書評『未来をつくる図書館』その2:医療情報へのアクセス
2010年 09月 07日
その前に、一言お詫びを。
最初にアップしたテキストにおいて、本書執筆に至る経緯などに関して、私が想像で「だろう」的な書き方をした部分については、誤解を招く可能性がありましたので、削除しています。
謹んで、お詫び申し上げます。
今日は「医療情報」に関する部分について。
本書が刊行されたのが2003年なので、状況はさらに進化しているのだと思われるが、図書館が提供するサービスの中に「医療情報」がある。
ちょっと、本書から引用しよう。
かつて医者と患者の間には知識と情報の大きな格差が存在し、市民は無条件に医者に全てをゆだねてきた。しかし、保険制度の改革や消費者意識の高まりを受けて、医療・健康情報を求める市民はこの20年ほどで急増。今や市民は医療サービスを受けるにあたっても、病気に関する情報を収集し、医師と話し合い、時には医師の意見を疑い、別の治療法を探るなど知的武装をススメ始めつつある。市民の情報収集力は、医師と対等に近い関係を築き、また自ら判断を下すためにも有効だ。(p.103)
我々、生命科学系・医学系の研究者であれば、毎日お世話になるデータベースの一つはPubMed(パブメド)であるが、これは米国国立医学図書館(US National Library of Medicine)が構築し、市民に公開して維持管理を行っている。
1998年、この国立医学図書館がニューヨーク公共図書館に助成金を出し、「コミュニティー健康情報センター」プロジェクトを開始した。
各地域の分館において、医学辞典、統計、白書、医療機関や医師のリスト、各種医療情報に関する本、雑誌、録音図書、ビデオ、インターネットでの情報提供を充実させるとともに、政府や自治体等が発行するチラシやパンフレットの収集、ファイリングを行い、「市民が貴重な地域情報にまとめて一度にアクセスできる環境を整えている(p.104)」という。
また、これとは別に、ニューヨーク公共図書館は1994年から「ニューヨーク・オンライン・健康アクセス」というウェブサイトを立ち上げている。
医療関係者と図書館司書がチームを組んで、「司書がまず市民に必要とされている項目を洗い出し、医師がそれに応じた情報を選び出す」ことにより、ユーザフレンドリーかつ正確な情報へのアクセスを目指しているところが素晴らしい。
…市民主体の医療のあり方の選択肢のひとつとして、誰もがアクセスできる信頼性の高い医療情報の整備が日本でも必要になるのではないだろうか。公共図書館は、地域社会の医療情報の窓口として、また医療教育の場として、幅広いサービスを提供することで、国民の健康や高齢化社会を支える一端となることができるかもしれない。(p.110)
昨年のインフルエンザ、今年の口蹄疫等、日本の市民は正確な情報に十分にアクセスできなかったように思えるし、毎日のように健康に関する「情報バラエティー番組」が流される割には、正しい知識・情報が伝わってはいない気がする。
「良貨が悪貨を駆逐する」ためには、アップデートされた、その時点でもっとも確からしいと判断される情報が「アクセスしやすい」状況にあることが必要だ。
では、医療情報サービスを行う主体はどこであるべきか?
もちろん、米国でも図書館がプライマリーなのではなく、先に挙げた国立医学図書館に加え、国立衛生研究所(National Institutes of Helth)、NIHのそれぞれの研究所等が、非常に充実したウェブサイトを持ち、また、各種パンフレット等も提供している。
あるいは、北米神経科学学会のような学会(NPO)でも、会員向けのサービスだけでなく、例えば「Brain Fact」というような充実した冊子を発行している。
米国の医学部で20年間トップを走り続けているジョンズ・ホプキンス大学でも、市民向けの健康セミナーや「Get Second Opinion」などのサービスを行っている。
(ちなみに、このHPはちょっと重たいですね・・・最初、なんでこんなに視覚認識が悪いサイトを、こともあろうに医学部が作ったのかと思いましたが、読み込みが遅かったようです)
大事なことは、このような「医療情報サービス」を行うためには、医学や生命科学のリテラシーを持った人材や、図書館学、情報科学等を学んだ人材が、「より良い正確な情報をフレンドリーに市民に伝える」という目的の元にチカラを合わせることだろう。
「モノから人へ」と本当に言うのであれば、こういうヘルス・サポートの仕組みにこそポストを付けるべきであり、市民の医療リテラシーが高まれば、長い目で見て医療費を削減することにも繋がるだろう。
【関連リンク】
米国国立医学図書館提供医学情報検索システム
ニューヨーク公共図書館
米国国立衛生研究所
米国癌研究所
北米神経科学学会
ジョンズ・ホプキンス大学
『未来をつくる図書館ーニューヨークからの報告ー』(菅谷明子著、岩波新書)
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