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研究不正関係本2冊

日帰り東京出張だったので、本が1冊読めた。
先日の三島の行き帰りに読んだものと合わせて紹介したい。

『論文捏造』(村松 秀著、中公新書ラクレ)
『国家を騙した科学者』(イ・ソンジュ著、ペ・ヨンホン訳、牧野出版)

前者は、NHKの科学・環境番組部専任ディレクターの方が作成した「史上空前の論文捏造」の取材をもとに書籍化したもので、内容は、米国ベル研究所の研究員だったヤン・ヘンドリック・シェーンの高温超伝導にまつわる事件。

後者は、ヒトクローンES細胞を作るなどの(実は捏造の)功績により国民的英雄となったファン・ウソクと、マスメディア等のあり方について、元東亜日報記者が書いたもの。
対比として、世界で起きたさまざまな研究不正の事例も後半で取り上げられている。

ドキュメンタリー本としては前者の方が面白く、後者はやや内容を詰め込みすぎて、またさまざまな事象の時間的なものが前後して何度も出てくるのでやや読みにくい点もあったが、科学と報道がともに「民主主義的であるべき」という主張が、あらためてなるほどと思った(後述)。

2冊読んで、この2名の研究者に共通する行動パターンが浮かび上がってきた。
まず言えることは、不正は不正を呼ぶ、捏造する研究者は捏造を繰り返す、という点である。
シェーンはたった数年の間に数十報の論文をNatureやScienceを含む雑誌に掲載していたが(なんと、1週間に1本くらいのペース)、調査委員会が調べた十数報すべての論文で不正が見つかった。
ファン教授は、特許申請等を理由に論文を発表していないにもかかわらず、プレスリリースはし続けて、乳牛のクローンを最初として、BSI耐性クローン牛、虎のクローン、無菌豚を作ったとし、そしてヒトクローン胚由来のES細胞の論文を2本Scienceに発表し、国家プロジェクトとして巨額の研究費を受け取っていた。

次に挙げられるのは、権威が付随すると不正が暴かれにくくなるということだ。
シェーンの場合は直属の上司がすでに業界で名の通った研究者であり、最初の不正の論文はその加護のために世に出て、センセーションを巻き起こした。
ファン教授の場合には、乳牛のクローンを作ったあたりですでに大御所になっていたらしい。

3つ目に言えるのは、おそらく最初の不正を見逃してしまうことが一番問題なのではないかという点である。
シェーンの場合には、上司が生データや実験サンプルを確認せず、その結果に驚き、喜び、一挙に論文投稿ということになってしまったことが問題だった。
ファン教授の場合には、論文が出ていないにもかかわらず、マスコミがそれを問題視しなかった。
どちらのケースも、捏造論文ではデータの使い回し(それは、コンピュータで論文を作成するような時代になったからこそ容易に行えるようになったのだが)が、疑いを持った研究者によって発見されたことをきっかけに、不正が暴かれていった。

後者の本では、科学における対話とマスメディアにおけるそれを近似させている。
既存の知識に満足できない、あるいは他の人は分かっているのに自分は理解できないという理由から、核心的な問題提起をする誠実な人たちが、いつの世にも少数ながら存在するものだ。
カール・セーガン『人はなぜエセ科学に騙されるのか』

ドイツの社会哲学者、ユルゲン・ハーバーマスの『意思疎通論』によれば、人はある主題について対話をするとき、本当のことを言ったり嘘をついたりする。したがって、論証が可能な主張をしてこそ対話が続けられるのだ。相手が疑問を提起すれば、論証の義務が生じるので、当然、根拠を示さなくてはならない。
 ハーバーマスはこれを真理に接近する過程と定義した。真理とは、こうした手順を踏まずに与えられる客観的な実態ではなく、手順の結果として生じる。


シェーンの場合は、誰も追試ができない数年の間、業界のスーパースターとして祭り上げられたが、ファン教授の場合には、韓国でも国外でも、科学者はその成果に疑問を持っていたにも関わらず、それが世論には届かなかった。
MBC(韓国のテレビ局)をも屈服させる巨大な力に、誰が立ち向かおうとするでしょうか。国益のために口をつぐみ、息を潜めて黙っているほうが正しいのかもしれません。しかし、私たち科学を志す者たちは視野が狭く、いかに小さな現象でも、納得ができないことには際限なく「なぜ?」と叫び続けるしかありません。私もそんな一人です。

これは、ファン教授の2005年の論文の中から捏造の決定的証拠となるDNA fingerprintの問題を探し出した、地方の国立大学で生物学を専攻する博士課程の大学院生が、インターネットサイト「ブリック」に載せた文であるという。
by osumi1128 | 2006-10-31 01:28 | 書評 | Comments(2)

子音の聞き取り

本日の仙台は昼間、とても暖かだった。
外を散歩するのに丁度良い季節。
今のうちに楽しまないと。

*****
日本語を母語とする人は一般的に子音の聞き取り・認識が甘い傾向にあるようだ。
もともと日本語にはない「L」と「R」の聞き分けや、「Th」の音などはもちろんだが、例えば、ベッドとベット、バッジとバッチなども曖昧な人がいる。
亡くなった祖母は確か「ヨーグルド」と言っていたような。

仙台に来て間もない頃、駅からタクシーに乗って「東北大学の医学部にお願いします」と伝えたら、青葉山の「理学部」に連れて行かれそうになった。
別のときには「歯学部」の前に向かわれた。
その後こちらも学習するようになり、まず「大学病院にお願いします」と言ってから、「病院の中ではなく、医学部に入って下さい」と伝えるようにして、問題解決。
でも、そんなに難しい聞き取りには思えないのだが、運転手さんも確かめてくれればよいのに、勝手に思いこんでそちらに走っていってしまう傾向がある。

先週金曜日、ご挨拶をお願いしていたT先生が、時間になってもお見えにならない。
一体どうされたかと気を揉んでいたら登場され、「いやあ、<二女>にお願いしますと言ったのに、気が付いたら<一女>だったんですよ。慌てて引き返したのですが・・・」
うーん、ニジョとイチジョを聞き間違えるのもドライバーのプロとしてどうかと思うが、現実に起きた事件である。
by osumi1128 | 2006-10-29 23:15 | 雑感 | Comments(0)

サイエンス・エンジェル@二女高

(追記しました)
久しぶりに週末仙台で過ごせるのでほっとしている。
朝寝坊してから衣替え第二弾をし、午後ひとつインタビューがあったことを思い出し、ぎりぎりセーフでラボへ。
さて、ようやく昨日の講演についてのエントリーである。

*****
昨日の講演は、東北大学医学部脳科学推進協議会がNPO脳の世紀推進会議によるサポートで行った「脳の科学と医学」というもので、宮城県第二女子高等学校(通称二女)にて開催された。
「脳の科学と医学」は本来、毎年3月の「世界脳週間」の一貫として行っている市民向けの講演会という扱いであり、仙台では今回で5回目になる。
2回目から、高校生を対象とした講演会を行っており、一女、一高、二高ときて、今年は二女という次第。

二女は本年創立102周年の歴史のある女子高で、校訓は「自主協調、明朗誠実、研磨創造」という。
高校案内パンフレットによれば
個性豊かな全校生徒が互いに切磋琢磨しあい、誇り高く常に成長し続ける、県内屈指の進学校

とのこと。
部活動やボランティア活動が盛んな様子が見て取られたし、校内には行ってまず印象的だったのが、「こんにちは!」とすれ違う生徒達から気持ちの良い挨拶の声をかけられたこと。
まずは校長の久力(くりき)先生にお目にかかってご挨拶。
もともと生物の先生で教科書も書いておられ、一女高のスーパーサイエンスハイスクール立ち上げに関わられたこともあり、今回の企画を楽しみにしておられたようだ。

総合司会には医学部のF先生をお願いし、久力先生のご挨拶の後、体育館に集まった全校生徒900名を相手に、講演「脳っておもしろい!」
中身は「脳のできかた、脳の中で一生に渡って神経細胞が作られること」を中心にお話ししたのだが、予定の時間よりも短めに準備し、質疑応答の時間を長くした。
さまざまな質問が出て、こちらも楽しかった。

今回、せっかく女子高で講演をするので、是非サイエンス・エンジェルさん達にも、自分の研究紹介をする機会を持ってもらえたらと考え、「杜の都女性科学者ハードリング事業」の次世代育成支援班の方にご了解を頂き、SA5名にも企画に関わってして頂いた。
5人のうちシニアな博士課程の3名には自分の研究内容を簡単に発表して頂き、さらに「サイエンス・エンジェルへの質問コーナー」の時間を長く取った。
講演をしなかった2名は、パンフレット・ポスター作成を通じて、女子高生へ科学の面白さを伝える役目を担ってもらった。

発表にあたっては、事前にリハーサルをしてパワポの確認も行い、「専門用語は極力少なく!」「遺伝子名は2つ以上は無理」「後で話さない内容はイントロに詰め込まない」などなどの改善を加えてもらったので、とても分かりやすいものに仕上がっていた。

質問コーナーでは、かなり研究内容に突っ込んだ質問もあれば、「挫折しそうになったときはどうするのですか?」「女性の方が向いている研究はどんなことですか?」などの一般的かつ身近なお姉さんに是非訊きたい、というものもあり、40分くらいの時間が本当に短く感じられた。

最後に、東北大学医学部名誉教授のT先生から「脳科学を皆で見守って下さい」というメッセージがあって予定の時刻に終了。
その後、久力先生は「まだ質問したい人は校長室にいらっしゃい」とお伝えになり、SA4名と私がいるところに、入れ替わり立ち替わり、数十名の女子高生達が来て、いろいろなお喋りをしていった。
横で見ていて、身近なロールモデルとしてSA達がいかに大切な存在なのかを感じた。
その時間、なんと一時間半であった。

今回は、NHK仙台支局の取材があり、昨日「テレまさむね」他のローカルニュースとして放映されたようだ。
残念ながら私は見ることができなかったが、K先生曰く「女子高生が、それぞれの個性を生かした研究をしていることがわかった、と話していた」
サイエンス・エンジェルの任務が全うされていることを実感。
また、エンジェル達も「女子高生からpowerをもらった」と感想を述べていた。

また、12月に毎日新聞理系白書と東北大学百周年記念セミナーとのジョイントシンポジウムが企画されているのだが、こちらにもSAが関わることから、理系白書のM記者も取材に来られた。
講演だけでなく、女子高生とSAのやりとりにも耳を傾けてメモを取っておられた。

*****
そもそも、サイエンス・エンジェルのアイディアは、昨年の今頃から「女性研究者支援モデル事業」の申請の準備を始めた際に、NHKの『ようこそ、先輩!』がヒントになったものだ。
ご存じの方も多いと思うが、『ようこそ、先輩!』は、いろいろな職業についた有名人の方が自分の母校の小学校に出向いて、2回授業をするという企画である。
これに倣って、女子大学院生が自分の母校の高校や中学校に行ってセミナーをし、科学の面白さや、理系生活の様子を伝えてもらったらよいのではないかと考えた。
もちろん、昨今、教員も出前授業等のアウトリーチをたくさん行っているが、少ない女性教員が行うよりも、サイエンス・エンジェルの女子大学院生それぞれが母校に羽ばたいていってもらえれば、もっと多くの理系少女にメッセージが伝わるはずである。

大学院生の出張については研究費使用上のさまざまな制約があるのだが、是非、来年度には実現させたいと支援室では考えている。
今回の二女高での講演は、そのためのトライアルという位置づけであった。

実際に行ってみて思ったのは、たぶんSA1名で行くよりも、2名以上をペアにして行ってもらった方が、いろいろな選択肢を見せる上で効果的だろう。
今回も、3名のSAがそれぞれ異なる研究内容を紹介したことが、「個性を生かした」という印象につながったように思う。
またこれは、SA同士の交流という意味合いもある。
講演そのものも大切だが、おそらくその後の質疑応答が一番重要かもしれない。
人と人が触れ合うことでこそ、大切なメッセージは伝わる。
by osumi1128 | 2006-10-28 16:34 | 東北大学 | Comments(4)

サイエンス・エンジェルによる講演(予告)

「ブログが月曜日から更新されていないのだけど、元気か?」と実家の母から心配するメールが入ったので、とにかく生きているというメッセージを伝えるべくエントリーします。

いろいろ忙しい数日であったのが、本日の宮城県第二女子高等学校における「脳の科学と医学」の講演をもって、大きな一山は越えたことになる。
書きたいことは山ほどあるのだが、本日はマラソンで走ったくらい(走ったことないけど)疲れたので、講演の中身については週末の間にアップしておきます。
by osumi1128 | 2006-10-27 20:23 | 東北大学 | Comments(0)

遺伝研バイオロジカルセミナー

月曜日は三島の遺伝学研究所に行ってきた。
11時からのセミナーに間に合うために、仙台を6時半くらいに出たのは辛かったが、たいへんやりがいのあるセミナーになった。

H田さんからは「学生が楽しみにしています」というお話だったし、先日班会議の折にH海さんからは「シニアがセミナーで語るべきこと」というご指導を受けていたので(まだシニアではない、と思いつつも)、非常に時間をかけて要旨も準備し、さらに時間をかけてパワポも準備した。
本館3階のセミナー室でプロジェクタを準備していると、学生さんやポスドクさんだけでなくて、エライ先生方もお集まりになり、これはジョブセミナーなのか?と思うくらいであった。

やや歴史的なイントロから始めて、大脳皮質形成についてのイメージングを中心とした話題で1時間のトークの準備をしていったが、途中からもどんどん質問攻めに会い、一通り終わってからも沢山の質問を頂いた。
こんなに嬉しいことはない。
有難うございました。

その後、学生さんやポスドクさん7名と一緒にお弁当を頂いた。
話題はややキャリアパス系のことに偏ってしまい、それぞれの皆さんがどんな研究をしているのか、もう少し聞きたかったが時間切れ。残念。

*****
ところで、遺伝研は大学院生に対して非常に手厚い教育を行っている。
一人の学生さんに対して、4名のアドバイザーの教員が担当になって、年に1回、進捗状況についてのインタビューがあるという。
アドバイザーの先生は自分の所属研究室以外から選ばれるので、あまり近くない分野の研究者に対して研究目的やその成果を説明するトレーニングになる。
また、研究の途中で自分の研究室ではできない技術を学ぶのも容易である。
少数の大学院生を研究所全体で育てているといえる。

現状では、大都市の有名な大学の良い研究室には多数の大学院生が集中する傾向にあるが、そのような研究室では、必ずしも親身の指導にはならないのではと思う。
日本ではまだ、大学院生に対してサラリーを出す訳ではないので、とにかく沢山来てくれて、その中で競争に生き残る学生さんがいればよい、という感覚なのだろうか?
確かに、学生さん同士の切磋琢磨ということも、成長するためには大切かもしれない。
でも、ゆったりした環境でのびのびと、自分のラボ以外の研究者とも交流しつつ研究者としての基礎トレーニングをしていくことは、きっと良い展開に繋がるのではと思う。

もうひとつ、こういうアドバイザー制はラボの中で少数の人間関係の間で論文が捏造されていくのを防ぐことになるだろう。

*****
夜は、H田さん、K村さんのアレンジで、沼津港近くのお店で。
桜海老の特大かき揚げ(画像は↓)、生シラスなど、珍しくも美味しい海の幸を満喫。
御馳走様でした!
*****

・・・翌朝も早くて、ゲストハウスの部屋に、コンピュータの電源を忘れてきた。
やれやれ・・・
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すみません、携帯で撮影したのですが、手ぶれしまくりでした(涙)。
by osumi1128 | 2006-10-25 00:59 | 科学技術政策 | Comments(0)

911 surviver: 盲導犬とともに

昨日の出来事。
土曜日まで札幌に残ったのは、帯広畜産大学主催「国際市民フォーラム:進化する盲導犬の育成システム」というシンポジウムを聴くため。
個人的な興味というよりも、振興調整費プログラムオフィサーとしての用務である。
というのは、このイベントは振興調整費重要課題解決型プログラム「優良盲導犬の育成に関する生殖工学的研究」の一貫として開かれているからだ。

代理母の話題で新聞に特集が組まれるくらいだが、生物学者という立場からは、家畜であっても自然ではない生殖プロセスにやや居心地の悪さを覚える。
最先端の不妊治療やら極小未熟児の治療と、優良な家畜のクローン化や生殖工学は、それぞれ極端な端を向いているが、どちらも自然の摂理よりも人間の都合を優先しているという意味においては同じだからだ。

ただし、この盲導犬プロジェクトが「重要課題解決型」プログラムとして採択された社会背景としては、必要とされている盲導犬の数に生産(!)が追いつかないということがある。
せっかく子犬から訓練しても、大きな音にびっくりして怯えてしまうような性質のイヌだと、盲導犬、介助犬としては働けない。
また、このような任務のイヌたちは、雄も雌も去勢・避妊させられるので、せっかく優秀だとしてもその子孫を残すことができない。
そこで、卵巣移植や精子凍結保存などの技術開発が求められているという訳である。

シンポジウムは、全国盲導犬施設連合会副会長の方(視覚障害者)に始まり、次に中途失明によりサラリーマンから鍼灸師に、さらに長岡市議会議員になった方が盲導犬オパール号を連れて登場。
失明したら人間失格になるような気持ちだったが、盲導犬との出会いにより再びチャレンジする意欲を取り戻すことができたと話された。
さらに、日本獣医師会会長の方から、日本でももっと盲導犬、聴導犬、介助犬の必要性や、もっと社会の中で受け入れられるべき(例えば、病室で患者さんを癒すのに使われてもよいはずなど)と主張され、そのような社会における獣医師の果たす役割を強調しておられた。

休憩の後、Guide Dogs UKという組織の繁殖センターの方が、どのようにして介助犬をトレーニングするかについて講演された。
その次に話をした方は、Guid Dogs for the Blind, USAという組織でNational Public Affairs and Donor Relations Officerという立場のマイケルさん。
彼はなんと911のテロ襲撃の最中、盲導犬ロゼールとともに世界貿易センタービルの78階から逃げることができたという経験の持ち主だった。

その朝、マイケルさんはロゼールを連れて出勤し、同僚のディビッドとともに9時からとある会社でのプレゼンに備えていたらしい(目が見えなくてもグラフを使うこともあります、とさりげなく言っておられた)。
突然、大きな爆音と揺れを感じ、緊急事態だといってオフィスはざわめきたったが、「ロゼールがおとなしいから大丈夫さ」
そこから、オフィスワーカーが皆、あわてふためいて階下を目指す群れの中、消防士が上ってくると端によけつつ、延々と盲導犬ともに階段を降りた。
「ディビッドは、48階、47階・・・とフロアの段数を数えることに集中して気持ちを落ち着けようとしていたけど、僕はひたすらロゼールに注意を向けていた。僕たちはパートナーだから、お互いに信頼し合わなければ駄目なんだ」
ロゼールに「Good girl. Left. Forward…」と声をかけつつ下った。
最初は何が起きたのかまったく分からなかったが、飛行機の燃料の匂いがするのに気が付いたという。
ようやく下まで降りた頃、再度爆音がし、ディビッドが「第二タワーにもまた飛行機が突っ込んだ!」と叫んだが、もちろんマイケルさんには見えない。
とにかく安全なところまで急いで行かないと、と、普段は盲導犬には走らせないのだが、ロゼールと共に走った。
大きな段差があったり行き止まりだったりすると、ロゼールが立ち止まって教えてくれる。
そうやって、生き延びることができ、ようやくつながった携帯で奥さんに無事を告げた。
「カレン、ロゼールのお陰で脱出できたよ」

この大きな体験の後、マイケルさんは世界中をロゼールとともに巡って、盲導犬の重要さと世界の平和を訴える活動を行うことにしたという。

マイケルさんの話はこちらで聴けます。

不気味な隣国との関係が俄に緊張感を増してきている中、私は被爆国である日本こそがきちんと核兵器行使により何がもたらされるかについて世界に強く発信すべきだと考える立場である。

* ****
マイケルさんの講演は、まさに「911 surviver」の語りであり、臨場感たっぷりの見事なもので、思わず最後まで聴いてしまったのだが、大慌てでキャリーケースをごろごろ転がしつつ札幌駅に着くと、千歳エアポートの次の列車は15:55という。
ま、まずい、私の飛行機は17:00丁度発のはず。
千歳空港駅到着が16:31で大丈夫か???
乗り遅れたら、友達との約束が・・・・・

焦る気持ちを抑えつつ、まず、札幌駅の中に自動チェックイン機があったので、チェックインしてしまう。
千歳エアポート号に乗車したところで、JALのサービスセンターに電話をし、(ああ、携帯って本当に便利)、「すみません、すでにチェックインはしてあり、空港駅到着が16:31なんですけど、17:00発には間に合うでしょうか?」
「少々お待ち下さい」
(こういうときの「少々」は異常に長く感じるものだ)
「お客様、17:10までにゲートのカウンターにお着きになれば大丈夫です。セキュリティーなどが混んでいますときは、事情をお話しになって、優先してもらって下さい」
ラッキー! それならきっと大丈夫。

で、エアポート号は予定時刻に到着し(さすがニッポンのJR)、そこから走らずに空港に行き、まずカウンター近くのお姉さんを捕まえて「すみません、17:00発なんですけど、荷物はまだ預けられますか?」
「15分前まで大丈夫です」
この時点で時刻は16:35くらいだったので(千歳空港駅と空港はかなり近い)、余裕で(どこが?)キャリーケースは預けてしまい、それから余裕で(ホンマか?)空いているセキュリティーを通り(日本では靴を脱がなくてよい)、かなり端の17番ゲートまで向かう(札幌—仙台便はマイナーなのだ。当たり前だけど)。
ゲートに着いたのは16:45くらいで、余裕でトイレにも行けたくらい。

という訳で、無事に予定通りの飛行機に乗り、他に時間を守れない客もおらず17:00過ぎには滑走路に向かって動き出した。
やれやれ・・・

一旦荷物を自宅に置いて、中学の同級生「つーつ」と呼んでいた友達をピックアップしに、約束通り19:00過ぎに駅前のホテルに向かう(この辺が仙台アーバンライフってことです)。
ロビーに降りてきた彼女とは20年以上会っていないのだが、昔の面影はしっかり残っていて、非常に懐かしかった。
今回、彼女は技術経営学会とかいう学会に参加のために来ていたのだが、懇親会はパスしてくれて都合が付いた。
実はちょうど同じ時刻に、神奈川県は藤沢では、中学の同窓会が開かれていたはず。
こちらは二人でワインバーTでのプチ同窓会@仙台となり、誰々はどうしてる、あのときはこうだったよね、というような話題で盛り上がった。
by osumi1128 | 2006-10-22 22:02 | 雑感 | Comments(7)

異分野交流の面白さ

北米神経科学学会を早めに切り上げて帰国したのは、北大で開かれた生命リズムと振動子ネットワークに参加するためであった。
北大の21世紀COEの1つ数学のプログラムの支援によるとのこと。
どうしても初日は聞くことができなかったが、2日目、3日目のお話(それだけでも十分盛りだくさん)を堪能し、大いにインスパイアされた。
数理学、生物学、工学の方々による発表は、それぞれ面白かった。

以前、数学科の友人Kさんと「生き物とは?」について議論したことをこのブログにも書いた。
現在、普通の生物学における主流の定義(はずせない3ヶ条)としては
1)膜で囲まれている
2)エントロピーが増大しない
3)次世代を生みだす

というものがあり、Kさんは2)は必須だけど、他は必要ない、という意見だった。
今回のシンポジウムに参加して、真性粘菌が群全体として一つの生き物のように振る舞う様子を見て、自説を曲げてもよいと思うくらい感動した。
ちなみに、「もやしもん」という漫画の中に出てくる「最短コースを選ぶ粘菌」の実験のネタになったNatureの論文の筆頭著者の方にお会いすることもできた。

私の定義としては3)が一番捨ててもよい事項であるが、1)は結構捨てがたい。
粘菌だって、よく考えれば、細胞膜は持っているしね。
でも、なんだか、形そのものも、ちぎれたりくっついたりするくらいでどうにでもなるし、そもそも、上記の定義でも、ウイルスはどう扱うか、などの問題がある。

細胞性粘菌の振る舞いのビデオも感動物。
ごく単純な原理だけで、細胞が集まり、traveling waveを示しつつアメーバ状に動き、中心が盛り上がっていく、などの形態形成を示す。
たぶん、個々の分子の挙動など理解しなくても、おそらくこれと同じような動きをするものを群体ロボットで再現することが可能(東北大学工学部I先生の発表より)。
現時点では二次元シミュレーションではいい線行っていたけど、実装ロボットは、まだまだ可愛い動き。

こういう異分野研究者のシンポジウムでは、どれほど一般性のある話ができるか、本質を突いた研究目的であるかどうかが重要なポイントである。
また同時に、その内容をどう「見せるか・喋るか」という技も、相手の理解や感動の程度につながる。
今回は、皆さん「振動子」「引き込み」「縮約」などなどはオッケーの人たちが集まっているハズ(私以外)、ということで定義なしでずんずん進まれてしまい(いや、初日パスしていたこともあるので、定義なしだったかどうかはわからない)、こちらは、とりあえず「帰納的」に、個々の発表を聞きながら、こういうこと、らしい、と感覚的・直感的に理解しようとした。
別に、自分で数式を書いて変数を決めてシミュレーションするつもりはないのだから、これで構わない。

生物学には「時間軸」は必ず含まれているはずなのに、「時間生物学」や「記憶」といった分野以外では、あまり本質的に扱われていないことを再認識した。
四次元の世界のはずの「発生生物学」でさえ、in situハイブリダイゼーションの羅列やら、ノックアウトマウスの表現型やらで話が進み、時間は断片としてしか捉えられていない。
時間とともに神経管が徐々に巻き上がるというダイナミックな形態形成でさえ、かつて大学院時代にコピーし、擦り切れるくらい読み倒した1980年代の論文以上に何が分かったのか。
これこれの遺伝子は必要だ、という記載ばかりが累積していくのはいかがなものか。

*****
さて、札幌は食文化のレベルが高いところにある街である。
地元の方に連れて行って頂いたランチや夕食は、どれも美味しかった。
写真は思い切り手ぶれのスープカレー(野菜)。
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by osumi1128 | 2006-10-20 23:23 | サイエンス | Comments(0)

サイエンス・エンジェル任命式

アトランタ〜シカゴ〜成田〜札幌は、遠く、とおく、果てしなく長い旅であった。
時差ぼけ解消と体力回復のために、シカゴからの復路では食事をしてからコメディー「Click(邦題忘れ)」を見た後、ほとんど睡眠。
シカゴ在住という隣の女性は2時間くらいしか寝られないとのことで、羨ましがられた。
乗り換えの連絡が悪く、成田では数時間過ごしたが、ゲートの前でも幸い無線LANがあって24時間で500円だったかリーズナブルな料金設定だったので、迷わずつないで仕事をした。
隣に座った若い女性に「どこまで行くの?」と聞くと「ヒロシマからイワクニへ」
カンの働かなかった私が「プライベート? お仕事?」と再度問うと、「Army service」と答えられた。
北朝鮮問題のために、全米から兵士が派遣されつつあるのだろうか?

成田は暑く、札幌は10度未満の気温で寒く、温度変化も疲れる原因だろう。
もう遅かったので夜ご飯にホテル1階に入っているスタバに寄ったら、ハロウィンのバリスタベアが3種類あって、ふらふらと、そのうちの1種、クマがカエルのぬいぐるみを着ているもの(マグネットの方)を買ってしまった。
札幌で3泊するので、デスクの上に置いて和みグッズにしよう。

*****
さて、サイエンス・エンジェル任命式の画像を手に入れたのでアップしておきます。
理学部広報の方で撮影して頂いたもの。
本当はエンジェル達の了解を取っていないのだけど、一人一人の顔は知らなければ個人が特定できないくらいの小さいものなので、独断と偏見にて掲載。
ずらっと40名弱が並んだ姿は圧巻ですね。
今後の活躍に期待します!
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by osumi1128 | 2006-10-18 22:37 | 東北大学 | Comments(2)

グーグル・アマゾン化する社会

帰国の朝は昨日からの雨が続いていた。
8時の飛行機だったので、5時に携帯のアラームをかけておいたが、2時半くらいには目が覚めてしまったので、少し仕事をしながら朝になるのを待って、5時前にチェックアウトした。
2泊分は無事に戻ってくることを確認し(皆様ご心配下さって有り難うございます)、タクシーを呼んで空港へ。
友人のKさんは「現地公共機関を使う派」だというが、こういう時間帯のときはどうするのだろう???
ニューヨークは24時間地下鉄が動いているが、人口40万人のアトランタではちょっと期待できなさそう(未確認)。
さすがに朝早いので道も空いていて、快適に到着し、さてチェックイン、と思うと航空券が見あたらない!!!
出発までの時間がありすぎて仕事を始めるというのも注意力を散漫にするらしい。
やれやれ・・・と思って(やや神妙な面持ちで)カウンターに。
「あのー、すみません、チケットを無くしてしまったようなんですが、日本で旅行社を通じて予約は入れてあります。」
「ノープロブレム! 最終到着地はどちらですか?」
「成田、トーキョーです」
「パスポートをどうぞ」
どうも、今時はすべて電子処理されているので、まったく問題ないらしい。
それにしてもどこで無くしたのだろう???

旅のお供に新書を2冊連れてきたが、行きの飛行機で1冊半くらい読んでしまって帰りに読む物がなくなってしまったのが悲しい。
そのうちの1冊は『グーグル・アマゾン化する社会』(森健著、光文社新書、2006年9月刊行)というものだが、なかなか面白かった。
膨大かつ多様な情報があるにも関わらず、アクセス数の多いサイトや売れ筋の本は一極集中する傾向があるということを分析している。

書店に行く時間がないと、ついアマゾンに頼ってしまうが(そして、書店で買うよりも明らかに多数の本を一度に購入してしまうが)、日本版が始まったのはまだ5年前くらいだ。
1冊見つけてクリックすると、「この本を買った人は次のような本も買っています」というrecommendationが出てくる。
私はこの商品戦略にはあまりひっかからないのだが、同じ著者の書籍リストなどを見てしまうと、ついでにあれも、これも、となってしまう。
本屋さんで捜すと、物理的な重さで3冊買えば満足するが、インターネットショッピングは脳が飽きるまで続く。
それぞれの本にはレビュー(書評)を書き込むことができ、誰でも星いくつ、という評価とともにコメントをアップロードする「参加型」の仕組みがアマゾンを大きくしたと筆者は捉えている。
確かに、専門家に原稿料を払って書評を書いてもらわなくても、素人が勝手にやってくれるというのは、非常に自律的かつ低コストのシステムである。

日本ではヤフーの検索も多いようだが、世界全体では圧倒的にグーグルの一人勝ちである。
イメージ検索もプレゼン準備には便利だし(クレジットは明記するとして)、最近では世界のどの地域でも衛星からの画像を拡大して見せるGoogle Earthも面白いと思った。
グーグルで適切なキーワードを打ち込めば、即座に何万件、何百万件ものウェブサイトがヒットして挙がってくる。
だが、そのトップから最後まで読む人はごくまれで、普通は1頁目くらいをチェックして終わりになる。
当然である。1つ5分で読んだとしても、百万件読むには数日かかるだろう。
という訳で、ウェブの世界ではグーグルで上位に挙がることが最重要課題になり、つまり1私企業のやり方に皆が従わなければならないことを意味する。
あるいは、グーグルでヒットしなければ、この世に存在しないのも同じということになる。
極めて便利なツールであり、もはや無しでは生きられないのだが、本当にこの方向に向かっていってよいのだろうか?

* ****
空港のゲートで待っている間にCNNのニュースで、北朝鮮がまた核実験に対するライス国務長官のコメントを流していた。
この国の狂った代表の言動も誰も止められない。

マドンナが養子をもらったというニュースも。
少子化が問題でも、一般的な日本人は外国から養子の子供を連れてくるというメンタリティイーはない。

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シカゴの乗り換えはターミナル3からターミナル5まで空港内トラムに乗らなければ成らず、しかもかなり歩く。
20分くらいはかかってようやく移動し、カウンターに行く。
「ハーイ、アトランタでチェックインしてますが、搭乗券をお願いします」
「オーケー。パスポートをどうぞ。・・・あ、ちょっとメッセージがあるみたいなので、少々お待ち下さい」
カウンターのお姉さんは一旦奥に引っ込んで、しばらくすると何やら手にして戻ってきた。
「貴女のチケットがありました」
「本当ですか? 無くしたと思っていたんですけど、行きにどこかで落としたんですね。ありがとう。」

む、む、む・・・きっと、行きの乗り継ぎのセキュリティーのところで手荷物等をスキャンした後、「水物」没収に関してやりあったときにチケットを取るのを忘れたか、向こうがハンドバッグだけトレイから取り出して、チケットがトレイに残されたか、そんなところだろう。

だいたい、毎度毎度の手荷物検査では、ノートパソコンは出せ、ジャケットは脱げ、靴もトレイに入れろ(日本人的にはかなり居心地が悪い)、その他金属探知器に引っかかりそうな装身具ははずせ(私の場合は髪を留めるバレッタが引っかかる)、と五月蠅いこと。
で、終わるとまず靴を履いて、PCをトートバッグに戻し、ジャケットを着て、バレッタで髪を留め、パスポートと搭乗券を仕舞って、さあ、ゲートに向かう、というステップを踏むのだが、行きのシカゴ空港では、この間に「目薬だけはご勘弁を・・・」みたいな交渉をしていたので、パスポートと搭乗券は確認したが、チケットはミスってしまったらしい。

研究者ブロガーのP先生は、いつぞや「あわやパスポート紛失?」というネタで数エントリー分、読者を楽しませて下さったが、チケット紛失は「紛失しても大丈夫」という訳で、大したことではありませんでした。

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という訳で無事に帰国。
成田からのエントリーでした。
このまま千歳に飛びます。
by osumi1128 | 2006-10-18 17:23 | 書評 | Comments(0)

Neuroethicsということ

事情により北米神経科学学会@アトランタの参加は本日まで。
明日の早朝に発つので、パッキングは夜のうちに済ませないと・・・

昨年のSfN@ワシントンDCは2万7千人の参加者だったそうだが、今年は今日の時点で2万1千人余である。
おそらくこの学会はもっとも車椅子の参加者の多い学会なのではないだろうか?
脊髄損傷の患者さんなどが、1年間での研究のアップデートを自分の目で確かめに来たりしている。
患者団体も展示ブースを出しているし、また、「Education in Neuroscience」というセッションもあり、その年のBest Educator in Neuroscience」の表彰などもある。
関連して、例えばSchizophrenia Research Forumというwebを運営しているNPOは夜のセッションを1つ催していた。
このサイトでは、最新の研究に関する情報だけでなく、ウェブ上での討論や、研究者が必要な試薬を捜したり、グラントや就職情報が載っていたり、研究者でない人たちも参加している。
とにかく、昨年初めて参加したときもそうであったが、学会といっても様々な立場の人たちが参加しているということが強く印象に残った。
こういう層の厚さが米国の脳科学を支えていると感じた。
科学コミュニケーションの場として、今後、日本の学会も解放されることになるだろうか?
お座なりな市民公開講座を学会会期中に開くだけでは、まだまだだと思う。

今日も朝5時に目覚めて、メールを片付けてから翻訳の校正の3分の1を終わらせた。
その後、午前中のLectureとしてNeuroethicsについてJudy Illesという方が講演されるのを聴いた。
Neuroethicsの定訳は神経倫理なのだろうか?
まだ日本語として定着していない気がするが、その重要性については非常に注目されてきている。
日本では言い出されたのはbrain-machine-interface (BMI)のや脳イメージングの研究分野からなのだが、本当はゲノム情報というのも極めて倫理的問題を含んでいる。
例えば、ボランティアで脳研究のために画像を撮ることに協力して、実は脳腫瘍が見つかったら、どのような気持ちになるだろう?
精神疾患のリスク遺伝子が多数明らかになったとして、それを知りたいかそうでないか?
糖尿病や高血圧よりも、脳に関する問題はデリケートだ。
今後、科コミの世界ではどのように扱われるようになるだろう?
by osumi1128 | 2006-10-17 11:20 | サイエンス | Comments(2)