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リケジョと割烹着:小保方さん報道に関連して(その2)

注:タイトルに絡んだ話題は後半に出てきます。後日談があります。
【追記】
なお、本記事は、STAP細胞についての疑義が生じる前に書かれたものであり、現時点での認識とは異なります。2014年12月26日に、STAP細胞は実はES細胞であったという調査結果が発表されました。

*****
「酸性の溶液でマウスのリンパ球を処理すると、多能性の高い細胞を誘導することができた」という理化学研究所発生再生研究センター(注:理研ビタミンの会社ではありません。歴史的には関係ありますが)の小保方晴子ユニット・リーダーの研究成果について昨晩取り上げました。
さっそく今朝の新聞各紙の一面を飾ったようで何よりです(つまり本日、日本が平和な日であるという証拠です)。

「多能性のある(英語ではpluripotent)」すなわち、いろいろな種類の細胞を生み出すことができる細胞には、これまでから、胚性幹細胞(ES細胞)とiPS細胞がありました。
今回のSTAP(Stimulurs-Triggered Acquisition of Pluripotency)細胞作製の仕方は、それよりも簡便であるところが一つのメリットと考えられます。
つまり、コストの面でたいへんお得になることが見込まれます。
ただし、もし移植細胞などに利用する場合には、ES細胞やiPS細胞のように、培養下でどんどん増やせるような工夫がさらに必要になるでしょう。
(また、今回、生後間もないマウスのリンパ球からはSTAP細胞が作れたのですが、大人のマウスからはできなかったという問題もあります。)

それよりも学術的な意義としては、STAP細胞がES細胞やiPS細胞よりもさらに多能性が大きい点があります。
マウスも人間ももともとはたった1個の受精卵に由来しますが、その細胞が2個に分裂し、4個、8個と増えていって、だいたい128個くらいまでになる頃に、まず、身体を構成する細胞になるか、胎盤などの組織になる細胞かに分かれます。
その後、身体を構成する細胞に「体細胞」と「生殖細胞」が分かれ、体細胞はさらに「三胚葉」に分かれて、最終的には、神経の細胞、筋肉の細胞などになる訳です。
ES細胞やiPS細胞は、生殖細胞を含めて身体を構成するすべての細胞をつくり出すことができますが、STAP細胞が、さらに加えて胎盤や胎仔膜の組織もつくり出すことができたのです。
これは、受精卵と同等とみなすことが可能な「全能性」の獲得を意味するのかもしれません。
酸性の溶液処理という環境ストレスがなぜ、そのような性質を誘導させるのかについては、今後の研究成果が楽しみです。
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(画像はCDBのプレス発表のサイトから拝借しました)

……さて、報道で話題となっていた小保方さんのラボ・ウェアはお祖母様譲りの「割烹着」ということでちょっと面白い話題を。

「割烹着」という言葉から、この衣服はもともと料理のために創られたように思われるかもしれませんが、実は「割烹着」は、理科実験を含む「作業着」として開発された、ということをご存知でしょうか?

割烹着は、実は日本女子大学校(現在の日本女子大学)で生み出されたものです(Wikipediaの情報は正確ではありません)。

私はこの話を、同女子大を幼稚園から定年まで過ごした母から聞いていたのですが、裏を取るために出典を探すのにちょっと苦労しました。
ようやく見つけたのは「夏目☆記念日」というテレビ朝日の報道番組案内です。
これは、1901年4月20日が日本で初めて女子に対する高等教育を行った日本女子大学校の創立記念日であることから、4月20日が「女子大の日」と制定されていることにちなんで昨年の4月21日に報道されたようなのですが、以下のような番組内容が残っていました。

女子学生たちは自学自動の教育方針により、実験の際に使う作業着を開発。これは後に割烹着と呼ばれるようになる。さらに創設者の成瀬は遠方から来る生徒のために寮舎を建設し、女子に団体競技を挑戦させることで自主性などを育成。これにより学生自らが運営する女子だけの運動会が開催されるようになった。卒業第1期生の丹下ウメは東北帝国大学に入学し、日本初の男女共学校が誕生。さらに平塚らいてうもこの学校の卒業生で、自らの著書「元始、女性は太陽であった」で成瀬のことを讃えている。


日本女子大学校を卒業後に1913年に東北帝国大学に入学した丹下ウメも、もちろん割烹着を来て化学実験をしていたに違いありません。
ちなみに、髪を覆う「三角巾」も同時に開発されたものと聞いています(こちらはまだ出典がつかめていません……)。

つまり、小保方さんが割烹着を来て発生生物学の実験をされているというのは、実は明治以来のリケジョの伝統なのです♬
小保方さんとの繋がりをちょっと感じた次第です。

本日はいろいろと報道がフィーバーしているようですが、瞬間最大風速ではなくて、リケジョに、そして基礎研究者に穏やかな追い風がずっと吹いていてほしいと願っています。

【リンク】
女子大の日
日本女子大と割烹着の話:2014年入試用学校説明会レポート日本女子大附属中学校・高等学校(校長先生のご挨拶文の中に記載あり)(PDF)
東北大学女子学生入学百周年記念事業
拙ブログon小保方さん(その1):多能性幹細胞をつくる簡便な方法:幹細胞は実はストレスで誘導される

by osumi1128 | 2014-01-30 20:58 | サイエンス | Comments(2)

多能性幹細胞をつくる簡便な方法:幹細胞は実はストレスで誘導される

d0028322_2225529.jpg註:本記事はSTAP細胞の最初の報道が為された直後に書かれました。その後、Nature誌に掲載された論文2本についての疑義が出され、最終的に12月26日付の調査委員会報告により、STAP細胞とされたものは、実はES細胞であったことがわかっています。

本日はサイエンスの話題でもう一つ。
理化学研究所の小保方晴子チームリーダーの研究成果が今週のNatureに掲載されました。
(右の画像は産経ニュースからの借用です)
これは、リンパ球を酸性の溶液に晒すと多能性幹細胞が誘導されるという内容で、いわゆる「山中カクテル」という4つの遺伝子導入でiPS細胞をつくるよりもはるかに簡便なやり方で済むのです!
iPS細胞誘導に関しては、その後、4つの因子を3つで済ませるとか、「2つの阻害因子」を入れて培養することで誘導できるなど、いろいろな方法がありましたが、今回の方法はさらに簡単。
しかも、iPS細胞は「胚性幹細胞(ES細胞)」という、「胎児のからだのどんな細胞にもなれるポテンシャルのある細胞」を誘導したのですが、今回誘導されたSTAP細胞(stimulus triggered acquisition of pluripotent cells)は、さらに「胎盤」という、胎児のからだ以外の細胞にも分化することが可能ということで、細胞運命の範囲が広いことになります。

この話を聞いて最初に思ったのは、幹細胞的なキャラクターを持つ細胞というのは実はストレスによって誘導されるのではないか、ということです。
なぜなら、数年前に東北大学の出澤真里先生らが発表されたMUSE細胞も、元々、界面活性剤を入れっぱなしにしたら多能性幹細胞が誘導された、というのが発見の経緯だったので、高ストレスという意味では今回の論文との類似性を感じました。
(データの解釈が若干異なるのですが……)

ともあれ、まだ30歳のユニット・リーダーのこれからの活躍に期待します!

【リンク先】
Natureに発表された論文:
Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency
Bidirectional developmental potential in reprogrammed cells with acquired pluripotency
理化学研究所:体細胞の分化状態の記憶を消去し初期化する原理を発見
-細胞外刺激による細胞ストレスが高効率に万能細胞を誘導-

産経ニュース:酸の刺激だけで万能細胞作製 新型「STAP」理研が成功
毎日新聞:新万能細胞:作製に成功 早く簡単、がん化せず 理研など
朝日新聞:泣き明かした夜も STAP細胞作製の30歳女性研究者
日経新聞:理研、万能細胞を短期で作製 iPS細胞より簡単に
読売新聞:
第3の万能細胞、STAP作製…iPSより容易
論文一時は却下…かっぽう着の「リケジョ」快挙(拙コメント付き)
小保方研のweb page

by osumi1128 | 2014-01-29 22:34 | サイエンス | Comments(0)

2014年日本国際賞発表

本日付で、2014年の日本国際賞の受賞者が発表されました。
「エレクトロニクス、情報、通信」分野
授賞業績
大容量長距離光ファイバー通信用半導体レーザーの先導的研究
末松安晴博士(日本)東京工業大学栄誉教授

「生命科学」分野
授賞業績
遺伝子発現の制御機構としてのヒストン修飾の発見
デビッド・アリス博士(アメリカ)
ロックフェラー大学 ジョイ・アンド・ジャック・フィッシュマン記念教授


詳しい内容についてはこちら

アリス博士はいわゆる「エピゲノム」研究で著名な研究者の一人です。
この分野に日本国際賞を授与するという場合に、誰を受賞候補者とするのかは、きっとたいへんな議論であったことは間違いないと思います。
でも、このタイミングで「生命科学」分野の対象として「エピゲノム」を選択された選考委員のご見識に敬意を評します。

受賞式は4月23日(水)に東京で開催され、各氏に賞状、賞牌と賞金5,000万円が贈られます。
日本国際賞の生命科学系で受賞され、その後にノーベル賞を受賞された方には、チャールズ・カオ博士(米)、フランク・シャーウッド・ローランド博士(米)、イライアス・コーリー博士(米)、ゲルハルト・エルトゥル博士(独)、アーヴィド・カールソン博士(スウェーデン)、リュック・モンタニエ博士(仏)などがおられます。
個人的には、小川誠治先生や、遠藤章先生がノーベル賞を受賞されたら良いなぁと応援しています。
by osumi1128 | 2014-01-29 22:10 | サイエンス | Comments(0)

時代は「一回性の科学」へ向かう

NHKの朝の番組「深読み」で「遺伝子検査」について紹介されていました。
ちょうど経産省からルールづくりが必要というような答申があったことを受けてのタイミングなのだと思います。
「遺伝子=ACTGの配列」だとすると、実は「それだけで罹りやすさが決まる病気よりも、そうではない病気の方が多い」ということについて、もう少し詳しく説明すべきと思いますが、日本の遺伝リテラシーは欧米より2周分くらい遅れているので、仕方ないのかもしれません。

生命科学の最先端では、ACTGだけで決まらないエピゲノムの分野が伸びています。
ざっくり言えば、3つの仕組みが遺伝子の「働き方」に影響します。

1つはマイクロRNAやノンコーディングRNAと呼ばれるRNA分子の働き。
2つ目はDNAレベルでの化学修飾(メチル化など)
3つ目はDNAが巻かれているヒストンというタンパク質の化学修飾(メチル化、アセチル化など)


でもって、これらの3つの仕組みは、「環境」に大きく影響を受けることがわかってきました。
つまり、私達の経験が私たちの遺伝子の働き方を左右するのです。

こうなってくると、時代はどんどん「一回性の科学」に向かわざるを得ません。

マウスを使った実験を想定してみましょう。
ある遺伝子Xが学習に対して影響するのかどうか調べるために、遺伝子Xを欠損させたノックアウトマウス(KOマウス)を作製し10匹用意します。
生命科学実験では「対照」との比較でその遺伝子Xの役割を判断するので、遺伝子Xが欠損していない「野生型」のマウスも10匹用意します。
これらのマウスを(可能であれば、実験者にはどちらの遺伝子型のマウスかはわからないようにして)、水迷路で学習させる実験をします。
もし、2つの遺伝子型の10匹のマウスの学習効果を表すスコアの平均値を出し、それに差があり、かつ統計学的な有意差があれば、遺伝子Xは学習に対して影響があると判断されます。

動物個体を用いた行動実験には、培養細胞などを用いた実験よりも「ばらつき」があることは研究者にとって折り込み済みです。
つまり、遺伝子XのKOマウスのある個体のパフォーマンスは、野生型マウスのある個体よりも良いこともありえます。

ですので、科学論文を作成するためのデータを得るには、可能な限りそのばらつきを少なくする工夫が必要です。
例えば、用意する10匹ずつのマウスは「同腹仔」、つまり、同じ母親から生まれたきょうだいを用いるのが理想的です。
例えば、片親をKOマウスのヘテロ接合個体にして、野生型の親と交配させれば、1対1の割合でヘテロ接合KOと野生型のマウスが生まれます。
ヘテロ接合は、両親から受け継いだ一対の遺伝子の片方のみ欠失している状態なので、もし、完全にノックアウトしたい場合には、ヘテロ接合の親同士を交配します。
普通に使われるマウスは1腹で6-8匹くらいの産仔数なので、この実験は少なくとも3匹の母マウスを用いる必要があります。

では、ここで、KOマウスの雄を野生型の雌と交配し、1匹目のKO母マウスからは野生型4匹、遺伝子XのKOマウスが2匹得られたとしましょう。
同じ母マウスを再度妊娠させて、2回目には野生型3匹、KOマウス3匹が得られ、さらに3回目では、野生型3匹、KOマウス5匹が得られたとすると、うまく10匹ずつのマウスが得られて実験が組めそうです。

ところが、2回目、3回目の出産をした母マウスは、1回目のときとは子育てが違うかもしれません。
また、仔マウスたちは、1回目、2回目はきょうだいが6匹、3回目は8匹なので、もしかしたら母乳の量が違うかもしれません。
さらに言えば、子宮内で男性ホルモンの暴露の影響が仔の脳の発生に影響を与えるという研究もあるので、子宮内で雄の胎仔に挟まれた雌胎仔は、雌に挟まれた雌胎仔とは異なる環境で発生することになります。
(実際には、多くの行動実験では、成体の雌マウスを使うと性周期の問題があるので、雄のみ使うことが多いのですが、ここでは少し話を簡略化しています)
あるいは、ヘテロ接合のKOマウス同士を交配して得られたマウスは、母マウスが野生型のマウスとは異なる育てられ方をしているかもしれません。

つまり、ここで2つの「遺伝子型」に分けた10匹ずつのマウスは、どこまで「均一」な集団かというと、考え出したらきりがないくらい、個々の育った「環境」や「経験」が異なる可能性もありえるのです。

さらに、論文を投稿して査読を受けた後に、再度実験せよ、というコメントが来て、追加の実験をするとします。
前の実験に用いた雄のKOマウスは、最初の実験のときから6ヶ月経ていますが、まだ交配に使えそう、ということで交配を組んで仔を得て(このために3ヶ月くらいかかってしまいます……orz)実験したところ、前回ほど野生型とKOマウスの差がつかなかった……となると、研究者としてはアタマを抱えることになります。

……もしかしたら、エピゲノム研究の行く先には、ものすごく「個々の差」や「一回性」を考慮した科学が待っているのかもしれません。
そもそも近代科学は、誰が観察・実験しても同じ結果が得られるという「再現性」を重視して進んで来ましたが、これからは、ネズミ1匹も患者さんの「症例研究」のようにつぶさに調べる必要が出てくるのかもしれません。

「一回性」の話は、もともと、作家の瀬名秀明さんが取り上げていたことがあって、ずっとアタマに引っかかっていたことでした。
ビッグデータの解析は、このような「一回性」の問題を克服することができるのでしょうか?
科学のこれからは私にとって、さらに楽しみな世界です。

【関連拙ブログ】
脳梗塞の幹細胞治療から考える一回性の科学【追記しました】
by osumi1128 | 2014-01-26 11:37 | サイエンス | Comments(1)

留学のススメ

ちょうど楽天のマー君のヤンキース入団が決まりましたが、文科省が昨年「トビタテ!留学JAPAN」プロモーションビデオを作成してweb掲載しています。

留学促進キャンペーン『トビタテ!留学JAPAN』記者発表会
「トビタテ!留学JAPAN」プロモーションビデオ(滝川クリステルさん編)
「トビタテ!留学JAPAN」プロモーションビデオ(野口聡一 JAXA宇宙飛行士 編)
「トビタテ!留学JAPAN」プロモーションビデオ(太田雄貴フェンシング選手編 )

さらに、12月にはAKB48「恋するフォーチュンクッキー」の替え歌、留学応援ソング「トビタテ!フォーチュンクッキー」の制作も為されました。

大きな海の向こうには、ドキドキすること待っている。居ても立ってもいられなくなった。Yeah!Yeah!Yeah!

 つけっぱなしのテレビのニュース、伝える世界情勢。ぼんやりと眺めていたら、傍観者で終わりそう。今の僕にできることは、トライ!トライ!トライ!トライ!ベイビー!やってみよう。

 トビタテ!フォーチュンクッキー、未来は自分信じること。Hey!Hey!Hey!Hey!Hey!Hey!若さは前に進む力さ。何度失敗したっていいよ。今日より明日は近づいているんだ。


それでも留学に乗り気でない若者が多い理由として、私は「海外にはウォシュレットが無いから」という仮説に同意しています(オリジナルは池上彰さんの書籍より)。
30年前、あるいは20年前までくらいなら、研究業界ならやっぱり海外に出なくては……という意識の方が、食べ物は美味しくないし(注:美味しい土地もある)という意識をやすやすと越えたのですが、日本の研究力が上がったことに加えて、「日本の方が綺麗で清潔で暮らしやすい」という点において諸外国を圧倒してしまったのではないかと思うのです。

周囲の若者にこの説に対する意見を訊いてみたところ「そうっすね」と、肯定的な答えが……orz

なので、日本の若者の海外進出のためには、ぜひ、ウォシュレットの輸出を伸ばしましょう!
あまり細かい機能は必要ありません(ムーブとか、あと乾燥も無くても良いか?)。
シンプルで壊れにくい製品を是非TOTOさんなどに開発して頂いて、それを売りまくって下さい。
どうぞよろしくお願いいたします。
by osumi1128 | 2014-01-23 18:54 | 科学技術政策 | Comments(0)

3Dヴィジュアルの世界へのいざない(&『3Dで探る生命の形と機能』ご紹介

d0028322_928199.jpg書評というより本についてのあれこれです。

私が大学院生だったとき、「in situハイブリダイゼーション法」といって、組織内におけるmRNAの局在を切片上で可視化する技術が開発されました。
この技術がなぜ生命科学研究の進展に重要であったかというと、遺伝子の「働き方」についての重要な情報を与えてくれるからです。

すべての細胞には基本的に、父方由来、母方由来のゲノムが2セット備わっているのですが、すべての遺伝子群が「スイッチ・オン」になっている訳ではありません。
細胞の種類や分化段階などによって、どの遺伝子が働くのかが異なっているのです。
「遺伝子が働く」というのは、ゲノムDNAを鋳型として中間段階のmRNAが合成され(「転写」という段階)、そのmRNAを鋳型としてさらにタンパク質がつくられることを意味します。
したがって、ある細胞でAという遺伝子が働いているという証拠を示すには、遺伝子AのmRNAかタンパク質がその細胞の中に存在しているかどうかを調べれば良いということになります。

比較的均一な細胞群でできあがっている臓器であれば、その臓器を擦り潰してRNAを抽出し、そのRNAの中に目的の遺伝子AのmRNAがあるかどうか、もしくは、同じことをタンパク質レベルで探索することができます。
(いわゆる、ノザン・ブロットやウェスタン・ブロットですね)
ところが、臓器や組織は必ずしも同じ細胞種だけで構成されている訳ではないので、どの細胞なのかまで正確に知りたい場合には、「組織・細胞を(壊さないで)そこにあるがままに(in situ)」解析できたら良いということになります。

タンパク質の局在の場合には、目的とするタンパク質を抗原として動物を免疫し、その動物から抗体を得て「免疫染色法」「組織抗体法」などと呼ばれる方法で染色するという方法がすでに確立されていました。
mRNAの検出に関して、当時新たに開発された方法が「in situハイブリダイゼーション法」でした。

最初の方法は、組織を固定してパラフィン切片を作製し、目的の遺伝子Aに対する相補的な核酸を「プローブ(釣り針)」として用意しておき、その切片上で放射性同位元素により標識したプローブを組織の上でインキュベーションすると、もし目的の遺伝子AのmRNAが存在していれば、相補的に結合することができ、さらに乳剤をかけて銀粒子の感光を行うことにより、mRNAの存在をキラキラとした粒として検出するというやり方でした。

当時、私が調べたかったのは、マウスの顔面発生期にビタミンAの誘導体であるレチノイン酸に対する3種の受容体がどのように発現するか(=mRNAの局在がどうなっているか)でした。
日本でin situハイブリダイゼーション法の技術をいち早く確立されていたのが、当時、岡山大学におられた野地澄晴先生で、日本細胞生物学会でその技術を紹介したご発表があったときに、そのときはまだ大学院生だったのですが、真っ先に共同研究を申し込みました。
そして、自分で切った連続切片を貼り付けたプレパラートを東京から岡山に送って(宅急便バンザイ!)、野地先生のところでin situハイブリダイゼーションをして頂いて、出来上がった標本をまた送り返して頂いて自分で観察する、ということを行っていました。

見ていたのが、マウスの小さな胎仔の連続切片だったのですが、自分の頭の中で3D構築を行って、きっと全体としてはこんな風になっているに違いない、と思って模式図を描いたりしました。
私にとって、初めて英語で世に出した論文の仕事でした。

そうこうしている間に、放射性同位元素ではなく、digoxigeninという化学物質でプローブの標識を行うことが可能となり、乳剤感光という数週間かかったステップが、数日で済むようになりました。
そして、この非放射性同位元素標識プローブを、切片を切らずに「マウス胎仔まるごと」に応用することが可能となったのです!
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初めて自分で行ったwhole mount in situ hybridization (WISH)により、ラット胎仔から取り出した中枢神経系の原基におけるPax6という遺伝子のmRNA局在を見たときの感動は忘れられません。
それまでは、連続切片の二次元のデータを自分の頭の中で三次元化していたものが、そのまま、あるがままに立体的に見ることができる、その情報量の増加は格段に大きいものでした。
また、放射性同位元素を用いたin situハイブリダイゼーション法が基本的に白黒の世界であったのに対して、WISH法では青紫色にmRNAの局在が見えるというのも好みに合っていました。

もちろん世界中で、とくに発生生物学という学問分野において、このWISH法は大流行し、一見ただ透明な胎仔の中には、種々の遺伝子発現レベルという観点から、さまざまなテリトリーがあることがわかりました。
つまり、遺伝子発現の「塗り絵」ができたのです。
そして、神経発生の分野で言えば、初期の脳の枠組みが構築される分子メカニズムの理解が1990年代半ばに飛躍的に進んだのでした。

……NPO法人綜合画像研究支援という組織が編集した『3Dで探る生命の形と機能』を手にとったとき、真っ先に浮かんだのが上記のようなエピソードでした。

人間は「見る」ことが大好きな生き物です。
網膜上に映る像は二次元ではありますが、リアルな世界は三次元でできているので、やはり二次元の対象よりも三次元の方が情報量が多いせいか、より興味が沸きます。
それは、映画やアニメーションの世界がどんどん3D化していることからも明らかでしょう。

本書では、生物学的試料を対象とした3Dイメージングに関する実に様々な技法が紹介されています。
この場合の3Dは「立体(3D)再構築」の場合と、「立体視(3Dイメージング)」の2つの技術を含みます。
3D再構築は、病院の検査のCTと同じようなものだと思って頂けばよいでしょう。
3Dイメージングは、最近流行りの3D映画と同じように、ステレオ撮影の原理を用いています。

かつて、電子顕微鏡でも、連続切片を撮像して、それを厚紙にトレースして手で重ねあわせてローテクな立体構築を行っていた時代がありましたが、今やコンピュータの進歩のおかげで、もっと簡便に正確に3D構築を行うことが可能です。
これはとくに神経科学分野で注目の最先端技術となっていて、とくにシナプスの結合の様子を包括的に見ることができるとして「コネクトミクス」を構築するための重要なツールとみなされています。
私自身は、この技術は単に神経細胞同士の繋がりを見る為以上の大きな発展性があると思っています。

真理は常に新しい技術によって見出されていくものです。
To see three dimensionally is to believe more convincingly.

【紹介した書籍】
『3Dで探る生命の形と機能』(2013年、朝倉書店)
by osumi1128 | 2014-01-18 09:48 | サイエンス | Comments(0)

基礎研究へのリスペクトと応用研究の人材育成

数日前に日本版NIH(いい加減に新しい名称が記憶に残って欲しい……)に関して、井村裕夫先生と利根川進先生の対談記事を見かけたので、昨年の9月13日に毎日新聞の論点に書かせて頂いた記事のオリジナル版をこちらに掲載しておきます。
紙面ではタイトルが「基礎研究予算の確保を」になってしまって、とても残念でした。
「リスペクト」は一般的な日本語ではないという理由と聞きました。
でも、主張したかったことは、決して「予算の確保」だけではなく、まさに、基礎研究を大切に思う気持ちを、研究者も市民も共有できることが大事ということだったのです。
そのためにも研究倫理に関して襟を正すことは大切だと思います。

*****

 3月末に「日本版NIH構想という話があるらしい」という噂が伝わり、基礎生命科学研究者は「トップダウンの医学研究ばかりになったら研究ができなくなる!」と大慌てになった。そもそも、予算が10倍以上も異なる本家NIHの日本版を作るということ自体、主要な枠組みの設定や審査体制も含めて現場の研究者を交えた種々の議論が必要と考えられたが、参院選も絡んでことは早く進んでいった。6月14日に閣議決定された「健康・医療戦略」の前後に、危機感を持った生命科学連合関連の54団体含め、多数の生命科学関係学会が「基礎研究予算は確保すべき」旨の要望書を堤出した。
 少子高齢化の時代に、より良い医療が求められており、それは天然資源に乏しい日本における産業活性化の切り札でもある。日本版NIHにおいて謳われている「現状において各省庁に分散する健康・医療関係予算を集約して効率よく研究開発を進めよう」という趣旨自体は望ましい姿であろう。しかしながら、日本版NIHをどのようにつくるかという問題は、単に予算をどこからどう配ればよいか、ということだけではない。紙幅も限られているのでここでは2点を指摘する。
 まず第一に、基礎研究が広く支援されなければ、そこから応用研究に伸びる芽は育たない。このような基礎研究は、政策誘導でトップダウンに進めるのではなく、科学者の自由な発想をもとにボトムアップに行われることが必要である。本家のNIH予算でも基礎研究がサポートされており、さらにNSFなど別の政府予算もある。基礎研究による発見が研究開発にまで利用されるには、歩留まりが悪く時間がかかる。このような基礎研究が支援されるためには、基礎研究に対するリスペクトを国民が共有できることが必要である。相次ぐ研究不正の報道はこのようなリスペクトを失わせる。論文捏造や研究費の不正使用などの研究不正の根源に、行き過ぎた競争的環境があることは間違いないが、研究者コミュニティーの自浄作用が働かなければ、基礎研究者はリスペクトを得られない。
 第二に、生命科学研究のコストを下げる工夫を真剣に考えなければ、予算はいくらあっても足りない。生命科学研究に用いられる最先端機器や試薬の多くは輸入品であり、米国で行うよりもかなり割高となる。共通機器としての利用も促進されるべきである。研究費の予算執行においても、直接的なクレジットカード決済などができれば、余分な時間、すなわちコストの削減に繋がる。
 第三に、日本版NIHによる一元化予算が付いたとしても、現状においてボトルネックになっているのは、基礎研究を臨床研究に繋げるための「応用研究」の段階である。応用研究は、例えばなんらかの疾患モデルマウスに対して、明らかにした疾患メカニズムをもとに、標的とする薬物のシーズ等を試す段階である。日本の理学部や農学部における生命科学教育において、人体や病気について学ぶ機会が非常に少ないことは、応用研究人材の枯渇を招いていると思われる。また、医学教育にも問題がある。米国のように「メディカルスクール」制度ではなく、いきなり6年制の医学部に入学し、その後、研修医に進んで臨床に従事することになると、医学の知識は備えていても、若いうちに動物や細胞を使った実験のトレーニングを受ける機会を逸してしまう。
 以上のように、この際、狭い意味の「日本版NIH」構想の具体化だけでなく、日本の生命科学研究の在り方そのものが真剣に議論されることを願って筆を置く。

*****

【関連リンク】
日経新聞:利根川氏、日本版NIHを批判 「基礎研究には自殺行為」 (2013年11月19日)
マイナビニュース1/15:ノーベル賞受賞者利根川進氏による日本の脳研究の現状とこれから
日経新聞:日本版NIHが示す医薬研究の道すじは 井村裕夫氏と利根川進氏に聞く
創論(2014年1月12日)

by osumi1128 | 2014-01-16 17:56 | 科学技術政策 | Comments(0)

門戸開放プログラム

先日、東北大学医学部一年生対象の教育プログラムとして「門戸開放」の時間があり、6名の学生さんたちがラボ見学に来ました。
まずは、午前中の「医学研究」の講義で時間切れとなって見せられなかった動画をいくつか見てもらいました。
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実験関係で見てもらったのは次のようなものです。
・マウス脳の摘出と固定
・実験動物施設見学
・培養細胞・組織切片観察
・光遺伝学によるてんかんモデルラット動画視聴

実は、最初と最後のメニューは当日追加となったオプションでした。
マウス脳の摘出は、医学部3年生で「基礎修練」と呼ばれる研究室配属中の学生さんにデモしてもらいました。
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てんかんモデルラットの方は、テニュア・トラック准教授の松井広先生と打合せがあったので、これ幸いと、PCの中にあった動画を見てもらいました。
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実際に手を動かすと、さらに発見があると思います。
by osumi1128 | 2014-01-13 22:01 | 東北大学 | Comments(0)

改札口の法則

公式には9連休となった年末年始が明けて、短い1月に案件が集中しています。

一人の人間がどのくらいの案件を抱えるかは、その方のキャパによると思いますが、
最終的には「改札口の法則」に従わざるをえません。

これは何かというと、
混雑した駅の改札口では、結局、
「一度にひとりずつ」しか通ることができないように、
多数の案件を抱えていても、最後の詰めは、
一つひとつずつ仕上げていくしかない、
という意味です。

そんな風に、一つひとつこなしていく間に、
「実績」と称されるようなものが後に残っていくのでしょう。

もし「効率」を考えるのだとすると、
改札口を通す「順番」をどうすればいいか検討するのは一案です。
つまり、案件のプライオリティーを考えて、
一番先に誰を通したらよいのかを工夫すべき。

「お宿題」を抱えた冬休みでしたが、
1週間以上まとまった休日は久しぶりで、心機一転、
2015年は新しいことにチャレンジする年としたいと思います。

by osumi1128 | 2014-01-08 12:41 | 雑感 | Comments(0)

細雪と祝い肴

d0028322_21380554.jpg昨年末に数週間かかって『華麗なる一族』を読んだ後、『細雪』を読みました。
続けて読んだせいか、共通項を感じました。

「こいさん、頼むわ。ーー」
で始まる本書は、谷崎文学の中でも際立った日本的美しさが定評で、何度も映画化されているくらいなのですが、これまで、どうにもこうにも「辛気臭くて」読了できず……。
蒔岡家四姉妹のうちの三女の「雪子」のこれまでの縁談話から、しばらくして第五章に、着物に締めた新しい袋帯が息をするたびに音がして、音楽会には向いていない……というところあたりまで読んでギブアップでした。
それが、今回の電子書籍でのチャレンジは数週間かかったものの、最後まで行き着きました。

ストーリーとしては、昭和10年代に、没落したとはいえお手伝いさんを数人抱える旧家の分家、毎年、蘆屋から京都に泊まりがけでお花見に行くような二女、幸子の目線を中心に語られます。
30歳半ばでまだ「娘(とう)さん」と呼ばれる雪子のお見合いイベントに加え、トんでる四女妙子の波瀾万丈な出来事が、これでもかと綴られていきます。
何を食べたか、何を着たか(着物好きには興味深い記載が多々あります)についての、他愛ないといえばそういうディテールが延々と……。
句点が少ない書きぶりも、源氏物語との共通性が云々される所以でしょう。
どこかで「辛気臭い」という段階を乗り越えると、この話はいったい、どんな風なオチになるのか?という意味で、推理小説の犯人探しと同じ気分になり、先が知りたいという気持が強くなって、電子書籍の文庫版3巻を読み終えました。

読後感として、昭和10年代という時代において、「手に職を持つなんて、良い家の子女としては考えられない」と思われていたことや、婚姻が本人同士よりも家同士の繋がりの意味が強かったということを改めて認識し、そういう価値観は『華麗なる一族』という、昭和30年代後半、つまり戦後もしばらくして高度経済成長期に入っても、名家と言われるようなお家には引き継がれていたのだと思いました。
そういう文化は窮屈だったかもしれませんが、周囲がお見合いのお世話をしてくれる時代の方が、生物学的には結婚年齢が高齢化しなくて良かったともいえますね。
第二次世界大戦に至る前の日本の情勢がどんな塩梅だったかという意味でも、興味深い記述がいろいろとありました。
蘆屋から東京へは寝台特急があったこと、けっこう洋食も食べられていたこと、電話(←もちろん家電)の普及度、医療のことなど。

あと、「タキシー」「ドライアー」「ドーア」「コムパクト」というような表記の仕方が、むしろ今、普通に用いられている「タクシー」「ドライヤー」「ドア」「コンパクト」よりも原音に近いかもしれないと思われ、現在の日本語の中の外国語表記の問題が気になりました。
とくに、小学校低学年から英語教育を始めるのであれば、なるべく理解しやすいように、外国語表記も工夫すべきなのではと思います。

かつて、お正月の準備は母方の祖母とともに台所に立って行うのが年中行事でした。
祖母は船場の紙問屋の四姉妹の三女で、雪子ほどでは無かったのですが、当時としては婚期が遅く、祖父は14歳も年上。
祝い肴を誂えながら、ふと祖母のことを考えていました。
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by osumi1128 | 2014-01-02 21:42 | 雑感 | Comments(0)