母校でのセミナー「神経堤細胞の発生と幹細胞医療への応用」

医科歯科大学の出身ラボの元ボスを継いで後輩の井関祥子さんが教授になり、大学院GPがらみの大学院生向けセミナーに呼んで頂いた。
「ボーダレス講義発生再構築学コース」ということだったので、久しぶりに神経堤細胞(しんけいていさいぼう)の話題にした。
気合いを入れてKeynoteプレゼンファイルを新しく作って臨んだ。




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「そもそも、神経堤細胞って何?」という導入部では、大学院(博士課程)に入ったばかりのときに見たマウスの10日目胚がとても美しくて虜になったことを振り返った。
用いたスライドは同じ発生段階のラット12日目(素人目にはほとんど差無しー笑)のヴィデオ(高橋助教撮影)だったが、赤々とした心臓が拍動していて、当時の私は(そして今でも)まさに「生命」を感じてしまった。
その頃、日本で哺乳類胎児の培養ができる研究室は江藤研くらいだったのだが、その技術は自分の研究スタイル確立の上で大きな力になってくれた。
【参考】
哺乳類全胚培養法のプロトコール(英文ビデオジャーナル)
J Vis Exp. 2010 Aug 28;(42). pii: 2170. doi: 10.3791/2170.
The method of rodent whole embryo culture using the rotator-type bottle culture system.
Takahashi M, Osumi N.


また、Marianne Bronner-Fraser、Nicole Le Douarin、Gillian Morriss-Kayとともに写っている(相当昔の)写真も見せながら、何故か神経堤細胞研究者は女性が多く、国際学会に行ってそういう女性PIが活躍しているのを見たことによって、自分も頑張ろうと思ったことを話した。

また、培養胚の神経堤細胞を蛍光色素で標識することにより、哺乳類胚での神経堤細胞の移動を追跡した研究を紹介し、1994年に発表されたその論文はLe Douarinの教科書「The Neural Crest」に写真付きで掲載され、今でも引用されていることを取り上げて、「息の長い仕事」をすることの楽しさを伝えた。

この20年くらいの間に、神経堤細胞研究も洗練されてきて、標識も遺伝学的に行うことができるようになったし、各種の遺伝子改変マウスなども作られるようになったのは隔世の感がある。

次の話題として、私の研究人生の上で大事なものとしてPax6変異ラットとの出会いがあったのだが、これはもともと、山之内製薬(当時)の安全性研究所で、内田さんという方が発見して、戻し後輩を行ってみよう、と思ったから日の目を見ることができたラットだ。
小さな疑問を疎かにしないということは、科学者の基本だと思う。

私自身はこの「内田ラット」を用いて、顔面形成の研究を行ったのだが、そのきかっけは「この変異ラットホモ接合胚は、外側鼻隆起という顔のパーツが欠損しているのでは?」と気付いたことにある。
それは直感でしかなかったのだが、後に、分子マーカーを用いた場合にも、そのことは証明された。
また、なぜ外側鼻隆起が欠損しているかについて「中脳から鼻部に遊走する神経堤細胞が、眼の後ろ付近にとどまっているからでは?」という仮説を立て、それを検証することができた。
すべて「よく見る」ことが出発点だ。
【参考論文】
Matsuo, T.*, Osumi-Yamashita,N.*, Noji, S., Ohuchi, H., Koyama, E., Myokai, F., Matsuo, N., Taniguchi, S., Doi, H., Iseki, S., Ninomiya, Y., Fujiwara, M., Watnabe, T., and Eto, K. A mutation of the Pax-6 gene in rat “small eye” was associated with migration defect of midbrain crest cells. Nature Genet. 3, 299-304, 1993 (*Equally contributed)

Osumi-Yamashita,N., Kuratani, S., Ninomiya, Y., Aoki, K., Iseki, S., Chareonvit, S., Doi, H., Fujiwara, M., Watanabe, T. and Eto, K.: Cranial anomaly of homozygous rSey rat is associated with a defect in the migration pathway of midbrain crest cells. Devel. Growth & Differ. 39(1), 53-67, 1997.

Nagase T, Nakamura S, Harii K, Osumi N.Ectopically localized HNK-1 epitope perturbs migration of the midbrain neural crest cells in Pax6 mutant rat. Dev Growth Differ. 2001 Dec;43(6):683-692.


「見る目」の大切さについて、カハールの頃なら切片の標本のスケッチを描きながら考えただろうし、私の世代なら顕微鏡写真の条件を微妙に変えながら何枚も撮影しながら、あるいはその35mmフィルムが現像から上がってきたときに、もっとも良いものを選びながら考えたものだが、今のディジタル画像を1発クリックで撮っているだけだと、肝心のところで考えていないことにならないかと危惧する。

後半1/3あたりのところで、そろそろ聴衆も疲れているだろうと、「間違い探し」クイズを一つ。
野生型とPax6変異ホモ接合胚の末梢神経系のサンプルをスクリーンいっぱい大写しにし「どこが違うと思いますか?」と聞いてみた。
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案の定「この尻尾の先のあたりが、右は茶色くて、左はそうじゃないと思います」という答えがまず最初に上がり、「はい、だから、本当に違うと見せたいところ以外は、限りなく違わないような画像を使わないといけない、ってことを、うちのTAの大学院生に必ず伝えるのですよね……」とコメント。
その次に当てた大学院生さんが、こちらの意図した「答え」を言ってくれたので(3,4人かかる場合もあります……苦笑)、種明かしをするとともに、「このサンプルは実は、別の目的で行われた実験だったのです」というエピソードを。

元々は、「目鼻が無い」変異胚なら、その部分に投射するはずの神経に二次的な影響があるに違いない、それを見てみよう、という目的で為された実験だったのだが、実はもっとスゴイことが見つかってしまった次第。
実は、眼の辺りではなくて、もっと下の首の方、脳幹部の運動神経が欠損(より正確には、別のタイプの神経に変換)していた。
つまり、本来の目的ではない副産物もゲットすることができるかどうかが、セレンディピティーに繋がるのだ。
【参考論文】
Osumi,N., Hirota, A., Ohuchi, H., Nakafuku, M., Iimura, T., Kuratani, S., Fujiwara, M., Noji, S. and Eto, K.: Pax-6 is involved in specification of the hindbrain motor neuron subtype. Development 124, 2961-2972, 1997.

最後の応用面の話は、成体になってもひっそりと休んで存在する神経幹細胞を利用するというもの。
先行研究として2002年の腸管部の神経堤由来細胞が、培養下で多種の細胞に分化する例を挙げ、慶應大学の福田先生との共同研究で、心臓にも同様の細胞がいる可能性、そして、当時、うちで学位を取った眼科からの派遣大学院生金久保さんが行ったラインの研究を、西田先生(現大阪大学)の代でも引き続いて行った研究について紹介した。
それは、「イモリの眼の水晶体を除去すると、虹彩から水晶体が再生する」という日本で為された再生研究を元にしていて、実は虹彩実質部には神経堤由来細胞が多いという観察結果と合わせて行っているものだ。
【参考文献】
Tomita, Y., Matsumura, K., Wakamatsu, Y., Matsuzaki, Y., Shibuya, I.,Kawaguchi, H., Ieda, M., Kanakubo, S., Shimazaki, T., Ogawa, S., Osumi, N., Okano, H. and Fukuda, K. Cardiac neural crest cells as dormant multipotential stem cells in the mammalian heart. J Cell Biol. 2005 Sep 26;170(7):1135-46.

歯髄の中に幹細胞がいることはすでに着目されつつあるが、それはかなりの部分神経堤由来細胞だと思われる。
そうであれば、種々の細胞に分化させて利用することが可能であり、将来の移植医療に役立つ幹細胞源となるかもしれない。
by osumi1128 | 2010-10-22 16:58 | サイエンス

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