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帰国しました

無事に帰国しました。
荷物も無事に出てきて、No claim記録をさらに更新しました。

ロンドンからの機上で始めてインターネットにつなぎました。
ボーイング社と提携しているところのもので、幸いヒースローでキャンペーンとして1時間のprepaid cardを配っていたのを頂きました。
以前の電話回線よりは早いですね。
つないでいる間、途切れたことはありませんでしたが、それはときどきの運行状況や機内での使用頻度等によるでしょう。

昔、ネットでのメールのやりとりには、見えないくらい小さな小人さんたちが数珠つなぎになって狭いケーブルの中を通っていって、相手先のコンピュータで文章や図になって再現される、というような図をつい想像してしまっていたのですが(ハリーポッターの伝書フクロウというよりも、もう少しゼロワンに細かく分割されたものとして)、最近では無線LANもあるし、ましてや今回のように地上数千メートルの飛行機の上からも小人さんたちがものすごい速度で飛び回っているのではないかと想像してしまい、すごい世界になったものだと思います。
トラブルがあって当たり前くらいで、小さな小人さんがどこかで一人や二人抜け落ちてしまうくらいのことは日常的にあっておかしくないのではないかと思えてきます。

帰る日の朝は、ネットに繋ごうとして1時間以上トラブりました。
結局はその会社のどこかのエリアのサポートトラブルだったのだと思いますが、運悪く携帯もエリアの切り替えを忘れてつながらず、ホテルのロビー(無線LANが使える)と自分の部屋(問い合わせの電話をかけるため)を何度も行き来する羽目になり、一体何のためにこんなことをしているのかと思いました。
普通にできるはずのことができないと、本当に精神状態が悪くなります。

でもまあ、身の安全は確保され戻ることができたのですから、それ以上を望むのはtoo muchというものでしょう。
by osumi1128 | 2006-03-30 00:39 | Comments(0)

サイモンの家事手伝い

実はすでにヒースロー空港からのエントリーです。
ロンドンのホテルは部屋からアクセスできず、ロビーの無線LANを通じてプロバイダと時間契約をしたのですが、高いですね・・・
1時間で6ポンド(1500円くらい)、アメリカなら普通この値段で部屋から24時間高速ネットにつなげます。
しかも、今回2回トライしたのですが、登録システムが複雑なのと、運悪く繋がらない事態もあったりして、もうさんざんな目に遭いました。
イギリスに対する評価を下げていますね・・・
ここのエントリーはまだエジンバラのものになりますがご了承下さい。

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日本語で「家事手伝い」と言うと、未婚のお嬢さんの職業とみなされてしまうような「性別役割分担」はフェミニストの方たちが目くじらを立てるマターの一つだろう。
何度かこのブログに関連するエントリーをして、いろいろなコメントも頂いたが、私はまず「生物学的に女性と男性は異なる」というところに軸足を置く立場である。
ただし「異なる」ことは必ずしも「差別」を意味しないと思う。

そういえば、エジンバラ滞在中に面白い新聞記事を読んだ。
ヒトとチンパンジーのDNAを比べると約98%が相同である。
すなわち、DNAレベルでチンパンジーは98%ヒト的であり、線虫は70%、なんとバナナは(そんなものを比べるのは無茶苦茶なのだが)50%ヒトと同じとのこと(正確かどうか分かりません。ごめんなさい)。
その場合に、バナナよりも線虫が偉くて、それよりもチンパンジーが偉いと考えるのは、ヒト中心的な傲慢な思想だと私は思う。

話が逸れたが、エジンバラ滞在中、ヴェロニカのご主人のサイモンがどのくらい家事に参画しているかウォッチしてみた。

まず、朝ご飯の用意の一部はすでに前の晩のうちに始まる。
夕ご飯の片付け(後述)の後、朝食用の食器としてシリアルボウル、カップアンドソーサー、ジュース用のグラス、スプーン、布ナプキンを食卓に並べ、さらにそのシリアルボウルの中に各種の薬(降圧剤とかコレステロールを下げる薬物とか)とサプリメントを入れておくのはサイモンの役割である。
翌朝、コーヒー豆を電動ミルで挽いて(必ずしも毎日ではない)、コーヒーを淹れ、ジュースを注いでおくのもサイモンだ。
私がシャワーを浴びて食堂に降りていくと、サイモンがコーヒーを注いで下さり、私は自分で食べる分のシリアルを硝子の入れ物から取って、ミルクを注ぐ(食卓に載せるシリアルが箱のままではないところにこだわりがあるとみた)。
食べ終わるとそれらの食器をdish washerにセッティングするのもサイモン。
というか、dish washerは彼の管理下にあるようで、ご夫婦二人のときなどに一度の食事でdish washerが一杯にならないと、1日分くらいは溜めておくようだが、その判断はサイモンがしている。
この辺の合理性がないとhouse-keeping sharingはうまくいかないとみた。

普段のランチはヴェロニカはたいていヨーグルトと果物を家から持って行くだけ。
サイモンは外で食べているらしい。

で、自宅で夕食を食べる日には、ヴェロニカが料理を作る間に、サイモンはdish washerから食器を片付け、テーブルクロスを掛け(たぶんお客様バージョン)、夕食用の食器とともに布のナプキンやカトラリーを並べ、料理が出来るのを待つ。
ヴェロニカの偉いところは、料理を作るそばからキッチンを拭いたり、鍋釜を片付けたりするところだ(私は食べる方が気になって、つい後回しにしてしまう)。
食べ終わると再びサイモンがdish washerに汚れた食器をセッティングし、朝食の準備に取りかかる。

上記は普段のサイクルで、一緒に過ごした土曜日の様子は以下のような具合である。
だいたい普段と同じ朝食の後、8時から開いているMarks & Spencer(デパートの高島屋みたいなものだと思って下さい)の食料品売り場に車で1週間分の食料を買い出しに行く。
よく分からなかったが分担が決まっているらしく、店に入るとサイモンはさっさとカゴを持って歩いていく(たぶん、朝食用のパンなどが担当なのだと思う)。
この日は他のご夫婦もお呼びして5人のディナーになるので、ちょっと量の多い買い物になったと思う。
ヴェロニカ曰く「Marks & Spencerのはちょっと高いけど、その分品質が良くて長く持つから、結局お買い得なのよ」
ちなみに、このときびっくりしたのは、数年前よりも「半調理品」の種類が豊富になったことだ。
冷凍食品ではなく、冷蔵レベルのもので、メインの肉か魚料理+付け合わせのセットなどが、後は電子レンジをかけたり、グリルすれば良い状態になっている。
とにかく種類が豊富で、しかも栄養価を考えたアレンジになっており、作り方の説明も簡潔かつ分かりやすい。
半調理品というとアメリカのTVディナーのような悪いイメージしかなかったが、このレベルならかなりの線を行っているとみた。
こういうものを使うことに罪悪感を感じると、work & life balanceは難しい。

さて、この日は特別だったので、さらに別のお肉屋さんやチーズショップにも行ったが、戻ってきてヴェロニカはデザートのチョコレートムースを作り始めた。
そのお手伝いをしながら横目で見ていると、サイモンは地下室からアイロン台とアイロンを食堂に持ち出して、乾燥機一体型洗濯機で上がった洗濯物にアイロンを掛ける。
ナプキンやテーブルクロスにも綺麗にアイロンを掛けておられるのを見て、かなりの頻度でクリーニング屋さんに出してしまう自分を反省。
まず、アイロン台を買うところから出発しないと駄目かも。

・・・という具合で、何でもこなしてしまうサイモンである。
彼のお母さんがすでにworking motherだったので、小さいときから仕込まれたらしい。
高校からはboarding school(いわゆる寄宿学校)だったのも、基本的に自分で出来ることは自分でする、という精神を培うのに役立っただろう。
あまりにもorganizeされた行動パターンで、一緒にいると疲れるか楽かは、相手次第かもしれないが、「週末の昼食は12時半から」という決められたパターンを受け入れられるのであれば、きっとものすごく有り難いbetter halfであろう。
あ、ちなみに御年は63歳でヴェロニカの3つ上、知り合ったのはCambridge時代で、ヴェロニカはまだundergraduateの21歳でご結婚。
生化学についてのエッセイを書くのに、大学院生の先輩として後輩を指導したのが二人の馴れ初め。

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この日のディナーは他にジリアンとジョナサン夫妻が加わった。
実はヴェロニカよりも昔からの知り合いで、とくにジリアンについては大学院生だった頃、彼女の論文のコピーを擦り切れるほど読み、オックスフォードでPIだなんて凄いなあと憧れていた。
ジョナサンはエジンバラ大のfacultyで、最初、長く未亡人であったジリアンのボーイフレンドとして紹介して頂いたのだが、私が仙台に越したばかりの頃にJSPSで日本滞在したジリアンに同行された折に、やはり松島にご一緒した。
ヴェロニカと知り合う前にエジンバラに行ったときには、ジョナサンのお宅に泊めて頂いたこともある。
お二人は数年前に正式に結婚されたが、普段は別れて生活しており、週末にたいていジリアンがエジンバラに来るパターン。
ジョナサンはこれがまた家事を何でもこなせる方で、しかも日本料理(と彼が主張するもの)まで作ったりされる。
どちらかというとジリアンの方が食に対する執着心が弱く、彼らのところではジリアンがお皿洗いに回るという役割分担になっていたようだ。
お年はジリアンが62歳くらい、ジョナサンが60歳くらいだったはず。
日本の状況を考えると、20年くらい先を行っているのかなあと思った。

ディナーのメニューは、1st courseが鶉の茹で卵に人参のサラダ、2nd courseが鴨の胸肉の煮込みに野菜のグリルの付け合わせ、そしてチョコレートムース。
鶉の卵はもちろん、ただ茹でたものを食卓で殻を剥き、クミンを加えた塩を付けて食べるというシンプルな料理(うちのラボでもできる!)。
クミンの香りがちょっとモロッコ風だ。
鴨の方は、まず薄切りの人参、みじん切りの玉葱、角切りのパンチェッタ(ベーコンと生ハムの中間のようなイタリアのもの)、風味付けにタイム、クローブ、シナモン(丸ごと)を加えて、少量のオリーブオイルでソテーし、さらに角切りトマト缶を汁ごと加え煮込む。
一方、鴨肉は表面に美味しそうな焦げ目が付くくらいにソテーした後に、隣の野菜を煮込んでいる鍋に加え、少々煮込む。
ヴェロニカはここまでをお客様が来る前にしておき、顔が揃ってからもう一度お鍋を火に掛け、さらに栗を加えていた。
元々のレシピを見せてもらったが、どちらかというと秋から冬の初めの料理だ。
付け合わせの野菜は、スクワッシュという、瓢箪のような形をしたカボチャの一種とジャガイモを乱切りにし、皮をむいたエシャロットとともにグリル用の角皿に入れ、塩胡椒とオリーブオイルをかけて、後は暖めておいたオーブンに放り込むだけ。
「なるべく席を立たないような料理を心がけている」とはヴェロニカの弁。
私はお客様が勝手に喋って盛り上がっている声を聞きながら、キッチンで仕事をこなすのも結構好きだけど。
by osumi1128 | 2006-03-29 00:38 | Comments(6)

Veronicaのお宅

エジンバラの話の続きです。

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今回ホストになって頂いたVeronica van HeyningenはMedical Research CouncilのHuman Genetics Unitの方で、マウスとヒトの遺伝学を駆使した仕事をされている著名な方だ。
「ポスドク時代からずっと同じところで働いていて、気が付いたらもう30年だわ」と言っておられた。
ご主人は生化学がご専門だが、今ではエジンバラ大学の副学長の立場になられている。
エジンバラのお宅に泊めて頂くのは3度目になるが、ヴィクトリア朝時代、より正確には1840年代の建物で、4人目の所有者になるという(ちゃんと台帳があって登録されている)。
同じ通りにはなんと発生学者のWaddingtonが住んでいたらしい。
2階建てでFront gardenとBackyardがあり、1階にはキッチン、ダイニングルーム、書斎、sitting room(日本でいうところのリビングルーム)とゲスト用のシャワー&トイレ、2階にはご夫婦の寝室の他に、もう独立したお子さんが使っていた部屋が2つとバスルーム、あとは広い地下室が食料品や普段使わないさまざまなものの置き場になっている。
私はいつもお嬢さんのElenaが使っていらしたお部屋に泊めて頂くのだが、天井が3メーター以上あり、広さは40平米くらいだろうか、普通のホテルの部屋よりも広いくらい。
片側の壁面には大きな窓があってbackyardの緑の芝生が見える。
その両側には作り付けで棚板を渡しただけの本棚があって、お嬢さんが高校から大学の間に読んだものだろうか、さまざまな本がずらっと並んでいる。
床は昔ながらの木張りで、ちょっとギシギシ鳴るのが、古いお家の証拠。
やはり作り付けになっているドレッサーのところに小さな洗面台もあって、ゲストには有り難い。
家の中にはかなり古いものからモダンなものまでアートに溢れているだけでなく、どこもかしこも綺麗に片づいていて、ああ、こういう家に住みたいものだといつも思う。

Veronicaは元々ハンガリーの出身で、着いた日の夕食のメニューは、ポークのハンガリア風ソテー(パプリカを使う)に付け合わせがポテトと空豆を茹でた物、Thatユs allで、お皿1枚で事足りる。
2 course dinnerになるとゴージャス版で、レストランでの食事やちょっと正式な招待ディナーだが、普段はこんなものか、さらに簡単らしい。
日本に限らず東洋系の食事は品数が多いことが御馳走の印という伝統があって、家に人を招く場合にもつい気張って何品も用意することが多いが、アメリカ人やイギリス人のスタンダードはだいたいこんなものだ。

朝はシリアル、ジュース、コーヒー、Simonはさらにトーストというパターン。
ジュースがブラッドオレンジで「甘みが少なくて最近のお気に入り」とのこと。

Work & life balanceを取るのには、ハードウエアで解決できることもあるのではないかと思う。
例えば、大きなdish washerがあれば、食事の後片付けは一気に楽になるし、誰でもできる。
汚れたお皿を放り込んで洗剤を入れてスイッチをオンにすれば、見た目にもかなり片付いたことになって、精神衛生上好ましい。
うちにもビルトインの食器洗い機があるが、容量はこちらの半分程度だろうか。
それでも普段から家でのディナーパーティーまで手伝ってもらえるのが有り難い(私は愛情を込めて「小人さん」と呼んでいる)。
日本に大型のdish washerが普及しないのは、家の大きさの制限によるところが大きいだろうし、それは元々は平地が少ないという問題に起因するのだろう。

もう一つの問題はメンタルなもので、例えばhouse cleaningの人に来てもらうことに対する抵抗感のようなものかもしれない。
「Norikoはhouse cleaningはどうしてるの?」と聞かれて、「年に2回くらいは人を頼んでいる」と答えたが、Veronicaはかれこれ30年近く週に1、2回、家の掃除に来てもらっているとのことだった。
これだけ大きなお家になると、掃除機をかけるだけでも2時間くらいかかりそうだから当然だろう。
ウサギ小屋の我が家は掃除機だけなら30分で事足りるのだが、でも毎週、あるいは月に1度でもハウスクリーニングに来て頂いたら快適だろうと思いつつ、むしろプライバシーの問題が気になってしまう。
お金の問題でもある訳だが、要は人生のプライオリティーをどこに置くかである。
例えばVeronicaのところはエンゲル係数はかなり高いし、本や芸術や旅行にかけるお金も相当なものと見なせるが、衣服に関しては、粗末ではないが、ものすごくお金をかけている訳ではない。
家はヴィクトリア朝で大きいが、プラズマテレビがあるわけではないし、ウェッジウッドのお皿やバカラのグラスで食事をする訳でもなく、車もfancyではない。
でも、ハウスクリーニングの方に1回当たり20ポンド払うのは、仕事もしつつ快適な家庭生活をするのに正当な出資なのである。

ときどき親しい友人を自宅に招いて夕食を共にするというようなwork & life balanceが日本ではなかなか浸透しにくいのは、住宅事情やら、ハウスクリーニング事情やら、はてまた訪問先から帰るのが遠すぎるなどの事情にもよるだろう。
簡単には解決しない問題である。

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24日のセミナーはVeronicaのラボの方が中心でこじんまりとしたものだったが、その分細かいディスカッションができた。
自分の意図した質問が出てくると、うまく聴衆をリードできたのだなと思って安心する。

ところで今回、ヨークでの学会の間のネット環境がプアだったので、こちらのオフィスでインターネットにつなげてほっとした。
セキュリティが厳しく、自動でアドレスが割り振られるのではないので、自分のコンピュータのIDをacceptしてもらえるように管理者にお願いした。
仙台の秘書さんにメールは開いてもらい、半分ほどにもなるスパムメールは捨てて、何か大事なメールがあったら携帯の方に連絡して下さいとお願いしてはいるが、処理できるものは処理してしまわないと、出張から戻ってからが悲惨である。
こういう状況が良いのか悪いのか・・・
by osumi1128 | 2006-03-27 15:51 | Comments(0)

ヨークからエジンバラへ(3月23日分)

数日遅れのエントリーで、実際は今ロンドンにいるのですが・・・
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朝は3時頃から寮の中でやたら人の声が響き、出発の早い人たちが、3時台、4時台に次々と出ていった模様。
お陰であまり熟睡できなかった。
今日の午前中までが学会だが、やはり最終日というのはちょっと寂しい雰囲気である。

12時過ぎにセッションが終わり、ランチはテイクアウト用にセットされたものをもらって、タクシーを呼んでヨーク駅まで。
ちゃんと来てくれるか心配だったが、大学構内までちゃんと迎えに来てくれた。
小さなことだが達成感がある。よしよし。
ヨーク駅で切符を買う。
エジンバラまでは2時間半くらいなので、1st classにしたが、77ポンドと比較的お買い得。
駅のカフェテリアでコーヒーを買ってサンドイッチを食して時間調整。

ちょうどヨークに来るときに乗ったのと同じ線がエジンバラやその先のインバネスというところまでつながっている。
そうそう、この列車というのは「ハリーポッター」のモデルになった路線である。
物語ではキングズクロス駅の9.5番線から発車することになっていたはず。
そこから北へ向かってスコットランドのどこかにホグワーツという魔法使いの学校があるという設定。

地下鉄は別として、ヨーロッパの駅には改札がない。
列車の中で検察があるので、必要ないということだろう。
こういう点も、日本は「内需拡大」的文化だと思う。
随分昔に、まだ日本での生活に慣れていないタイからの留学生と新宿駅で待ち合わせをしたことがある。
今から思えば、そんな無謀な約束にはしなかったのだが、当時の私は「外国人の目で見たニッポン」という視点に欠けていたのだ。
「新宿駅西口地下の改札」といえば一つしかないのだが、彼女には「改札」という概念がなかった。
「Exit?」というので「Yes」と答えてしまったのが間違いだった。
新宿西口から地上への「出口」は一つではない。
今なら便利な携帯電話によってこういう悲劇は救われるだろうが、15年以上前のことでどうしようもなく、1時間ほどお互いに彷徨って、結局その日どこかに連れて行ってあげる予定はご破算になった。

「眺めが良いから、進行方向右側の座席に座るべし」とエジンバラの友人からは言われていたのだが、1st Classでさえ満席に近い状態で右側には座れず、四人席の左側で、進行方向とは反対向きの通路側の席になった。
斜め右の恰幅の良いおじさんはテーブルにビールを置き、新聞のクロスワードパズルを解いている。
これも外国的気分になる光景だ。何故日本の新聞にはクロスワードパズルがないのかというと、満員電車で広げて書き込むのが不可能だからだろう。
週刊誌にはパズルが載っていることが多いが、それも実際に解いている人を見ることはあまりない。
逆に外国で見ないのは「漫画週刊誌」である。
浮世絵の頃から、日本人大衆はビジュアルな文化に慣れ親しんでいるということか。

通路を挟んだ右側には、向かい合わせに席が1列に並んでいるのだが、白髪のオバサマは何故か進行方向と反対側に座って、やはり新聞を読んでいる。
ちなみにGNERの1st Classでは新聞、コーヒー、紅茶、ミネラルウォーターと簡単なスナックの無料サービスが受けられる。
日本の新幹線のグリーン車よりゴージャスなサービスだ。
コーヒー、紅茶のカップは陶器製でテーブルの上に予めサーブされているので、列車が揺れるたびにカタカタと鳴る。
そういえば、学会のコーヒーブレイクのときのカップもディスポーザブルではなく陶器だったのは、エコロジーを考える為なのか聞き損ねた。

ヨークを出発し、車窓からはのどかなイギリスの田園風景が広がる。
比較的平地が多く、なだらかな丘陵が緑なのは麦の栽培だろうか。
ダーラムという町を過ぎるあたりで、斜め向かいのおじさんが「あれをご覧なさい」と指さす方向には立派なカテドラルがあった。
隣のお婆さんは「教会の中に大学もあるのよ」と言っていた。
車内販売兼サービスのワゴンは何度も行ったり来たり。
お婆さんは何杯目かの紅茶を頼むのに「ミルクは後にしてね。イングランドの人たちはミルクが先だけど」と言う。
曰く「ミルクが先だと余計にミルクっぽい味になる」のだそうな。
ニューキャッスルの町も可愛らしい煉瓦造りの建物が並んでいて、なかなか美しい景色だったが、その後うとうとして目が覚めたら、海の近くを走っていた。ちょうどイングランドとの境をスコットランド側に超えたあたりだろうか、水が蒼くていかにも北の海の雰囲気だが、とても目に和んだ。

無事にエジンバラの駅で下車し、タクシーで訪問先のGeneral Western Hospitalに到着。
Human Genetics Unitの受付で、2年ぶりに会うVeronicaとハグしたとたん、移動の緊張がほぐれた。
ここからはアテンドして下さる人がいるので安心だ。
by osumi1128 | 2006-03-27 04:49 | Comments(0)

学会3日目(3月22日)

今日のところはこのくらいのエントリーが精一杯です。
この後、さらに別の方とのアポイントがあるので失礼します。
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やはり朝は4時くらいに一度目が覚めて、それから6時くらいまで横になって粘る。
7時半の朝ご飯が本当に待ち遠しい。
たいてい円卓で一人食べ始めると知り合いが「ここ、いいですか?」と寄ってきて、それから延々、食べながら喋りながらの優雅な朝食となる。
今日は少し陽が射して暖かいのが嬉しい。

ヨーク大学というのは1960年代にイギリスでできたいくつかの大学の一つである。
イギリスの大学といえばオックスブリッジやらロンドンのキングズカレッジやらエジンバラやらと、亡霊が出そうなくらいの歴史を感じさせる大学しか訪れたことがなかったが、ここは建物の作りや寮の設備が「アメリカ的」な印象である。
キャンパスの中央部に運河のような川が流れていて、鴨だか家鴨だかがのんびりと浮かんでいる。
朝は彼らの声も目覚める原因だ。
野ウサギ(だと思う)が走り回っているのも目撃した。
ピーターラビットの世界である。

BSDBもBSCBも会員の新規開拓のために、「今登録すると抽選でiPodが当たります」キャンペーンを張っていた。
即物的だが効果はあろう。
このような「合宿形式」の学会は人と知り合うチャンスが多くなるのがよい。
とくに若い人たちには重要なことである。
ご飯が美味しくないのは期待していないことだから良いとして、困ったのはインターネット環境だ。
まさか、学会会場で使えないとは思っていなかった。
寮からも電話回線を使うしかなく、しかも5ポンド(1000円以上)ものチャージがかかるらしい。
多くの人たちがダウンタウンへ出てインターネットカフェでつないだらしいが、それもかなり暴利の模様。
まあ、どこまでも電子メールが追いかけてくることは、必ずしも良い訳ではないし。
今回はDoCoMoの携帯を海外ローミングにしてきたので、いざというときには携帯メールが使えるのだが、やはり携帯で長いメールを打つのは苦痛である。
(携帯で打った原稿を本にした人がいるらしいが、驚異的である。きっと神経ネットワークも違うだろう)
電話も同じ番号で日本からかけてもらえるというのは便利。
滞在先が変わっても問題ないし。

今日は夜に学会主催のexcursionがあり、Castle Museumというところに行くというのでちょっと期待したら、中に展示されていたのは18世紀くらいからの部屋の再現やら日常品やらでがっかり。
博物館の中でビュッフェスタイルの食事が出たが、通路に大勢の人が溢れかえっていて落ち着かない(しかも美味しくないし・・・)。
やはり時差はまだ残っていて、10時過ぎには眠い。
明日はいよいよ最終日で、ヨークからエジンバラに移動する。
by osumi1128 | 2006-03-24 23:40 | Comments(0)

学会2日目(3月21日分)

最初に目が覚めたのが朝4時くらいだから、時差調整としてはまあまあである。
とにかく寒くてしばらくベッドから出られなかったが、やたら柔らかいベッドで横になっているのも疲れて、6時前から起き出して学会後の訪問先でのセミナーのPowerPointの準備をする。
ラボに電話をして秘書さんを呼び出そうとしたら、学生が出て「先生、日本は休日ですよ」「じゃあ、とにかく無事に着いたと伝えておいて」
インターネット環境が非常に不親切で、電話線でつなぐか、英語しか使えない共通コンピュータを借りるかなのだが、それにもお金かがかかる。
やれやれ・・・

イギリスに来たときにいつも思い出すのは、部屋で紅茶を入れようとしたときのエピソード。
イギリスの宿泊施設は、高級ホテルからB&B、はてまた今回のような大学の寮に至るまで、部屋に「お茶セット」が備え付けられている。
もちろん、日本茶ではなく、紅茶のティーバッグとインスタントコーヒー、お砂糖、小さなカップに小分けされている常温保存可能なミルク、そして、お湯を沸かすポットがセットになっている(これに、ショートブレッドなどのクッキーなどが付随する場合もあるのだが、今回は無かった)。
このポットの凄いのは、あっという間にお湯が沸くことだ(偉いのはポットではない。電圧が2倍だから)。
初めてこのポットに出会ったとき、水を入れてセットしたのはよいのだが、電源プラグを三口のコンセントに差し込み、スイッチを入れてもウンともスンとも言わない。
かなり悩んだがその日は諦めて、ホテルの客室係宛にメッセージを残した。
「すみませんが、ポットが壊れているようです。他のものに変えて下さい」
次の日部屋に戻って、さあ、お茶を入れようと思ったら、同じことの繰り返し。
がっかりして、またメイドに「あのー、ポットが使えないのですが、壊れてませんか?」と聞くと、「壊れていません。電源はこのようにして入れて下さい」と教えてくれた(あんたの使い方が悪いのよ、このお上りさん、とは言われなかったが)。
イギリスのコンセントには安全のために「スイッチ」が付いているということを知らなかったのだ。
プラグを差し込んだだけでは駄目で、そのスイッチもオンにしないと電源として使えない。
その土地それぞれで違うものである。
今回泊まった大学の寮では、スイッチに「ON」という表示が出るようになっていて親切だった。

朝ご飯はカフェテリアでEnglish breakfastを頂いた。
普段は朝は食べる状態にないのだが、さすがに時差で早起きしているので、7時半にはお腹が空いている。
イギリスの食事はまずいというのが定評であるが、朝ご飯はwarm breakfastといって、「三食、朝ご飯を食べるべき」というジョークがあるくらいだ。
もっとも最近の人たちは簡便化と健康のために、シリアルと果物だけなどで済ますことも多い。
私のチョイスは、オレンジジュース、スクランブルエッグ、ソーセージ、ビーン、そして、あの訳の分からない茶色い代物、あと、ポテト。
これに、気分で果物、パンもしくはシリアル、コーヒーか紅茶。
普段では考えられない朝食風景である。
それにしても、いつも思うのは、日本は食べ物がデリケートではあるが、とにかく量が少ない。
外国から来た人には物足りないだろうなあといつも思う。

学会は今日からが本格的なスケジュール。
BSDBとBSCBにより2つの会場で30分のinvited speakersと15分のshort talksが組まれている。
会場は午前午後で交互になっているのと、コーヒーブレイクが30分取ってあって、その会場がポスター会場にもなっているために、それぞれの学会の参加者が入り交じることができる。
なかなか参考になるスタイルだ。
今回の目的はどちらかというとstem cell biologyを勉強しに来たので、シンポジウムはだいたいそちらの方を聞くことにした。
日本からは理研CDBの方が数人くらいで、cell biologyの方の方は知っている人があまりいなかった。
日本人の多い国際会議は何しに行ったか分からないようなので、このくらいが丁度良い。

ランチは、何種類かのサンドウィッチ(味のしないパサパサしたパンに、ツナとか卵とかハムとかを挟んだだけの代物)に、何種類かのタルト、それに飲み物を取って、ポスター会場で食べる形式。
企業展示もブースにはなっていなくて、適当な机の上にカタログやら見本やらを広げているだけで、恐ろしく簡素。
商業化された最近の学会展示に慣れてしまっていることを痛感した。
by osumi1128 | 2006-03-24 23:36 | Comments(0)

ロンドンからヨークへ(3月20日分)

今エジンバラの訪問先の研究室でようやく高速インターネットにアクセスできました。
少しずつ書きためた英国紀行はまとめて「エッセイ集」に載せようかとも思ったのですが(リアルタイムでないので)、まあ、別にリアルタイムである必要もない訳だし、ずっとエントリーしていないのにアクセスして下さる方たちもおられるので、時間の許す限りエントリーしておこうと思います。

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JL401はだいたい定刻通りに離陸し、酷い揺れもなく、午後3時頃、若干定刻より早めにヒースローに到着した。やれやれ・・・
機内ではハリーポッター第4作「炎の杯」をご飯を食べながら、途中うとうとしながら見て、さらに睡眠を取った後、書きかけの英語の原稿(ただし論文ではない)をつめて、それからさらに「The first ladies club」というアメリカ映画を見た。
いつ頃の作だったのか、サラ・ジェシカ・パーカーがちょっとおバカなお姉チャン役で出ていた。
日本語と英語をときどき変更しながら見ていた。
DVDではないので、字幕がないのが寂しい。

さて、今回はヨークまで行かなければならず、キングズクロス駅からの列車があると聞いたので、まずはヒースローエクスプレスに乗ることにした。
そうそう、今回も無事に荷物は出てきて、ピックアップしてからチケットを買ってプラットフォームに行ったが、列車が来なくて30分ほど待たされた。
曰く速度制限によるとのこと。
うーん、これなら直接キングズクロス駅までタクシーに乗った方が早くて楽だったかもしれない。
ヒースローエクスプレスの終着駅はパディントンなので、そこから地下鉄に乗り直さなければならないのだ。

Circle lineはすぐきたが、やたら遅かった。
キングズクロスの駅でカウンターに並んでヨーク行きの切符を買い、さあ、何分の電車に乗れるかなと思ったら、電光掲示板にまだ出ていない。
ちょうど17:00発のものに乗り過ごしてしまったので、次は17:30とのことだが、プラットフォームがどこになるのか、未定なのだ(日本ではほぼありえない状況)。
仕方なく、2時間の旅のお供にカフェラテとナッツバーを購入し(ここでも並ぶ)、ポンドの手持ちが少ないかなと思って、両替商でクレジットカードで購入しようと思ったら、何故か「このカードはオーサライズされていません」という表示が出る。
だって、さっきそこで列車の切符を買えたのに、何が気に入らないの?
他のカードを使おうとしたが、暗証番号を忘れていて使えず。
やれやれ・・・そうこうしている間に目的の列車に乗る時間が近づいたので断念した。
きっとどこかにクレジットカードが使えるATMがあるだろう。

普通車両はイギリスの電車にしては珍しく非常に混んでいた。
ロンドンの天候は曇り。
ぼーっと外を見ながら、やや冷めたカフェラテを飲む。
途中一カ所停車し(駅名忘れました)、そこからさらに北へ1時間余でヨーク。
7時を過ぎる当たりからやたら冷え込んできて、ヨークの駅に着いた頃には、真っ暗だし、寒いしでちょっと落ち込む。
タクシーで大学まで。

さて、ちょうど夕食の時間だったのだが、registrationとcheck inにとまどった。
事前の案内も非常に不親切で、まあ行けばなんとかなるだろうと思ったのだが、registration deskの受付の方は「部屋の鍵はreceptionで受け取って下さい」と言うが、そのreceptionの場所が暗いしよく分からない。
構内はちょうど学期終わりの休みで人気が少なく、ほとんど学会参加者だけなのだろう。
ようやく磁気カードの鍵を受け取り、寮の部屋に入ったが、やたら寒い。
この部屋で3日間生き延びられるだろうかと不安になる。

さて、参加した学会というのは、英国発生生物学会と細胞生物学会のジョイントの春のミーティングである。
毎回テーマが変わり、今年はstem cellsだったので参加した次第。
参加者の80%くらいが学生やポスドクなどの若い方たち。
約半数が女性だ。

初日の20日月曜日はナイトセッションとして、Cheryl Tickleによる特別講演が20:30からだった。
ちょっと疲れてもいたが、ここで頑張って参加して時差調整しようと思って聞いた。
彼女と出会ったのはまだ助手になりたての頃だったが、当時ロンドン大学の研究室を訪ねた。
E-mailの無い時代で、訪問のやりとりはFAXだった。
Cherylは四肢の発生で有名な方だが、その頃、顔面形成についても論文を出されており、是非会ってみたいと思って、国際会議で渡欧した折に寄ることにした。
演者紹介のときに使われた写真がちょうどその頃とおぼしきもので、とても懐かしかった。
長い一日でへとへとになって、部屋に戻ってそのままダウン。
by osumi1128 | 2006-03-24 23:29 | Comments(0)

JL401

成田空港からのエントリーです。
無事に朝6時の新幹線に乗れ、強風ではありましたがちゃんと運行され、成田エクスプレスに乗り継いで空港までたどり着きました。
昨晩はあまりに緊張して3時頃から何度も起きてしまいました。
飛行機の中でよく寝られるでしょう。

若い頃はいろいろなエアラインを使っていましたが、今は日本航空の友人に義理立てしてということでもありませんが、JAL便をよく使います。
外国のエアラインよりも、「搭乗している間はまだ日本」という安心感も捨てがたいです。

ではゲートへの呼び出しがかかりましたので、このへんで。
by osumi1128 | 2006-03-20 11:37 | Comments(2)

プチ送別会

仙台に来てからの8年のうちの6年余、なんやかんやと一緒に過ごすことが多かった友人がついに今月末で異動となる。
今月初旬に自宅を引っ越し、今週は研究室の引っ越しに追われ、まさに明日引っ越し業者が来るというときに、二人でプチ送別会をした。
私もバタバタとしていたし、明日から海外出張とあって事前に予約を入れる間が無く、今日になって連絡を取って、開いているお店で夕ご飯をご一緒した。
その後、歩いて彼女の研究室まで戻り、お茶をご馳走になった。

思えば6年前に、ちょうどこの部屋のこのソファに座り「仙台ではどちらにお住まいですか?」なんて、今から思えば他人行儀な質問をしたのであった。
教員数2500名くらいもいると、同じ大学だからといってなかなか知り合うチャンスはないのだが、財団の研究費の授賞式で2度一緒になり、そのときに名刺交換して、たまたま彼女の研究室がある本部キャンパスで開かれた委員会の後にお邪魔した。
その後一緒に飲みに行って意気投合し、しかも住まいがご近所だったこともあって、互いの家をよく行き来した。
同じ大学で部局は違い、でも同世代で同性のPIという間柄は、つかず離れずちょうどよい距離で、夜遅くまでいろいろなことを語り合った。
彼女のご家族と一緒にスペイン旅行にも行ったりした。
彼女の友人ともご一緒して食事に行った。
そんな友人が仙台を離れるというのは、本当に寂しい。

「仙台の美味しい食べ物が恋しいから、また研究打合せにでも呼んでね」と言われているし、「和光に来たときは泊まっていってね」とも言ってくれている。
でも、やっぱりちょっと寂しい。

彼女はまだオフィスの荷造りが残っており、私も明日6時の新幹線に乗り遅れたら大変なことになるので、幸い日曜日で早かった閉店とともに店を後にし、お茶をご馳走になってから歩いて戻った次第。
やっぱりパッキングをやり直して、一回り大きいキャリーケースに詰め直し。
さてさて、明日からは仙台通信ではなく英国紀行になります。
by osumi1128 | 2006-03-20 00:16 | Comments(0)

開花予想

気象庁の開花予想によれば、今年の桜は仙台市では4月9日に開花予定とのこと。
気温がやや高めなので、平年よりも早めのようだ。
確かに、ふと気が付くと枝にプチプチと花芽が付いている。
桜が咲いてもまだ朝晩肌寒い地方ではあるが、春はとても待ち遠しい。

そういえば、今年は何故か花粉症の症状がまだほとんど出ていない。
例年だと2月頃から始まって桜が咲き終わればだいたいお仕舞い、というスケジュールだったのだが、春の初めから用心して、外出時にマスクをなるべくかけていたのがよかったのだろうか。
もっとも、私の花粉症歴は長くて大学2年生の終わりの春に発症し、大学院の3年までずっと酷い状態だったのだが、その後なぜか軽くなった。
今年は花粉が少ないという噂も聞くが、さらに軽くなれば免疫記憶がなくなって花粉症から解放されるかも。

明後日からは1週間余のイギリス出張。
先ほど仮パッキングをしてみたが、もう一回り大きいものに移し替えるかどうか悩ましい。
でも、列車の移動も多いので、大きくない方がよいだろう。
by osumi1128 | 2006-03-18 22:34 | Comments(0)