科学技術コミュニケーター

今日は午後から出張なので、今のうちに投稿を済ませておこう。

エスカレータの話の続きだが、そういえばJR仙台駅も通常と反対側(右側)が空くときがあった。
朝、東京からの新幹線から降りた乗客によって、誰か一人がパイオニアとして左側に寄ると、自然にその流れに沿ってしまうのだ。
ヒトという動物はかくも「集団に従う」という性質を有するものであり、誰かがある方向を向くと、その周りの集団も一斉にそちらを向いたりする。
(プレーリードッグだったか、何かの動物の群れも立ち上がって一斉にある方向を向くのをテレビで見た気がするが)。

さて、来年度からの第3期科学技術基本計画の策定がいよいよ大詰めを迎えようとしている。
http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihu47/haihu-si47.html
第1期、第2期の基本計画を通じ、日本の研究水準は着実に向上し(例えば論文発表数は米国に次いで世界第2位)、産学官連携や大学・研究機関の改革が進展しつつある。
その一方で、欧米のみならず、中国や韓国も含めた「知の大競争」が激化の様相を見せている(このあたりの文語は、おそらく有本科学技術・学術政策局長のものだ)。
このような背景をもとに、第3期科学技術基本計画ではいくつかの目標を掲げているが、その柱の1つが「人材育成」である。
曰く「モノから人へ」「機関における個人の重視」を基本姿勢とし、科学技術を担う人材の育成・活躍の促進に取り組むために
−世界的に活躍する研究者・技術者の育成・確保
−若手研究者が能力発揮できる環境づくり
−女性研究者の育成、活躍できる環境づくり
−外国人研究者の受入れの促進
−技術経営人材、ものづくり人材などの育成・確保
−子供の夢を育み、力を伸ばす環境づくり
などを、人材対策具体化の主要検討項目に掲げている。
(上記は総合科学技術会議第47回のプレゼン用ハンドアウトからの抜粋なので、最終案という扱いではない)

このような第3期科学技術基本計画を睨みながら、科学技術・学術審議会人材委員会というところで、より具体的な施策のための議論をしている。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu10/

ここ数回の議論の中心となっているのが「ポスドクのキャリアパス問題」である。
具体的な統計数値に興味のある方は、「第33回配付資料」等のPDFをダウンロードしてみて頂きたい。

「ポスドク1万人計画」はまさに科学技術基本計画に則って策定されたのだから、その結果にも責任があるという訳だ(実際は、現在1万3千人くらいのポスドクがいる)。
この手の「最初から分かっているではないか」的施策は、例えば戦後に医師や歯科医師が足りないからもっと増やさなければと、新設の医学部や歯学部を全国に作った挙げ句、「増えすぎたから定員を減らそう」となっているなど、あちこちに見られる。
私が学生だった25年前にすでに増えすぎが危惧されており、「余剰の医師、歯科医師が輩出されれば、市場原理で無医村、無歯科医村に行くだろう」という甘い予測はモロに打ち砕かれていた。
治療レベルの低い無医村、無歯科医村には誰も行きたがらないのだ。
(「国境のない医師団」には魅力を感じる人が多いのに)

ポスドク1万人計画の際も、「余ったらきっとベンチャーを立ち上げたり、企業に吸収されるだろう」というのが推進派の予測であったと思う。
確かにアメリカではものすごい数のバイオベンチャーが雨後の竹の子のごとく設立され、そこに半数程度のポスドクが就職していた。
これが日本ではまったく事情が異なり、税制や資本金集めの問題から、リスクを背負うベンチャーの起業は多くなく、従来の会社も新たに(マスター出ならともかく)ポスドクを雇うだけの度量が見られない。
もちろん、ポスドクの数が増えたのは「大型プロジェクト研究」が増えたからであって、アカデミアのポストはまったく増えていない。
結果、日本でポスドクを経験した人の次の就職先はまた「ポスドク」となる。

ポスドクがどのくらい「一人前」かは、委員会メンバーの中でも意見はさまざまであったが、アメリカでは「テニュアトラックに乗る前の一過性のポジション」と見なされている。
毎年何報か論文を書き、研究費を得るために申請書を書き、ポスドクや学生の指導をしながら研究成果を挙げる、というタフな生活をしたくない人は、企業等やファンディング・エイジェンシーへの就職を希望する。
(これはライフスタイルや価値観の問題であって、良い悪いではない。念のため)
おそらくアメリカでも日本でも、なるべく早くニュアトラックに乗りたいという人から、論文を書くよりもデータを出すことに生き甲斐を感じるテクニシャン的な人まで、ポスドクの資質には巾があることは間違いないだろう。
ただ、決定的な違いは、アメリカでは「いつまでもポスドクをする」ということはほぼあり得ない。
(研究所付きの「シニアポスドク」的な立場に移行する人はいるが、数からいうと例外的。そのほかには母国に帰るというパターンもあり)
その大きな理由は、「ポスドクの次はアカデミアならAssistant Professor」というルールが決まっており、昨日のポスドクは明日のPI (Principal Investigator)だからだ。

総合科学技術会議、基本政策専門調査会の資料では、若手研究者が能力発揮できる環境を整備すべきという観点から「テニュアトラック制の導入」や「若手研究者向けの競争的資金の拡充」等を挙げており、これは早期実現、というか、すでに実行段階にある。
ただし、大学においてテニュアトラックの入り口である「助教」というポストの数は、これまでの「助手」の振り替えを基本とし、後は(国立大学「法人」なのだから)自助努力で数はなんとかせよ、というものであり、これが頭が痛い問題である。
またよく考えないと、テニュアトラックというのは競争なのだから、あふれた「助教」問題が次に出現することになるだろう。

人材委員会では、「産業界のニーズにあった研究開発と事業化をリードする人材の育成」ができないだろうか、ということを議論している。
例えば経団連関係の委員の方に言わせると、「アカデミアでポスドクまでした人は、あまりにも会社という組織を知らず、製品化や企画化の素養が全くないので使い物にならない」。
そこで「啓発セミナーを行う」「企業とのマッチング(お見合い)の場をセッティングする」、などの案が出されている。
(これらはあまりお金のかからないプランなので、おそらく実現するだろう)
また「インターンシップ付きポスドク制度」なども話題に上った。

「女性研究者の育成・活躍促進、活躍できる環境の整備」も主要検討項目に挙がっているが、これについてはまた別の機会に譲ろう。
今日は「科学技術リテラシーを持つ人材育成」について述べて終わりにしたい。

すでに平成17年度採択の振興調整費、人材育成プログラムの中の「人社融合分野」として「科学技術リテラシーを持つ人材育成」に関する3つのプログラムが動き始めようとしている。
東京大学の「科学技術インタープリター養成プログラム」、北海道大学の「科学技術コミュニケーター養成ユニット」、そして早稲田大学の「科学技術ジャーナリスト養成プログラム」である。
http://www.c.u-tokyo.ac.jp/jpn/kyoyo/sciencetech050617.html
http://fox44.hucc.hokudai.ac.jp/~scicom/
http://www.waseda.jp/jp/pr05/050531.html
これらのプログラム修了者の就職先として想定されているのは、新聞・放送・出版・宣伝産業などで働く科学ジャーナリスト、科学館・博物館・データアーカイブなどのキュレーター、高等学校などの理科担当教員、科学技術コミュニケーション分野における研究者など。
一応「修士課程相当」というカリキュラム設定になっているが、とくに早稲田大学のプログラムでは「理系・文系のポスドクを積極的にリクルート」して、科学コミュニケーターとして再教育することを目指しているらしい。
(Double degreeなんてカッコイイ!)
東大のプランでは「現場での問題構造を体感する」ことを目的とし、新聞社、放送会社、科学未来館との連携や、ジャーナリスト(立花隆)、アーティスト(高田洋一)などとの協力体制が敷かれるとのこと。
(立花隆のセミナーなんて、とっても面白そう!!!)
育った人たちが数年後にどんなキャリアに就いているか、とても楽しみだ。
Commented by uchida at 2005-06-29 23:39 x
長めのコメントで失礼します。。。

「ポスドクのキャリアパス」の問題に関して、アメリカと日本を比べた場合、やはりアメリカの方が風通しがいいのは明らかだと思います。いろいろな問題が複雑に絡んでいるので簡単には論じられませんが、アメリカではポスドクを何年かやった後に、うまく行けば独立した自分の研究室を持てるということが、単に「ポスドクのキャリアパス」の視点にとどまることではなく、サイエンスを進展させる大きな原動力になっていると思います。
Commented by uchida at 2005-06-29 23:39 x
構造的な問題(ポストの構造、絶対的少なさ、研究費の配分、選択方法等)もありますが、研究者自身の意識の改革も必要です。アメリカでは基本的に、ポスドク、大学院生は一定の仕事を終えると、他の場所に移るのが大前提です。自分が指導した学生、ポスドクがその後いかに成功したか、ということも、指導者に対する大きな評価の対象となります。一方日本では、せっかく指導したのだからもう少し研究室にいて働いて欲しい、という意識がまだまだ多くの指導者の中にあるのではないでしょうか?その目的で、「競争的大型プロジェクト」の人件費や学術振興会の奨学金、あるいは助手のポストが使われていることが多々あります。ひとつの場所にとどまることが一概に悪いとは言えませんが、長期的に見た場合、思い切って新しい場所に移り、新しい技術なり、ものの考え方を学ぶことがその人の技術、視点を育てていくことにつながります。そういう、人材を長期的に育てるという視点がかけている場合が無いでしょうか?逆に、若手研究者には、大きな夢を持って荒波に出て行くというチャレンジ精神が欠けている場合が無いでしょうか?
Commented by uchida at 2005-06-29 23:40 x
幸い私の大学院時代の恩師からは、学位を取ったらすぐにでも出て行くように指導されていましたので、そういう意識が昔から植え込まれていました。実際、外に出てからはすべての指導者がそれとは全く逆の意識を持っていることを知り、愕然とすると共に、自分のキャリアの最初の段階でそういう意識を育てていただいたことに本当に感謝しています。
また、人が動くようになると、技術、視点の交流が起こり、そういう人を取り入れることにより、指導者自身も思わぬ発展につながり長期的にかなりプラスになるはずです。
こういうことはすでに分かっていて、構造的な問題のためにできないと考えられがちですが(もちろんそれが大きな要素の一つであることは間違いありませんが)、私の印象では、まだまだ精神的な壁があるのではないかと思っています。研究者全体の意識の改革も進むことを祈っています。
Commented by osumi1128 at 2005-06-30 00:28
uchidaさん、こんばんわ。
コメントをありがとうございました。
「意識改革」というのが、根本的に重要で、でも一番難しい問題だと思います。
(キャリアパスの問題だけでなく、セクハラ、アカハラ、共同参画なども同様です)
自分のラボから外に出て行って活躍する人材を育てること自体は素晴らしいこととみなされているはずで、要は「ここまで手塩にかけて育てたのだから、もう少しだけ働いてほしい」というような意識をボスが持つかどうか、それを居心地が良いと思うかどうかでしょうね。
人材委員会でも「そんなこと(キャリアパスを作ってあげる)は個人の問題で、ほっておくべき」という本音の方も複数おられます。
Commented by uchida at 2005-06-30 00:55 x
そうですね。問題は「研究者の意識」にも根ざしており、単に構造を変えるだけでは解決しない、あるいはそういう動きが本当の意味で生まれない、ということを言いたかったのです。もちろん、人材委員会のようなところで、構造的な変化を誘導していくことが必要で、いい方向に進んでいくことを祈っています。大隅さんのような若い一線の研究者がこういう場に加わっておられることは、とても期待の持てることだと思っています(!)。難しい問題ですが、トップダウン、ボトムアップの両方からこういう問題が解決されていくと良いですね。

なお、先程のコメント、「すべての指導者がそういう意識をもっているわけではなく、全く逆の考えを持っている指導者も多いことを知り」というのが正しいコメントでした。。。
by osumi1128 | 2005-06-29 09:14 | Comments(5)

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


by osumi1128
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31