小鳥の歌

昨日、理研の岡ノ谷一夫さんのセミナーを主催した。

うちのセミナーはたいてい16:30からで、昨日もそうだったのだが、16:00過ぎても現れない。
さすがに心配になって電話をかけようとしたら、以前頂いた名刺が紛失していたり、HPには電話番号が載っていなかったりと、かなり焦った。
ぎりぎりになって、メールを入れて下さって、とにかく向かっていることは分かって一安心。

セミナーのタイトルは『小鳥の歌とヒトのことば:文法の収斂進化』であったが、とても分かりやすい講演だった。
最初に聴衆のバックグラウンドを聞かれ、言語学者や動物行動学者はいないということを確認されていたが、用意されていたスライドはほぼ「一般科学者向け」に用意されていたものだろうと思う。
「文法の起源は意味言語の起源とは別なのではないか」という彼の仮説は、私にはすっと入ってくる。
先に単語があって、それが複雑になって言語になるというのは、私には直感的に理解できないのだ。
文法の基礎があって、そこに「意味」が加わることによって言語は成立するようになったと考える方がはるかに自然に思える。

セミナー後の内輪の懇親会では、さらに「踊り」も「歌」と同様のものではないかという話になった。
そういう「動作順序を記憶する」ことの進化が「言葉」につながっていったのではないかと岡ノ谷さんは考えている。
その意味で、以前「言語の遺伝子」として話題になったFoxP2の発現が、大脳基底核などの運動制御に関わる領域に見られることは非常に興味深い。
もちろん、FoxP2は転写因子をコードしているのだから、その実行部隊が何をしているのかがとても問題なのだが。

ジュウシマツは自分一人で歌うこともあるが、普通は雌を口説くために鳴く。
(つまり、二階のジュリエットに向かって窓の下からロミオが歌うセレナーデという訳だ)
雌には良い歌=複雑な歌という判断基準があり、歌の上手い雄がもてる。
当然、複雑な歌を記憶して歌えるというためにはエネルギーコストがかかるし、目立つと捕食されるなどのリスクも伴うのだが、この性淘汰のために小鳥の歌は進化したという。

話がバイリンガルのことになって、日本語と英語のように文法の大きな仕組みが異なる言語を同時に2つ習得させるというのは、非常にストレスのかかることだと岡ノ谷さんは言われた。
「だから、小学校から英会話を教えよう、なんてのは間違っているんですよ。外国人に道を教えるために義務教育で英語を教える必要はありません」
「そうですね。話す中身がなかったら、いくら発音だけ流暢でも仕方ないですね」とは、別の先生の弁。
やっぱりそうだったか。
私の持論は、「きちんと日本語の語彙や文法をまず教える。これはlogicを教えることにもなる。その上で、英語は日本語と文法を比較して教える。Listening はひたすら聞き流す時間を設ける。Speakingは、まず日本語できちんと意見を言う訓練をしてから行う」というものだ。

さて、鳴禽song birdsではこのような歌学習に関わる脳の領域で、neurogenesisが生じている。
つまり、新しく色々な歌を覚える際に、新しく生まれたニューロンが回路に組み込まれるような仕組みがあると考えられる。
私の中では今neurogenesisがアツイので、今度ジュウシマツの脳でPax6がどこで発現しているのかを見て頂くお願いをしておいた。

・・・という訳で、大満足のセミナーでした。

PS:それにしても、岡ノ谷さんの話の直後に、所用で別のプレゼンテーションを聞かなければならなかったのだが、うーーーーん、なんていうんでしょうね。
「要はセンス」とは言うが、私は「どうしてよいか分からない」人に教えられる「ノウハウ」はあると思っている。
ビジーなスライドにしないことが大原則だが、字の大きさや色、背景の色などに意味を持たせて、無意識的に理解させること、logicを視覚化すること、など。
「見場より中身」ではあるが、分からなかったら中身は伝わらない。
そして、美しいものは直感的な理解を呼ぶ。
これはたぶん大脳生理学的な問題だし、ヒトの脳に組み込まれていることだと思うのだが。
by osumi1128 | 2005-07-02 14:03

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