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熊本大GCOE

金曜日〜土曜日に参加しましたのは「熊本大GCOE発生医学研究センター共催サマーリトリートセミナー」でした。
参加者は80名ほどで、うち60名くらいが学生さん。
ポスター発表する方には旅費・宿泊費がサポートされるということで、皆さん頑張ってポスターを持ってきてました。
外国人の参加者が10名ほどおられたので、今年から外部講師の講演や質疑応答は英語でした。
なんと! 子連れの方のためにシッターさんをセンターの経費から会場に派遣したということで、さすが、熊本大学の見識の高さに脱帽です。
振興調整費によるモデル事業は「地域連携によるキャリアパス環境整備」というタイトルなのも、先読みだと思います。
ダブルT先生、K先生ご夫妻、Y先生、N先生、お世話になりました。

*****
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土曜日の午後はN先生の研究室の方々と阿蘇の観光をしてきました。
朝から曇っていたのですが、ちょうど火口にたどり着いたときには運良く晴れてくれました。
「硫黄」がお土産に売られていたのですが、「一体、どこから採掘しているのだろう?」ということが疑問になりました。
ちなみに硫黄は「機内持ち込み不可」なのだそうで、「宅急便でも送ります」となっていました。

画像の一番下はお昼ご飯の「高菜飯セット」で、モツ煮込みと「だご汁」(味噌仕立てのだんご汁で、すいとんのようなものが入っていました)ほかが付いていました。
高菜は刻んで炒めたものを炊いたご飯に混ぜるのだそうです。
ヘルシー系ですね。
帰りがけに立ち寄った山田さんちの牧場のソフトクリームはミルクの味が濃くて美味しかったです。
そういえば、熊本で宿泊したホテルの近所にお洒落っぽいチーズの小売店があったのですが、覗く暇がなく残念。
熊本は食文化も高い地域と思われました。
by osumi1128 | 2007-09-30 21:40 | 旅の思い出 | Comments(2)

文豪・夏目漱石—そのこころとまなざしー@江戸博物館

昨日〜本日は熊本大グローバルCOEのサマーリトリートの講師として呼ばれ、阿蘇におりました(この件はまた次回に)。
1つ前のエントリーについてのコメントの中で日本語の使い方についてのものがありましたので、その部分にレスしておきます。
キャリアパス関係については改めてエントリーを立てるつもりです。

「おられる」は誤用かということについて、東北大学の文学研究科の先生に問い合わせましたところ、次のようなお返事を頂きました。
(○○先生、有り難うございました。)

*****
○○です。お久しぶりです。
出張しておりましたので,お返事が遅くなりました。
すみません。

さて,「おられる」の件ですが,
歴史的に言いますと,「人がいる」というとき,関東では「いる」を,
関西では「おる」を用いていました。この点はコメントを書いた方の
おっしゃるとおりです。
もう一つ,「(ら)れる」という助動詞を用いて尊敬表現を作るというのも,
歴史的には関西から東に広がってきたやり方です。
「いる」という意味でのニュートラルな「おる」に尊敬の「られる」をつけて
「いてはる」よりも敬意が高く「いらっしゃる」「おいでになる」よりは
軽い,中程度の尊敬表現とする「おられる」という表現が,
「(ら)れる」敬語の広がりとともに西から東日本へも普及してきたのですが,
東日本では,「3時まで部屋におります」のように「おる」を謙譲語としても
用いるので,「おられる」に違和感を持ち,誤りだとする人がいます。

文化庁の1997年の調査では,「総務課の武田さんは,どちらに
おられますか」を「正しくない」と思う人は3割で,少数派だそうです。
ある大学の教員が1993年に648人の男女の社会人および学生に行った
調査によると,65.8%の人が「おられる」を「正しい」形であるとし,
「誤り」とした人は10.2%,「よくわからない」が19.4%だったそうです。
ただし,敬語に自信がある,という社会人だけで集計すると,
18.6%になるそうですが,この場合,母数がどのくらいになっているのか
はっきりわかりません。
敬語関係の書物などでは,「おられる」は今やほぼ受け入れられた
と見ているようですが,東日本の方で「おる」は謙譲語だという
意識の強い人は,誤った言い方だと思うでしょうし,「おる」を
ニュートラルな表現だと捉える地域の人は「おられる」を間違いと
するのには抵抗があるだろうと思われます。

先生のブログにコメントを寄せた方は,東日本で「おる」を謙譲語として
受け止めるタイプの方であり,しかも,尊敬語「おられる」の広がりに
ついては受け入れないという東日本規範の強い方だと思います。

以上で回答になりましたでしょうか。
遅ればせながら,お返事申し上げます。
*****

私の育った地域は神奈川県・東京都ですが、一緒に暮らしていた母方の祖父は山口県下関の出身、祖母は大阪は船場の出身です。
「いる」の尊敬語として「いらっしゃる」という言葉ももちろん使いますが、「おられる」も使うことがあるのは、上記の先生の分析のように祖父母の影響により「東日本規範はさほど強くない」のかもしれません。
「いらっしゃる」の方が音節が多いせいか、より丁寧な印象は持っています。
「いてはる」は普段は使いませんが、西の方の方と喋っているとでてしまい、変な関西弁様コトバに訛る傾向は強いです。
今、日経新聞で連載中の小説の舞台が北九州エリアなので、祖父が山口だったので近い言葉を聞いたことがあるせいか「ばってん」とか「しちょる」とか「ナントカするとよ」などのコトバが毎日どんどん蓄積しており、つい出てきそうになっています(苦笑)。

ちなみに敬語における「誤用」という意味で言えば、モノの名前に「お」を付けて丁寧語にしますが(お手紙、お返事、お食事などなど)、祖母は「お胡瓜」「お茄子」「おトマト」と普通に話しておりましたので(この「おる」は謙譲語のつもりです)、これらもうっかりすると口から出てしまうコトバですね。

という訳で、「読者に……という方もおられますので」という用法は、私の中ではごく自然な言葉であり、「という方もいらっしゃいます」というほど尊敬する必要はないけど、「という方もいますので」というよりは丁寧にしたい、というような意識で使った次第です。

* ****
言葉の問題が出たところで、一つアナウンスです。
今年は夏目漱石が朝日新聞社に就職して百周年+江戸博物館十五周年とのことで、東北大学・朝日新聞とのタイアップ企画、「文豪・夏目漱石—そのこころとまなざしー」が江戸博物館で開かれています。
東北大学は「漱石文庫」として、漱石が所有していた書籍や原稿を所有していますが、初めて東京に里帰りしての公開となるそうです。
なぜ、東北大学に漱石の旧蔵書などがあるのかについては、例えば下記のような情報もどうぞ!
「仙台・東北大学をたずねて 漱石と土井晩翠など」
by osumi1128 | 2007-09-29 18:58 | 東北大学 | Comments(4)

アカデミアからのアクション

9月13日のエントリー「プレスリリースと立ち上がるポスドク」については、いくつかのコメントを頂きました。
その中で、生理学会の若手の企画に政治家を呼ぶのは、あまり良い作戦ではないと思ういう意見を書いたのですが、それに対しての反論が以下のようにありました。
(すみません、元エントリーを見ていただいてもよいのですが、コメント欄をどうやって読むのか知らない読者もおられますので)

Commented by 生理学者 at 2007-09-16 23:16 x
「順序」というならこっちでは?
ポスドクの考え・思い=民意⇒政治家⇒政策⇒官による仕組み化

>「それはあまり適切ではないと思う」
なぜ上から決め付けてるんですか?適切か否かの基準から話し合うべきでは?

Commented by 山下 at 2007-09-18 09:11 x
僕も生理学者さんの順序に賛成。
民主主義国なのですから、政治家が民意を汲みあげるべきですね。
大隅さんは御自分の決め付けを反省して、撤回すべきです。

Commented by ほんとに? at 2007-09-19 00:41 x
民主主義の仕組みを理解していない教授がいるとは・・・。


1万5千人ほどのポスドクは日本の中でごく少数派(仮に日本の人口を1億2千万人とすれば0.0125%)です。
つまり、ポスドクにとって「いいこと、うれしいこと」は、その他の人にとっては必ずしもそうではないかもしれない訳ですね。
したがって、多数派の意見の方がより民意を表すということですと、生理学者さんの言われるほど単純ではないと思われます。

政治家を動かすには、それに見合う政治活動資金や票田が必要でしょう。
かつて日本歯科医師連盟という政治団体が橋本龍太郎元首相に1億円のヤミ献金を行い、首相はそれが元で退任に追い込まれました。
日本の歯科医師は現在10万人を超えたということで、ポスドクの10倍近い数がいるのですが(それでも0.1%程度)、その過剰問題が生じています。
それなりの努力と投資によって免許を得ても、過去と同程度の収入を得ることは非常に難しくなり、歯科医師会や歯科医学会、あるいは主だった歯科大学の同窓会などで大きな議論を呼んでいるのです。

医師会も歯科医師会も推薦する政治家を国会に送り込んでいます。
民意を(一部であれ)政治に反映させるためのやり方の一つです。
もっとピュアに活動する政治家もおられるでしょう。
でも、その目的は「環境問題」であったり「教育問題」であったり、明らかに「誰にとっても非常に大切な問題」だからこそ看板として掲げるのに適しているのだと思います。

したがって、「ポスドク問題」に政治家を巻き込むとしたら、それはかなりの最終手段としてだと思いますし、それなりの準備と覚悟と努力と妥協が必要だと考えます。
そもそも、政治家で博士号を持っておられる方はどれくらいいるでしょうか?
人間、自分と同じ境遇の人には同情もしますし、力になりたいとも思うでしょう。
そうでない方に理解を得るというのは、そう簡単なこととではなく、さまざまなお膳立てが必要ですね。

Commented by 翁 at 2007-09-22 14:11 x
大隅先生の見解は間違いではないのですが、これはとりもなおさず日本の「学」が国民ではなく役人の方を向き続けてきたことの証左でもあります。その結果、学が役人の操り人形と化した事実を深刻に受け止めなくては、問題の根本は何一つ改善しないことでありましょう。


この方のコメントは一つの核心を突いていると思います。
私の意見は上述のように、「官」に働きかける方がずっと近道であり、少なくとも、大学院重点化とポスドク1万人計画は行政誘導で為されたことなので、その施策の結果として不具合が生じているのであれば、それは責任がある、という立場にあります。
ですが、「学」と「官」の関係の方がずっと近く、「学」から「政」への働きかけがきわめて少なかったことの弊害を、この時点で考えるということも必要だとは感じています。
ただ、そのやり方は政治団体を作ることではないと思いますし、ごく少数の人間の間のやりとりで決まるべきでもないと考えます。
「学」が「政」に奉仕するだけなら、何も変わったことにはならないでしょう。

ブログのコメントでenokiさんが主張されるような「民意民力」を活かすことが基本的にまず大切なのだと思います。
例えば、なんらかの稀な難病があったとして、その患者数はどんなに少なくても、なんとか診断法・治療法を確立するために研究費を出して欲しいという患者団体は、このような機能をもった集団です。
国全体のコストパフォーマンスの問題などもありますが、先進国と言われる国であるのなら、国民全体の見識や優しさに訴えることもできるでしょう。
もっといえば米国のように、患者の団体が研究費を出して、その研究を行う研究者を支えるということもありますね。
(そういう仕組みを作るためには、寄付に関わる税制を変えるなども必要ですが)

ですので、フリーターの200万人に対し、たかだか総人口の0.01%程度の集団であっても、不当な処遇を受けているのであれば、決起してそれを訴えるべきだと思うのです。
とくに、分野を超えて情報交換をし、交流することが重要だと考えます。
by osumi1128 | 2007-09-24 01:42 | 科学技術政策 | Comments(16)

京都に行ってきました

数日、京都に出張しておりました。
仕事をいくつかこなして(後述)本日、さあ、予約した便より早めに帰ろうかと思いましたら、航空会社のサイトから予約したのではなかったため、「変更不可!」ということに気がつき、腹をくくって(?)京都市美術館にて「フィラデルフィア美術館展」を観てきました。
(今回の「もし下さるというなら」はクレーの作品でした(タイトル忘れ)。下地にいろいろな色を塗ってから、その上を黒で覆い、さらに鋭い筆記用具で描くと黒の部分が削り取られて、下の色を浮かび上がらせるという技法。たしか、小学校の頃にお絵かき教室でしたことがありますが、独特のタッチになります)

そもそも、仙台から京都の出張はデフォルトがJR新幹線の乗り継ぎのはずなのに(時間的にはその方が長いのですが、乗り換えが便利なので)、何故、航空機にしたのかも不明。
ネットでクリック一つで予約ができるために、熟考なしに決めてしまったという典型例、かもしれません。

友人の研究者で忙しい方達には「すべて秘書さん任せ」で、交通手段やら宿泊先やらぜーんぶ手配して頂く方がおられます。
出張前日に「ハイ先生、明日の京都出張のお泊まりは○○ホテルになっています。こちらがアクセスの地図です。チケットはこちらです。学会会場とご講演時間などはこちらをご覧下さい。では、どうぞお気を付けて」とセットで渡されるのです。
私は「自分で決めたい派」(かつ、直前まで予定が決まらない)なので、未だにほとんどの場合、自分で手配していますが、最近はいくつかの用務を続けて行き、さらにその費用の出所の分配がややこしいこともあったりすると、出張の書類をお願いしている秘書さんに手配して頂いた方が、秘書さんがちゃんと把握できてよい、というようなケースも出てきました。
やれやれ……。

* ****
さて、京都の用務は再生医科学研究所主催の国際シンポジウムでの講演、再生研の外部評価、ジェンダー関係企画での講演となっておりました。
シンポジウムは、まあ、普通に英語の講演だった訳ですが、その後の外部評価は日本人4名、外国人4名(アメリカ3名、スウェーデン1名)の評価委員での会議でした。
外部評価はいろいろなケースで何度か経験がありますが、英語で、というのは今回初めて。
一人10分の発表を足かけ二日で15人以上聴くのはなかなかハードでしたが、非常に勉強になりました。

研究機関のアクティビティーを上げるのに、さらにどうすればよいのかについて、欧米の方の意見は極めて明快でした。
研究室の枠を超えた情報交換、交流を多くすること。
年に一度のリトリートも良いのですが、例えば、ある大学の方は「ブラウン・バッグ・ランチ・ミーティング」をユニット(専攻くらいの単位でしょうか)ごとに毎週木曜日に開くという例を示しておられました。
PI以外の人が発表するのを聴くとともに、「あそこの研究室にはこんな良い機械がある」「誰それさんはこのテクニックが抜群に上手い」「彼(彼女)は意外な知識が豊富」などの情報を、気軽に得ることができるというものです。
(「ブラウン・バッグ」というのは、買ったお昼ご飯を入れる茶色い袋のことです。つまり、食べ物持ち込みで行うセミナーなのですね。)
東北大学では発生生物学の研究室が多いので、うちの研究室が仙台に立ち上がってから、Wさんが「インターラボ・ミーティング」として、毎週月曜日の夕方にほぼ上記の「ランチ・ミーティング」の内容のことを行っています。
違いは「ランチのあるなし」ですが、キャンパスが分かれた研究室が集まるので、ランチ時というのはちょっと無理があるので仕方ありません。
ただ、「夕方5時以降からの会議・セミナーを避ける」というのは、子育てと両立させるのに必須条項なので、その点がちょっと不満。
難しいですね・・・

また、若手の独立性を高めると同時に、アドバイザー(メンター)が科研費の書き方や学生の指導の仕方などの指導をすることも言われていました。
こちらは大賛成なのですが、研究室の枠を超えた仕組みを作るのが、日本ではなかなか難しそうな気がします。
* ****
もう一つの用務であったセミナーの方は、長谷川真理子先生の「性差の起源を探る:生物学的性差と社会」というご講演の途中から参加。
京大はよく行きますが、法経エリアに入るのは初めて。
今回の講演は「認知機能の性差」という、作りおろし?のPPTファイルで初めてのプレゼンでした。
前半の「性決定の仕組み」のあたりは普段授業でも扱っている内容に近かったので、まあ良かったのですが、後半の認知機能の性差に関しては、いろいろな研究のメタ解析的扱いで、内容も「性差には生まれと育ちがどのように影響するか」などが含まれていたため、後で文系の方から「もう少し話し方を工夫すべき」とご指摘を受けました。
こちらとしては、「<生まれ>を重視した研究もあれば<育ち>を重視した研究もある」ということを提示したいというのが意図だったのですが。
もっとシンプルに「生物学的性差はどのように生じるか」あたりについて、「育て方でどちらの性にもなりうる」というJ・マネーの学説の否定をきちんと説明する、という講演でも良かったかもしれません。

全体討論の時間が短くなってしまったのですが、そこで50代後半くらいとおぼしき男性(見た目からの判断)が質問に立ち、「今回の二人の講演で、性差は非常に大きいことがよく分かった。だから、男は男らしく、女は女らしく生きるべき」との主張(まとめるとこんな感じ)を延々数分に渡ってコメントされ、会場一同がしらけたムードになっていました。
「あの人はいつでも来るんですよ」
どうも「その世界」では有名人らしい。

こういう展開が好きではないので、私の最後のメッセージは「性差がどのように生じるかという科学的知見と、政治や行政、研究環境整備等をどのように按配するか、は分けて考えるべき」というものにしたのですが、その部分の説明が足りなかったのは反省点。
閉会のご挨拶で、物理学会会長でもある坂東昌子先生(愛知大学)は、お話しになりたいことが溢れているご様子でした。

懇親会は京大正門近くのカンフォーラというお店の奥でした。
「今回は100名を超える人が参加していたようです」と主催者の方。
京大で社会学を研究されているO先生は「もっと文系・理系両方が集う会でこの問題を扱いたい」と仰っておられました。
by osumi1128 | 2007-09-22 23:18 | 旅の思い出 | Comments(4)

ミトコンドリアのちから

この週末は東北大学百周年記念を冠にしたイベントとして、理学研究科主催の展示&講演会近代物理学のあけぼの〜素粒子・原子核研究における東北大学の貢献〜という企画がせんだいメディアテークで開催されました。

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日曜日にノーベル賞の小柴さんの講演があり、300名くらいの大盛況。
続く高エネ研所長で元理学研究科長の鈴木厚人先生の講演も合わせると3時間でしたが、サイエンスカフェ等で慣れているせいか、集まった仙台市民は皆最後まで聴いておられたようです。


上記のサイトが理学研究科HPから見つからなくてウロウロする間に先日の百周年のフォトアルバムを見つけました。
理学研究科HP担当の方は本当にマメにアップデートされていて、素晴らしいです。

*****
さて、しばらく前に瀬名さんから近著の『ミトコンドリアのちから』(新潮文庫)を頂いて、出張に連れて行って読みました。
一言で「面白い!」です。

旧版の『ミトコンドリアと生きる』(角川oneテーマ21)の方は読んでいないのですが、今回の全面改定に当たり、次のような方針を決めたそうです。
①この1冊を読めばミトコンドリアの基本がすべてわかる、そんな欲張りな構成にする。
②最新のデータも積極的に取り込んでいくが、ページ数は限られているから、確実だろうと思われる実験結果のみに絞って読者に紹介する。面白い研究はいくらでもあるが、10年後に覆るかもしれない仮説はあえて省く。


確かに、この1冊には590円というのがもったいないくらいの情報が詰まっていますが、だからといって、それだけではない、というのが研究者+研究者の気持ちが分かるライターの組み合わせだからこその本書の価値だと思います。
まず本書では、ミトコンドリアを通して科学研究のロマンをお伝えしたいのです。

とあるのですが、研究内容そのもののロマンだけでなく、エネルギー代謝に関わった歴代の科学者が、生身の人間として生き生きと描かれていることは、読み物としての娯楽性を高めています。

本書のふたつめの目的として、ミトコンドリアが実にさまざまな疾患に関係していること、そしてその治療に多くの科学者が知恵を出し合って努力していることを伝えたいと思います。

実際に、ミトコンドリアが関わる老化、アポトーシス、生殖、代謝病、各種ミトコンドリア病などについての記載も分かりやすく、一般向け講演などで大いに参考になりそうでした。
遺伝子の変異のことは、ときに「変化」という言葉で示されていますが、これは「遺伝子の変化そのものは幸福でも不幸でもない」という哲学によるもので、私も一般向け講演などで常に意識していることです。
また、流行のサプリメント、コエンザイムQ10の話なども盛り込まれています。
このような「健康情報」が、似非科学でなく、きちんと伝えられることは、大切な科学コミュニケーションだと思います。

私にとっては、好気性バクテリアが太古の昔に取り込まれて共生体のミトコンドリアになり、やがて多数の遺伝子を核へ移していったことや、人類の起源、ミトコンドリア・イヴ、アフリカ脱出と大移動なんていう話題がお気に入りです。
たくさんのコラムも興味深いのですが、一番最後の「ミトコンドリアが登場する物語」は、さすが瀬名さんの情報収集と思いましたが、ミトコンドリアに魅了され、想像力を刺激された方が非常に多いと改めて認識しました。

最後に、
生命の基本原理を知ることによって、病気の原因がわかり治療法や予防法がわかる。逆に、病気を診ることによって、生命の基本原理がみえてくる。

という太田氏の研究室のHPに掲げられた言葉が引用されていますが、現代の生命科学研究のポリシーは、ほぼこの言葉に尽きると思います。
「科学は実用されて光り輝く」ともありました。
役にたたない科学を軽んじてはいけない、役にたつ科学を見下してはいけない、そんな風に思います。
by osumi1128 | 2007-09-18 00:26 | 書評 | Comments(2)

フォネロになりました!

金曜日は日本化学工学会第39回秋季大会での男女共同参画企画で講演してきました。
お世話して下さったM先生から頂いたお題『新潮流に向かう男女共同参画〜ワーク&ライフバランスをいかに保つか〜』がとても立派で(感謝!)、1時間もお時間を頂いての講演でした。

普通、この手の企画の聴衆は7割女性、というパターンか、男女半々で若い人が半分くらい、ということが多かったのですが、今回は学会の中枢の方々が中心で、女性は2割おられなかったように思います。
それはそれで波及効果としては意味があるので、こちらのやりがいもありました。
オジサマ方のご理解を仰ぐべく努力のプレゼンにより、会長様などからは「もっと他の人たちにも聞かせたかった」というお言葉を頂きましたが(ま、社交辞令もありますが(*^_^*)ね)、ダークスーツ率が9割!の懇親会の折などには厳しいお言葉も頂戴しました。
ご批判はしかと受け止め、次回の講演に活かそうと思います。

*****
さて、1週間ほど前に自宅にFONのルーター(小型無線LAN端末ということでよいのでしょうか?)が届きました。
FONスポットの登録も済ませ、これで晴れて正式なフォネロになりました。
メンバーになると世界中でこの無料WiFiにアクセスできるようになるのです!

コトの経緯は、新宿の実家ではこれまでWindowsの端末から「.Mac」を介してメールチェックなどしていたのですが、WindowsのMacユーザーに対する嫌がらせとしか思えないような酷い仕打ち(添付ファイルが<アブナイ>扱いとなって落とせないなど)に辟易しており、持ち歩きの(重たいー涙ー)MacBookをLANケーブルにつないでも設定が分からなくて使えず、使い勝手が悪くて困ったなと思っていたところ、ある日の朝、無線LANのスポットに不思議なサイトを見つけました。
そこにふらふらと入っていくと、「FON経由」でのインターネットアクセスが「30分お試し」できるということが分かり、簡単な登録をして試してみたところ、比較的サクサクと動くようなので、これは素晴らしい!と思って、その場で端末(La Foneraと言います)の購入をしてしまった次第。
自宅でも、無線なのでデスクの上でなくても繋がるのは超便利。
まだ日本でのFONアクセスポイントは少ないようですが、みんなで使えばもっと便利になります!!!
1980円(3800円のもあり)の投資は決して高くはありません。
興味のある方はFONコミュニティーサイトをご参照下さい。

*****
今週火曜日に味岡さんのセミナーをホスト。
詳しくはこちらの研究室のセミナー掲示板をどうぞ。
先日、瀬藤さんの表紙(SCRAPPERのお仕事)へのアクセスが集中しすぎてCellのサイトがダウンしたそうですが(快挙と言えましょう)、味岡さんの方もCellの表紙を飾ることになるそうです。

自分の方は京都で講演が2つ。
水曜日は再生研の国際シンポジウムです(ちょっと重たいPDFですのでご注意)。
こちらは神経新生neurogenesisの話をします。
もう一つは京都大学女性研究者支援センターのシンポジウムになります。
by osumi1128 | 2007-09-16 12:07 | 雑感 | Comments(3)

プレスリリースと立ち上がるポスドク

今年の神経科学学会@横浜の参加者は2日目の時点で3600名を超えたとか。
主催者の先生方は満足そうでした。

昨日行った発表に関しては、学会からもプレス発表になりましたが、共同研究を行っているサントリー健康科学研究所からもプレスリリースがありました。
詳しくはこちらをどうぞ。

*****
昨日の懇親会の折に、何人かのポスドクの方達と話をする機会がありました。
生理学会若手の会でポスドク問題を取り上げる予定とのことで、「政治家を呼ぼうかと思うのですが」と言われたので、「それはあまり適切ではないと思う」と意見しました。
どんな企画にするのかについて、例えば男女共同参画関係の場合を参考にするとすれば、学会本体の執行部の先生も参加してもらう、他学会ですでにそういう企画を行ったところの方に先例を話してもらう、所轄官庁である文科省の方も呼ぶ、などが常套手段かと思われます。
その上で、マスメディアに取り上げてもらえるように働きかける、などもあると良いでしょう。

何度かこのブログ上でも「実際にアクションしなければ変わらない」ということを言ってきましたが、立ち上がろうとする方達がいることを知ったのは、今回の大きな収穫でした。
一回、何かの企画を行って制度がすぐに変わる訳ではなく、地道な努力は必要だと思いますが、仮にそのとき参加した方達の利益に即、結びつかなくても、そういうボランティア活動をしたという経験は、その後、きっと役にたつときがあると思います。
(例えば、新しい分野の研究費の枠を作るなど)
是非、応援したいと思っています。
by osumi1128 | 2007-09-13 00:56 | サイエンス | Comments(11)

七帝大合同会議

今日(月曜日)からNeuro2007がパシフィコ横浜を会場に開催されました。
昨日の理事会から参加していますが、今日の夕方の時点で3500名くらいの参加者になったとのことでした。
3日間のプログラムはかなりタイトに詰まっています。
朝8:35からのシンポジウム開始、夕方19時過ぎまでのPleanary Lectureなど。

午前中のシンポジウムとポスターを見た後、東京は学士会館で開催された、七帝大の女性研究者育成モデル事業関係者の会議に出ました。
来年、総長参加のシンポジウムを企画したい、などの打合せをしましたが、私の頭の中にはポスドクキャリアパス問題をどうするか、ということが同時に浮かんでいました。

この問題に関しては、いくつかのブログサイトでもコメント数の多い話題となっていて、ずっとフォローしているのですが、「ここが悪い、あそこが悪い」「こうしたらいい、ああしたらいい」というweb上の書き込みはあっても、リアルなアクションには一向に結びつきそうにないように思います。
もう一歩あれば、施策に繋がるのですが……。
by osumi1128 | 2007-09-11 01:24 | 科学技術政策 | Comments(0)

初めてのフルスタ

台風一過で朝から暑い日だったのですが、念願だった楽天イーグルスの試合をラボメンバーと見に行きました。
デイ・ゲームで14:00からで、老若男女17727人の来場とのこと。
対戦相手は千葉ロッテ・マリナーズで、ちょうどこちらの三塁内野側からよく見えたのですが、非常に揃った応援をしていたのが印象的。
我々も応援グッズを手に頑張りましたが、昨日、台風の影響で飛行機が飛ばず、新幹線を乗り継いで福岡から8時間かけて帰仙した選手たち(監督も)は、ちょっと疲れ気味?
結局、2−10という大差での負け試合でしたが、結構楽しめました。

7回裏の攻撃前に、応援歌斉唱の後、膨らませた風船を飛ばすというお約束があるのですが、ちびっ子達がその風船の萎んだものを10個拾って持って行くと、選手カードか何かのグッズがもらえるとかで、なかなか環境保全対策も宜しい。
試合が終わった後も、食べ物や飲み物の容器をちゃんと持って行く人がマジョリティーでした。

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そういえば、定禅寺通りのJazz Festivalもこの週末でした。
賑やかな週末です。
by osumi1128 | 2007-09-08 23:12 | 雑感 | Comments(0)

雑誌の創刊

台風は東北地方を縦断して行き、新幹線が止まっていた時間帯もあったようですが、研究室は無事に通常営業でした。
しばらくブログの更新をサボっていましたら、「体の具合でも悪いのでは?」とご心配のコメントが付いてしまったということもあり、本日は久々のエントリーです。

スミマセン、ブログを書く暇が無かったのは、出張の留守中に届いていた某『神の雫』というワイン蘊蓄コミックを12巻分、毎日数冊ずつ読んでいたから、というのが実態です。
先日、理研の友人Sさんのお家に行ったときに、ちょっとだけ見せてもらったのが気になって、一気に購入。
だいたい30分もあれば1冊読めるのですが、ひどいときは一度に3冊読破したりして、眠くてふらふらになって就寝。
よって、ブログには手を出せず、という日が続いていましたが、ついに本日、12巻目を読み終えました
次はまた、数冊分が刊行されてからまとめて読むことになるでしょうね……。

*****
「季節限定」「地域限定」「10皿限り」「本日のお勧め」などなど、弱いキーワードはいろいろあるのですが、「創刊号」というコトバも限りなく心が動いてしまいます。
雑誌の編集に関わりたいとかつて思ったことがあるくらいなので、女性雑誌の創刊号はほとんど読んでいて、先日は「エクラ」(集英社)という雑誌の創刊号を買ってしまいました。
厚さが1.7cmくらいもあって780円というのは、非常にお買い得ですし(笑)、「創刊号」はどれも思いっきり力が入っていて、内容が充実しているものです。

この「エクラ」のターゲット読者層は「アラウンド50」(創刊のご挨拶より)ということで、「家庭画報」や「婦人画報」とちょっとカブるあたりなのでしょう。
同じ会社の妹雑誌が30代後半〜40代のワーキング・ウーマン向け「マリソル」(こちらも今年創刊でした)、他にはずっと古くからのnon・noやLEE、MOREも同じ会社です。
表紙モデルが「マリー・アスキュー」という、かつて資生堂のCMを席巻していた方で、特集に「黒木瞳」、『エクラな女であるには?』という記事で取り上げられているのが山本容子、阿川佐和子、藤原美智子、というあたりから、雑誌の方向性が読み取れます。
仏大統領選に敗れたセゴレーヌ・ロワイヤルのその後、という記事もありました。
インターネット通販とかなりリンクさせているところが、「家庭画報」より若い感じですね。

特集には「パリ」が取り上げられているというのも、創刊号の売り上げをかなり狙ってのことでしょう。
そのパリ特集の中で、「恋するルーブル:私の3作」という記事があって、真野響子さんの取り上げた3作の最初が「サモトラケのニケ」だったというのが、思わず購入するのに背中を押された感じでした。
ルーブルでは「モナリザ」より何より、階段の踊り場に展示されている、この首のない彫像を見ないことには始まらないくらい、大好きな作品です。
力強くて、でも優雅で、躍動感に溢れていて、初めて見たときに頭をがつんと殴られた気になりました。

創刊された雑誌がすべて続いていく訳ではありません。
つい最近では日経からのEWという雑誌が、たしか3号くらいで打ち止めだった気がします。
論文もそうですが、長く読まれ続けるものを書きたいと、つくづく思います。
by osumi1128 | 2007-09-08 00:29 | 雑感 | Comments(0)