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お疲れ様

『問題な日本語』という本が売れていて、しばらく前に読んだのだが、たぶんそこに載っていなかったと思う「問題な日本語」を見つけた。

今日はスタバでお昼を食べ(豆乳のラテと初めて食す豆乳入りのマフィンーまあまあの味)、午後ラボで金曜日のセミナー用のスライドを第一段階まで仕上げた後、ジムに行ってきた。
ちょうど自宅への途中にあるので便利。
隣の駐車場が割引きになり、車でのアクセスが良いのも魅力。

さて、フロントで会員証(磁気カード)を渡し、今日はウエア等をレンタルし、2階のロッカールームに向かった。
擦れ違いざまに従業員のオンナノコがいきなり「お疲れ様です!」と明るく声を掛けた。
「まだ何もしていないのだから、疲れてないゾ」と心の中でツッコミを入れつつ、にこやかに会釈して通り過ぎる。
ロッカールームの点検をしていた別の従業員のオンナノコからも「お疲れ様です!」
「・・・だから、私はこれからワークアウトするんだから、まだ疲れてないの! 見てわかんないかなあ・・・」と口には出さずに会釈。
着替えてから3階の自分の借りているロッカーにあるシューズを取りに階段を上がると、今度はオトコノコの従業員が「お疲れ様です!」
「うーん、このタイミングの場合には、確かにワークアウト終了後と思われる可能性がない訳ではないか・・・」と考える。
とにかく、このスポーツジムでは、「こんにちわ!」という日本語の代わりに「お疲れ様!」という使い方が一般的なようだ。
(どの程度全国的か、一般的かはまだ調査していない)

4階のランニングマシンの上で30分ジョギングをし、約300キロカロリー消費した後(マシンの計算によれば、だが)、1階のアスレチッジムでマシン筋トレを25分程度こなす。
そろそろ閉館30分前でスポーツ施設の終了時間というときに、客(つまり、エクササイズしてた人)が、アスレチックジムの受付の従業員(男1名、女1名)に向かって、「お疲れ様!」と言ったのを耳にして、のけぞりそうになった。
ちょっと待て、それは自分が言うべき言葉ではないし、従業員の労をねぎらうつもりなのか???
私がアスレチックジムを出て行くときに、受付の人たちは初めて正しい用法で「お疲れ様でした!」と言った。
やれやれ・・・
(もしかすると、「お疲れ様!」と「お疲れ様でした!」は微妙に使い分けられているかもしれない)

思うに、英語の「Hello!」や「Hi!」に相当する日本語というのが探しにくい時代なのだろうか?
うちの学生は、朝は「おはようございます!」、昼頃会うと「こんにちわ!」と言ってくれるが、私はold generationと見なされているかもしれない。
スポーツジムで従業員が客に「こんにちわ!」というのは、何か丁寧さに欠ける印象があって、それで担ぎ出されたのが「お疲れ様!」なのだろう。
だって、「様」が付いてるし・・・

ちなみに、うちのお茶の社中では、ご挨拶というと「ごきげんよう」に決まっていて、これはcontext dependentに「こんにちわ」にも「さようなら」にもなる。
なにせ、先生は94歳なのだから、その時代に合わせた言葉なのだ。
もちろん、ほとんど死語のような言葉だが、これは一種の連帯感を示すための符丁のようなもの。
私たちは面白がって使っている。
by osumi1128 | 2005-07-31 20:49 | Comments(2)

今日は暑かった・・・

さすがに仙台も今日は朝から「気温が鰻登りに上昇し」という言葉が似合う、いかにもという夏日だった。
(私はウナギが上るという状態を見たことはないのだが・・・)
こういうときは昼間ラボにいるに限る。

そういえば、昨日仙台駅に戻ったときに、毎年恒例の七夕飾りが出ていたのだが、なんとなくJRの今年のものは予算削減したような気がする。
吹き流しのような下の部分の和紙が、白くて何も模様がないものなどが多かったのだ。
きっと一番町などの商店街のものはもっとゴージャスだと思うのだが、明日でもチェックを入れてこよう。

来週は前半にREDEEMという人材育成プログラムの細胞生物学・分子生物学実習を請け負っており、木曜日が大阪でとある研究会、金曜日は京大でセミナー、土曜日は東京でシンポジウムとなっている。
予定を入れるときには、わざわざこの暑い8月に大阪に行かなければならないのなら、ついでに京都に寄ってから東京のシンポジウムに出よう、とかる〜く考えてしまうのだが、間際になると、大阪と京大で話すのは全く違う内容だから2つプレゼン用ファイルを作らなければならない、と焦ってくる。
しばし考えた末に、今回はKeynoteではなく、すでにあるPowerPointファイルを元にして、学生さんの新しいデータ(こちらもPowerPointに貼り込んでもらっている)を足すという方針に決定。
(選択肢があるとかえって迷う・・・)
午後から3時間くらいかけて、聴衆に合わせた取捨選択をして、新しいファイルの第一バージョンが完成。
ここまでやっておけば、明日から数日病気になっても、木曜日までに体が治ればなんとか往路の飛行機の中で最終版に持ち込むことができる。
機械もファイルも直前に酷使すると壊れやすいというのがマーフィーの法則。

金曜日の分は明日に回す予定。
こちらは京大再生研の仲良しのSさんにお世話頂くもので、昨年もセミナーさせて頂いたので違うトピックにしないと、と思って気張ってみる。
(ちなみに、夜は美味しいイタリアンが待っている!とのこと。目下このニンジンを目の前にぶら下げて走ろうとしている次第)

今日のお持ち帰り作業はニュースレターの校正。
昔なりたかった(というよりは、やってみたかった)職業はいろいろあるのだが、雑誌の編集者というのも、確か「アンアン」「ノンノ」などの雑誌が創刊された中学時代に考えたことだ。
今でも「雑誌オタク」に近いものがあり、新しい雑誌が創刊されると必ず読んでみたくなる。
といっても、あまり年齢層や趣味の違うものまでは手が出せないのだが・・・
現在定期購読しているのは、和楽とElle a Table。
後は出張の行き帰りなどに駅で購入。
・・・ああ、先週は土日がなかったので、今日明日中に少し片付けないといけない。
それよりも、オフィスの机の上がとんでもない状態。
やれやれ、ちょっと現実逃避して、見ないこととする。
by osumi1128 | 2005-07-30 17:29 | Comments(2)

学会の国際化

やれやれ、仙台はやっぱり涼しい。
まだ梅雨が明けておらず、今日も夜に雨。

数日ラボを空けるとそれなりに仕事がたまる。
最近はメールの転送をチェックしていて、半分くらいは片づけておくのだが、やっぱり大学のアドレスから返信しないと困る場合などもあり、まずは受信簿の仕分けをして、すでに用事は済んでいるもの、今すぐ返事を書いてしまって片づけるもの、少しゆっくり時間をかけて対応すべきものに分類する。
(これはホリエモンのメール術に準拠している)

学会のことで一つ書き忘れたことがある。

日本神経科学学会は、北米、欧州に次ぐ神経科学の第三の拠点を目指しており、数年前から「国際化」の取り組みが始まった。
日本の学会では「国際化=英語化」を意味する。
今年はより徹底してきていて、すべてのシンポジウムは英語になり、タイトルは英語併記(英語のみでも可)、ポスターやスライドの内容は英語、一般の口頭発表は日本語可、というルールだった。
また、海外からの若手研究者の参加を促進するためにTravel Awardを出し、アジアやオリエントからも参加者があった。
抄録集のプログラム一覧のところに英語が併記されていないなど、まだ見落としがあったものの、東大の宮下大会長のご努力により、全般的に昨年よりもかなり英語化されてきた。

シンポジウムで外国人のゲストスピーカーがいなくても英語というのは、きっと演者も聴衆の大多数も抵抗があったことと思う。
だが、フロアには「日本語が不自由な人」が少しでもいるかもしれないので、英語を使おうという主旨に従ったのだ。

シンポジウムは、いわば大人の発表が多いから、まだそんなに問題はない。
だが一般口演で、日本語でのオーラルも経験が浅い(おそらく学生さんと思われる)人が英語で発表すると、まあ、発表は相当練習もするだろうから良いのだが、質疑応答になるとボロボロ、メタメタになる。
これは仕方ないとはいえ、本当に良いのかどうか・・・

すべての学会で英語化が進むと、それに対応すべく、ラボでも英語のトレーニングを強化しないといけなくなるだろうが、それは本来「研究」を教える指導教員に求められることなのだろうか?
本音はもっと以前に学部あたりでこなしておいて欲しいと思うし、でも自分のところの学生に恥をかかせたくない(→自分も恥ずかしくないようにしたい)。
英語のトレーニングに時間を費やして、本来の研究遂行が遅れても構わないとすべきなのかどうか?
悩ましいところだが、私自身は大学院生には後々まで役立つ基礎体力(基本的な文章力、プレゼン力、コメント力など)を、研究技術と並行して養って欲しいと考えている。

さて、この英語化でもう一つ気が付いたのは、英語で発表すると日本語より難しいことが言えなくなるため、少々遠い分野の研究内容もスピードが遅く、分かり易く、その結果、臆せず質問できるということだ。
私は発生生物学→神経発生学と進んで、さらに現在では心の病気にからんだところまで気になっている。
昨年の学会まででは「精神疾患」とか「行動解析」などのセッションで積極的に質問することがなかったが(先に専門家が専門的な質問を始めてしまうので)、今年はかなり突っ込みを入れることができた。
・・・という訳で、これはちょっと変わった英語化の効用。

それにしても、ある外国人スピーカーは非常にスマートなPowerPointを作っていて、とても参考になった。
カスタムなアニメーションもさることながら、画面の端に今どのポイントを話しているのかがナビゲートできるようなサインを入れていた。
さっそく取り入れてみようと思った次第。
他人の発表というのは、中身に興味がなくても無駄にはならないものだ。
by osumi1128 | 2005-07-30 00:36 | Comments(8)

NPO法人 脳の世紀推進会議

学会の間にはいろいろな関連行事がある。
今日の昼食時は「NPO法人 脳の世紀推進会議」の報告会が開かれた。

3月に行った仙台二高での後援会はこのNPOの支援により行われたものだ。
http://www.braincentury.org
これは全国的な脳研究関係の組織で、今のところ会員数は200名弱。
世界的な脳科学の啓蒙活動として始まった「脳の世紀」をサポートする他、「脳の世紀シンポジウム」を開催している。

報告会では、全国14箇所の今年の取り組みについての報告があった。
それぞれが地域と連携したり、地元の高校に出前授業をしたりと工夫をこらしている。
自分の若い頃とはえらく状況が変わり、サービスが良くなったものだと感心。
でも、このような取り組みがどんな風に生かされていくのか、教育とか啓蒙というものは即効性がないので、それを見届けることができるかどうか・・・
たぶん、ボランティアでサービスする人たち自身が楽しんで行う気持ちがないと、きっと成り立たないと思う。
by osumi1128 | 2005-07-28 14:14 | Comments(0)

Rusty

昨日のDr. Fred Gageとのディスカッションは非常に有意義だった。
トークでは話さなかったデータについても情報を得ることができたし、こちらの仕事の内容をかなり印象づけることができたと思う。

夜はシンポジウム関係者とともに中華街に繰り出した。
みなとみらい線に初めて乗ったが、クイーンズスクエアの真下に乗り入れていて非常に便利。
中華街駅から中華街にも数分の近さだ。
逗子というところに長く住んでいたので、横浜は庭のような気がしていたが、なんだかすっかり観光地化されてしまった気がする。

内輪の懇親会に集まったのは総勢30名。
大きなテーブル3卓で、フリードリンク&7品くらいのお料理で食べきれないくらい。
Gageの隣だったので、さらにいろいろくだけたお話ができた。

彼のいるSalk Instituteに2年前にヴィジットしたとき、それまで面識がなかったのだが、以前HFSPのグループだったSam Pfaffに紹介してもらって、初めて30分くらいディスカッションした。
現在奈良先端大にいるNさん(これってイニシャルにしてもほとんど意味なし)にも、このとき初めてお目にかかり、先日セミナーに来てもらった次第。
その折に、Samが「Rusty、ディスカッションの時間あるって」と言って、「Rustyって誰?」「ああ、Dr. Gageのことだよ」「なんでRustyなの?」「うーん、よく知らないけど、小さいときからのニックネームで、みんなそう呼んでるね」
・・・という訳で、彼をファーストネームで呼ぶ際には、知っている人は皆「Rusy」と呼ぶ。

同じテーブルにいた人が、「Rustyって、ちょっと変な名前ではありませんか?」と聞いた。
(rustyとは、さびた、とか鈍い、とか嗄れた、など、ややネガティブな形容詞だ)
Rusty曰く、彼の曾おじいさんも、おじいさんも、お父さんもFred某というファーストネームで(非常に珍しい!)、彼の小さいときには彼の周りで「Fred」といえばおじいさんのことを指し、お父さんが何というニックネームだったか聞き損ねたが、彼はだからRustyと呼ばれていたとのこと。
そして、彼は比較的若くして結婚したとのことで、奥さんは彼のことを昔からのニックネームでRustyと呼ぶので、周りの人たちが自然とRustyと呼んでしまうようになった。
「新しい職場でFredという呼称を浸透させようとしたんだけど、やっぱり駄目なので諦めたよ」

ちなみに、San DiegoにはRustyナントカというサーフショップがあるとかで、彼はRustyと書かれたTシャツをたくさんもらってしまうとか。

Rustyはもう何度か来日されているが、一番最初は20年前、横浜とSan Diegoが姉妹都市で、何か記念の行事があって、その折に何人かの科学者が招待されたときとのこと。
先日このブログに仙台とSan Diegoの関係について書き込んだが、横浜と姉妹都市だとは知らなかった。
確かに、陽光溢れる海岸、というイメージだと、横浜の方が暖かいから近いかもしれない。
でも、横浜って港はあるけど、いわゆるビーチはないのだが・・・
(なんかちょっと悔しい気持ちだったりして・・・)
今度是非Salkでセミナーをして、その折に仙台エリアと聖Diegoとの関わりについて宣伝してこなければと思った。

追伸:
彼のお子さんはお嬢さん二人で、Fredの名前の継承は彼でいったん途絶えたらしい。
by osumi1128 | 2005-07-28 08:00 | Comments(0)

発表終わり

今朝は8:30からのシンポジウム、しかもトップバッター。
朝が苦手な私としてこれほど辛いことはない。
7時に起きてルームサービスで朝食を頼み、スライドの最終チェックをして、10分前に会場へ向かう。
(こういうとき、近いと便利なのだ。つまり、方向音痴+朝が苦手の両方のために、会場隣接のホテルを選んでいることになる)

一番大きなホールはさすがに8時半だとまだガラガラで、ちょっとやる気をそがれる。
しかも、同じセッションの最後に話す予定のFred Gageの姿がまだ会場になくて、さらにがっかり。
まあ、前座だから仕方ないなと諦め、アドレナリンを上げようと努力する。
Keynoteでの初プレゼンは、85点くらい。
とにかく時間をきっちり終わるようにオーガナイザーからは厳しく言われたので(直後が中西重忠先生の特別講演のため)、途中数枚のスライドをはしょり、20秒前に発表を終えたのだが、最後にCollaboratorsのスライドを見せるのを忘れてしまったのだ。
これはプレゼンとして大変失礼なことだ(深く反省)。
質疑応答はやっぱり頭の働きが悪くて、言いたいことを120%伝えられなかったので、80点というところか。

6人のスピーカーで、最後のスピーカーのGageが5分オーバーしたが、これはPlenary Lectureに呼んでいるくらいなのだから、多めに見てあげないといけない。
でも、時間が押しているから質問なしというのは、ちょっと可哀想。
Plenary Lectureは仕方ないとして、Symposiumなんだから・・・

その後の中西先生のお話は、お若い時に何を考え、どんな風に研究していらしたのかが分かって意義深かった。
冒頭に紹介していたSydney Brennerの言葉が面白かったので、ここで紹介しておこう。

Progress in science depends on new techniques, new discoveries, and new ideas, probably in that order.

中西先生ご自身も、常に時代の最先端のテクニックを取り入れて研究を進めてこられた。
私も同感で、技術の開発がブレイクスルーに繋がると信じて、例えば培養哺乳類胚を用いたelectroporationなどを確立してきた。
同時に、廃れてはいけない技術を伝承することも大切だと思う。
例えば、電子顕微鏡技術などは、キットでできないので若い世代の方があまり行わない傾向があるが、これはとても重要だと考えている。

さて、これからFred Gageとディスカッションの予定。
午後のセッションの後には、午前中のシンポジウムの演者とその仲間たちで中華街に繰り出して打ち上げの予定。
幸い台風は昨晩抜けていって、今日は良い天気だ。
by osumi1128 | 2005-07-27 13:20 | Comments(4)

Neuro2005

日本神経科学学会は会員数4551名(7月15日現在)の学会で、今年は第28回目の大会となる。
バイオ系に属する学会の中では、学生会員が約10%というのがちょっと以外。
学生会員の会費は年3000円なので、決して高いとは言えないのだが、何故なのだろうか?
よって、女性会員の比率も比較的低い方で、四捨五入すると10%くらい。
ただし、学生会員と正会員の女性会員の比率が変わらないというデータがあって、これは、この業界に入ってくる女性研究者がちゃんと生き延びているということを示すと解釈できる(神経科学ニュースより)。

今日は朝8:30からセッションがあり、総会、懇親会もあった。
今年の大会会長の東大の宮下さんは大会運営について様々な改革を試み、ポスター会場には招福門という中華街の店が出店していたり(昼ご飯にフカヒレ丼+焼売を食した)、懇親会費は学生1000円という破格の会費にして人数を集めたり、プレゼンではWindowsの方たちはPCセンターでデータを移して、自分のコンピュータは持ち込まないスタイルにしたり(Macは持ち込みらしい。これで経費削減になるとのこと)と、細かな点でもいろいろ頑張っておられた。
今後ますます大きな学会として活動するためには、いろいろな改革が必要であろう。

シンポジウムはすべて英語、ポスターの表示も英語となって、ずいぶんとグローバルな様相になってきた。
演者がすべて日本人でも、会場には外国人がいるかもしれないから、英語でやってしまおうというのは、抵抗があるかもしれないと思ったが、私があちこち梯子した会場では、そんなにトラブルもなく進行していたと思う。
・・・私が大学院生だった時代とは隔絶の観がある。

それにしても、英語を母国語とする人たちは、なんと恵まれていることか。
いや、そう思うよりは、彼らはそれしか言葉がないことを哀れむべきであろう。
それは、私自身が日本語でいわゆる「標準語」しか喋れないことを悲しむからである。
もちろん、私自身はなるべく美しい「標準語」を喋るように心がけているのだが、その土地それぞれの言葉を持たないのは、とても残念だ。
流暢に喋っても、中身がなければ何にもならない。
英語化という問題は、いかにコミュニケートするかということであって、ただ言葉を発すればよい訳ではない。

・・・ふと思い出したのだが、中学時代のボーイフレンドが女性と付き合う条件として「箸が正しく持てる、尾頭付きの魚を綺麗に食べられる、れる、られるを正しく言える」ということを挙げていて、「これから先、そんな条件を掲げていたら、誰も見つからないよ」と以前進言した。
毎年年賀状が来るが、一向にその気配はないようだ。
やれやれ・・・

追伸:
先ほど見たら、この投稿がちょうど101件目であった。
by osumi1128 | 2005-07-26 23:03 | Comments(2)

白川静

今回の出張のお供に連れてきた本は、中公新書の『漢字百話』。
白川静著、初版が1978年で、私が求めたのは2002年の第24版。
凄いロングセラーだという理由が読んでみて分かった。
一つも古さを感じさせないのだ。

ちょっと象形文字について調べたいと思って、Amazon(インターネット本屋の草分け)で数冊購入した中で、読み応えがありそうだと思って持ってきた。
(複数の文献に当たるのは研究者の鉄則だ)
この本には、様々な漢字の起源について、甲骨文、金文に造詣の深い筆者が字形学的な解説を加えている。
これまで、なんだかこじつけだなあと思っていた象形文字や会意文字について、目から鱗の説が書かれていて驚いた。

例えば、「口」が付く漢字には三系統あり、耳口の意味での口から派生した漢字はむしろ少なく、一番多いのが、神に祈り霊を祀る祝詞(のりと)を入れる器を象徴するもの、次いで区画や囲われた場所を示す意だという。
「名」という字は「夕には口で名乗る」式に説明されることが多いが、そうではなく、この字の上部は「祭肉」を、下部が祝詞を入れる器を表しており、子供が成長して一定の年齢に達したときに、氏族員としての「名」が与えられ、それを祖先の霊に報告する、その儀礼を表す「映像的字形」なのだ。
筆者は、様々な呪術や神や祖霊との交流の儀式が盛んに行われていた三千年以上前の生活習慣に遡り、漢字の本意を説き明かしていく。
象形文字は、具象というよりは象徴であることを知った。
つまり、多くの漢字はまさにビジュアル系なのだ。

彼の学説は約30年前、当時の学会に新風を巻き起こしたものであったらしい。
なぜなら、それまでの権威による説は甲骨・金文時代の出土品がない頃、篆書などをもとにした想像であったからだ。
新しい証拠が新しい学説を生むのは、どの世界も同じだと思った。

もう一つ興味深いと思ったのは、一つの漢字にさらにパーツを足して新しい意味が生まれたり、ある漢字が表す意味が膨らんでいったときに、そこから派生させたちょっと違う漢字に特別な意味を与えていったということ。
まるで遺伝子重複とその機能分担のようではないか。

とにかく、720円の新書ながら、その情報量はかなりのもので、実はまだ最後までは読み終わっていない。
研究者の多くが学者ではない時代に、この人は本当に学者なのだと感じた。


ふと、ホテルの部屋に置いてあった『風の旅人』という隔月誌をめくると、巻頭のエッセイを書いているのが、なんと白川静だった。
なんたる偶然、と思ってプロフィールを読んでみると、
<以下引用>
20世紀の日本が生んだ世界の大学者。博大すぎる学識と独創性のため、孤高の道を歩んできたが、近年、急速にその偉大さが認識され、立て続けに大きな賞を受賞する。中国や日本の神話、漢字の起源、民俗学を融合した白川静学は、中国の歴書上の大学者の論を超越する。80歳を超えて、字統、字訓、字通という数千ページにもわたる漢字と古語に関する辞典をたった一人で完成させ、世間をアッと言わせる。94歳の現在でも、並外れた探求心を持ち、時代感覚も抜群であり、学問の総合力はいっさい衰えを見せていない。2004年、文化勲章受章。
<引用終わり>

文化勲章というものは、まさにこういう方にこそ相応しい。
ただし、その栄誉を93歳まで与えなかったというのはどうかと思うが。

かつて日本の文化はこのような映像的漢字をも取り入れ、さらに仮名文字をあみだし、中国の文学等も貪欲に取り入れ、消化するエネルギーを持っていた。
やたらカタカナの多い昨今のIT業界やバイオ業界を支える人間には、日本語化するだけのエネルギーがないのか、それとも物事の移り変わりが早すぎるのか・・・
事情は外来語に音で合わせた漢字を当てる中国の現在も同様といえる。
by osumi1128 | 2005-07-25 22:57 | Comments(2)

忘れ物は無事に到着

コンピュータ関係グッズは先ほど無事に到着。
日本の宅急便の迅速さと正確さに感謝。

ちなみに昨日、母への連絡はファックスおよび携帯への留守電に入れたのだが、そのどちらも最初気が付いてもらえなく、このブログに書かれた記事を見て、私の携帯に「大丈夫?なんか大変なことになったみたいね・・。」と電話してきた。
ブログというものがこういうコミュニケーション手段としても働きうることを自覚。

今日はUnraveling higher brain functions: recent progress with animal modelsというサテライトシンポジウムで、MITの利根川さんもスピーカーの一人だった。
午前中のセッションが終わってランチをし、宅急便が届いているのを確認して、電源をつないだ。
やれやれ、これで明後日のシンポジウムは(たぶん)無事だろう。

ひとまず安心して会場に戻るとしよう。
by osumi1128 | 2005-07-25 13:55 | Comments(0)

忘れ物

新宿から横浜は湘南新宿ラインで乗り換えなしに行けるようになった。
快速だと30分しかかからない。
ただし、始発の駅も終着駅もえらくいろいろなバリエーションがあって、まるでヨーロッパの中距離電車のような感じだ。

今日のサテライトシンポジウムは理化学研究所主催で5時からがポスターセッションだったが、とりあえず横浜のホテルにチェックインした。
今回はポスターも他の荷物も宅急便で事前に送ってある。
(日本はこういうときに便利な国だ。ただし内需の拡大的ではあるが)
方向音痴の私は学会会場に最も近いところに宿泊するのを原則としている。
例外はちゃんとアテンドして下さる方がいる場合のみ。
もう夏休みが始まったので、ホテルの中は家族連れが一番多いようだ。

会場に行こうと思って、ハタと気が付いたら、送った荷物の中に学会の抄録集およびサテライトシンポジウムの情報、その他もろもろの書類が入っていないことに気が付いた。
うーん、土曜日の朝にそんなにバタバタした訳ではなかったのだが、前日、岡本さんたちと飲んだ日本酒の影響か、いつも以上に脳が機能していなかったようだ。
さあ、どこなのだろうと思って、まずコンピュータをインターネットにつないだ。
(ここのホテルは無料の無線LANがあって環境はよい。)
Googleで神経科学学会の大会ホームページに入ってみたが、そこにはこのサテライトシンポジウムがリンクされていない!
やれやれ・・・と思って、大会運営のいわゆる学会屋(今回は大手のコングレ)に電話してみると、サテライトは管轄外とのことで詳細不明。
理化学研究所が主催とのことまで情報を得て、今度はパシフィコ横浜の受付に電話してみると、5時から会議場3階で行っているとのこと。
ポスターを貼ってしまおうかと思って行くと、まったく人気がないが、ポスターを貼るボードは用意されているので、間違いないと確認し、部屋に戻る。

さて、では時間までブログの投稿でもと思って、PowerBookの電源を探したら、こちらは新宿の実家に置いてきてしまったことが判明!
まったく、不注意の連続だ。
実家宛にファックスを入れ、母の携帯にメッセージを残したが、さていつ気が付いてくれることやら・・・
(腰痛の治療に一足先に出かけてしまって、帰宅は何時頃になるのか不明)
電源だけでなく、液晶プロジェクタとのコネクタもメモリスティックもその中に入っているので、これは発表に差し支える。
PowerBookの12インチは、ちょっと特殊なコネクタなので、あまり他人のを借りることができない。
しかも、今回はKeynoteで作ったから、誰かのコンピュータに移してプレゼンするということもほぼ不可能なのだ!

・・・とまあ、こんな状態で今から学会に参加することになるのだが、命に別状がある訳ではないし、今のところ取り返しのつかない事態とまではいっていない。
大いにサイエンスをエンジョイしてこようと思う。
by osumi1128 | 2005-07-24 16:11 | Comments(0)