書評『科学技術は日本を救うのか 「第4の価値」を目指して』(北澤宏一著、DIS+COVERサイエンス)

昨年11月末の「事業仕分け」の第二弾が行われています。
「税金を使って行われている事業に無駄が無いかを国民目線で見直す」という目的は良いと思いますが、そのやり方には疑問が感じられます。
とくに、科学・技術関係など、その中身をよく理解されていない方が、膨大な資料を短時間で熟読したとしても、判断が困難なことは多いのではないかと危惧します。
とはいえ、昨年の衆議院選挙で国民の圧倒的支持を得て現政権が誕生した訳ですから、ヨチヨチ歩きの子供を見守る度量も必要でしょう。
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さて、本日は久しぶりに書評を一つ。
『科学技術は日本を救うのか 「第4の価値」を目指して』(北澤宏一著、DIS+COVERサイエンス)を出版社のディスカバー・トゥエンティワンのF様からご恵贈頂きました。
同時に『科学との正しい付き合い方 疑うことからはじめよう』(内田麻理香著)『予定不調和 サイエンスがひらく、もう一つの世界』(長神風二著)も著者から謹呈頂いていますが、こちらはまた後ほどに。




著者の北澤先生は、まさに仕分けの俎上に載った独立行政法人・科学技術振興機構(JST)の理事長であられますが、日本学術会議やJSTの男女共同参画アドバイザリー委員会等でもご一緒させて頂いています。
大変に歯切れの良いご意見を仰るのが印象的。

本書は北澤先生のご講演をもとに起こされているとのことで、内容としてちょうど新書1冊として丁度良い読み応えでした。
プロローグにおいて、日本の若い世代が科学技術に対して(社会全体に対して)「しらけている」ことを取り上げた上で、第一章では日本の科学技術が世界でも高いレベルにあることを多数の例を挙げて示されています。
例えば、生命科学分野であればiPS細胞の山中先生や、免疫学の審良先生の事例、工学系であれば鉄系超伝導の細野先生など。

この部分については、私は1点指摘しておきたいのですが、日本が世界トップレベルの科学者を何人も生みだしてきたことは事実ですが、その一方において、ここ数年の間に日本全体でみるとむしろ研究力が低下している現状があります。
客観的な指標としては、およそ2000年を境として、論文占有率と被引用数の係数が低下しつつあることに加え、論文産生数の絶対値も減少しつつあるのです。
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原図引用サイトは下記。
グラフで見る日本の科学研究の後退(?):日本の2005-2009の論文生産数は1999-2003の水準より減少
つまり、今、科学・技術を支える根が弱り始めており、ここできちんと手当をしないと、10年後、20年後には実りは得られなくなり、取り返しの付かないことになると危ぶまれます。

研究を行うのに紙と鉛筆さえあれば良いという分野もありますが、いわゆる実験系の分野では、大なり小なりの研究費が必要です。
で、科学・技術予算の話ですが(本の中ではこちらの方が先に出てきます)、日本の予算が伸びていないことが指摘されています。
米国、EU、中国、韓国が引き続き科学技術研究開発投資を行っているのに対して、日本は逆行しています。
上記の日本の研究力低下は予算の問題だけではなく、いわゆる国立大学においては大学院重点化したこと(15年ほど前)に加え、法人化して運営体制が急激に変わりつつあることによる教職員の負担が増えたことなどが追い打ちをかけていると思われます。
いずれにせよ、現状では、もっとも基本的な研究費であるべき文部科学省の「科研費」が4人に1人しかもらえない、という状況が生まれていることは憂うべき状況です。

本書の中では米国と日本の大学の経営基盤の比較をし、日本では「国立大学」のように運営費交付金に頼っているか、「私立大学」のように授業料に頼っているかのどちらかであり、どちらも基盤が脆弱であることも指摘されています。
国立大学の「法人化」はまだ6カ年の第一期が終わったばかりですので、東京大学でさえ、そんなに急にハーバード大学にはなれないと思いますが、寄付金や独自の事業収入をより多くしていくことは、国ばかりに頼らず、独自の強い足腰をつくるのに必要でしょう。
独自の事業を展開することによって、新たな雇用も生まれます。

本書の第2章は日本を取り巻く経済状況についてであり、端的に言えば、輸出超過と国外における収益増加がある一方、国民が貯めたお金を使うのが政府や地方自治体になってしまっているために、国内に研究開発資本が投資されていないという現状が述べられています。
その上で、第3章では本書の副題にもある「第4の価値」の創造に向けて、科学・技術がどのように関われるかが語られます。

その前に、筆者は、プロローグで指摘された「若者が将来に夢を持っていない」ことについて、この世代が「科学技術に対して必ずしもポジティブに捉えていない」ことを指摘しています。
つまり「科学は発展し、生活は便利になったけど、世界には戦争やテロの恐怖があり、地球は破壊されつつある」ことを若者達はより憂えているのです。
いわゆる「理科離れ」の原因には、理科を教えられる、理科に親しみを感じる教師が初等中等教育に少ないことも挙げられていますが、そもそも若者の心のうつろさには、科学振興に対する疑念があるのではないか、ということになります。

そこで北澤先生は大学生に「第4の価値とはどのようなものか?」を問いかけて、以下の事例を得たと書かれています。
・ 仲間の活動、家族の活動
・ 地域の活動、集団での活動
・ 文化、スポーツ、教育、チャリティー
・ 街並みの美しさ、農村の快適性
・ 街の緑化、地域の快適環境
・ 安全で渋滞のない交通
・ リサイクル、水、地球環境
・ 社会正義、復興支援

「夢がない」と言われつつ、若者はこんな素晴らしい理想を描いているではないですか!
私なら、さらにここに「健康の維持増進に必要な栄養、食育」なども加えたいところです。

北澤先生は、このような「第4の価値」を生みだすのに、日本の科学技術は大きな貢献ができるはずであり、科学者・技術者だけでなく、もっといろいろな分野の専門家や市民が参加し協力することが大切であると主張しているのです。

この本は、科学・技術に関わる方だけでなく、より多くの方々に是非呼んで頂きたいと思います。
by osumi1128 | 2010-04-28 01:31 | 書評

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