ガゼウニ

昨晩頂いたガゼウニは超特大だった。

こちらでは殻付きのウニのことを「ガゼウニ」と称し、殻の上部を水平に切って中の卵巣部分が露出するかたちで出される。
こちらを山葵醤油で頂くのだが、新鮮なウニは本当に美味しい。
「ウニは生臭い感じがして嫌い」という方も一度お試しあれ。

高校の同級生で朝日新聞の社会部記者をしている河原理子(かわはらみちこ)さんが出張で来仙したので、5年ぶりくらいで会う。
ひとしきり旧友達(♀)の「あの子は今どうしてる?」情報をほぼ一方的に教えてもらい、NHKに務めた人が冬ソナのプロデューサーをしていたことやら、調査会社を起業して社員が今40人社員をかかえている人などの話を聞いて「へー」と感心する。
「『社長って何するの?』って聞いたら『決済』って言ってたよ。」
それはあまり面白くなさそう。

河原さん(というと他人みたい。実際には昔の愛称の「まちん」と呼んでいる)はこの春ちょうど息子さんが大学生になったところだが、2000年から「犯罪被害者の話を聴く勉強会」というものを、地下鉄サリン事件でご主人を亡くされた高橋シズエさん、同じく朝日の星野哲さんとともに主催し、その経験をもとに今年の1月末に『<犯罪被害者>が報道を変える』という本を高橋さんと共著で出版した(ライフログ参照)。

様々な犯罪には加害者と被害者(その家族)が関わる。
加害者の方が先に「人権」を問題にされたが、被害者にとっては報道されることそのものにより「二次被害」を被ることがあることはあまり意識されてこなかった。
長く社会部で記者としてさまざまな犯罪被害者の取材をしてきた友人は、そのような「報道被害」があることを強く感じ取って心を痛めてきたのだと思う。

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(以下『<犯罪被害者>が報道を変える』の「第4章 記者は石のハートでなければならないか」より抜粋)

「小さな布団」
 私の赴任した東北の県は、のどかなところで、殺人事件はめったに起きなかった。どんな事故であれ、人が亡くなったら大ニュースだった。
 私も、着任一週間後に、三歳の子を亡くした家族を訪ねていた。
 保育園で夕方、男の子がいなくなっているのに気づいて探したところ、近くの用水路に転落しているのが見つかった。病院に運ばれたが、夜遅くに亡くなった。そんな事件だった。
 夕方駆けつけた、草むらのなかの用水路の光景を、なんとなく覚えている。助かってほしいと願ったが、かなわなかった。翌日、家を訪ねた。親としてその年代の子供の暖かい重さを知ったのは、ずっと後のことだ、当時の私は、玄関で何と言っていいのか、まるでわからなかった。自分の気持ちを一生懸命に述べて、お線香をあげさせて下さい、と言った気がする。通された広間に、明るい色の小さな布団が敷かれ、メロンのように小さな顔をした男の子が眠っていた。こんなにちっちゃいのか、どうしてこんなに小さい子が・・・・・・と見つめながら、事故当時の状況や保育園への無念の思いを聞いているうち、涙がこぼれてしまった。
 支局に帰って、その話をコラムに書いていると、「なんだ、泣いたのか」と先輩に言われた。確かに、記者は泣いているだけでは務まらない。家族の話を端的に伝え、事実を確認し、原因を究明して再発防止を考える役割を担わなければならない。しかし私は、二度と泣いてはいけない、どんな現場に行っても怖いといってはいけない、嫌だといってはいけないと、強く思いこんだ。
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ジャーナリストというのは非常に難しい職業だと改めて思った。


さて、二次会からは例の数学科の友人が合流。
鍋を焦がすのはやはり「文系的」キャラクターであることを再認(まちんも同じであった)。
「タイマーかけとけば?」
「うん、そうするんだけど、何か他のことをしはじめると、鳴っているのに気が付かなかったり、タイマー止めて、このメールを見てからにしようとすると忘れたりなんだよね・・・」
「うーーーーん」
同時並行で3つくらいの実験をこなすのを20代からトレーニングするというのが、鍋を焦がさないのに役立っているようだ。

追伸:
友人の本も岩波書店から刊行されたが、装丁者も同じだったそうだ。
本を調べたのだけど装丁者のお名前は載っていなかった。
後で編集者に聞いておこう。
by osumi1128 | 2005-06-18 14:32

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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