観察眼の鋭さ

昨晩は長い会議の後、終電で帰仙し、本日は10:00-12:10に医学部2年生相手の発生学の講義(60分X2コマ)。
数年前から医学部は60分講義になったのだが、なかなか体がこのリズムについていかない。
伝統的に大学の講義は90分であり、その間に雑談を2,3回入れたりしてひとまとまりなのだが、60分は雑談していたら本論を喋る暇がない。
でも、ついついトリビアなことを言ってしまう(というか、大学の先生ってそれが仕事だと思いません?)。

さて、前フリしておいたように、『艮陵の教授たち』から面白い逸話を1つ。

これは東北大学初代の内科学講座の山川章太郎教授の「内科学診断実習」に関する話である。
(以下抜粋)
******
・・・学生に糖尿病の話をしていた。読んで字の如く、糖尿というものが甘いものであろうことは想像に値する。しかし、我々をはじめとして、果たして糖尿病の患者の小便が甘いかどうかを味わった人がいるかどうかはきわめて怪しい。山川先生は、
「諸君」
と言って尿の入ったコップを持ってきて皆で嘗めてみようということになった。これが本当の百聞は一見に如かずというサイエンスの基本である。居並ぶ学生の誰もが教授の掛け声を疑わなかった。医者になるには患者の小便も嘗めてみなければならないと信じていたのであろう。そこでおもむろに山川教授は指を尿の中に突っ込んでペロリと口の中に移して味わって見せた。
「うん、諸君もやって見給え」
 学生は真剣に教授の言われるままに患者の尿に指を入れて嘗めてみた。甘かっただろうか、塩辛かっただろうか、それとも苦かっただろうか。恐らく眼を縦横に引き伸ばして医の道を学ぶにはこのように辛い経験をしなければならないものかと嘆いたであろう。学生達が嘗め終わった所で山川教授は大らかに笑って見せた。
「諸君は一体どの指を嘗めたのかね」
「私は人差し指をハルンコップに入れたけれど嘗めたのは中指だったぞ」
「君らは何を見ていたのかね」
「科学というものは、物の観察から始まる。先生に教えを学ぶならば、その一挙一動、何指を尿に突っ込んでどの指を嘗めたかまで観察していなければ、立派な医者にはなれない」
と諭されたという。そこで真面目に糖尿病患者の尿を嘗めた学生は苦しい思いをしながら全員落第であったという話である。

・・・(中略)・・・
 医学は科学に基盤を置く。そして科学は観察から始まる事を教えた山川先生の教育者としての卓見に痛く敬服するのである。
******

やや関連するので、2004年のうちのラボの標語としてHPに載せていたものを再掲。
【まず「真似る」ことにより「学ぶ」】
「真似る」と「学ぶ」
どちらも語源は「まねぶ」です。
「学ぶ」基本は、まず「真似る」ことです。
人類の英知は獲得した文化の伝承によって培われてきました。
論文を通じて先人に学ぶこと。
先輩の実験手技の真似をすること。
自分のオリジナリティーはその上にこそ生まれるでしょう。


さてこれから締切過ぎた雑用を片づけなければ。
by osumi1128 | 2005-06-24 13:18

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