書評『未来をつくる図書館』その3:図書館ディジタル化
2010年 09月 10日
ニューヨーク公共図書館の場合には、開館百周年の1995年頃から電子化が始まったらしい。
電子図書館としてのサービスには以下のようなものがある。
①利用案内、イベント・講座などのお知らせ
②所蔵資料検索と貸出予約
③新聞・雑誌データベース、電子ブック
④リサーチガイド、推薦図書リスト、リンク集など
⑤デジタルコレクションと検索機能
⑥メールによる資料相談
⑦コンピュータ端末(各種ソフトウエア搭載)、インターネット接続、ノートパソコン用電源とインターネット用接続ジャック
⑧パソコン教室、情報活用講座(本書p.187より引用)
著者はこのように図書館のデータベースや検索機能が充実した背景として「調べる文化」があるとしている。
アメリカではデジタル化のはるか以前から、断片的な情報を組織化し、網羅的に検索できるように、詳細な索引づくりが記事検索においても整備されており、市民も最新の新聞や雑誌をまるごと読むだけでなく、同じテーマの記事を他の媒体と比較したり、時系列に追ってみることで情報を多角的に読み込む人は少なくない。(p.192-193)
この点に関しての日米の温度差は、大きな意味があると思われる。
日本では、例えば昨年のインフルエンザにしろ、今年の口蹄疫にしろ、「まるごと読む・視る・聴く」で終わっていることが多いのではないだろうか。
日本でも国立国会図書館の電子化はどんどん進んでいるが、どうも「収集する」ところに力点が置かれ、それをユーザが利用するにはどうしたらより良いサービスになるか、という視座に欠けている気がする。
それは「職員が少ないからできない」のではなく、そういうサービスをすることのプライオリティーが低いために「職員を増やそうとしない」のかもしれない。
本書は綿密な取材に基づいて書かれているのだが、例えばこんな事例も挙げられている。
資料検索で「ガン」と入力してみた時には、ほかのものに混じって黒澤明監督の映画「生きる」のビデオが出てきて、意外な気がした。思えばこの主人公はガンを宣告されてから、生きることの意味を考え始めるのである。「一冊の本が人生を変える」とはよく言うが、資料を探していたガン患者が、たまたま出会ったこの作品から何かしら得られるところがあったとすれば、偶然の出会いがいかに価値あるものなのかを改めて考えさせられる。(p.189)
ディジタル化の意味は、ユーザを世界中に広げるということでもある。
ニューヨーク公共図書館のポール・ルクラーク館長は、「我々はこれまでもグローバルなサービスを視野に入れて活動してきましたが、情報革新のおかげで図書館が持つ価値ある資料を世界中の人に活用して頂けるようになりました」と語る。(p.200)
ディジタル化の一方で、ニューヨーク公共図書館には「研究者・作家センター」という一室が設けられ、世界各国から研究員を募り、五万ドルの給付金で約1年間、各自の研究に取り組むという仕組みも作っている。
研究員はそれぞれのペースで研究するほか、図書館主催の講演、読書会等へ参加すること、論文を執筆すること、そして「研究員同士で毎日一緒に食事をとること」が義務づけられているという。
これは「知の交流の場を作る」ことによって、お互いに刺激しあって新しいものを生みだす環境作りである。
筆者はこの「つなぐこと」こそ、図書館の機能の根元にあるものと考えている。
本来公共図書館は、市民のためのリサーチセンターのはずである。何をするためにも情報を収集し分析することはアクションの第一歩。そのために図書館は多様なメディアによる網羅的な情報のストックをもち、司書による情報ナビゲーション機能があるべきである。数ある情報の中から、長期的な視点に立ち、市民に役立つという視点から、情報を収集し、整理し、検索しやすいように編集する作業は、公共的な役割を持つ図書館だからこそ可能になる。(p228)
改めていくつかの図書館のHPを覗いてみると、考えるところ大である。
【参考リンク】
『未来をつくる図書館ーニューヨークからの報告ー』(菅谷明子著、岩波新書)
ニューヨーク公共図書館
国立国会図書館
国立国会図書館利用者アンケート
東北大学附属図書館
せんだいメディアテーク