morphologist, one of the Japanese pioneers of electron microscopy.
Dr. X: Ahah.
Noriko: And that's why I am working on eukaryotes in the middle, say, dealing with mice and rats!
Dr. X: Ha-ha!

ただし、この話題はここまでにとどめることにしている。
鯨に関する意見や感情は、多くの西洋人とは異なるからだ。

たぶん私の世代くらいまでは学校給食で「鯨の竜田揚げ」などを食べた経験があるだろう。
私はあまり美味しいとは思わなかったが、仙台では冷凍ではない鯨の刺身を食べさせる店があり、これは本当に美味しい。
やはり海にはいても哺乳類なので、赤味と肉の中間のような味というおうか、馬刺しに近いと思って頂けばよいだろう。
だが、「鯨はとっても美味しいですよ」とは、アングロサクソン系の人達に対してはなかなか言い出せない。
そんなことをしたら眉を吊り上げられてしまうかもしれないからだ。

キリスト教では人間に与えられた動物(家畜)とそうでないものが明確に区別されており、牛でも豚でも鶏でも、どんなに殺しても構わないのだが、家畜以外は「殺すなんて非人道的」という対象になる。
イギリス貴族の狐狩りはまた別なのだろうし、最近でこそ「フォアグラを作るのにガチョウの胃袋に餌を詰め込むのは酷い!」という批判が起きているが、フランス人は絶対にやめないだろう。
だから、要は文化の違いなのだが、これがなかなか・・・
とくにアメリカは捕鯨をジャパン・バッシングの格好の対象にしており(もうすぐ牛肉輸入問題も同じようなことになるのかも)、「鯨やイルカはとても頭がいい高等哺乳類。それを殺すなんてかわいそう」というキャンペーンを張ってきた。
かつて下田に黒船が寄航し、鎖国を解くように迫ったのは、脂を燃料などにするために捕鯨をしていたから、給油の基地が必要だったためなのに、そういう歴史は一切お構いなし。
エスキモーがアザラシを食べるために捕獲するのは認められるというのに。

私も、韓国では「犬肉」が滋養強壮に良いとみなされているとしても、あまり自分では食べたいとは思わない(あ、また苦手なものが見つかりましたね・・・汗)。
でも、それを食べるのは韓国の人の勝手であると思う。

ただ、犬と違うのは、鯨の場合、日本近海だけではなく、南氷洋まで出かけていくので、国際的な会議でどのくらい採ってもよいかが決められる。
今年は6月から韓国の蔚山(ウルサン)で国際捕鯨会議が開かれていたのだが、その内容は日本ではあまり報道されていない。

かろうじて鯨ポータルサイトというところからリンクしている下記のレポートに乗っているくらいだ。
http://blog.e-kujira.or.jp/
(CNNには載ったという話を聞いたが、今アクセスしてみたが記事は見つからなかった)

日本はこの会議において、簡単に言えば、この10数年で過去の乱獲時代から回復して、鯨の頭数はかなり増えたので、食物連鎖の上位に立つ鯨を適切に間引くことは、他の海産資源の有効利用のためにもリーズナブルだ、ということを主張し、これまでの保護案撤廃を求めた。
これは否決されたのだが、今回は25対30、棄権2と大健闘であった。
(でも負けは負け)

今後日本の捕鯨はどのようになっていくのだろうか。
私にとっては美味しい鯨が食べられなくなってしまうのは非常に悲しいが、若い世代の人達は鯨といえば「ホエールウォッチング」と思っていて、食べるなんて知らない人も多いかもしれない。
伝承する人、守る人がいなければ文化は廃れていくだろう。



明日は朝から東京で会議なのでブログはお休み。
お昼も夜も会議弁当という食生活はとても悲しい・・・(涙)
by osumi1128 | 2005-06-23 00:09 | Comments(0)

艮陵の謂われ

仕事前に投稿しようと思ったのだが、朝から医学部1年生の学生さん(アドバイザーをしているうちの一人)がラボを見たいというので案内したり、会議が今までかかって遅くなってしまった。

(一昨日のブログについて、追伸を書いてますので、お読みでない方は一応チェックして下さい。)

また同じブログ中の「艮陵」の由来についてコメントがあったので、手元にあるのは東北大学医学部名誉教授、桜井実先生による『艮陵の教授たち−東北大学における医学教育の源流』(金原出版)という本にあたってみた。

この本の中身に触れる前に、何故これが手元にあるかについて説明しておこう。
7年前に東北大学に赴任した際、12月の教授会忘年会というものに初めて出席したのだが、場所は先だって廃業になった「八百粂」(やおくめ)という仙台で一番由緒のあると言われた料亭。
大広間に50名以上の教授が御膳を前に座るのだが、上座には名誉教授の席があり、現役教授は「くじ引き」で席順を決めるのがルールだった。
当時、私は医学部初めての女性教授であったため、当然「万緑草中紅一点」となるはずが、さにあらず。
その理由は、なんと、この宴会の席には芸者さんが(確か5人くらい)いたのだ!
後にも先にも初めて間近で見る芸者さんだったのだが、残念、佳つ代さん(古い?)みたいな方だったら是非是非私もお近づきになりたいが、そうではなくてかなりお年上の方々ばかり(スミマセン。芸は確かでいらっしゃいましたが・・・)。
仙台ではなかなか修行を続けられるような若い女の子が来ないのだろう。
(重要無形文化財か天然記念物か?)

さて、その席で、名誉教授の桜井先生という方(整形外科)が、新任の私と名刺交換され、その後送ってきて下さったのが本書である。
その序文は東北大学の元学長であった石田名香雄先生が書かれている。

(以下抜粋)
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序 
 艮陵(ごんりょう)という言葉は東北の丘という意味である。大正五年、第二代総長北条時敬によって医学部学友会に対し名付けられたものである。
 艮の字は元々は目を光らし身を背けて戻るという意味が転じて、止まる、という義である。また方角を表す文字として用いられ、うしとら、東北方、鬼門を指す。従って艮陵は首都東京から東北地方にある学問の聖地として堅固なる丘を示すものなのである。
 この随筆集は東北大学医学部発足以来、主として戦前までに本学の伝統と基礎を築き上げた教授達の逸話集でもある。
 しかし事実をそのままに記録した写真のようなものではない。著者は自らカンバスに向かって筆を運ぶ粋人でもあるが実際に見えた映像を取捨選択して美しい芸術作品として風景がに仕上げた趣がある。
 聞き流されたまま消えていこうかとする伝承の中には、真実に迫る哲学や貴重な思想が潜んでいるものである。過去を余り知らない学徒にとって必読の書といえよう。
 昭和六十一年六月
東北大学学長
石田名香雄
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という訳で、本学出身ではない「過去を余り知らない学徒」はこうして指南書を手にするに至った次第。

ちなみに、結構面白い逸話が満載で、写真も多い。
中でも「糖尿病患者の尿は甘いか」という逸話は秀逸。
残念ながらAmazonでは売っていない。
(もしリクエストがあれば、今度掲載しますが・・・)

あ、それから忘年会のかつての風習はすでになくなっています。
八百粂が廃業したからではなく、それ以前に「時代に合わない」ということで、もっと簡単なパーティー形式になりました。
(毎年楽しみにしておられた名誉教授の先生にはお気の毒・・・)
もしその制度が続いていたら、自分が忘年会幹事のときには、コンパニオンとしてホストクラブのイケメンのお兄ちゃんとかニューハーフのお姉さんを連れてこようかな、と思っていたのですが(冗談です)。
by osumi1128 | 2005-06-22 12:43 | Comments(6)

ロゴマーク

東北大のロゴマークを入れた新しい名刺を作ろうと思った。

東北大学の公式カラーロゴは、紫、黒の2色がある。
昨日のブログに入れたのは「紫・ネガ・英文」というもので、他に「黒」バージョンでもそれぞれポジ・ネガ・英文・和文があり、さらに大きさも3種類指定されている。

(以下「東北大学ロゴマーク使用マニュアル(学外秘)」より抜粋
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ロゴマークの意味

東北大学は、このほど、初めての公式ロゴマークを決めました。ロゴマーク制作にあたり、キーコンセプトにしたのは、“creativity”“global”“tradition”です。

萩は、昔から宮城野や仙台を象徴する植物とされ、本学の種々のマークにも使われてきました。この度制定されたロゴマークの形は、萩の品格をもって世界に大きく広がっていく動きを表現しています。

公式のロゴマークの色としては、「紫」と「黒」を採用しました。「紫」は知性と創造力を、「黒」は勤勉と実践力を表しています。

東北大学は、1907年の創立以来、「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」を掲げ、世界から多様な人材を受け入れて、独創性あふれる研究と指導的人材の育成に努めてきました。創立100周年を間近に控え、東北大学は、今後、伝統を基礎に「世界最高水準の研究・教育」を創造し続けていく決意を固めています。

このロゴマークは、そのような東北大学の歴史と未来のエッセンスを表明するものです。
*********

「学外秘」の文書をここに出してよいのか、という問題がありそうだが、このページはむしろ「広報」なので、独断で良いと判断しておく。
(何か問題があれば、一筆「始末書」を書けばよいだろう。始末書を書くのは得意である。)
このブログを読まれている東北大学関係者は是非HPをチェックしてほしい。
大学のHPからリンクしています。

さて、今日はこのロゴをテーマにツッコミを入れてみよう。

d0028322_142148.jpg
「萩」がデザインに使われたのは、歌舞伎の「仙台萩」やら、銘菓「萩の月」でも分かるとおり、この地方のシンボル的植物であるからで、この点については良い判断。
でも、萩の花は本来は紅紫で、もっと女性らしい感じなのだが(画像参照)、シンボルカラーを濃い紫と黒に設定したあたりがとても「東北大」っぽいといえよう。
とくに「紫」は知性と創造力を、というのはいいとして、「黒」は勤勉と実践力を表しているというあたりが、とても実直な感じ。

赤紫は6つのサブカラーの中に入っているのだが、こちらも「可憐」という印象よりは小豆色に近くて、ちょっと年増な印象。
他には、黄緑、橙、茶、薄青、茄子紺となっていて、全部合わせて見ると、とっても和風。
キーコンセプトの「tradition」を表すのだろう。

東北大学のミッションである「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」は初代総長である沢柳政太郎博士の頃に策定されたというが、「赤本」にも載っている(らしい)。
東北大学の医学部入試では10年以上前から面接を行っているのだが、「将来はどんな道に進みたいですか?」という質問をすると、3割以上が「東北大学は『研究第一主義』を謳っており、自分も研究をしたいです」と答える。
(次に多い答えは「国際医療交流」。イラクやアフリカに行く前に、日本には無医村が沢山あるのだが・・・)
これは予備校の面接指導によるものなのか、それとも入学後の学部教育がこのような研究マインドを持続させられないせいなのか、医学部卒業生で基礎研究に残る人はあまり多くはない。
(うちの研究室はやや例外的だが)

ロゴマークでは「global」を掲げているが、留学生の中では中国が圧倒的に多いのはいかがなものか。
また、「creativity」は大変結構なことなのだが、ロゴマークのどの辺にそれが反映しているのかが私には不明。

でもとにかく「ロゴ」好きの私としては、さっそくこれを取り入れないと・・・
(近日公開予定!)
by osumi1128 | 2005-06-21 14:20 | Comments(0)