思うように書けないと……

淡路島から仙台に戻ってくると、気温が5℃くらい違いますね。
まだ市街地では木の葉は色付いてはいませんが、蔵王あたりまで足を伸ばせば紅葉も眺められることでしょう。
ちなみに、紅葉情報ではこんな感じのようです。
思うように書けないと……_d0028322_2304077.jpg


タイミングを逸してしまったのですが、この春に学位を取って郷里に帰った歯学研究科のN君(一児の父)の論文が先日Journal of Anatomyという歴史ある国際誌にアクセプトになりました。
歯の発生にSixという遺伝子群が働いている可能性を示したものです。
助教のTさんにとっては初めてのCorresponding authorの論文ということになります。
おめでとう!
Tさんらしい、美しい遺伝子発現パターンが載った珠玉の作品です。
掲載されるのが楽しみですね。

さて、本日のお題は……




先日、出張の折、MacBook Air(ツウはMBAと言うらしい……)で書類書きをしていたところ、何故か日本語変換が異常に遅くなりました。
どのアプリケーションでもほぼ同じでしたが、ローマ字漢字変換が、まずローマ字から平仮名になり、それがさらに日本語変換されて、一区切りタイプすると待っている間に一口お茶が飲めるくらい。
あまりに時間が無駄になっているという意識にさいなまれ、何か他の仕事をしなければと思ったのですが、その書類は早く処理しなければならず、泣く泣く10倍くらいゆっくりしたスピードのタイピングに付き合いました。

そのとき思ったのは、自分の考える速度で日本語が画面に出ていってくれないことが、こんなにもストレスなのか、ということでした。
それは、例えば、言葉を失った状態がどのようになるのかを想像させ、愕然としました。
たしか、多田富雄先生は脳梗塞で言葉を発することができなくなられた後、コンピュータで音声変換してコミュニケートされていらしたと思います。
でも、そのスピードは普通に喋るのに匹敵するほどの速度ではありませんでした。
馴れるまでは、どんなにもどかしい思いをされたことかと思いますし、もしかしたら現在でもそのように感じていらっしゃるかもしれません。
あるいは、先天的に発話に障がいがある方の中にも、入力系は素早いのに対して出力系のスピードが合っていないというタイプがいらっしゃるかもしれません。

それとは違うレベルでは、漠然と思っていることが、まだ言葉として結晶化しない状態のとき。
科学の分野で語るべきときに言葉にならないというのは、本質が見えていない、分類されていない、あるいは比較対比されていない、ことを表すと思います。
これらは逆に、無理矢理言語化する作業を通じて理解する、という荒技が効くかもしれません。

日本語と英語の違いを感じるのも、そのようなときですね。
日本語で書けていることが、英語にならないのは、たぶん、本質の捉え方が違うのだと思います。
本来、それは文化の違いの反映であって、善し悪しではないはずなのですが、悲しいことに現在のサイエンスの世界では英語が公用語ですので、英語で書けないということは、分かっていないということになってしまいます……。

もちろんデータは言語を超えたレベルにありますので、それがしっかりしていることは、何よりの強みではありますが、ストーリー展開や解釈においては英語の力が必須です。

という訳で、科学立国を目指す日本であれば、これから英語のスキルは当然必要なことであり、「理系だから国語や英語は出来なくても……」というのはまったく通用しません。
(ただし、流暢に喋れたとしても、中身が無いのはもっと困りますが。)
もし英語が得意であれば、競争の激しいアカデミアにいなくても、科学リテラシーを活かした職業が米国なら即たくさん見つかるでしょう。
日本をそういうレベルにするのには、まだしばらくかかりそうですが、変わらなきゃいけませんね。
by osumi1128 | 2009-10-11 23:46 | 雑感

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