書評『ロボット化する子どもたち』

東北大学の広報戦略委員会でご一緒している教育学研究科の渡部信一先生からご恵贈頂いた『ロボット化する子どもたち 「学び」の認知科学』(大修館書店)を読んで、書評を書こうと思っていたのがずるずると遅くなってしまった。





そもそも、御高著をご恵贈頂くことになったきっかけは、YouTubeのアカデミア版に、大学からコンテンツを提供する、という方針が立てられたこと。
それに対して「大学全体の広報戦略を考えるのに、部局ごとばらばらでは、ブランドイメージも作れませんよね。あるいは、研究・教育・人材育成・産学連携等についての大学としての統一見解も無いと駄目ですよね。YouTubeにコンテンツ提供するっていっても、そのあたり戦略的に考えていないといけないのでは?」というような意見を、委員会のメンバー宛にメールでお送りして、オープンコースワークのことなども書いたら、「これを読んで下さい」ということで学内便で送られてきた。

20世紀から21世紀への変化を「工業社会」から「高度情報社会」への転換と捉え、「あいまいで複雑に絡み合った情報」が大量に存在する現代において「学び」に大きな行き詰まりが生じていると渡部先生は感じておられる。
渡部先生は認知科学と障害児心理学がご専門で、本書の中で扱われる自閉症児の学びについては、ロボットの学びとの類似点が指摘される。
人工知能や人型ロボットをご存じの方ならよく聞く「フレーム問題」なのだが、「あいまいで複雑に絡み合った情報」を計算しようとして破綻してしまうロボットと、融通が利きにくい自閉症児の中に共通項を見出す。
その上で、「e-ラーニング」のメリットや問題点を指摘し、さらに同じく東北大学教育学の生田先生の研究を取り上げ、「しみ込み型」の学びについて紹介している。

この「しみ込み型」の学びとは、例えば和物のお稽古事のやり方と思って頂けばよい。
私ならお茶のお稽古が真っ先に浮かぶ。
お茶も、もっとも最初に「割稽古」があって、個々の所作を習う、ということはあるが、それより最初に行うのは「他のお弟子さんのお稽古を視る」ということだ。
つまり、全体の流れをまず先に把握させる。
帛紗捌き(ふくささばき)というパーツにしても、先生が先にお手本を見せて、はい、その通りにしてごらんなさい、というやり方ではない。
絹の帛紗が渡されて、「輪を右手側にして持って、それを三角に折って、左手の4本の指で押さえて右手を直角に挙げて……」と口頭で説明されて…というパターン(どうしてもできなければ、「こんな風にするのですよ」とデモンストレーションもあるが)。
そうやって、いろいろな「型」を身につけていく中で、自ずと体得していくものがある。

それで思い出したのが『弓と禅』だ。
著者であるドイツ人のオイゲン・ヘリゲルが弓道の習得を目指すが、師匠は何も教えてくれない。
実はこのドイツ人哲学者は大正の終わり頃に、日本に大学教授として滞在したのだが、それが東北大学であったと、つい先日、仙台市のAさんから教わった。

もう一つ思い出したことがあるのだが、出典が探せない……(泣)。
それは、テーラー職人を育てる際に、まずは「ボタン付け」をさせるところから始める、という話。
技術としては比較的簡単であり、でも背広を作るのに必要不可欠な作業の一部に「参加」させる。
その間に、生地の善し悪しや背広の作りを何度も体験していく。
服を作る順番に、型紙はこうやって作って、布はこのように切って……とパーツに分けて教えるのではない、ということだったのだが、もしかすると本書の中に書かれていたかもしれない。

今の子どもたちの「学び」が、簡単な知識を習得してボトムアップに積み上げたら、複雑なことも習得できるという理論に基づいているが、そこに「喜び」が無ければ上手くいかないと渡部先生は危惧する。

研究室の中の「学び」について、どんな風に環境を整えていったら良いのかについて、思いを馳せるきっかけとなった本であった。

【参考サイト】
渡部先生のホームページ
by osumi1128 | 2010-10-17 00:51 | 書評

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