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『仕事の手帳』を読んで:最相葉月さんの仕事の流儀

d0028322_21101536.jpgここしばらく読書時間がものすごく減っていたのは、英語の総説を3本抱えていたことに加えて、例の「不思議な細胞」に振り回されていたからなのですが、先日、東京出張の行き帰りに『仕事の手帳』(最相葉月著、日本経済新聞出版社刊)を読了しました。

『絶対音感』以来のファンであり、直近では『セラピスト』がとても味わい深かった最相葉月さんの名刺には、肩書がありません(「そういう人生ってカッコいいなぁ、自分はなれないなぁ…」と思います)。本書の「はじめに」は、まずこの話から始まります。多数のノンフィクションを著していても、自分からは「ノンフィクションライター」とは名乗られません。たぶん英語なら「non-fiction」を書く「writer」なのでしょうが、「作家」ではなく「文筆業」だというのです。

本書は、「ライター」を目指す方にとっての指南書でありつつ、最相葉月ファンにとっては本人の日常を垣間見ることのできる、いわば私小説的な要素があります。『星新一 1001話をつくった人』『ビヨンド・エジソン』はどんな風にして書かれたのか、どんなところが大変だったのか、そういうディテールを知るとさらに深みが増す気がします。

「仕事の心得」は見出しだけ眺めても、なるほどと思うことばかり。
「仕事を教えてほしいですか」
「カッコいい人と出会っていますか」
「やりたいことをやっていますか」
「いくらで働きますか」
「真実の言葉が聞こえますか」(本書目次より)

ノンフィクションを書くには、とにもかくにも取材が必要。なので取材先の人の話を「聞くこと」がとても大切。ラジオでのインタビューの様子に、ここは良くなかった、もっとこうすべきだった、などと「自分ツッコミ」を入れているのが面白かったです、ではなくて、参考になりました。対談などのときに、再度読みなおして出向きたい。

「書くこと」の中の「科学を書く」くだりが自分にとってはとても参考になりました。最相さん自身は「文系」の出身ですが、緻密に事実を積み上げてノンフィクションを書かれる流儀は、むしろ「理系」の得意とするものに近い気がします。自分自身の推測を書くときには、きちんとそれがわかるように書く、というのは、日頃、学生さんに口を酸っぱくして伝える科学のお作法ですね。

「読むこと」の中で再掲されている書評は、取り上げられている書籍を読んでみたいと思わせられるものばかりでした。そういえば、最近読むのは小説よりもノンフィクションが多いかも。それにしても、最相さんの次作が楽しみです!

【関連リンク】


by osumi1128 | 2014-04-29 21:24 | 書評 | Comments(0)

科学者は競争的すぎる環境に付いていけない

日本では平成7年に「科学技術基本法」が制定され、国の施策の基本に科学技術を据えることにしました。5カ年ごとに「科学技術基本計画」が定められ、現在は平成23年に閣議決定された「第4期科学技術基本計画」の元に施策が立てられています。平成28年からは第5期の開始となるので、そろそろ次の計画をどうするか、という話も出始めているようです。

1990年代からいわゆる「大学院重点化」が開始され、科学技術を支えるには博士号を持った人材が必要であるという観点から、大学院生の定員が増やされてきました。そのような大学院生の次のキャリアパスとして博士研究員(ポスドク)がありますが、平成8年からの第1期の計画において「ポストドクター1万人支援計画」が策定され、ポスドクの数も増えることになりました。このようなポスドクの多くは、プロジェクトごとに雇用される有期雇用者です。したがって、5年などの任期が終了すると、次の就職先を探す必要がありますが、大学院生たちが「このまま研究を続けたらなれるのかな?」と思うような「大学の先生」のポストは、重点化で増やされた大学院生の数に比例して増加はしていません。実は、重点化のときに、助手(当時)ポストを講師・助教授(当時)・教授へ振替えるという対応をしたので、若い方のための実質的なポストはさらに減りました。さらに平行して、大学への運営費交付金削減が為され、その結果として大学は人件費を削減する際に、研究の支援を行う助手や技官のポストから削減していったのです。
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上記2つのグラフ(下は「国立大学等の科学技術関係活動に関する調査結果」より。もっと直近のものもあるはずですが)は、昨今の研究不正の問題の背景としての「研究を取り巻く競争環境の激化」を示すデータの一部だと思います。そして、生命科学系のポスドクの割合が多いことや(下図)、欧米と異なり、アカデミアポスト以外の就職先が、例えば工学や化学、情報科学よりも生命科学では少ないことも、なぜ生命科学系における研究不正問題が顕著であるかと関係するのではと見ています(末尾の参考資料参照)。
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私自身は、第3期および第4期の計画策定の委員会メンバーとして関わり、その間に一貫して「基礎研究の支援」、「科学技術人材のキャリアパスの多様化」と「科学コミュニケーションの推進」を主張して来ました。第5期の基本計画について議論し始めようとする今、科学を取り巻く問題を再度、もっと根本から真剣に考え直すべきときと思います。そして、その根元に据えるべき方針は一言で言えば「行き過ぎた競争的環境の是正」であると思います。

科学を遂行するのは「人」ですので、まず必要なことは「大学院生定員の適切化」だと思います。教員に対する大学院生数が多すぎると、親身の指導が行き届かず、ノートの取り方や論文の書き方も知らないまま学位を取るケースが出現することは、記憶に新しいことと思います。

さらに、「研究支援ポストの増加」を図るべきと思います。研究支援者やラボ・マネージャーへのリスペクトとともに、そのようなポストが、プロジェクト雇用ではなく、安定的に雇用される仕組みを創らなければならないと思います。

では、どのようにして研究支援ポストを増加させるかというと、それは「教授ポストから研究支援ポストへの振替」によって達成させるべきと考えられます。例えば、ある教授が定年になってポストが空いたときに、次の人事は、そのポストを共通機器室技官として運用するなどを行うべきと考えられます(団塊の世代の教員が退職する今は、そのチャンスなのですが……)。そのためには、国立大学としては現在の「教員定員」という縛りを外した運営費交付金の運用が可能になる仕組みが必要と考えます。さらに研究支援者だけではなく、かつての「教養教育」を行っていた教員のような、研究のエフォートは低く、高等教育の基本を支えていた教員ポストへの移行も考慮されるべきと思います(別エントリーを立てます)。

上記は必然的に「研究教授ポスト削減」になるので、それだと国としての研究力低下に繋がるのでは、という懸念が生じますが、むしろ逆かもしれないと考えます。科学研究費の総枠を150%増にでもすれば別ですが、現在は研究のための「競争的資金」を獲得する上での競争が厳しくなりすぎています。例えば、ボトムアップ型の競争的資金の「科研費」は採択率がおよそ20-25%程度であり、4〜5人に1人しか採択されません。トップダウン型の競争的研究費の採択率は10%にも満たないものがほとんどです。現在、大学の研究室主催者は運営費交付金だけでは基盤的な研究もできない状況にあります(このことは、学生の教育の質にも影響を与えているでしょう)。運営費交付金がなぜ削減されたかというと、競争的研究費の元になったのが、定員ベースに配分される運営費交付金だったからなのです。
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これは私見ですが、もともと研究人材には「まじめにコツコツ」働くタイプの人が多く、そのような方は競争的なストレスの強い環境には耐え切れないのではないかと思います。もちろん中には、ストレス耐性が強く、競争的環境で自分の陣地をどんどん拡大するタイプもおられます。でも、行き過ぎた競争的環境では、次のブレイクスルーに繋がるような芽ばえが難しいのではないかと思うのです。
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行き過ぎた競争的環境への警鐘は、

研究する大学――何のための知識か (シリーズ 大学 第4巻)

の中にも東京大学の菅裕明教授により詳しく書かれています。とくに、競争的研究費の中でも「トップダウン型」のものが多くなれば、より競争的環境が強くなることは認識しておくべきことと思います。

今回のSTAP細胞騒動だけでなく、生命科学系では多数の研究不正が行われてきたという悲しい事実があります。現実を直視するならば、その対応は、研究不正告発窓口をどのように設置するか、というようなやり方だけでなく、もっと根源的なところから考え直す必要があるのではないでしょうか?

【お願い】上記の論拠として挙げたデータについて、より直近の適切なものをご存知の方がおられましたら、どうぞ教えて下さい。適宜、本文の方を差し替えさせて頂きます。

【追記1】ライフ系博士人材のキャリアパスについて、「生化学若い研究者の会」が2009年時にまとめた記事を教えて頂きましたので掲載しておきます。バイオ系博士課程学生数8000名に対して、就職先としてのポスドクが2000名、一部上場企業(食品・医薬品産業)の新卒採用は100名、とのことで、明らかに供給過多のアンバランスが生じています。

【追記2】最新の米国のライフ系博士人材のキャリアパスを教えて頂きました。とてもわかりやすい図にまとめられています。とくにポスドクを繰り返すところがサークルになっていますね。
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by osumi1128 | 2014-04-26 09:32 | 科学技術政策 | Comments(20)

日本語版『カンデル神経科学』ついに発刊!

ついに出ました!
ノーベル生理学・医学賞受賞者で記憶の研究で著名なEric Kandel先生らによる「Principles of Neural Science, 5th Edition」の日本語版『カンデル神経科学』がメディカル・サイエンス・インターナショナル社から刊行されました。
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和訳の構想段階から、そしてパート監訳に関わった者として、ことのほか嬉しいです。
全体で1696頁、枕になりそうな大型本で、神経科学のA to Zというか、これ1冊が手元にあれば、自分の専門外の論文を読むときの参考として心強いですね。
ビギナーには「これを全部読みこなすのはとても……」と躊躇する分量かもしれませんが、学生の間にこそ、神経科学の分野全体を俯瞰できるように、分厚い教科書を読むべきと思います。

原著発行から1年での和訳完成というのは、この手の書籍としてはかなりのスピードです。
それというのも、出版社の社長が「なるべく早く、可能な限り原著と同じくらいの価格で」という方針を打ち出されたからとのこと。

安部総理の「米国に6000人の留学生を派遣する」という発言があったと聞きましたが、今どきなら「英語で読むべきでは?」という議論も確かにあったのですが、やはり「日本語なら全部読破できる学生さんが増えるはず」という結論に至りました。

こちらは販売促進グッズとしての「かんでるガム」です♫
もちろん、Kandelの英語の発音としては「キャンデル」に近いのですが……そこは、洒落です。
本書の中にも楽しいユーモア・ウィットが隠れています。
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Kandel先生による日本語版に寄せて

by osumi1128 | 2014-04-24 23:58 | 書評 | Comments(0)

第30回日本国際賞授賞式

新緑の美しいこの日に、第30回日本国際賞(Japan Prize)の授賞式が、天皇皇后両陛下ご臨席のもと、三権の長(衆議院議長、参議院議長、最高裁長官)もご来賓として迎えての、厳粛かつ和やかな雰囲気の中、摂り行われました。

日本の方には「ノーベル賞」の方が有名かもしれませんが、この日本国際賞、京都賞、そして国際生物学賞は、日本から国内外の研究者を顕彰する大きな賞として知っていて欲しいと思います。
「日本国際賞」(Japan Prize)とは、「国際社会への恩返しの意味で日本にノーベル賞並みの世界的な賞を作ってはどうか」との政府の構想に、松下幸之助氏が寄付をもって応え、1985年に実現した国際賞です。
この賞は、全世界の科学技術者を対象とし、独創的で飛躍的な成果を挙げ、科学技術の進歩に大きく寄与し、もって人類の平和と繁栄に著しく貢献したと認められる人に与えられるものです。
毎年、科学技術の動向を勘案して決められた2つの分野で受賞者が選定されます。受賞者には、賞状、賞牌及び賞金5,000万円(1分野に対し)が贈られます。
1. 京都賞は、科学や文明の発展、また人類の精神的深化・高揚に著しく貢献した方々の功績を讃える国際賞です。毎年、先端技術部門、基礎科学部門、思想・芸術部門の各部門に1賞、計3賞が贈られます。
2. 受賞者は、各部門とも原則として個人ですが、複数名の受賞もあります。また、国籍、人種、性別、年齢、信条などは問いません。受賞者には、ディプロマ、京都賞メダル(20K)および賞金が贈られます。 賞金は1賞につき、5,000万円です。
3. 各部門とも4つの分野を授賞の対象としております。毎年それぞれの部門で授賞対象分野を定めます。
 国際生物学賞は、昭和天皇の御在位60年と長年にわたる生物学の御研究を記念するとともに、本賞の発展に寄与されている今上天皇の長年にわたる魚類分類学(ハゼ類)の御研究を併せて記念し、生物学の奨励を目的とした賞です。本賞は昭和60年に創設され、以後毎年1回、生物学の授賞分野を選定の上、当該分野の研究において優れた業績を挙げ、世界の学術の進歩に大きな貢献をした研究者(原則として毎年1人)を選考して、秋に授賞しています。
 受賞者には、賞状・賞牌及び賞金1千万円が贈られ、天皇陛下から賜品が賜ります。

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アリス博士の研究分野は、いわゆる「エピジェネティクス」もしくは「エピゲノム」と呼ばれており、遺伝子の働き方がDNAだけで決まっているのではなく、後天的に種々の要因によって変わりうるという現象を扱います。
遺伝子の働き方が変わる原因は、DNAが巻き付いている「ヒストン」という、いわば糸巻きのような役目を果たすタンパク質に、いろいろな化学修飾が加わるからです。
そのような化学修飾にはメチル基が付く「メチル化」や、アセチル基が付く「アセチル化」などがあり、そのような化学修飾を媒介する酵素のうちの一つ、アセチル基転移酵素をテトラヒメナで同定したのがアリス博士です。

この分野の進展は著しいので、どなたを日本国際賞受賞者に決定するのかについては、委員会でも大変な議論があったのではないかと想像します。

来年の「生命・農学・医学領域」の受賞対象分野は「医学・薬学」ですが、これまた大変な激戦と予想。

ちなみに、授賞式後の祝宴のスピーチで、アリス博士は「今回の受賞はとても光栄なこと」とした後、前日に官邸を訪問し、総理に「道路が混んでご迷惑をおかけしたのではないか」と言われ「我が国の大統領訪日のためにご迷惑をおかけしている」と返したそうです。
さらに「翌日に国賓としてオバマ大統領を迎えるご日程の中、両陛下がこの授賞式にご臨席賜ったことを深く感謝致します」と話しておられました。

【追って画像をアップします!】


by osumi1128 | 2014-04-24 00:21 | サイエンス | Comments(0)

非効率のススメ?

印刷の世界にもディジタル化、電子化が進み、新聞や雑誌の発行部数や売上の減少が取りざたされて久しい。つい最近も「小悪魔ageha」という雑誌が廃刊になった。それを受けて、コラムニストの小田嶋隆氏が日経ビジネスオンラインに寄稿していた。
小田嶋隆のア・ピース・オブ・警句:「アゲハはもう飛ばない」(2014年4月18日)

前振りの「小悪魔ageha」という雑誌が意味したことは何だったかという考察や、出版不況とウナギの漁獲量との比較や、雑誌づくりは漁業というよりは農業というアナロジーも面白かったが、その後の(そこからが本題ともいえる)「雑誌の編集の話」がとても興味深かった。

 …多くの雑誌は、土を耕す段階や苗代を作る過程を省略せざるを得ない状況に追い込まれている。
 理由は、皮肉な話だが、生産性が向上しているからだ。
どうして生産性が向上したかというと、「ファックスが導入され、ワープロが実用化され、電子メールが原稿取りのプラットフォームに」なったからというのだが、その結果として効率が良くなり、一人の編集者が1980年代なら3人のライターを扱っていたのが、2010年代には、10人以上のライターを扱うようになったという。写植も不要になり、写真もデジタルデータでやりとりできるようになった結果、同じページ数の雑誌でも、半分の人数で編集できるようになった。

以下、2パラグラフをそのまま引用させて頂く。
 事実、原稿待ちや、ゲラ待ちや、現像待ちや、写植待ちや、レイアウト待ちといった、作業過程のいちいちで発生していた待機時間のほとんどが、ひとつのプラットフォームに乗っかることによって、激減している。
 ただ、人数が減ったことで、直接に減ってしまう要素もある。
 どう言って良いのか難しいところなのだが、私が抱いている感じでは、編集部から人間の数が減ったことで、「余裕」と「アイディア」が減少したと思っている。
 
小田島氏は続けて、このようなゆとりの時間が減ったことが、アイディアを生み出す土壌を枯れさせてしまったのではないかと論じる。次のパラグラフも秀逸だと思うので、やはり引用しておきたい。
 なんとなれば、雑誌のページのかなりの部分は、無駄な待ち時間の間に、だらだら無駄口を叩いている編集部の人間のアタマの中から生まれるもので、そもそも、あるタイプのアイディアは、タスクやジョブに追われている人間からは決して生まれないものだからだ。
ここまで読んで、研究を生業とする私は、「あぁ、論文もおんなじなんだ」と気付いた。

我々の業界でも、IT化により、ダブルスペースでタイプを打たなくても良くなり、センタリングの小技なども必要無くなり(←これはちとマニアックか……)、画像はPhotoshopやIllustratorで自在に組み合わせることが可能になり(昔はフィルムを現像して、切り貼りし、インスタントレタリングで文字を入れたり、と手作りだった)、3部とか4部とか作った原稿セットを入れた封筒を抱えて24時間開いている中央郵便局まで走る必要も無くなった。

論文作成にかかる時間は、単位頁当たりで見れば圧倒的に少なくなったはずである。ただし、多くの論文のボリュームがどんどん厚みが増しているので、効率化で楽になるかと思いきや、そんな実感はほとんど無い。そして何よりも「手作業」の時間が減り、待ち時間といえば、最後にオンライン投稿する際のアップロード時間や、先方での自動PDF化時間くらいになった。そう、無駄な時間がどんどん削ぎ落とされていったのだ。

小田島氏の言う「あるタイプのアイディア」が「タスクやジョブに追われている人間からは決して生まれない」のだとすると、その弊害はサイエンスの世界にも生じている可能性があるかもしれない。とくに、科学のお作法を学ぶ最初の段階の学生さんが、自分ひとりで論文を一から十まで作り上げるというスタイルではなく、チームの一員として参画する場合にはとくに「タスクやジョブに追われている感」が強いかもしれない。

この10年くらいの間における生命科学分野の論文不正問題の根幹には、このような背景もあるのではないだろうか。

1906年にノーベル生理学・医学賞を受賞したスペインの神経解剖学者のカハールは、単眼の顕微鏡を見ながらスケッチをする間に、論文の構成を考えたり、テキストの構想を練ったことだろう。次の実験のアイディアもそんな中で生まれたかもしれない。私の大学院時代はスケッチは自分のノートのためであり、論文用には「フィルム」で撮影する時代だったが、顕微鏡室で蛍光撮影をするのに、ときによってはシャッターが落ちるのに5分、10分とかかる場合もあった。その間、真っ暗な部屋でストップウォッチを手にして息を潜めて、自分の観た細胞や組織の様子からあれこれと考えを巡らせた。カラー・フィルムは現像に出す必要があったので、撮影結果を見るまでに数日かかった。

今、画像はCCDカメラからモニタに映しだされ、マウスでクリックすればたちどころにキャプチャーされる。もちろん、最新の顕微鏡の解像度やデコンボリューションの精度は格段に向上しているのだから、我々はカハールの時代まで戻ることはできないし、戻るべきではない。だが研究室で、効率化によって損なわれている余裕をどうやって取り戻し、それを「アイディア」に繋げるかについては真剣に考える必要がある。

医学教育の基礎として、「組織学実習」では学生さんに組織切片像をスケッチしてもらう。このアナログな、まだるっこしい、非効率な作業の意味について、もう一度、考えてみたい。今、研究室の学生さんが、往々にして自分が撮影した画像をしっかり覚えていないのは、スケッチをしていないからかもしれない。

小田島氏の文章からの引用はこれが最後。
…余裕を失い、ロングスケールでものを考えることができなくなっている雑誌の現場は、終末期の漁業に似た様相を呈してきている。
アカデミアの世界でも同じことにならないようにするには、どうすれば良いか。危機感を共有しなければいけないと思います。

【関連エントリー】

by osumi1128 | 2014-04-20 23:18 | サイエンス | Comments(2)

STAP細胞関連ブログコメントなどより転載

昨日の記事は(ハフポストに転載されたためか)とてもたくさんの方々に読んで頂いたため、「専門家の意見を求む」というお願いに反応されたコメントやメールを頂きましたので、その一部、専門性が高いと思われたものを転記致します。とくに、顕微鏡の自動撮影の際のフォーカス自動合わせの機能に言及した考察などは、現場の実験に詳しい方ならではのものがあります。

なお、頂いたコメントで一部誤解があったようなので念の為に書き添えますが、昨日の記事の中で「ライブ・セル・イメージングが改竄されている」という指摘をしたのではありません。動画が本当にSTAP細胞(仮)様のものを示しているのか、勘違い?の可能性は無いか、ということを論じています。

関 由行(許可を得てメールより転載)
関西学院大学理工学部 生命科学科
生殖後成遺伝学分野

1. STAP細胞形成過程における多能性遺伝子の発現変化について。
 Nature ArticleのFigure 2bでSTAP細胞形成過程における6種類の多能性遺伝子の
発現変化解析を行っています。
ここで気になるのが、コントロールに用いているES細胞における発現です。
おそらく遺伝子発現をGapdhに対する相対値で計算していると思うのですが、
ES細胞における6種類の遺伝子の発現量がほぼ同じになっています。
過去の論文や自分たちの実験データを見ても、ES細胞において
この6つの遺伝子のGapdhに対する相対量がほぼ同じになることはありえません。
どのような計算を行い、このようなデータを出したのか知りたいところです。
宜しくお願い致します。

ヒトES細胞、iPS細胞を用いた研究を行っている研究者の方より(許可を得て匿名により掲載)
私はSTAP細胞としてblastcystにinjectionされたものは「マウスES細胞をLIF存在下で浮遊培養して作製した細胞塊だったのではないか」と考えております。これはkahoさんという方がブログで、copy number variation(CNV)解析から「STAP=STAP-SC= ES」と記載をされているのを拝見して感じたものです。私の考えはkahoさんのブログ(http://slashdot.jp/journal/578973/オオカミ少年に「解析、有り難うございました」という題名で投稿させていただいております。以下に骨子をコピーいたしました。
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小保方氏が、若山教授に渡したマウスと異なる系統のマウスに由来する細胞塊をSTAP細胞と称して渡したことが判明した今でも、STAP細胞の存在を信じる声があることには驚きます。さらに若山教授に対して不信感を抱く声を聞くと本当に呆れてしまいます。
若山教授へ不信感を示す声は、教授が「ES細胞キメラの胎盤はGFP陰性、STAP細胞キメラは胎盤がGFP陽性であった」「通常の方法でSTAP細胞のinjectionを何回も繰り返してもキメラは生まれなかったが、細胞をバラバラにせずに小塊に切り分けてinjectionしたらキメラが生まれた」と言われたことにあるようです。つまり「STAP=ESならば最初からキメラが生まれたはずだし、胎盤でのGFP発現にESキメラとSTAPキメラで差があるという発現は出ないはずだ」ということから若山教授に不信感を抱く人がいるようなのです。
しかし、このことは以下のように考えれば説明ができます。小保方氏がES細胞をSTAP細胞と偽って渡す時には、ES細胞(接着細胞)をそのまま渡すことはできず、「浮遊細胞塊」つまりembryoid body(胚様体;EB)のようにして渡す必要があります(STAP細胞とはそもそも「浮遊した細胞塊」なので)。通常EBはLIFを除いた培地で作製しますが、この場合にはLIF存在下で作製したはずです(STAP細胞の培地がLIFを含有するので)。このためEBほどには分化せず、未分化性はそこそこ保持されていたと考えられます。おそらくEpiblast stem cell(Epi-SC)のようになったものと思われます。Epi-SCはキメラ形成能はありませんが、それはE-cadherin発現がES細胞よりも低いためにICM(内部細胞塊)にうまく取り込まれません。つまりEpi-SCのようになった「通称STAP細胞」をトリプシン処理により細胞をバラバラしてinjectionすれば、当然ながらキメラは形成されません。しかしトリプシン処理をせずに小塊に切り分けてinjectionすれば、トリプシン処理によるE-cadherinの切断が起きないためキメラ形成能はそれなりに保持されると考えられます。さらにマウスEpi-SCがヒトES細胞と酷似していることはよく知られています。そしてヒトES細胞はマウスES細胞と異なりtrophoblastに分化することは有名です(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17363553の論文のイントロをご参照下さい)。
つまり、マウスES細胞をLIF存在下で浮遊培養して作製したスフィア(小保方氏がSTAP細胞と呼ぶもの)は、(1)そのままではキメラ形成能を保持している、(2)トリプシン処理によりキメラ形成能は消失する、(3)ヒトES細胞のようにtrophoblastへの分化能を持つ、と考えることはそれほど無理がないのもと思われます。
このように考えれば、若山教授はご自身が観察された実験事実を正しく伝えていらっしゃることが解ると思います。つまり、今回の騒動は単純に小保方氏単独の捏造事件と考えるのが一番無理がないと思います。
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私は若山教授は直接には存じ上げませんが、テレビで拝見する限り非常に真摯な方だとお見受けいたします。若山教授の潔白を証明しつつ、かつ笹井氏の「おかしな理屈」を論破することはできないかと思い、文献を検索しておりました。なお上記の書込みに対してはいくつか反論も寄せられましたので(Epi-SCはtrophoblastにならない etc)、全ての事実を正しく説明するものとはどういうものであるべきか、を考え直してみました。
そして「ESキメラとSTAPキメラは作製法が異なっていたことがそのまま答えになる」と思うに至りました。つまり
(1)ES細胞をsingle cellにばらしてblastcystにinjectionすると胎児のみに寄与する(注:胎盤中央部は胎児由来なのでGFP陽性になります。ここで「胎児のみに寄与する」とは「胎盤全体がGFP陽性にはなるわけではない」という意味です)、
(2)ES細胞塊を小塊に切り分けてblastcystにinjectionすると胎児と胎盤の両方に寄与する、
ということではないかと考えてみました。残念ながら(2)に相当する実験を行った文献は見つかりませんでしたが、「8-cell embryoとES細胞塊とを融合させる」という形でのキメラマウス作製を行っている文献が見つかりました(添付)。これは、ES細胞を「細胞塊として取り扱う」(single cellにしない)という意味においては(2)に限りなく近い状況を再現していると考えられると思います。
驚くことに、Fig. 2J, 2KではTrophectodermにES細胞が取り込まれています。これは「in vivoで作製されたiPS細胞はtotipotentである」というHannaらの論文(Nature 502 340-345, 2013)のFig. 4f によく似ています。なお添付文献のtext中には「積極的にtrophectodermに寄与したのではないかもしれない」という遠慮深い表現もありますが、Fig. 5Hでは胎盤(しかも胎盤外縁部まで)が明らかにGFP陽性となっており、textにもそのように記載されています(黄色でハイライトしました。なおここでFig. 5Gと書かれているのはFig. 5Hの誤りと思われます)。
つまり、ES細胞を「塊のまま」使ってキメラマウスを作製すれば胎児と胎盤の両方にコミットする、と考えられるのではないかと思いました。そして、笹井氏の「胎児と胎盤に寄与できる既知の多能性細胞はない」という主張は誤りであると思いました。即ち「STAP細胞の存在を仮定しなければ説明ができない現象がある」のではなく、kahoさんの解析を基づいて考察すれば「ES細胞であったとしなければ説明ができない現象がある」と言うべきと思われます。

若山教授が、コントロール実験としての「ES細胞キメラ作製」の実験においても小塊に切り分けたものをblastcystにinjectionしていらっしゃれば、STAPキメラとESキメラに差があるとは感じられなかったことと思います。そして、ES細胞の混入(取り替え)の可能性についてより慎重に検証をされたことと思います。そうすればSTAP事件も起きなかったと思います。

一方、ネットでは「ESキメラで臍帯・yolk sac・胎盤中央部が光っていないことがそもそもおかしい(Nature Letter Fig. 1a)」という意見や、「ESキメラは胎盤が光らないと言っていることがおかしい」といった意見も出されております。それはそれで正しいとは思いますが、それでは若山教授の観察眼を疑うことになります。私は、若山教授が「ESキメラとSTAPキメラの胎盤の光り方に違いを感じ取った」ことの根拠を明示したいと思い、上記のような考えにたどり着きました。

なお笹井氏が挙げた「STAP細胞存在の根拠」のうち、他の2つは論外であることはすでに周知されているかと存じます。牙城であった胎盤寄与の問題を論破しさえすれば笹井氏の言葉は空虚なものになると思います。
 Commented by とある細胞生物学者 at 2014-04-17 01:14 x
細胞一個しかうつっていない電顕写真を根拠に小さい細胞なんて結論が出せるわけがない。また、そんな小さな細胞なんてものはライブセルイメージングにはうつっていないように思います。さらに不思議なのは、細胞質がない小さな細胞はとうぜん細胞骨格も退化していると思いますが、なぜかライブセルイメージングで活発に動き回っている。
キメラ実験などについては小保方さんが若山氏に何を渡したのか不明であるのに、それを根拠にSTAP細胞が存在するというのはどう考えても論理に飛躍があります。おっしゃるとおり、混入どころかESやTSの細胞塊そのものを渡した可能性もある。また、もっと悪質なケースでは移植後のマウスを、CAG-GFP♂マウスと交配済みの妊娠マウスとすり替えた可能性だってないわけじゃない。

 Commented by 木根渕猛 at 2014-04-17 11:21 x
細胞残渣、特に仁小体は強く蛍光(525 nm付近)を発します。ビデオ画像はphagocytes内の貪食直後の仁小体に見えます。

 Commented by 通りすがり1号 at 2014-04-17 16:54 x
笹井さんのコメントで「顕微鏡の自動観察なので、人為的な操作は実質上不可能であること、死細胞の自家蛍光とは別」とありますが、どのように撮影中に自家蛍光とGFP蛍光を区別されたのかが不明です。GFP用のbandpass filterを使用していれば自家蛍光も緑色に見えるはずです。

また、死細胞の観察ではないことの証明にFACSを用いたと話されていましたが、これは「movieの細胞が自家蛍光ではない」との証明にはなりません。実験系がまったく違います。FACSについても、蛍光補正ができていない、サンプルとネガコンを別条件で測定するなど、不適切なFigが認められます。このような状況下ではFACSのデータは信用に値しないと思われます。

 Commented by 通りすがり1号 at 2014-04-17 17:11 x
たびたび、すいません。
下記コメントにつきまして取り急ぎ。「ES細胞、TS細胞の混ざり物では細胞接着が上手くいかず、1つの細胞塊にならない」

確かにそのまま混ぜただけではESとTSはひっつかないと思います。ただ、アグルチニンを入れれば一時的にひっつかせるのは可能なのではと思います。どの論文か忘れましたが若山さんの過去の論文でアグルチニンを使用していたと思います。

そこまでするかが問題ですが、技術的には可能な範囲だと思います。

 Commented by UC at 2014-04-17 22:54 x
ライブイメージの倍率と解像度では、断定的な事は言えないのですが、マクロファージ様細胞で見られる蛍光は、(貪食された細胞ではなくマクロファージ自体の)核内に見えたり、diffuseに細胞質で発色したりしているので、phagosomeに限局した蛍光とは言いがたいように思います。
 Commented by インジェクション? at 2014-04-17 23:02 x
若山教授は、インジェクションに何度も失敗した。と述べていますが、ES細胞単独の場合、そんなに失敗するものでしょうか?

 Commented by LiveCell at 2014-04-18 08:41 x
ライブセルイメージングの開発を行っている者です。話題になっているので、イメージを見てみました。セティングはx10オブジェクティブ、DICイメージの質が悪いのでおそらくプラスティックボトルかディッシュ、自動焦点機能を使用、といったところでしょう。興味深いのは蛍光非発現の細胞が減っていること。細胞死によるのであれば、死んだ細胞のカスが残りますが(DICでは白く光って見える)、きれいに無くなっているので何かによって処理されていると考えられます。この系ではおそらくマクロフェージの類だと思います。では、マクロフェージであればイメージ中に見えているはずですが、最初の方のイメージ中にはありません。これは自動焦点機能によるマジックでしょう。たぶん、輪郭抽出による自動焦点機能が使われていると思いますが、この場合、焦点はディシュ表面ではなく、丈のある物体(イメージでは球形の細胞)の方に当たります。
 Commented by Live Cell at 2014-04-18 08:42 x
続き
マクロフェージのようなディシュ表面にべたっと付くタイプの細胞はこの条件では見にくいはずです。後半に行くに従い、激しく動く細胞が見えだしますが、これは球形の細胞が減ったため、自動焦点がディシュ表面に移動し、見え始めたと思われます。もし、この激しく動く細胞がSTAP細胞であれば、蛍光発現細胞に由来するはずですが、このイメージング条件ではディシュ表面に居る細胞が分からないので何とも言えません。が、マクロフェージに補食されたと考えた方が合理的なように思います。焦点をディシュ表面に固定化するかz−スタックを取ってイメージングすれば答えは簡単にでます。おそらく、蛍光発現細胞がマクロフェージに補食されたイメージが取れると思います。
 Commented by LiveCell at 2014-04-18 08:43 x
続き2
また、理研のhttps://www.youtube.com/watch?v=lVNbwzM2dI0&feature=youtu.be&app=desktopを見てみましたが、細胞がクシュとなるきれいな細胞死の一つのパターンのように見えます。

個人的にはこのような細胞(おそらく死細胞)からマウスが発生するとは思えません。ですので、未だ隠されたトリックがあるはずです。

 Commented by UC at 2014-04-18 14:35 x
培養が進むにつれ、自動焦点機能によりフォーカスが表面に近づいた場合、残ってる球形の細胞のフォーカスがぶれてくるように思うのですが、そのような変化を認めますか? マウスの脾臓には骨髄球型前駆細胞や単球系の細胞が存在し、培養中にマクロファージに分化するため、培養の途中からマクロファージ様の接着細胞が出現すると考えた方が妥当なように思いますけど。この動いてる接着細胞の一部は、かなり早期から緑色を発していますよ。
 Commented by UC at 2014-04-18 15:24 x
笹井先生は自家蛍光を否定していましたが、その根拠が示されていないのは問題です。論文suppleのデータを見ると、FACSの蛍光補正ができてない図がありますので、Oct4-GFP/CD45のFACSもCD45の蛍光標識によっては、補正不十分なデータかもしれません。PI染色を併用している(supple)ようなので、CD45はAPCなどfar redで標識してると予想しますが、その場合はCD45とGFPとの間で補正は不要ですけどね。いずれにせよ、酸処理した、Oct4-GFPが入ってない細胞で自家蛍光のレベルを確認したデータが必要です。ライブイメージではGFP陰性の細胞がそれなりに存在するのに、FACSでは大多数がGFP陽性である点も、矛盾点。(ただし、GFP陰性細胞のほとんどがPI陽性でゲートから除外されていれば、あり得なくもない。) 笹井先生には、自家蛍光についてのデータを示して欲しいですね。
 Commented by UC at 2014-04-18 15:39 x
あともう一点。Extended Fig1bを見ると、酸処理後の細胞FSCが高い細胞がかなりいるんだけど、MainのFIg1hとかなり矛盾しますね。ライブイメージを合わせ考えると、Extended Fig1bの方が正しいように思うので、細胞のサイズについては電顕も含め、あまり信頼しない方がいいでしょうね。

なお、STAP細胞の存在にポジティブなご意見は以下のようなものがありました。
 Commented by 分野違う研究者 at 2014-04-17 16:38 x
客観的にみたら、STAP細胞はあることを前提に検証する価値はあるんでは?
大隅さんは、ライブセルイメージングが改竄されているとのことですが、そこまで面倒なことをするなら、画像張り間違えがないと思います。


by osumi1128 | 2014-04-18 22:57 | サイエンス | Comments(28)

STAP細胞を前提にしないと説明できない?

註:やはりその後、STAP現象は再現できず、下記にも記しているように、STAP細胞とされたものはほぼES細胞であることが判明しました(一部はTS細胞も混入されていた)。

日経サイエンス3月号に古田彩氏と詫摩雅子氏による詳しいまとめ記事が掲載されています。

*****
「ソチ・オリンピックまでか?」と当初思ったSTAP細胞騒動がまだ続いています。
本日はNature論文の責任著者でもあり、理化学研究所発生再生科学総合研究センター(CDB)副センター長の笹井氏の記者会見が都内で行われました。

本人説明が45分、質疑応答合わせて全体で3時間以上の会見だったとのこと。
200名もの報道陣の方々も、十分に聞きたいことを質問できなかったのではないでしょうか。
残念ながら全体の動画を見る時間が取れていないので、理研の用意した資料について、気になる点を挙げておきます。
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こちらの2頁目に「STAP現象(←STAP細胞とは言っていない)を前提にしないと容易に説明できないデータがある」の例として3つ挙げられています。
これらについて、「STAP現象」ではなくても説明できるのではないか、という私見を記します。

A) ライブ・セル・イメージング(顕微鏡ムービー)
これは、笹井氏が最後の段階で助っ人として若山氏に「請われて」責任著者になり、リバイスの実験として行ったもの(質疑応答より)ということで、「未分化マーカーのOct4-GFPを発現しない分散したリンパ球から、Oct4-GFPを発現するSTAP細胞特有の細胞塊」が形成されたことを示すものとして提示されたSupplemental Movieのデータを指しています。
資料によれば、「顕微鏡の自動観察なので、人為的な操作は実質上不可能であること、死細胞の自家蛍光とは別」であるとしています。
d0028322_23223181.jpg

しかしながら、多能性幹細胞の専門家によれば、死にかけの細胞でOct4が発現することがあるのではないかと言われていますので、それはSTAP細胞ではなかったかもしれません。
とくに、お掃除細胞のマクロファージに追い回されているように見える動画(下記)は、緑色の細胞が死にかけの状態であることを示しているようにも見えます。

上の画像は、下記Video2の後半からのスナップショットですが、緑色の細胞の中には細長い形のものもあり、仮にこういう細胞の短径の部分を電子顕微鏡で撮影すれば、とても小さな断面になるかもしれません(下記のB項目関係)。
ちなみに、このムービーの説明では、酸による刺激を加えて培養してから0〜6日目であるとなっていますが、その根拠も示されていませんね。
(より誠実な示し方をする場合には、分や時間のカウントを隅に入れます)
また、ムービーを見て頂くと、まるで細胞質が崩壊するようなシーンも見えます。


B)特徴ある細胞の性質
STAP細胞はリンパ球やES細胞よりもさらに小型の特殊な細胞であるとして、ES細胞とSTAP細胞(仮)の電子顕微鏡画像が資料には貼り付けてあります。
ただし、電子顕微鏡画像は2次元データです。
細胞の切り方によっては、大きな細胞でも小さな断面を示すことは可能です。
こちらは、CDBの電子顕微鏡施設の方で撮像されたものと思いますので、そちらの元データに戻って確認できれば良いのですが。

遺伝子発現パターンについては、現時点で疑義があるようなので、ここでは議論しません。

【追記】例えば以下のような科学者による記事があります。
>Oct4-GFP発現までは正しいと思いますので
正しくないですよ.
今日笹井先生が配られた資料を見てびっくりしました.
「遺伝子発現パターンの詳細解析でも、STAP細胞は、ES細胞や他の幹細胞とも一致せず」
若山先生もトランスクリプトーム解析でSTAPは他の細胞と違うと仰っていました.
ところが,その「トランスクリプトーム解析」で分かることは,STAP細胞と呼ばれるもの同士ですら
「遺伝子発現パターン」が様々であることです

C)胚盤胞の細胞注入実験(キメラマウス実験)の結果
「ES細胞、TS細胞の混ざり物では細胞接着が上手くいかず、1つの細胞塊にならない」と書かれていますが、現在、若山氏が注入した細胞について本当にSTAP細胞(仮)であったの疑義が取りざたされています。
「混ざり物」ではなく、「ES細胞のみ、TS細胞のみ」であれば、細胞接着には問題なく、互いに馴染み合って塊になるのではないかと推測します。

また「胎仔、胎盤、卵黄膜(←哺乳類では卵黄嚢膜が正しい)内胚葉に細胞貢献」するのは、ES細胞やTS細胞の混入では起こりえない、とされていますが、TS細胞はtrophoblast stem cellsとして、胎盤に寄与できる細胞ではないでしょうか?

さらに「内部細胞塊や桑実胚の細胞とも考えにくい」とされていますが、その根拠が示されていません。
そもそも、内部細胞塊が胎仔膜(卵黄嚢膜や胎盤)以外の細胞に寄与できることが知られているのに対し、桑実胚の段階では各細胞に全能性があることについては、胚盤胞注入実験により検証されてきたことではないでしょうか?

以上のような可能性を総合的に判断すると、「STAP細胞が無くても十分説明できる現象である」と考えられます。
是非、多能性幹細胞の専門家の方のご意見も伺いたいと思います。

【追記141101】
理化学研究所の遠藤高帆研究員が、実験に用いられたとされる細胞遺伝子解析結果を論文発表されました。それによると、論文(取り下げ済み)の記載と齟齬があることがはっきりしました。とくに、キメラ作製により胎盤になるとされたFI細胞は、90%がES細胞、10%がTS細胞である可能性が私的されています。上記の予測は正しかったと考えられます。


by osumi1128 | 2014-04-16 23:30 | サイエンス | Comments(34)

研究不正への文科省対応はすでに厳しくなっています

ネット経由で安部総理が研究不正への対応を厳しくすべし、という指示を出したと知りました。
……STAP細胞関連の報道はまだ収まるところを知らず、総理としては当然の指示と思いますが、実はすでに、文部科学省の研究不正対応は厳しくなったこと、案外ご存じない方が多いのでは?

平成18年(つまり8年前)にすでに「研究活動の不正行為に関する特別委員会」が設置され、その報告書として『研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて』(PDF)が出されています。
こちらについて、昨年に見直し・運用改善のための協力者会議が設置されて、4回の会合、パブリック・コメントを経て、平成26年度(つまり今年度)から新しい運用が開始されたのです。


新たに盛り込まれるべき事項として以下が挙げられています。
(I)組織の管理責任の明確化
【組織としての責任体制の確立】 
○各研究機関における規程・体制の整備及び公表 
 ※責任者の役割・責任の範囲を明示した規程の整備、研究倫理教育責任者の設置も含む 
○告発窓口の設置・周知 ※告発窓口の第三者への業務委託(学外の法律事務所等)もあり得る 
 
【調査の迅速性・透明性・秘密保持の担保】 
○各研究機関における調査期間の目安又は上限の設定 
○調査等への第三者的視点の導入 
 ※告発窓口の第三者への業務委託(学外の法律事務所等)、調査委員会に外部有識者を半数以上を入れる等 
○告発者の秘密保持の徹底 
 
【各研究機関に対する管理責任の追及】 
○各研究機関に対する措置の発動(間接経費の削減) 
<間接経費を削減する場合> 
・ 国による調査等の結果、体制不備が認められた研究機関や、文部科学省及び同省所管の 
 独法の競争的資金の配分を受けている研究活動において不正行為が認定された研究機関に 
 対して「管理条件」を付したが、履行が認められない場合 
・ 文部科学省及び同省所管の独法の競争的資金の配分を受けている研究活動において不正行為の疑いのある事案が発覚したにも関わらず、正当な理由なく調査が遅れた場合 
(II)不正を事前に防止する取り組み
【研究活動における不正行為を抑止する環境整備】 
○各研究機関における一定期間の研究データの保存・公開の義務付け 
○研究倫理教育の着実な実施 
 ※各研究機関において、教員、研究者(共同研究を行う海外・民間企業からの出向者等含む)、研究支援人材、学生、留学生等を対象に実施。ガイドラインで定義されている不正行為のほか、研究倫理に反する行為(二重投稿や不適切なオーサーシップ等)、利益相反や守秘義務などへの理解も促進。 
 
【不正事案の公開】 
○ 研究活動における不正行為の疑いのある事案が発覚した場合の文部
科学省への報告 ※少なくとも本調査の要否が決定した段階で報告 
○ 不正事案の一覧化公開 

(Ⅲ)国等による支援と監視 
○各研究機関における調査体制への支援 
 ※各研究機関において十分な調査を行える体制にない場合は、日本学術会議等と連携し、専門家の選定・派遣等を検討。 
○研究倫理教育プログラムの開発への支援 
○新たなガイドラインに基づく各研究機関の履行状況調査の実施 
○各研究機関に対する措置の発動(間接経費の削減)【再掲】 
上記でのポイントは、「不正があったら研究費の間接経費を削減しますよ」というプレッシャーをかけているということですね。

今年の3月には説明会が開かれています(どこ向けの資料なのか不明。研究資金関係が詳しい)。
こちらの資料によれば、不正行為認定者の科研費交付対象除外について次のように決められています。
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不正行為を行った者だけでなく、「不正行為に関与していないものの、不正行為のあった研究に係る論文等の責任を負う著者」に対して、最長3年の間、科研費の交付を受けることができないとされています。
つまり、ちゃんと監督しなければ駄目ですよ、という措置と思いますが、今回のSTAP細胞事件のような場合、Corresponding authorsが数名いるので、仮に不正行為を行った者が限定的だったとしても、たいへんなことになりますね。

また、このような文科省の方針を受けて、各国立大学は平成25年度の業務実績報告書において、「研究不正防止に関する取組み状況」の記載が求められています。

例えばすでに東京大学においては「競争的資金不正使用防止ウェブサイト」が立ち上がっていますが、このような対応が必要ということになるのだと思います。
(そういえば、中間報告がその後、出てこないですね……)

ともあれ、今回のことをきっかけに日本における研究不正対応の仕組みは急に進むことになると予測されます。
もっとも、多くの地道にコツコツ研究をしている研究者は、特段恐れることは無いのですが、報告書などは増えそうです……。



by osumi1128 | 2014-04-15 23:41 | 科学技術政策 | Comments(11)

小中学生向け「<ろんぶん>って何?」ジュニア中日記事140406

過日、中日新聞の記者さんから「小中学生向けの紙面に<論文>について載せたい」という依頼があり、先週、記事になりました。
「コピペルナー」の金沢工業大学大学院杉光光一教授とご一緒。
栗山真寛さん、お世話になりました。
新聞社の許諾を得てこちらに掲載致します。
オンライン記事「なるほどランド」はこちら↓

勉強・研究 基本ルールは?

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by osumi1128 | 2014-04-13 08:40 | サイエンス | Comments(5)

小保方氏会見から得られたもの

仙台の桜はこの週末が見頃のようです。
行きがかり上、STAP細胞関連情報をwatchしているため、好きな本を読む時間が取れません……。
一日は誰にも平等に24時間しかないので、何かに時間を費やそうと思ったら、他に削れる時間から取ってくるしかない。
さらに物欲も低下しており、季節が変わってもお買い物に出る気も湧いてこないです。

さて、今週水曜日に小保方氏の会見があり、NHKの昼の中継は(この時間帯としては異様の)9%もの視聴率。
私は夜9時のニュースを見ましたが、番組トップで20分近く扱われていましたが、山中さんがノーベル賞を受賞したときよりも、トータルの扱いは大きいのではないでしょうか。
さらに、見そこねましたがクローズアップ現代でも扱われたようですし、もはや「科学技術」枠ではないということがよくわかります。
会見全体は、毎日新聞のweb記事などを読みましたが、その上でもはやニコニコ動画で記者会見全体を見る気にはなりませんでした(その理由は、この後について記します)。

火曜日、水曜日と研究室にメディア各社から電話がかかり、「1時からの記者会見後にコメントを頂けないでしょうか?」というのですが、「(就業時間内に行われる)記者会見をリアルタイムに見ることはできませんし、よく吟味した上でなければ、個別の案件についてのコメントは差し控えたいと思います」という返答をしました。
会議で席を外している間に秘書さんが電話を取って対応したもので、その後、かかってこないものは、まぁ、そういう扱いということですね。

これまで一連の取材のご依頼で不思議だなぁ、と思うのは、記者さんたちはなぜ「コメントを!」というのでしょう?
私自身は、自分の意見をこのような拙ブログにも書いて公開しているので、そのコメントを「引用」して頂くことは、どのような扱いになるのであれ、拒否はできないことです。
一方、電話等で「私はこれこれのように思いました」というコメントを残したとして、それが実際にどのような活字になって新聞・週刊誌等に載るのか、録音されたインタビューのどの部分が切り取られてTV放映に使われるのか、こちらがコントロールできないことが不安です。
ですので、メディア取材としては別エントリーにするような、きちんと記事を校正させて頂けるようなもの、個別案件ではないものには対応しますが、「夕方のニュースに合わせて」とか、前日に「明日の朝にご出演を!」などの要望は、他の方に当たって頂いた方が良いですね。

……で、本題ですが、記者会見そのもので、今回のNature論文2本についての疑惑は何ら解消しませんでした。
というか、この記者会見は研究者に対して行ったものではないので、まぁ、仕方ないのでしょう。
「STAP細胞はあります!」といくら口で言ったとしても、科学の世界では「証明してナンボ」なのです。
「200回作りました!」というのであれば、その記録を見せてほしいと思います。
もし、マウスの膵臓から細胞を取り出して200回STAP細胞実験をしたのであれば、成功率100%だとして、それは、理化学研究所発生再生センター(CDB)に小保方ユニットリーダー用の200匹のマウスが折々に何匹かずつ購入され、実験に使われたことを意味します(成功率が100%でなければ、もっと多量のマウスが必要です)。
ということは、その記録はCDBの方に、消耗品伝票(マウスの購入代)や動物棟への搬入・搬出記録(もしいったん動物棟に入れたのであれば)として残るはずです。
200回作ったSTAP細胞が、どのような多様性検証実験に使われたのか、その内容と、その実験に使用された試薬を突き合わせることもできるでしょう。
そのような物的証拠と突き合わせば、「200回作りました!」というのが、ざっくりと「たくさん作ったことがあります!」という程度の意味だったのかわかると思います。
ちなみに、今朝の朝日の報道では、STAP幹細胞を作った研究者の認識(雄マウスから作った)と、つくられたSTAP細胞(といわれるもの)が雌由来であるという遺伝子型検査結果との間に齟齬がある、となっています。こういう報道を積み重ねてほしいですね。
記者発表を受けての報道の過熱ぶりも、少し引いた目で眺めています(あまりに多いので、ここでご紹介する気も失せました)。
すでに種々指摘されていますが、我々のような科学者・研究者側の受け止め方は、「小保方さん、かわいそう。きっとSTAP細胞はあるんだよね。頑張って!」的な感想を持たれる方とは、世界をどのように理解するのかが違うのだと改めて認識しました。
科学の世界では、誠意を持って、その時点で可能な限りの厳密さで証拠を積み上げていきます。
今回のような論文は、「仮説を提示する」タイプの論文ではないので、証拠となるデータがどれだけきちんとしているかは、とても重要なことなのです。
そのあたりの科学者の「厳密さ」というのが、一般の方には理解しにくいことなのかもしれませんね。

あるいは、11jigenさんのところのようなvoluntaryな論文不正検証サイトが、「ネット上の情報」として、むしろTVや紙面よりも、匿名であることもあり、もしかしたら信頼度の低い情報ソース、とみなされているのではないかと思いました。
生命科学の研究者であれば、上記サイトの情報は十分に疑義を感じる証拠を出しているのですが(そのすべてが正しいかどうか、私が保証するものではありませんが)、同じ科学者であっても他の分野の方には「どれほど信じたらよいのだろう? 見てもよくわからないし……」というものとして、見て頂けていないのではないでしょうか?
これは大変残念なことです。
ぜひ、どなたかが、さらにこれらの情報をわかりやすくまとめるなどの工夫が必要かもしれません。
科学コミュニケーターの方などのボランティア精神に期待したいところです。

さて、来週はいよいよ笹井氏の会見があるようです。
ここで、一言、「STAP現象はある」ということが論点になるかもしれないので説明を。
これは「STAP細胞がある」という意味ではありません。

本来STAPというのは「stimulus-triggered acquisition of pluripotency」という、日本語なら「刺激惹起性多能性獲得」という意味でした。
おそらく笹井氏が主張したいのは、「生体内でなんらかの刺激によって多能性が獲得される現象」自体はあるのではないか? ということではないかと思います。
それは「仮説」なので、仮説を信じることは勝手なのですが、問題は、仮説を「証明した」とされる論文に、ほんとうに多数の疑義がある段階では、いったん論文は撤回して出直すべきであることや、論文には「実験に関わった」というオーサシップがあるので、実際にはどのような実験を行ったのか、もし「未熟な」小保方ユニットリーダーが主導して実験をしたのだとすると、どのような観点からユニットリーダーに抜擢されたのか、これまでに名前が挙げられていない著者らはどのような立場で関わったのか、というところにあると思います。
Contributions (Nature Article)
H.O. and Y.S. wrote the manuscript. H.O., T.W. and Y.S. performed experiments, and K.K. assisted with H.O.’s transplantation experiments. H.O., T.W., Y.S., H.N. and C.A.V. designed the project. M.P.V. and M.Y. helped with the design and evaluation of the project.
Contributions (Nature Letter)
H.O. and Y.S. wrote the manuscript. H.O., Y.S., M.K., M.A., N.T., S.Y. and T.W. performed experiments, and M.T. and Y.T. assisted with H.O.’s experiments. H.O., Y.S., H.N., C.A.V. and T.W. designed the project.




by osumi1128 | 2014-04-12 09:52 | サイエンス | Comments(15)