<   2006年 09月 ( 19 )   > この月の画像一覧

シャッフル

街を歩くのにちょうど良い季節になったので、今日は最近お気に入りのnanoちゃんを連れてラボまで歩くことにした。
本当は首から提げるケースが欲しいのだが、まだ手に入っていない。
仕方なく、イヤホンを出して小さな布の袋に入れ、それをトートバッグに入れてみた。
実は、10代の頃にカセット式のウォークマンで音楽をあまり聴かないマイノリティーだったので(音質が悪いため)、この手のことに慣れていない。
CDウォークマンが出ても重たそうだったので手にすることが無く過ぎ、ようやくここに来てiPod nanoに巡り会った。

さて、まずはアップルストアに行こうと一番町という繁華街まで歩いた。
ふと気が付くと目的の店を通り過ぎている。
おかしいと気が付いて引き返し、無事に充電器をゲット。
これで来月の海外出張も万全の構えだ。

その後スタバに寄って小休止。
今日はホットのソイラテとコーヒーロール。
お洒落なパンフレットがあるな、と思ったらpenという雑誌の一部らしい。
写真の撮り方やレイアウト、見出しを見るのは、市民向けニュースレターの編集や、プレゼンの参考になる。

そういえば、大学病院タリーズができて、スタバに行く頻度がちょっと減った。
何か、新しいカノジョができて、昔のオンナノコのところに行くのが申し訳ない、というような気持ちだ。
どちらに義理立てしたらよいのか・・・

さらに歩いて研究室に着くと、今日は週末にしてはやや人が多い方だった。
本日お誕生日を迎えたポスドクの人にバースデイカードを渡す。
ラボメンバーが一言ずつ寄せ書きしたもの。
全員がカードに書ききれるくらいが、私にとっては心地良いラボの人数。
毎回、相手を考えてカードを選ぶのも楽しみの一つ。

週末の間に済ませたい仕事のうち、半分くらいを片付けた。
来週、10月6日(金)に男女共同参画学協会連絡会シンポジウムを主催するので、そのご案内を個人的に一人ひとり宛にメールで送る。
一括ではないので結構手間がかかるが、そうでないと、中身を見ないで捨てられる可能性が高い。
同じく、シンポジウムで行うパネル討論と、活動報告用のPowerPointを2つ作る(1つは資料が揃わず未完)。
さらに、翌週には科研費講習会で話すので、その準備。
こういう類のことは基本的には本業ではないので、なるべく週末に回している。
あと、うちのラボ所属のサイエンスエンジェルさんと月末にある講演会の準備の打合せ。

帰りはもう暗いので地下鉄経由にした。
そういえばiPodのシャッフル機能をまだ使っていなかったと思い、その設定にしたら、ショパンのピアノ曲の次にジャズがかかるは、次はボサノバ、あるいはオペラのアリア、で、私には合わなかった。
きっと、入れた曲がすべてクラシックだったりするくらいの統一性があればシャッフルでもよいのだろうが、500曲くらいのジャンルはかなり広いので、いくらコンピレーションといっても曲の続き具合には無理がある。
うーん、アルバム内でのシャッフルというような気の利いた機能が、きっとそのうち出てくるのだろう。

地下鉄の駅で、ちょうど来た電車に乗って、2駅くらい過ぎたところで、あれ? これは見慣れない駅ではないか?! ということに気付く。
マズイ! 反対方向に乗ってしまった!!!
業界の友人のHさんは、新幹線で上りと下りを間違えて乗った経験のある強者だが、今回被害レベルはそこまでいかなかったが、ほとんど同じ行動だ。

うーん、アップルストアに気付かずに通り過ぎた件といい、音楽を聴きながらだと注意力が散漫になっているということだろう。
(あるいは、音楽に集中しすぎ、というべきか)
もう少し若いうちから訓練すべきだったかもしれない。
by osumi1128 | 2006-09-30 22:08 | 雑感 | Comments(5)

誰のために原因究明するのか?

安倍内閣の初の所信表明が行われ、「美しい国日本」「筋肉質の政府」「構造改革」「教育改革」などのキーワードが盛り込まれていた。
教育改革は是非進めて頂きたいが、どのような方向になるのかはよくウォッチしなければならないだろう。
すでに27日付けの報道で、伊吹文科相が「小学校での英語教育必修化は時期尚早」という考えを示したというが、私はこれには同意見なのだが、すでに文科省が進めようとしていたことを、いきなり内閣改変で変わったらどうなるのだろう?

*****
大阪大学大学院生命機能研究科の続報(9月28日付けasahi.com)では、研究科が当該教授の科研費について「不正行為のあった研究への支出は許されない」として自主的な支出停止措置を取ったとされている。
つまり、その研究室ではほぼ確実に実験は止まったであろうことが予測される。
もしかすると、学位取得も迫った学生さんもいるかもしれない。
きっと、今、研究科内ではそのような方達の対応に追われていることだろうと推測する。

柳田先生のブログでは、以下のように書かれている。
阪大杉野事件の続報で、研究科が科研費の支出の停止を決めたとか、報道がありました。当然の処置なのでしょうが、ただ研究室のメンバー達はどうなったのか、いったいどのような研究生活をしているのか、まったく罪のないどころか、被害者でしかない、彼等はどのような状況にあるのか、わかりません。
報道があったらいいのですが。
マスコミ関係者とは、このことでずいぶん話しを聞く機会があるのですが、杉野研究室の関係者と話している気配があまりありません。努力をすれば会えるとはおもうのですが、その段階に至る前にあきらめてしまうようです。学問のカーテンというか、厚くて中は分かりにくい世界のようです。特に文系出身のマスコミ人にはきつい事件のようです。まともな想像力が、この事件には働きにくいようです。


また5号館のつぶやきさんのブログ
匿名で気軽に書いてくださいでは次のような記述がある。
 今回の大阪大学の事件では、調査委員会が今までになく緻密な調査を行い、教授のねつ造を証明し、懲戒免職処分へと導くことができました。このことは、今までの大学や研究機関で起こった同様の事件のようないい加減な調査や処分ではすまないところまで自分たちが追い込まれてきていると、研究者側が認識してきたことを意味していると考えることもできます。しかし、多くの人が指摘しているように、助手の方が自殺されたことと今回の事件の関係を解明するという意味ではまったく不十分な報告しかされていません。


どちらの先生も、生命系研究者としてこの事件を重く捉え、どのように構造改革をしたらよいのかについて考えようとされている。
とくに、stochinaiさんは「匿名でのコメントを!」と訴え、一人ひとりの力は小さくても、それが集まることで状況を変えようと考えておられる。

ただ、私は現時点において、「何故、共著者の助手の方が自殺することになったのか」という原因究明よりも、その方のご家族や、同様に被害者である研究室の方達のプライバシーや気持ちの方が大切だと考えている。
犯罪被害者が報道活動によって二次的にさらにダメージを受けるということは、『<犯罪被害者>が報道を変える』(高橋シズヱ、河原理子編集、岩波書店)に詳しく書かれている(ライフログ参照)。
また、8年ほど前に大切な友人が自殺により亡くなった際に、残された奥さんとも仲良しだっために、他人があれこれ詮索することは止めて欲しいと感じた経験がある。
助手の方が自殺しようとまで思ったのにはさまざまな理由があるだろうし、ぎりぎりのところでは気持ちのゆらぎのようなものも作用したのではないかと想像する。
だが、今、周りの方達の証言を集めて、推論を組み立てるのは、誰のためになるのだろう?

当該教授への処分については、大学の処分は固まったところであるし、次の研究費申請はおそらく5年はできないであろう(文科省の不正行為へのガイドライン:9月13日のエントリー参照)。
今後は、<業界>としてどのように対応するのか、ということが大きく残されている。

先頃、日本学術会議会長の座を退かれた黒川清先生のHPに科学者の不正行為ーその2として、9月3日付けの読売新聞の特集記事への寄稿が掲載されている。
いい加減な受け答えをすれば、本人だけでなく、指導している教授の能力まで疑われる。日本では仲間同士ほめあったり、有力教授を敵に回したくないから問題点の指摘を控えたりして、学会が間違いや不正を防ぐ機能を果た していない。

関係する学会として、今回のケースをきちんと取り扱い、今後の対応を決めることが重要だと思う。

最後に繰り返すが、論文の捏造が証明され、当該教授の処分が決まった次に必要なのは、研究室の方達の身の振り方が決まること、そしてその心のケアである。
後者の為には、「真相を究明しろ」と大阪大学に迫るべきでないと思う。
by osumi1128 | 2006-09-30 00:39 | 科学技術政策 | Comments(9)

高市早苗大臣

昨晩から本日昼まで、かなりまとまった雨となった。
夜にNHKのニュースを見ると、収穫直前の稲がなぎ倒され、水に漬かってしまった様子が映され、心が痛んだ。
数ヶ月かけて育てた作物が一晩でこういう状態になるというのは、さぞかし辛いことだろう。
日本ではこの時期に雨が多いので、葡萄も水っぽくなるために、良いワインが作れないという話を聞いたことがある。
作物にしろ、人にしろ、育てるというのは本当に大変なことだ。

*****
安倍新内閣の顔ぶれが決まったが、猪口大臣の後を継がれたのは高市早苗さんということになる。
ただし、猪口先生が「少子化・男女共同参画担当」であったのに対し、高市さんは「北方領土・沖縄、科学政策、少子化、男女共同参画、食品安全」と盛りだくさんなことである。
まあ、男女共同参画学協会連絡会として押さえておきたい大臣が、先の内閣では松田大臣と猪口大臣だったのが、一人で片づく、というのは有り難い。

いずれ面会の日程調整はお願いするとして、どんな方なのかネットサーチしてみたところ、まずホームページが見つかった。
お若いのに、自民党で、もう衆議院を4期務めておられるらしい。
自分と同世代の女性が大臣ということは、さらに若い世代にとってはencouragingであろう。
ただ、「政策」のところを眺めると、やや右寄りの匂いがする(安倍内閣に入閣するのだから当然か)。

「国会通信」というエッセイの中の本年9月6日の記事「秋篠宮、妃殿下、おめでとうございます!」を読むと、結論としては女系天皇反対論者らしい。
仮に、有識者会議が政府に提案している通り、「女系天皇容認」「女性天皇容認」「長子優先」で皇室典範を改正しましたら、2代後に「権威ある皇統」というものは断絶する可能性が大きくなります。
 次期天皇陛下は「男系男子」の皇太子殿下、次々期天皇陛下は「男系女子」の愛子様、愛子様が民間人の田中さんと結婚されて第1子が女子であったら、その次の天皇陛下は「女系女子」となります。そして、この天皇陛下の男系の祖先は田中家・女系の祖先は小和田家ということになります。法改正により、2代目で天皇陛下直系の祖先は女系も男系も両方民間人になる可能性があるわけです。

このあたり、皇室をどう捉えるかという問題は、一般市民の男女共同参画とはまた異なる問題もあろうが、うーん、連絡会にとってはちょっと形勢不利だろうか。

それより問題な箇所は、
親王殿下ご生誕の速報に接した後、主人がポツリと言いました。「数十年も経てば、医学の発達で男女の産み分けも可能になるんだろうがなあ・・」。
 生命倫理の問題もありますから、医学的に可能であったとしても、皇室が男系維持の為に産み分けをされるかどうかは分かりませんが、主人は、何時も私とはちょっと違った変化球的視点で物事を捉えるので面白い人だなあ・・と思いました(余談でした)。

ちょっと待て、国会に4期も出ているお方で、「科学技術担当」もするのに、まさかまだ「産み分けできない」と思っているのではないでしょうね???
(それが倫理的に良いかどうかとは別のレベルですが)

私は先の「皇室典範に関する有識者会議」に生物学や遺伝学や医学が分かる方が一人も入っておられないことをかねがね不思議に思っていた。
125代続いた(らしい)世界でも稀に見る家系を残したいということが本当にあるのなら、しかも、文化の伝承のために、どうしても皇族の男性が必要ということであれば、現代ならそれ相応の策はある。
それとも、そういうことを話題にするのはタブーなのだろうか?
そのような雰囲気こそが、雅子妃殿下の心を病ませたのではないのかと、勝手に想像する。

もう一つ、気になる記事を見つけた。
本年4月3日の「少子化対策を考える」である。
私は、日本人の価値観の変化や家庭・学校教育のあり方にも目を向ける必要を感じています。
 昔は、「所帯を持って一人前」という価値観や若者本人の独立意欲、「職業は一生もの」という職業観、生命の連続性や家系・先祖に対する意識というものが社会に根付いていました。
 こんなことを書くと、年寄り臭いとか頭が古いとか言われてしまうのでしょうが、私が若い頃には、「学校を卒業したら定職に就き、親に経済的な迷惑をかけないようにしよう」「会社で嫌なことがあっても、親の顔を思い浮かべて我慢しよう」「適齢期と言われる年齢になったら、結婚相手を探そう。それが一番の親孝行だもの」「**家の跡取りを作らなくては、ご先祖様に申し訳ない」等々、ごく自然に考えていたのです。

御年45歳とのことだが、やっぱり、ちょっとコンサバらしい(首尾一貫しているということでもある)。

松下経営政経塾出身で、そういう関係の著書もあるようだ。
それにしても、科学技術に明るい方が担当大臣になって頂けるような政府になるには、あとどれくらい待てばいいのでしょうか?
研究者が一番アウトリーチ活動しなければならない対象は永田町なのかなあ・・・?

*****
ところで、本日のGoogleのトップページの文字はお誕生日のケーキのようだが、今日はGoogleの創立記念日か何かだったのでしょうか?
ご存じの方がおられたら教えて下さい。
by osumi1128 | 2006-09-27 22:28 | 科学技術政策 | Comments(13)

大阪大学大学院生命機能研究科からの報告書

すでにonlineで読まれた方も多いと思うが、ちょうど届いたNatureの9月21日号の冊子のNEWSにMystery surrounds lab death (p253)という記事が出ている。
かなり終わりの方に
Japanese universities often respond slowly to suspicious of fraud, and aren't known for their transparency.

と書かれているが、私は今回の件は対応が遅いとは思わない。
問題のJBCの論文がonline publishedになったのが7月12日。
これがwithdrawnになったのが8月2日で、調査委員会が調査を始めたのは8月9日となっている。
どこでも8月はお盆休みを含むので、通常の授業はないし会議も開きにくいことは容易に想像できる。
助手の方が亡くなったのが9月の1日で、その時点でどこまでまとまっていたのかは部外者の私には分からないが、新聞報道が始まったのがその頃で、ついに報告書として公表されたのが9月22日である。
その内容については、週が明けた本日、研究科長からのメッセージとともに生命機能研究科のHPに掲載されている。

40ページに渡る報告書(PDFファイル)は、非常に科学的なデータの説明と論理展開をもって、確かにCorresponding authorで研究室主催者である教授が、他の共著者の了解を得ないで、データを改竄したことを明らかにしている。
論文の中の図がどのように改変されたか、またそれを示すメールのやりとりなどが、調査できる範囲で最大限に詳しく説明されている点は、恐らく、今後、(起こってほしくはないが)他の同様の調査を行う際には大いに参考にされるであろう。

データの改竄の多くは、コンピュータ上で画像をいじって作ってある。
調査委員会は、例えばblotの上に見られる小さな傷が、コントラストや明るさをいじって改竄したデータでも同様に認められるなど、非常に細かい点をきちんと見落とさず、さらに、同様の処理を「再現」してみるまでの科学的態度で臨み、99.9%の確からしさで捏造と判断しているようだ。

もっとも重要なことは今後の対策である。
研究科長談話の最後には以下のように記されている。
生命機能研究科は、科学研究上の不正防止を強化するために、次の対策を講ずることを確認しました。
1.研究倫理教育の強化:研究倫理に関する教育を、学生から教員に至るまでさらに徹底して実施すること。科学研究の不正の種をなくすことが大切です。
2.研究室の閉鎖性の排除:研究室をより開放的にし、研究室間の交流をより盛んにして、研究活動が閉鎖的になることを防止すること。このことが、研究の不正の芽を摘むことにつながります。
3.告発者の保護:雑誌の査読者の目をくぐり抜け、研究者によって認知されかけた不正が今回明るみに出たのは、共著者の勇気ある行動によるものです。このことを肝に銘じ、学術上の不正を正義にもとづいて指摘する行為者を保護する体制を、一層強化すること。
4.調査の公正性の保証:学生、研究員、教員が研究の不正に気がつき、告発を行おうとしたときに安心してそれを行えるよう、また被告発者の人権を損なわぬよう、公平に行う調査のプロセスを開示すること。
5.研究科全体による対応:学術上の不正にとどまらずさまざまの問題について、学生、研究員、教員などすべての研究室メンバーが研究室内では解決困難な問題に直面した時に、それを相談して解決するためのシステム、迅速かつ柔軟な対応ができる体制を、研究科内に制度として整備すること。


ただし、この調査では、定年半年前の教授が(米国でラボを構える準備をしていたとはいえ)何故このような行為に及んだのか、そして、共著者の助手の方は何故、自ら死を選んだのかについては触れていない。
それは、科学者で構成される論文捏造に関する調査委員会の範囲を超えていると私は思う。
おそらく、心理学の専門家などが加わって頂く必要があるだろう。

不幸にして事件に巻き込まれてしまった研究室のメンバーの若い方々の将来がこの件で傷つくことがないように心から願うとともに、自ら死を選んだ助手の方のご冥福を祈りたい。
by osumi1128 | 2006-09-25 23:28 | 科学技術政策 | Comments(4)

記憶の容量

かねてより懸案であったラボ有志によるカラオケは、昨晩滞りなく行われた。
一次会(というより腹ごしらえ)は「ひな野」という「和食バイキング」のお店だったが、これがなかなか健康志向でセンスがよかった。
全国展開しているようだが、2000円で数十種類のお料理とデザート・ソフトドリンク込みなのだが、きんぴら、おから、小松菜のお浸し、玉こんにゃく、切り干し大根、浸し豆など、お野菜料理が盛りだくさん。
しかも、天ぷらやお刺身は少しずつ出されるので、いつも新鮮。
丸い木のプレートに料理を取り分けるというアイディアもすぐれもの。
ご飯茶碗やコーヒーカップは、民芸風の様々なデザインで楽しいし。

こういうときに、皆それぞれ取ってくるものが違うというのが面白い。
やっぱりこれが個性の源のひとつだと思う。
医食同源、食べ物がその人を作る。

さて、その後、近くのカラオケボックスに移動し、さらにカラオケから参加のメンバーも加わっていざ、ということになったのだが・・・
2曲目にチャレンジしたJupiterで撃沈しました。
出だしはよかったのですが、その後ですね。
曲を聴いているだけ(+鼻歌程度)では駄目ということがよく分かりました。
鳴禽が歌を覚えるのには、感覚系(入力)と運動系(出力)の両方が必要ということを実感。

メンバーは20代前半から私までと幅広かったため、どのような展開になるのか私もドキドキしていたのだが、皆、選曲で意外な面を見せてくれて興味深かった。
また、「普段喋る声」と「カラオケで歌う声」はかなり別の制御であることもよく分かった。
みなさん、「こんな自分になりたい」願望などあったりするのかな?

で、痛感したことは、「古い記憶ほどよく固定化されている」ということである。
今回試しに、一番古いもので「瀬戸の花嫁」まで遡ってみたが、Jupiterよりははるかに歌える(泣笑)。
この場合の記憶はエピソードではなく手続き記憶ですが。
それから、カラオケでは曲を選ぶというステップが非常に重要であることは間違いないが、普段行きつけでないと「何を歌ったらよいか分からない!」
で、比較的ランダムアクセスしやすい「本」および、最近の賢いコントローラで検索をかけるのだが、はて、「歌手名」も「曲名」も分からない場合に、どうしたらよいか? で30分以上の時間を費やした。
確か、歌詞に「家」とか「子犬」とかが出てくる・・・
歌っていた女性歌手の顔や声はなんとなく思い出せるのだけど、名前が分からない。
はてさて、どこから検索してよいものやら・・・
75年のヒット曲にも無かったし。
「小林明子」(代表曲は「恋に落ちて」)のところでしばし悩んだのだが、そこにあるいくつかの曲名はどうも違う・・・

これを読まれて「あなた」(小坂明子・1973年のヒット)をすぐ連想できた方は素晴らしい!
きっと40代でしょう。
今回は結局、曲名を「愛」などから順にしらみつぶしに探して、たどり着いた次第。
いや、「あ」で始まる曲で本当によかった。

*****
ところで、iPodに300曲くらい入れるようになってふと気になったことがある。
ヒトの頭には何曲くらい入るのだろう?
完璧に再生できないけど「以前に聞いたことがある」曲は膨大な数に及ぶはずだ。
曲名まで知らないコマーシャルの繰り返しのメロディーなんてものもあるし。

きちんと再生出来るわけではないことを考えると、きっと、とても断片化して、タグが付いたような感じになって仕舞われているのだろうか?
一度聞いたことのあるメロディーは、楽器が違っても「あの曲だ」と分かるのだから、ちゃんと要素は残っているということだろう。

新しい歌を覚えられないのは、古いメモリを書き換えることが難しいからなのだろうか?
たくさん新しい歌を覚えようとすることは、脳のメモリをそういうところでひたすら使ってしまうことになるが、大丈夫なのか?
同じようなことは、絵画だったり、本だったりの場合もあるだろう。
「この絵は見たことがある」かどうかは、見ればすぐ分かるし、「この本は読んだ」かどうかは、本の題名だけでは分からなくても、少し文章を読めば思い出す。
うーーん、本当に、ワタシのメモリ、まだ余裕あるのだろうか?

これが心配になるのは、私の場合、記憶のかなりの部分が「画像」になっているように思えるので、つまり「テキスト」よりも大幅にメモリを食っている気がするからだ。
知り合いの先生で、プロ野球選手の所属チームの変遷や、出身高校まで覚えている方がおられるが、きっとこういう方はテキスト化されてデータベースになっているのだろうと想像する。
こちらは、「手帳をどこに置いたかしら?」と思い出すときに、ちょうどビデオカメラで室内を撮影しているような様子で、それを時間の断片ごとに再生する(必要に応じてズームインできる)。
あるいは、関係のある論文がCellなのかDevelopmentなのかは、タイトル部分のデザインで記憶しているし、何年のものだったのかは、自分が手入力したreferencesだったら、Hill et al., Nature, 1991のように著者名、雑誌名、数字が頭に焼き付いている。
(最近のPubMedからEndnoteへのコンバートなどでは、手を動かさないので覚えられないが)
この画像化は「ヒトの顔の記憶」とは独立なようで、1年で300枚名刺が無くなるくらいの人に会っているはずだが、こちらは一向になかなか覚えられない。

コンピュータのように「現時点での脳メモリ使用量/残量」が分からないものか・・・
by osumi1128 | 2006-09-24 23:06 | 雑感 | Comments(5)

サイエンス・エンジェルのプレ活動

昨晩、久しぶりに温泉に浸かった。
仙台近郊の秋保温泉で特定領域DECODEという班会議が開催され、その特別講演に呼ばれたためである。

片道15km以上のところに車で行くのは久しぶりだった(いつも短い距離しか走らせていないので、マツダのメンテさんに嘆かれている)。
ちょうど黄金色になった稲穂が重そうに垂れている田んぼと、すでに刈り取ったところがパッチワークになっている。
新幹線の車窓からも目にするが、やはり近くで見た方がもっと美しい。

久しぶりにハードコアな生化学、分子生物学畑の方達の前での講演だった。
それぞれの班員の発表も、質問時間がゆったり目にとってあり、若い方を含めて非常に活発な討論が為されていたのは頼もしい限り。

*****
さて、さすがに班会議の会場ではインターネットから隔絶されているだろうと予測していたらさにあらず。
全体の代表者である五十嵐先生の研究室の方々の準備は非常に行き届いていて、会場の外の廊下に10線くらいのLANケーブルが配備されていた。
そうなると、見てしまうのが悲しい性。
メールはどこまでも追いかけてくる・・・
*****

で、サイエンス・エンジェル(以下SAと略す)内定の工学部のSさんから、機械系のサイト「瀬名秀明がゆく!」でSAのことが話題に出ていると教わった。
今回のタイトルは「科学を伝える!」というテーマで、瀬名さんの近刊の自著『おとぎの国の科学』というエッセイ集のことから話題は始まっている。
(こちらについては、本ブログ9月4日のエントリーに取り上げています)

次の頁にSA制度のことが出てくるのだが、一応、SA制度は今年度は10月から開始されるので、現時点ではここに書かれていることは「予定」であり、この座談会でのお話というのは「自主的取り組み」である。
なんで、わざわざこんなことを書いているかというと、SA制度は「杜の都女性科学者ハードリング支援事業」の3つの柱の一つ、「次世代支援」として行っており、この事業は文部科学省振興調整費という研究費から支援されている。
で、この振興調整費というのは、6月に某W大学の某M先生が不正流用をしたという関係で、その中でも一番厳しく財務省からチェックされた枠であって、お陰で事業開始が非常に遅れただけでなく、支出予定の積算についても、ものすごく厳しいことになっている。

例えば、上記HPを開設するのにレンタルサーバを利用することになったのだが、それは7月にならなければ駄目。
SAは10月15日の東北大学男女共同参画シンポジウムにおいて総長から代表者に「任命状」のような書類を手渡しすることになっており(予定)、10月から雇用開始となるので、それ以前の活動はあくまで「自主的」な扱い。
やれやれ・・・

でも、幸いなことに40名の予定SAさん達は皆積極的に活動してくれそうな気配である。
この3年間の事業の間に、彼女たちがどんな経験をし、彼女たちを見た女子高校生や中学生がどんな風に育ってくれるか、とても楽しみ。

ところで、「エンジェル(天使)」は本来男性ではないのか?という疑問についてお答えします。

手元の英和辞典によれば以下のようになっている。
1 天使,(神の)御使(みつかい) 《★【解説】 通例翼を持ち白衣の姿をした人間の姿として描かれる; 中世では 9 階級に分かれていると信じられた; 特にその第 9 位の天使; cf. →hierarchy 4a》.→#
2 天使のような人; (特に)心も姿も美しい女性; 聞き分けのいい子供(など).→#
3 守護天使; 守護神.
4 《口語》 (演劇・選挙などの)財政上の後援者,パトロン.
5 《俗》 (レーダースクリーンに出る)正体不明の像 《鳥などの低空飛行物体など》.
#ギリシャ語「使者」の意#
[株式会社研究社 新英和・和英中辞典]


確認していませんが、「リーダース英和」では「1a 天使(通例 男で翼をもつ神の使い)」「1b 天使のような人(心も姿も美しい人[女性]、かわいい子供、親切な人など)」ということらしいので、「女性」に用いても大丈夫。
サイエンスの面白さを、社会や次世代に伝えるのがお役目なのです。
by osumi1128 | 2006-09-23 16:07 | 東北大学 | Comments(0)

タリーズで仕事

連休の台風が過ぎて、日に日に秋が深まる気配がする。
昼間の陽射しがきつくても、朝晩はずいぶんと涼しくなった。
本当に季節は巡るということが、改めて不思議に思える。

タリーズの中庭に出るのが丁度良い気温になったので、ときどきランチがてら、原稿などを持ち込んで仕事をしている。
グリーンの布のパラソルの付いた木の丸テーブルに木の椅子は、なかなか良い雰囲気。
ちょうど1時間くらい過ごして研究室に戻る。

思えば、高校生くらいから、喫茶店やファーストフード店で勉強するのが好きだった。
同じ場所で同じ作業をしていると、どうしても飽きが来るが、1,2時間ほど外で過ごすのは、かなり効率の良い時間の使い方であった。
今は、電話とメールの刺激が加わらないように、タリーズに逃げ込んで集中する。
(もしかのときは携帯で呼び出してほしいと秘書さんには伝えてあるが)

煮詰まると、ちょっと周りの人物観察をして楽しむ。
この車椅子を押しているのはお嬢さんかお嫁さんか? 
このいかにもリクルートっていう若者達は、事務方というよりは薬剤部あたりを目指しているのか? 
あの人が飲んでいるのはどんなコーヒーか?

東京よりはちょっと遅れて秋の新商品ももうすぐ販売開始。
by osumi1128 | 2006-09-20 23:12 | 雑感 | Comments(0)

iPod nano

本日、仙台のアップルストアにて先日新機種が発売されたiPod nanoを購入した。
色はシルバーで4GB。
夜に家の中を片付けながら手持ちのCDを自宅のG4に入れて、そこからiPodを同期させた。
まだ265曲で19.1時間、1.07GBしか使っていない。
うーん、こういう時代が来るとは10年前には予測できなかった。

実はiPodは今回初めての購入になる。
しばらく前からずっと気になっていたのだが、なかなか決心がつかず、ぐずぐずしていたところへ、知り合いの先生が「ノイズキャンセリングヘッドフォンって、出張のときにいいですよ。飛行機や新幹線のノイズはバッチリ消せます」と言われ、ふーん、と思っていたところに、「BOSEでQuietComfort3というのが出ましたよ」と教えて下さる。
ネットで見てみると、一つ前の型よりも「小さく」なっていたのがツボにはまった。
「どこで買ったらいいんでしょう?」
「ああ、BOSEの純正はBOSEのショップかそのネットでしか売っていませんね」
という訳で、クリック一発でご購入と相成った次第。

・・・しかし、実際に販売されるのは10月2日からという。
「楽しみ〜」と思って、ハタと気が付いた。
「私、WalkmanもiPodも持っていない・・・?」

くだんの方に「あのー、iPodだったら、何がいいと思われますか?」とお伺いを立てアドバイスを頂き、なにせ初心者だからとりあえずはnanoかなと判断。
さらに「9月12日に新機種が出るというウワサがあります。その後にされた方がよいでしょう」というアドバイス。
本当にその日の午後になってアップルストアをネットで覗くと、確かにiPodの3つのラインが皆新しくなっている。
そのまま、またオンラインショッピングにしようか迷ったが、出張もあったし、週末にアップルストアを覗いてからにしようと考え、本日に至る。

さすが、Apple社の起死回生のきっかけとなったiPodだけのことはある。
またiTuneなどの仕掛けも購買意欲をさりげなく刺激している。
でもiPod nanoは日本語表示のフォントがよくないですね・・・(前のiPodなどを知らないので分からないのですが)。
曲名などはほとんど英語なのでさほど気にはならないのですが、メニュー画面などが・・・
実は、この日本語表示をさせるのに初期設定でトチって、チェコ語か何かになってしまい、大慌てだった(センターボタンを使って項目をブラウズするのがうまくできなかったーーー涙)。
すべてリセットしようと思ったらそれがまた上手くいかず・・・
結局、iTuneのサイトの説明を見比べながら、対応する項目を見つけて、設定し直すことができた。
やれやれ・・・

次は、革のnanoケースを捜さなきゃ。
今の状態では、首から下げることができず、ちょっと不便。

さて、明日は久しぶりに自宅に4人ほどお招きしての食事会。
家の中が片付いて大変結構なことである。
by osumi1128 | 2006-09-18 00:42 | 雑感 | Comments(0)

新薬スタチンの発見

編集部の方から、今年日本国際賞を受賞された遠藤章先生の『新薬スタチンの発見』(岩波書店)という近刊をご恵贈頂き、名古屋の行き帰りで読み終えた。
内容は「発見したものの再三開発中止に追い込まれ、土壇場でついに認められるという波乱の道のりを発見者自らが語る(裏表紙より)」とあるとおり、血中コレステロールを下げる画期的な薬物であるスタチンがどのように発見され、製品化され、その効果が本当にあったかどうかという歴史が書かれている。

すでに1月14日のエントリーでも取り上げたように、遠藤先生は東北大学の農学部出身の方である。
卒業後すぐに企業で研究され、学位は論博として取られているのだと思う。
その後、米国留学をきっかけとして「コレステロール合成阻害効果をもつ物質の単離」というテーマに取り組まれることになって、青カビから「コンパクチン」という物質を1970年代に精製された。
当初、コンパクチンはラットの血中コレステロールを低下させなかったが、このことが実はコレステロール代謝に関してブラウンとゴールドスタインが1985年にノーベル賞を受賞することになる研究に大きなヒントを与えた。
彼らは「イヌ、サル、ヒトではコレステロールの取り込みの活性化にLDL受容体が関係している」と予測して、それを裏付ける論文を次々に書いたのだ。
ブラウンとゴールドスタインのノーベル賞受賞10周年記念集会で、ブラウンは「コンパクチンが肝臓のコレステロール合成酵素の働きを阻害する」ことを述べたFEBS Lettersの論文を引用し、「遠藤がスタチン研究の歴史を開いた」と話されたという。

本書はこのような研究のドラマが満載である。
それだけでなく、発見された物質がどのようにして製品となっていくのかについても、詳しく書かれていて興味深い。
製薬会社の中の役割分担や、特許の話、日米の企業体質の温度差など、門外漢には分かりにくい話を、自分が関わった経験として書いてある。
実際に現場におられるときには語れなかったであろうことを、日本国際賞受賞をもって時効と判断されたのだろうと想像する。

遠藤先生が青カビからコンパクチンを精製したのは1973年頃になるが、それは留学中にテーマの方向性を考えて、1968年に帰国され、実際にコレステロール合成阻害効果のある物質のスクリーニングに着手してから約4年後のことである。
ラットに投与する実験で効果が認められず、ニワトリとイヌでの効果が確かめられたのが76年頃、臨床試験が開始されたのが78年、製品となったのは87年であり、コンパクチン発見から14年、研究着手からは約20年かかっていることになる。
さらに、「本当に効果があったのかどうか」についての大規模臨床試験は通常5年くらいかけて行うが、その報告は95年から2003年までに7つ報告されている。
残念ながら本の中に元データの入手先がないのだが、本書ではこれらの成果をまとめて以下のように書かれている。
(スタチン薬により)LDLコレステロール値は25-35%低下し、心臓発作の発症率は25-30%低下することが認められた。


すなわち、スタチン以前の脂質低下薬で指摘された「コレステロール値が下がらない、総死亡率が下がらない、逆に癌が多くなる」などの問題はスタチン系薬剤では認められないということである。

ただし、私自身は「コレステロール含有量の高い食物は極力食べないようにしましょう」という食事指導は正しいとは思っていない。
「コレステロールだけ」からなる食物などはなく、例えば卵はその中で胚が発生できるだけの様々な微量栄養素、成長因子、脂肪酸などが含まれる。
そもそも、コレステロールは食事により摂取されるだけでなく、(生体にとって必要なので)肝臓で作られるのだ。
「美味しい物は体に悪い」という信仰よりは、(それを食べるのに罪悪感を感じることがさらに快感になる場合もあろうが)「美味しい物は体に良い」という方が進化の過程で備わった自然な感覚であると思う。


フレミングのペニシリン発見は偶然の発見といわれるが、遠藤先生はこの話に感銘を受けて、カビやキノコからコレステロール合成阻害物質を捜し、スタチンを発見された。
米国の研究者と同様に合成化合物からスクリーニングするのではなく、あえて「泥臭い仕事に賭ける」ことを選んだことが成果に結びついたのだ。
本書に書かれた新薬発見にまつわる壮大なドラマは、生命科学系の若い研究者が読んだらきっと参考になると思う。
by osumi1128 | 2006-09-16 19:56 | 書評 | Comments(4)

The Creating Brain: The Neuroscience of Genious

昨日から名古屋の学会に参加している。
日本生物学的精神医学会、日本神経精神薬理学会、日本神経化学会の合同年会で、国際会議場(シュールな<騎馬像>が中庭にあるところ)で開催されている。
神経伝達物質のドパミンで有名なArvid Carlsson博士と、現在は記憶の研究に取り組んでおられる利根川進博士という二人のノーベル賞受賞者をPlenary Lecturesにお呼びしたというゴージャスな学会である。
本日の朝のシンポジウムで座長と講演を行った。
よく分かっていなくて、抄録やタイトルを日本語のみで提出してしまったことが悔やまれる。
プレゼンは気合いを入れたKeynoteで、きっちり時間内に終えることができてほっとする。

久しぶりにダークスーツ率の高いミーティングに出席した気がする。
もう一つ気が付いたのは、シンポジウム等で他人の論文のデータを用いて延々総説的なトークをする方が多かったこと。
勉強熱心なことは分かるが、1時間の教育講演ならともかく、自分のデータで喋ってよね、と思った。

*****
さて、本日のタイトルにしたのは「招待講演」という枠で話をされたNancy C. Andersenというアイオワ大学の精神科のChairをしている女性の演題です。
昨年、この方が書かれた本のタイトルでもあります。
IQが135-200の方々を集めて脳画像を撮って「天才の脳」はどのように違うのかを調べておられるようなのですが、そもそもの問いは「creavitivityはどのようにして生みだされるのか?」ということにあると思われました。
Although creativity requires above avarage intelligence, it is qualitatively different. Creativity, in tis essence, is the capacity to perceive novel relationships and ideas and to use or express them in a way that is esthetically pleasing or intellectually usuful. The creative personality is adventuresome and open to experience. (抄録より)

さらに、話の中には、作家では気分障害の方の比率が一般人より明らかに高いことや、数学、物理学におけるcreativityと統合失調症の間には関係があることなどが含まれました。
例えば、ニュートン、アインシュタイン、ワトソンはいずれも本人やその家族が統合失調症を発症しています。
ジョン・ナッシュやバートランド・ラッセルなども挙げられていました。
いつか本を読んでみようと思いました。

*****
今回は会員ではない学会で、うちの研究室からは誰も参加していなかったので、昨晩はK大学のO研究室のメンバーに合流してご飯を食べたのですが、突然(でもなくて予定されていたのかも?)、翌日口頭発表する人の予演会も行われました(まさに予宴会)。
昨年基礎配属で来ていた医学部4年生の女性で、研究室に出入りしていて、今回が学会デビュー、しかも英語。
直属の指導者からの厳しいゲキが飛んで、でも、きわめて和やかな食事会でした。
後からOさん御大も加わって「二次会はカラオケにでも行きますか?」というのを「明日、朝一番で講演なので、今日はちょっと・・・」と言って流して、別のお店に移って、でも11時半閉店という健全な終わり方。

本日は懇親会の後、N大学のN先生がカラオケに行くというので、「そうだ、うちの研究室のカラオケまでに練習しなきゃ」と思って付いて行ったところ、御年66歳のS先生の熱唱を聴くことができました。
しかも、選曲がT-BOLANやB'ZなどのJポップ系でびっくり!(註:若者系という意味)
他にN大学のM先生、TN大学のKさん、K大学のMさんなどもおられ、皆さんそれぞれの持ち歌の個性や多様性に圧倒されました。
新曲の試し歌いは大失敗。
歌い出しの「サビ」は良いのですが、間奏をはさんだ後の歌い出しが駄目ですね。
iTuneで聴いているのと、実際に歌うのはだいぶ勝手が違いました。
しっかり覚えているのは80年代の曲ばかりというのがちょっと悲しい(古い記憶の方がしっかり保持される)。
やっぱりS先生を見習って、新曲にチャレンジするべきかも。
声を出すというのは健康的ですし・・・って言い訳?

本当はブログにあまりこういうネタは書かないのですが、久しぶりに会う方、初めて会う方が「読んでいます!」と仰るので、ご本人達の許可を頂いている訳ではないのですが、書いても大丈夫そうな方々とみてアップしました。


by osumi1128 | 2006-09-16 00:55 | 雑感 | Comments(4)