父加齢の次世代への影響はもっと知られても良い

やり直しを命じられて難産でもあった共同研究論文が、本日、PLoS ONEという国際誌に発表されました(オープンアクセスなので、どなたでも読むことができます)。また、合わせて、東北大学および理化学研究所よりプレス・リリースして頂きました(リンク先よりPDFがダウンロードできます)。

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海外出張等により記者会見などができませんでしたので、拙ブログにて背景等について補足しておきたいと思います。

加齢に伴って妊孕性が減少することはよく知られていると思います。でも、実際には子どもができればOKかというと、それだけではない影響があることは、あまり知られていません。

例えば、自閉症の発症リスクは疫学研究のメタ解析(複数の報告を合わせて解析したもの)によれば、20代の父親からの子どものリスクを1とした場合に1.64倍に、統合失調症の場合は、ある報告によれば2.96倍に増加します。他にも精神遅滞、社会性の異常なども父加齢の影響があることが知られています(詳しくは、拙著『脳からみた自閉症 「障害」と「個性」のあいだ』を御覧ください)。

ヒトの場合には、このようなデータはあくまで「相関関係」を示していて、さまざまな影響がありえます。そこで純粋に父加齢と次世代の行動異常に「因果関係」があるのかについて、すでに野生型マウスを用いた動物実験が為されました。現時点で3本の論文がありますが、やはり学習の低下、社会性行動の低下、不安の低下などが見られるようです。

これらの背景をもとに、私たちは発達障害の遺伝的リスクの1つと考えられるPax6遺伝子の変異に着目し、父加齢の影響についてマウスを用いた実験を行いました。今回は、父側からの影響(交配時の影響や養育行動など)を限りなく少なくすることを目的として、体外受精を用いています。精子はPax6変異ヘテロ接合マウスより、卵子は常に若い野生型雌から得ています。なお、遺伝学の基本ですが、この場合に得られる仔マウスでは、理論的には1:1の割合で、野生型とPax6変異ヘテロ接合マウスが得られます。

その結果、精子を得た父が若い3ヶ月の場合と、12ヶ月以上の場合で、父から遺伝的リスクを受け継いだ仔マウスの行動に違いが見られました(ちなみに、3ヶ月のマウスは、ヒトであれば性成熟に達している若い成人期、12ヶ月は60歳前後と見積もられます)。その結果、若い精子に由来する仔マウスでは、野生型との違いは、母子分離による音声コミュニケーションのみでしたが、加齢精子に由来する仔マウスでは、この表現型は見られず、多動の傾向が認められました。

これは、同じように遺伝的リスクを受け継いだ場合に、精子の加齢具合によって次世代への影響の現れ方が異なることを示しています。

この研究はまず、動物の行動研究をする方々に向けた重要な示唆を含みます。多くの実験において、雌の週齢・月齢は気にされることがあっても、雄は「仔が生まれればOK」という認識で、かなり加齢するまで交配に用いられることがあります。しかしながら、高齢の雄に由来する仔マウスは、若齢の雄に由来する仔マウスとは性質が異なる可能性があることになります。各種ノックアウト・マウスの表現型などのばらつきや、データが再現できないことなどには、このような背景がありえるかもしれません。

もう一つは社会的なインパクトです。これまで「卵子の老化」については、ダウン症発症のリスクが上昇することなどについて広く知られていましたが、「精子の老化」については、あまり気にされて来なかったと思います。以前にも拙ブログで取り上げたDOHaD仮説では、健康状態や疾病の起源が発生期にある、ということでしたが、さらに前の世代の生殖細胞系列にまで遡れると言っても良いでしょう。

このことは、少子化に加えて発達障害の増加もあって労働人口が減少する現代において、長期的な健康対策を立てる上でも知られるべきと考えます。最低賃金などの問題もありますが、もっと子育てがしやすい社会になって、父親母親ともに若いうちに出産できるようになることが何よりも望まれます。

末筆ながら、共同研究として多数の行動解析をして頂いた理化学研究所バイオリソースセンターの若菜茂晴先生とそのチームの皆様、マウスの超音波発声の測定システムの立ち上げでお世話になったイタリア科学技術研究所のValter Tucci先生、短い時間でプレス・リリースに対応して頂いた東北大学医学系研究科ならびに本学と、理化学研究所の広報の皆様に、心より感謝申し上げます。

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ちょうど同じ日だったのですが、西川伸一先生がご自身のNPOのサイトに、論文紹介として挙げられていたものが関連するので取りあげておきます。
最後のまとめにかかれていた「自閉症を社会性の欠如ではなく、もう一つの社会性として積極的に評価することで、人類進化に対する新たな視点が生まれる。」という視点は、私自身も拙著『脳からみた自閉症』で繰り返し触れておいたことですが、人類の寿命が長くなっていく間に、父加齢の影響としてポジティブな側面もあるのではないかと妄想を広げています。

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科学新聞2016年12月2日付で記事掲載されました。許可を得ましたので、こちらに載せておきます。
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英語でのプレス・リリースも出ました!

【関連拙著・拙翻訳本】

【関連拙ブログ情報】

# by osumi1128 | 2016-11-18 18:07 | サイエンス | Comments(0)

2016年米国大統領選私見:女性大統領はいつ生まれるか?

2016年11月7日、次期米国大統領の選挙が行われ、大方の予測を裏切って(ということらしい)ドナルド・トランプ氏が当選した。多くの方々が種々のコメントを出されているが、あまり取りあげられていない脳科学的な視点から論じてみたい。

『ロスノフスキ家の娘』という小説をご存知の方はいるだろうか? 今ならダン・ブラウンにあたる稀代のストーリー・テラー、ジェフリー・アーチャーによって、原著『The Prodigal Daughter』が発表されたのは1982年、つまり34年前のことだ。ポーランド系移民の主人公の一生を描いた『カインとアベル』の続編として書かれ、そのアベル・ロスノフスキの娘、フロレンティナのことを描いたのが『ロスノフスキ家の娘』である。原題は文字通りに訳すと「放蕩娘」になってしまうが、その背景知識として必要なのは、聖書の「放蕩息子の帰還 The return of the prodigal son」(ルカによる福音書)である。
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小説の中で、フロレンティナは米国初の女性大統領を目指し、当選を果たす。この本を読んだ20代の私は、「やっぱりアメリカなら、きっとそういうことも近い将来にあるのだろう」と思った。しかしながら、その予想は大幅に間違いであったと2016年時点で言わざるを得ない。ヒラリー・クリントン氏は、2008年の大統領選ではオバマ現大統領との民主党指名候補争いの時点で負け、今年は共和党候補のトランプを制することができなかった。

この理由について、民主党政権から共和党への揺り戻しであったり、米国における市民の断絶、はたまた米国がブッシュ家とクリントン家で四半世紀も統治されることになってよいのか、データを読み間違えて最終版に民主党が選挙キャンペーンの手を抜いた、など、さまざまな論点から議論が為されている。「なぜヒラリーが勝てなかったか? それは彼女が女性だから」という論旨のブログ記事もあった(下記参照)。この点について、少し違う論点を指摘したいと思う。

ヒラリー・クリントンはある意味、「完璧な女性大統領候補者」であった。その真骨頂は「敗北宣言スピーチ」に現れていると思う。負けは負け、勝てないことがわかった時点で、あのようなスピーチを短時間に準備できる才能やブレインに恵まれ、それを堂々とこなされていた。だが、その「完璧さ」が実は、彼女の名前と合っていない。Hillaryというファーストネームは、「hilarious」という語を想像させる。「大はしゃぎの、愉快な」という意味になるが、子ども時代は別として、大人になったヒラリーのパーソナリティーとはかけ離れた印象がある。

もう一つ、似たような心理ギャップは、政党のカラーコードだ。クリントン氏は民主党であり、民主党のカラーは青で、共和党が赤である。生得的かどうか別として、トイレの表示に象徴されるように、赤と青が対として用いられる際には、赤は女性を、青は男性を表すことが多い。しかしながら今回、女性のクリントン氏が民主党なので、そのカラーコードとして「青」を使わなければならなかった。これも潜在的な違和感になったかもしれない。

これは認知心理学において「ストゥループ効果」と呼ばれるもので、文字の意味と色が合っていない場合に、その認識が微妙に遅れてしまうという現象があることを根拠にしている。例えば、「赤」という文字が「青」で書かれていると、「赤」で書かれた場合よりも色名を応える問題の答えが遅れる。逆に、文字を読み取る場合にも同様のことが生じる。

余談であるが、某日本の航空会社は日の丸を背負って「赤」をコードカラーとしているが、その関連ショップが「ブルースカイ」という名前であるにも関わらず、やはり赤を使っていることも、色の認知との不一致があるので損をしていると思う。赤と馴染みの良い名前に替えた方が印象はずっと良くなるだろう。

人間はアンビバレントな生き物である。ポリティカリー・コレクトに振る舞う人でも、その判断には理性と感情のせめぎ合いがある。あるいは、意識レベルと無意識レベルの葛藤がある。大雑把に言えば、大脳皮質と扁桃体の好みや判断は常に一致する訳ではない。

上記の脳科学的な観点から予測するのであれば、女性大統領候補は共和党から立候補した方が、カラーコードを最大限に選挙キャンペーンに活かせるという意味で若干有利な気がするが、より保守的な同党からは、副大統領候補にはなっても、大統領候補には当面、難しいかもしれない。

あるいは、女性大統領候補としてのキャラクターとしては、ヒラリーという名前に相応しい若さや華やぎが必要だったのだろうが、この点についても、「強いアメリカ」に夢を抱く人々が「大統領候補はタフでなければならない」と信じている限り難しい。「若い女性」は「タフ」というイメージから遠くなる。

しばらく前に機上で見たハリウッド映画で『エンド・オブ・ホワイトハウス』というものがあり、米国大統領がテロリストに乗っ取られたホワイトハウスの中でアクションを繰り広げていた。舞台を英国に移した続編『エンド・オブ・キングダム』でも同様だ。これは米国民にとっての大統領のイメージの反映かもしれない。実際には、戦闘の前線に赴くことなく、ボタン一つでその行方を左右することができるのが現代であるにも関わらず。

何歳くらいの女性なら強さと若さのバランスを取れるのだろう? 2008年の選挙戦の折、党指名候補戦後半でのクリントン氏には疲れが滲んでいたことを思い出す。今回の選挙でも、中盤あたりで調子が良くなさそうなときがあったように思う。年単位で行う米国大統領選の難しさを痛感する。世界で女性がトップになっている国は直近の英国を含め、いくつもあるが、米国大統領というポジションは、選挙の長さに加えて選挙人制度という観点からも、まだまだ難関のように思う。

女性は「次世代を生むことができる性」であるため、いわゆる厄年(30代前半)に良いキャリアを積む作戦をよく考えないといけないし、さらにその後は更年期障害をどのように乗り越えるかという問題もある。人口の半分を占める人材をうまく活用するためには、「米国初の女性大統領」は極めて象徴的なロールモデルとなるだろう。ちなみに、ロスノフスキ家の娘のフロレンティナが物語の中で大統領になったのは50歳直前くらいだったと記憶している。

現ファースト・レディであるミシェル・オバマ氏は、今回の選挙戦で露出度が高まり、良いスピーチをしたことも知れわたったので、政治家としての経験も詰めば(必須ではないことは、今回のトランプ氏の例もあり)、2020年か、遅くても2024年あたりに良い戦いができるかもしれない。今後に期待したい女性である。


【参考記事】
個人ブログtarareba722's blog

Wikipedia

ニューズウィークジャパン

# by osumi1128 | 2016-11-12 09:11 | ロールモデル | Comments(0)

久しぶりのサイエンスアゴラ参加

今年は文化の日から4日間で開催された、日本最大の科学コミュニケーション&アウトリーチ&アドボカシーイベントである「サイエンスアゴラ」に出展参加しました。

東北大学サイエンス・エンジェル(SA)企画:理系女子を増やすためには:東北大生が思うこと

3名のSAがそれぞれのテーマで、女子のための理系キャリアパスについて語り、来場者とも意見交換するという企画でした。ターゲットとして想定していた女子中高生の来場者は少なかったのですが、集まって下さった方々は問題意識の高い方々でしたので、議論は盛り上がっていました。
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なんと、理系女性研究者の草分けのお一人である坂東昌子先生がお立ち寄り下さいました。このあと放射能関係のご用事で渡米とのことでした。ありがとうございました。
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他に切羽詰まっていることがあり、たくさんのブースを覗いて回る心の余裕が無かったのが残念ですが、同じA会場の中で、目に止まった展示のご紹介。
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こちらは、子どものための科学の本を100冊展示されていたブース。福音館書店さんが一番多いようでした。
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これは、竹内昌治さん@東大生産研のERATOプロジェクトのブースの体験コーナー。子供たちがカラフルな砂粒のようなものを、切り抜いた細胞らしき台紙の上に貼り付けているところ。SAさんの今後の企画にも応用できるかも、と思ってφ(..)メモメモ えらく女子たちの食いつきが良いようです。

SIPやImPACTなどの国プロの展示や企業からの出展も増え、ますます大きくなっているアゴラ、今後はどういう方向に向かうのでしょうね。個人的には、このサイズでなくても良いので、もっと地方開催してほしいと思います。全国の3〜4ブロックを毎年巡回するなど。

また、科学や技術に興味のある子どもたちを、どのように進学やキャリアに導いていくかについては、単に楽しい実験コーナーを設けるだけでは駄目だと思います。

ともあれ、久しぶりにお目にかかれた方などもあり、また、今回は前日に開催されたSAOGの同窓会にも参加できてネットワーキングできました。SAはこの10年ですでに200名の方々が輩出されています。交流がうまく続けば大きな力になりますね。

# by osumi1128 | 2016-11-06 23:54 | 科学技術政策 | Comments(0)

研究ビッグデータのオープンソース化:RIKEN BSIマーモセット脳アトラス

ノーベル生理学医学賞の受賞が決まった大隅良典先生は、あちこちでのご発言で「基礎研究の重要性」訴えておられます。ノーベル賞だけが科学の重要な賞ではありませんし、賞を取ることが研究の目的となってはならないのですが、次のノーベル賞受賞のような成果に繋がるための研究環境は、研究費をどのように配分するかという問題以外にも、種々の環境整備が必要です。

昨日、学部生相手のゼミで、良典先生のオートファジー論文として見なされている最初の論文を取りあげました。1992年のJournal of Cell Biologyという雑誌に掲載されたもので、発表されたのは担当の医学部医学科の5年生が生まれる前とのこと……。彼曰く、「図が拡大できなかったんです! 画質が悪くてすみません……」と驚いていました。「あぁ、印刷されたものをPDFしているだけだからね。今の雑誌のように、テキストはテキストとして埋め込まれていたり、図は別々にオリジナルサイズに拡大したりはできないのよね……」ということで四半世紀の間のディジタル化、IT化を改めて感じました。

論文の図は8つ。といっても、現在、いわゆる「ハイ・インパクト・ジャーナル」に載っているように、Figure 1がaからmまで細かく分かれている、ということはなく、いたってシンプルです。この四半世紀の間には、1つの論文で扱われるデータ量も、膨大になりました。「ビッグデータ」の時代です。

ビッグデータを得るには、もちろんそれなりの研究費が使われています。また、ビッグデータはそれを得た研究者だけで十分に解析できないものも含まれています。したがって、データ・シェアリングや、データのオープンソース化は、研究費の有効活用という意味で、より重要になっています。とくに、研究費のほとんどをまだ国の予算に頼っている我が国では、税金の有効活用という意味でも、データはオープンなカタチで再利用できることが望ましい。

もちろん、最初からそういう目的でアーカイブされるデータもあります。本日ご紹介するのは理化学研究所、脳科学総合研究センター(BSI)の「マーモセット脳遺伝子発現アトラス」です。こちらは、下郡智美シニアチームリーダーが中心となって、小型霊長類であるマーモセットの脳の切片を作製し、染色したものを高画質の画像として取り込んでデータベース化しています。研究者がマーモセットの脳の構造を理解する太助になるだけでなく、ある遺伝子はマーモセットの脳のどこで働いているか、などを調べるのに役に立ちます。
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たいへん質の高いデータベースとなっていて、下郡チームの素晴らしい技術と多大なエフォートに敬服します。ぜひいちど、ご覧になってみて下さい🎶

なお、BSIは今年、設立20周年を迎え、関連行事を行っています。利根川進先生、山中伸弥先生の2名のノーベル賞受賞者をはじめ、豪華キャストで下記のように市民公開シンポジウムが開催されます(不肖ながら末席に登壇します♬)。興味のある方はどうぞお申込みを!



# by osumi1128 | 2016-10-29 11:15 | サイエンス | Comments(0)

週刊ダイヤモンド連載コラム#90:祝! 大隅良典先生ノーベル賞 単独受賞の快挙の背景は?

週刊ダイヤモンド誌に連載しているコラム「大人のための最先端理科 生命科学」の第90回は、大隅良典先生のノーベル賞関連記事を書きました。今週発売号(10/29日号)なので是非ご覧あれ!
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ウェブ記事はこちらからリンクされます。

実は、昨年すでに予想記事を同コラムに書いていました。

タイミングよく、今日のGoogleの検索デザインはアントニ・ファン・レーウェンフックですね♬
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単眼の顕微鏡を開発して、いろいろな微生物などを観察した方で、ヨハネス・フェルメールの「天文学者」や「地理学者」のモデルとも言われています。

「観る」という行為は科学の基本です。大隅良典先生のオートファジーの研究も、光学顕微鏡で酵母菌を観察して、うごめく粒を見出し「これは何だろう?」と不思議に思ったことが原点です。

その粒が二重膜で包まれた構造であることがわかったのは、光学顕微鏡よりもさらに小さなものまで観ることができる透過電子顕微鏡を用いた観察がなされたからです。実は、その決定的な写真を撮影したのは馬場美鈴博士という方で、日本女子大学の家政学部(当時)の卒業生でした。
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この図で大きな丸(液胞, V)の中のいくつかの小さな丸い構造が、autophacig body(AB)です。オートファジック・ボディはその後、オートファゴソームという名前に落ち着きました。(画像は、フリーで公開されているJ Cell Biol, 1992より転載しています)

その後、走査電子顕微鏡を用いたフリーズ・レプリカ観察という手法により、ちょうどオートファゴソームが液胞に融合する様子も立体的に捉えられています。無数の酵母菌の像の中から、こういう決定的な瞬間を見つけることができるかどうかは、観察者の目に委ねられていると言えるでしょう。(画像は、フリーで公開されているCell Structure and Function, 1995より転載しています)

観ることは信じること。美しい画像には真実が宿る。
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Autophagy in yeast demonstrated with proteinase-deficient mutants and conditions for its induction.

Takeshige K, Baba M, Tsuboi S, Noda T, Ohsumi Y.

J Cell Biol. 1992 Oct;119(2):301-11.

この論文はノーベル賞の受賞論文4つのうち一番古いもの。オートファジーの実態を端的に捉えた証拠と考えられたからですね。


Analysis of the membrane structures involved in autophagy in yeast by freeze-replica method.

Baba M, Osumi M, Ohsumi Y.

Cell Struct Funct. 1995 Dec;20(6):465-71.

この雑誌は日本の細胞生物学会のオフィシャル・ジャーナルです。ちなみに著者3人のうちの真ん中がうちの母、大隅正子です。馬場美鈴博士は母の卒業研究生であり、その後も日本女子大学の電子顕微鏡室に所属されていたこともありました。あまり出回っていない情報なので、こっそりアップしておきます♬





# by osumi1128 | 2016-10-24 22:18 | サイエンス | Comments(0)

頑張れ! 未来のリケジョたち♬

先日の土日は合宿イベントに参加しました。(正式な集合写真は末尾のイベント報告サイトに載っています♬)
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東北大学知のフォーラム特別企画として、東北大学知の創出センターが主催し、男女共同参画推進センター(TUMUG)と東京エレクトロン株式会社が共催でした。東京エレクトロンさんから「女性研究者を支援するようなイベントを支援したい」というお申し越しを頂き企画を始め、本学の女性教授、准教授によるご講演と、東北大学サイエンス・エンジェル(SA)のファシリテーションによるグループワークを行うというプログラムでwebで募集を行い、北は岩手県、南は愛媛県まで、23名の女子高校生が「知の館」に集まりました。私は司会進行役として参加。
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研究担当の伊藤理事による力強いメッセージと、東京エレクトロンの先端半導体技術部門開発企画部長の瀬川澄江様によるご来賓のご挨拶の後、医工学研究科教授の田中真美先生による「触覚メカニズムの解明と触覚センサシステムの開発」について、その後、薬学研究科准教授の矢野環先生による「昆虫というモデル動物からのヒトの病気の解明」についての講演が為されました。さらに、5名のSAが自己紹介をし、その後、仙台市郊外の秋保へバスで移動。場所を変えて「高校において、リケジョ・理系進学者の数を拡大するための具体的取り組みについて」というお題で、5つのグループに分かれて意見を出してもらいました。その内容は翌日にそれぞれのグループからの発表となったのですが、皆、的確な現状分析と、とても具体的な提言をしてくれました。以下にいくつか記しておきます。

現状の問題点:
・そもそも理系・文系に分けるのが問題、またその時期が早い
・理系は(実際はそうでもないのに)科目数が多いなどの思い込みがある
・実験が楽しくなさそうなイメージがある、男子に任せる風潮がある
・理系の仕事のイメージがわかない
・高校の数学で挫折する
・奨学金制度が足らない
・出産の年齢を考えた場合の大学院進学のハンディ
解決策:
・文理を分けないコースや入試の導入
・理系の良いイメージがわくようなロールモデル(TVヒロイン、アニメキャラ含む)
・ファッション誌で理系職業(医師・看護師・薬剤師以外の)を取り上げる
・「科学の甲子園」などをTV放映
・OGの母校訪問でキャリアの紹介
・理系の先生の教え方の改善
・研究室の見学ツアー、理系研究者による講演会
・小さな子どもへの理科教室

すでに私たちがSA制度により行っている「オープンキャンパスfor女子高校生」、「高校への出張セミナー」や「科学イベント」や、JSTの支援による理科教員を対象とした「サイエンスキャンプ」等は確かにニーズに応えるものであることを確認しつつも、まだまだ全国的にみれば足りていないのだと実感しました。また、理系のキャリアの「見える化」はとても大事だと、改めて実感しました。
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こちらは前日のグループワーク最中の様子。SAがファシリテーターとして意見が出やすいようにリード。
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各グループ5分のプレゼンは、交代交代で行っていました。これも「平等」を大事にする女子の特徴。
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質問は2分で、田中先生、矢野先生、瀬川様、SAさんから頂きました。
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発表終わってグループ写真をパチリ。お疲れ様でした♬

ちなみに、理系のキャリア情報については、決して女性だけに足りていない訳ではありません。『13歳のハローワーク』という本が2003年に出たときに、パティシェやとび職など、けっこうレアな職業が挙がっているのに対して、いわゆる理系の職業がほとんど無いことに愕然としたことを思い出します。このブログを書くにあたり、検索してみたら、「13歳のハローワーク公式サイト」というwebサイトがあることに気づきました。ところがやっぱり、”「分野」で調べる”というリンク先の「科学技術・ものづくり」に関する分野は、「機械・電気・化学」と「コンピュータ・IT」の2ジャンルしかなく、その中身は結構、偏っているように思われます……(例えば「モデルガンの製造」「武器・兵器評論家」などが載っているなど)。

大学の理学部や農学部に進学したら、どういうキャリアに繋がるのかが知りたい場合には、「自然」というカテゴリーが近そうです。でもそのリンク先を開いてみると、我々のような大学の研究者にとって身近なキャリアは挙がってきません。あるいは、「医療・福祉ー保険・薬」というカテゴリーの中に薬剤師やMRという職業はあっても、「創薬研究者」などは見当たらないのです……。

広告満載のこのサイトがどのように運営されているのかは不明なので、国としては、もっと現状に即した中高生向けのキャリア選択支援サイトを構築しても良いのではないでしょうか? 何度となく主張していますが、資源に乏しい我が国では「人財」こそが礎です。文系よりも少ない理系で、さらにマイノリティである女性がもっと増えることが、この分野の活性化に繋がると信じます。

将来的に文理の壁を取り払っていくことは重要ですが、直近では理系のキャリアパスを若い方々に示すことが求められていると思います。女子高校生の言葉を借りれば「理系バリアフリーを目指す!」のが大切でしょう。今回参加してくれた女子高校生たちが、未来のリケジョとして活躍することを期待しています。

*****
ちなみに、2日めの発表の後は、バスで「せんだい3.11メモリアル交流館」と閖上の朝市を見学して、仙台駅にて解散。遠くから参加された生徒さんにインパクトを残したようでした。
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東北大学知のフォーラムサポーターサイト:

東北大学知のフォーラム特別企画「明日をソウゾウするあなたへ ~女性科学者への道案内~」を開催しました










# by osumi1128 | 2016-10-18 22:34 | 若い方々へ | Comments(0)

2016イタリア旅の風景

ローマとエリーチェの旅の風景より。
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サン・ピエトロ大聖堂は、迫力満点でした。ここを見ずしてカトリックの教会を語るなかれ。大きさ半端なくて、このドームの内側の文字の縦が2mもあるとのこと……。ちょっとだけ人が見えるの、わかりますかね……。
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システィーナ礼拝堂は撮影禁止。有名なミケランジェロの天井画を3Dで眺めました。礼拝堂なので、観光客が少しでもうるさくなると「お静かに!」という注意が飛んできます……。画像は無いのでこちらのWikiリンク先を付けておきます(Exciteの新しいリンクのやり方は、ちょっと好きではありませんが……)。一番感動したのはピエタですね……。これを大理石から掘り出せるというのは天才以外の何物でもありません。残念ながらガラスの向こうで、しかも窓からの光が入るので画像はダメダメですが、備忘録として。実際に見る人にとっては後光がさしている感じになります。
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あと、サン・ピエトロ大聖堂の前の広場のお土産物屋さんに、カトリックの信者らしき方々が大量にお買い物をしているのが印象的でした。やっぱりここで求めたクロスはご利益が大きいのでしょうね……。
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ローマは日本で言えば京都のように、犬も歩けば旧所名跡に当たる街で、最低でも1週間は必要ですね。今回は、バチカンとトレビの泉で、あとはただ、通りを歩いて時間切れ……。コロッセウムも真実の口も見られなかったので、いつか「ローマの休日」を巡る旅をしたいです。

エリーチェで参加したのはこちらの学会。
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エリーチェは、とにかく学会のあった建物からの眺めが絶景。
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この通りの石畳は独特なパターンでした。表面がつるつるになった石で覆われているので、下りは革底の靴だと怖かった。画像はランチの後に戻るところ。Robert Feil先生@モンペリエ、佐々木裕之先生@九大と小林さん@東京農大の後ろ姿とともに。
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ポスター会場にて、一番右がValter Tucci先生@イタリア技術研究所。今回の実質のオーガナイザーでした。
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ランチのたびに外に出るので、walking distanceにあるお城なども外から眺めました。
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シシリア島は「スイーツが豊富ですよ!」とローマの先生に言われて来てみたら、たしかに、本当にいろいろな種類があります。フェニキア、ギリシア、ローマ、ペルシア、ノルマンディ……などなど、種々の文化が交錯した土地ならではのことなのでしょう。塩田も有名とのことで、天塩を自分へのお土産にしました。
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午前中にエクスカーションという日が一日あって、参加者でバスツアー。セジェスタという街に行き、ギリシア時代の神殿や劇場跡を見ました。
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ガイドさんの話に「これこれは2700年前、こちらは2400年前……などと普通に出てくるのが、さすが古代史の舞台。私の海外体験の最初は北米だったので、どんどん前に遡っているところですね。もっと若い時に古い欧州の歴史遺産を見ておくべきだったかもしれません。

食べ物系は、今回、こだわりのある方が側にいなかったことや、時差でディナーを抜くことが多かったために、あまり充実していません。イタリアの定食は、いつも2品で、プリモ・ピアットがパスタなど二択、セコンド・ピアットが肉か魚、という感じでした。
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鮪を筒切りにしてグリルしただけ、っていうのは、案外日本人向きかもしれません。素朴です。

こんな機会が無ければ訪れなかったかもしれないところでした。会場の入り口。元は教会です。
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宿泊先は元の修道院。
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このマットのファブリックもこのあたりの特産のようです。買えば良かったとちと後悔……。
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# by osumi1128 | 2016-10-10 14:58 | 旅の思い出 | Comments(0)

エリーチェに行ってきた:シチリアから世界平和へのメッセージ

初めてイタリアのシチリア島に行きました。アリタリア航空を乗り継いでローマからパレルモへ。そして国際会議の方で用意されたシャトルで1時間半、西北の
エリーチェという古い街にある教会や修道院が、現在はEttore Majorana Foundation and Center for Scientific Culture(EMFCSC)
という財団の所有として会議場や宿泊施設になっていて、毎週のように国際会議やセミナーが開催されています。今回参加したのは、Genomic Imprinting, Epigenetics and Physical Functionsというミーティングで、共同研究者のValter Tucci先生(ジェノバにあるイタリア技術研究所に所属)に招待されました。




この財団を設立に関わったのはAntonio Zichichi先生という物理学の研究者。50年以上前の1963年にエリーチェで初めてSubnuclear Physicsのワークショップのようなもの(School)を開催したようです。財団の冠となっているEttore Majoranaは、1906年生まれのイタリアの理論物理学者のお名前。1982年には二度と世界大戦が起こらないために科学者が為すべきこととして、The Erice Statement(エリーチェ宣言)を発表しています。一部を抜粋しておきます。

It is of vital importance to identify the basic factors needed to start an effective process to protect human life and culture from a third and unprecedented catastrophic war. To accomplish this it is necessary to change the peace movement from a unilateral action to a truly international one involving proposals based on mutual and true understanding.

The scientists---in the East and in the West --- who agree with this “Erice Statement”, engage themselves morally to do everything possible in order to make the new trend, outlined in the present document, become effective all the world over and as soon as possible.

標高751メートルに位置するエリーチェの、さらにもっとも高いと思われる建物の最上階がポスター会場となっていて、コーヒーブレイクのたびに、美しい地中海が眺められます。なんて平和な景色でしょう! 会議のスタイルも一人あたりの発表時間が30分から45分という長さでゆったり。さらに昼食と夕食は近くの7ヵ所の指定レストランに、それぞれグループで出向いて頂くスタイルで(地域の経済活性化という目的もあり)、ランチブレイクが2時間。さすがイタリアです……。石畳の通りは坂が多く、会議で頭を使った後のエクササイズにもなります。この4日の間、日本にいるときとは異なる時間の流れの中に身を置くことができました。といっても、科研費申請書書きのシーズンでもあって、インターネットに繋がって日本時間に合わせて行動していましたが(苦笑)。
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今回の会議の中心テーマであったゲノム・インプリンティングという現象は、父方、母方から受け継ぐ染色体の「対立遺伝子」のうち、片方のスイッチが入らないような目印が付いている(インプリントされている)ということで、例えば、胎盤の形成に必要な遺伝子は母方がインプリントされていて父方のみがオンになり、胎仔の形成に必要な遺伝子は逆に父方がインプリントされていて母方がオンになる、という仕組みがおそらく最初に見つかったものだったと思います。発生学の教科書にも書かれているくらい有名な事象なので、もしかするといつかインプリンティングの研究がノーベル賞の対象になるということもあるかもしれません。

ノーベル賞と言えば、月曜日の初日の発表が大隅良典先生の生理学医学賞の単独受賞だったので、自分の発表のジョークスライドとして使わせて頂きました。

さらに偶然、2002年のノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊先生が書かれた手記を見つけました。昭和60年4月30日の日付となっています。上記のエリーチェ宣言から3年後ですね。イタリア中部のラキラというところで物理学の会議が開かれた折に、前述のEMFCSCを設立されたズィキキ先生が、参加者に「平和について何か書いて下さい」とお願いしたためと冒頭に書かれています。最後の部分を引用します。

……私の子供たちは20才をとうに過ぎていますが、「平和」の中に育ってどのくらい「平和」が有難い事なのかを十分に感じているとは思いません。おそらく空気と同じ様にそれがなくなって始めて(ママ)、如何に大切なものであったかを知り、失ったものに戻れと涙を流すのでしょう。物理学者の一人として今戦争が始まったら前大戦とは比べものにならない地獄が出現する事は他の職業の人々よりはっきりと予感出来ます。もう一度「平和」を改めて感じなほしましょう。(旧仮名遣い、旧字体など変換できず……)
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イタリアという国は不思議です。気候が穏やかで食べ物に困らず、古い遺跡と最先端のデザインやファッションが並立しつつも、なぜか人々のやり方は効率の悪いことおびただしい。今回、マドリッドからの参加者は、日曜日到着で荷物が着いたのが木曜日だったり、私の帰路のパレルモからローマの便は2時間遅れ(ローマ空港の天候によって、パレルモからの機体到着が遅れたからということでしたが)、フミチーノ・ダ・ヴィンチ空港から飛び立ったのも45分遅れという、噂通りのアリタリア・クオリティ(でも新しい制服はめちゃくちゃお洒落♬)。会議の間でエクスカーションに出かけたセジェステというギリシア時代の神殿や劇場のある街では、入場のためのチケットを買うのにだらだらと30分以上かかったり(日本だったら、グループツアーなら参加者全員分をまとめて買っておいて配ったりするでしょう)。

ところが一方で、なぜか、世界平和など国を越えて大所高所から考えたアクションする人たちも多いように思います。知名度は高く無いかもしれませんが、TWAS(第三国科学アカデミー)という、発展途上国の科学技術の発展を支援するための組織の本拠地も、イタリアのトリエステというところにあります。欧州最古の「大学」はボローニャ大学です(世界初の大学としては、紀元前7世紀総説のタキシラの僧院。世界最古の医学部はモンペリエ大学のものとのこと)。ギリシアの次に欧州から中東を巨大なローマ帝国としてまとめ上げ、ルネッサンスの中心となった人々のDNAが脈々と続いているのかもしれません。





# by osumi1128 | 2016-10-09 09:32 | 旅の思い出 | Comments(0)

祝!大隅良典先生ノーベル賞受賞

今年のノーベル賞受賞ニュースはシチリア島のエリーチェというところで聞きました。日本だと夕方からそわそわだったのでうっかりしていましたが、こちらでは発表はお昼間なのですね。日本の友人からのダイレクトメールで知った次第。

受賞理由はとてもシンプルに「自食作用(オートファジー)のメカニズムの発見」。素敵です。しかも、大隅良典先生の、なんと単独受賞! 本当におめでとうございます!!! 奥様の萬里子先生もどれだけ喜ばれたことでしょう。長年、御一緒に研究に携われてこられましたので。また、吉森保先生、水島昇先生をはじめとした共同研究者の方々も、この分野にノーベル賞が与えられたことを、どれほど誇りに思っておられるかと思います。

追ってまたブログにも書きたいと思いますが、ただいま学会出席中でもあり、まずは昨年、週刊ダイヤモンドの連載コラムで取りあげていた記事をリンクしておきます。
大人のための最先端理科第35回:
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# by osumi1128 | 2016-10-04 02:50 | サイエンス | Comments(0)

神経科学分野における日中韓の連携

韓国の神経科学学会Korean Society for Brain & Neural Science (KSBNS)にご招待を受けてソウルに行ってきました。といっても、会場はソウル郊外のKINTEXという新しいコンベンションセンターで、隣接のホテルに前泊し、朝から夕方まで一日のみの参加で、またもや韓国料理をほとんど食べる機会が無く……。仙台から直行便で2時間という距離感も、なんとなくパスポートを忘れそうになるくらいの近さです。

登壇したセッションはChina-Japan-Korea Joint Colloquiumという枠で、それぞれの国の神経科学学会の会長が揃い踏みで座長をし、3時間の間に各国2名ずつが発表するというもので、内容も多岐にわたるものでした。韓国の学会の会長であるBong-Kiun Kaang先生が冒頭で、今後この3国が世界の中で北米、欧州に次ぐ第三の拠点になるべきというスピーチをされました。

神経科学分野では、Society for Neuroscience(SfN、北米神経科学学会)が毎年、3万人規模の学会を開催し、日本からの参加者も1000名を超えています。欧州にはFederation of European Neuroscience (FENS、欧州神経科学連合)の開催する学会が隔年で開催され、こちらの参加者はたぶん5000人程度だったかと思います。日本は毎年開催される神経科学大会の学会員が5500名程度、学会の参加者が3000人くらいです。韓国、中国と日本を合わせると学会員として12000人程度になるので、2年に一度、East Asia Neuroscience Meetingを開催してはどうか、ということを提案されていました。確かに、日本からSfNやFENSに参加するのは、旅費も時間もかかりますし、何しろ時差のあるところで戦わなければならないというのが不利な点です。これらの学会に替わる国際学会として日中韓の学会で済むなら、こんな有り難いことはありません。

しかしながら、いくつかの問題が実際にはあります。

まず一つ目は、現実問題として、日本の神経科学大会は5年先まで会場が押さえられていて、今から日中韓の国際学会を組み込むとなると2021年よりも先のことになるでしょう。仮に日中韓学会を2年に一度行うとして、日本に回ってくるのが6年に一度だとしても、かなり前もって予定しておく必要があります。

二つ目は、それぞれの学会の運営体制が非常に異なる可能性があり、それらが一緒になって行うというのは、かなりのエネルギーが必要だということがあります。日本の中でもいくつかの学会が合同大会を行うことがよくありますが、日本語で交渉することができてさえ、「合同大会は大変だ」という声はよく耳にします。

そして三つ目で、これがもっとも重要かもしれませんが、学会のレベルの問題です。日中韓の個々の学会が比較してどうか、ということは置いておくとして、日中韓学会がSfNに匹敵するレベルになるのであれば、遠くにいくより楽だし理想的ではあるのですが、現実にはそこまでにはならないように思われます。となると、どれだけの参加者となるのか、日本からの参加者を考えた場合には、国内学会にさらに「加えて」行くだけのメリットがあると思えるか、という点が問題になるでしょう。国内学会の「代わりに」行くという気軽さになれば別ですが、学生さんにとってはハードルが高いかもしれません。

いずれこのような日中韓問題は、どのような学会でも考えることが必要なのかもしれません。ただし、日本でどのくらいの人々がこういうポリティカルな問題を深く考えられるかというところも心配な点があります。例えば、Kaang先生はMolecular Brainという雑誌の創設編集者なのですが、この新興の雑誌を立派な国際誌に育て上げました。日本では、生命科学系のどの学会の雑誌も良い論文を集めるのに苦労している現状があります。研究以外のことに割かれる労力が多すぎるということが一番大きな問題だと思うのですが……。

ともあれ、塩野七生先生の『ギリシア人の物語』を読みながら、ギリシアの都市国家(ポリス)がペロポネソス同盟によってペルシアからの侵略を食い止めたことなどを頭の中で反芻しました。本日はローマの知人のところでセミナーです。
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画像は最後の集合写真(ただし、ご講演の後にすぐにサンフランシスコに向かった尾藤先生が入っていないのと、私の握手が逆向きだったのが……)。

# by osumi1128 | 2016-09-30 14:58 | 科学技術政策 | Comments(0)