研究者のアウトリーチ活動を考える(その2):CREST市民公開シンポジウム
2010年 10月 30日
今回で最後ということもあって、本当は最初からすべて聴きたかったのだが、午前中は元学生のお父様の会葬参列に出かけてきたので、午後からの参加。
ちょうど「研究者のアウトリーチ活動」について考えたいところなので、本日はこちらをご紹介。
数日前に書いた拙ブログには、歴代記録を塗り替えるアクセス数があった。
研究者のアウトリーチ活動を考える(その1):サイエンスカフェをしなきゃいけないの?
ことの発端は今年6月に行われた「3,000万円以上の公的研究資金を獲得した研究者に国民との科学・技術対話(アウトリーチ活動)を義務づける」という総合科学技術会議の決定なのだが、繰り返すが、公表されている文章の中には「義務づける」とまでは書かれていない。
「国民との科学・技術対話」の推進について(基本的取組方針)
研究者のアウトリーチ活動には種々のものがあるということを、何回かに分けてお伝えしたいが、今回はちょうどタイムリーだったので「研究費配分機関主催による市民公開シンポジウム」を取り上げよう。
戦略的創造研究CREST「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」というプロジェクトは、独立行政法人科学技術振興機構(JST)という研究費配分機関が推進している。
領域や課題によって金額の多寡はあるが、1つのチーム(数名のPIが参加)としての研究費は5000万円から9000万円くらいであり、チームリーダーの配分としては上記の3000万円よりも少ない場合もあるが、とりあえずは「大型研究費」という見なされ方をしている。
このCRESTは、領域統括の津本先生の他に専任の技術参事、事務参事以下の事務局体制が敷かれていた時代だったので(現在はJST直轄となっている)、毎年度末の研究報告会@大阪と、秋の市民向け公開シンポジウム@東京に集まるのが常であった。
研究報告会はクローズドで、研究進捗状況に対して、アドバイザーの先生方から厳しいご指導を頂くとともに、参画している若手研究者のポスター発表もあって、領域内の交流も兼ねていた。
市民公開シンポジウムは、参加者事前申し込み制で、今回の場合は、定員700名の会場に対して、950名の応募者に達した時点で申し込みを打ち切り、うち、半数弱はリピーターとのことだった。
今日は台風接近という悪天候だったので、実際の参加者数はどうなったかまだ知らないが、会場はだいたいいつものようにかなり埋まっていたから、延べ参加人数としては600名は超えたのではないだろうか。
技術参事からは、タイトルや抄録提出等のご連絡のたびに「市民向けに分かりやすい発表を心がけて下さい」というお達しがあり、また、講演後には回収されたアンケートの結果が届き、どういう点が良かったのか、至らなかったのか、についてのフィードバックを受ける。
6回のシンポジウムのうち、4回ほど講演させて頂いたが、他の先生のご発表を聴くことができるとともに、自分にとって発表のための良いトレーニングであったとも思う。
また、領域内の研究はけっこう広い分野にわたっており、自分のようなネズミを使った分子・細胞・行動レベルの研究だけでなく、霊長類を使ったシステム系の研究や、赤ちゃんの発達そのものを観察する研究など、実験系などがかなり異なる研究者の間で相互理解を深めるのにも、報告会より平易な言葉で語られる分、良い効果があったと思う。
このような公開シンポジウムが組めたのは、JST側に専任の事務局体制があったからであると思う。
というのは、同じ脳科学の分野でも、他の領域のCRESTでは、ここまで大々的な公開シンポジウムは組んでいないからだ。
参加登録者が毎回とても多いのは、NPO「脳の世紀推進会議」などのメールマガジンのチャネルも使っているのと、参加者の満足度が高いことによってリピーターが半数程度にのぼることによるだろう。
私自身はこのCRESTプロジェクトの採択を5年前に受けたときに、「それなりの金額を頂くのであるから、やりたかったアウトリーチ活動にも費用を充てよう」と考えた。
媒体としては、HPを立ち上げるとともに、「ニュースレター」を年2回発行することとした。
CRESTプロジェクト「ニューロン新生の分子基盤を精神機能への影響の解明」
CRESTプロジェクトニュースレターBrain & Mind
ニュースレターの台割りや原稿依頼は自分で行い、上がってきたコンテンツを編集・デザイン・印刷して頂くのは外注した。
研究成果そのものを伝えることだけではなく、「研究に携わる人々」がいることを伝えたかったので、冒頭の「対談」シリーズとともに、若手研究者(ときには技術員の方も)に原稿を依頼した。
また、私自身が本好きだからだが「書評」コーナーでも毎回、1、2冊の書籍を紹介した。
余談ではあるが、その記事がきっかけで、塚原先生の『脳の可塑性と記憶』が岩波現代文庫として復活したことは嬉しかった。
配布先は、業界内の研究者にはアウトリーチ活動の参考になればと思って送り、その他は主に自分が主催する講演会(グローバルCOEの脳カフェ含む)や出前授業等の折に、参加者に配布した(郵送代を節約するため)。
販売する冊子ではないから、プロの編集者の手によるものとは歴然とした差はあるが、少しでも「手にとって開いてみよう」と思えるような、ヴィジュアルなものにしたいと心がけたつもりである。
HPについては、もっと動的に、更新頻度を上げたりできると良かったのだが、さすがにそこまでの余力は無かった。
私にとってCRESTの市民公開シンポジウムは、元々は「お務め」の範疇であったが、そのようなアウトリーチ活動を通じて得たものは多いので、とても感謝している。
HPやニュースレターはエキストラの「自発的」な取組である。
これは「やれ」と言われたことではないから、楽しみながら、やりがいを感じながらできたことだ。
もし「やりなさい」と言われたら、天の邪鬼な私は「そこそこ」の活動しかしなかったかもしれない(←うーん、実際は微妙かな)。
私は中学生時代に「雑誌の編集者になりたい」と思ったことがあるような人間だから、研究プロジェクトの冊子を作ることも苦ではなかったが、多くの研究者にとっては、そんなことは研究の本質とはまったく関係のないこととして「できればやりたくない」だろう。
「6000字で研究の紹介をしてください。関係する図に分かりやすいキャプションを付けて下さい」とコンテンツを依頼されれば、それに合わせて文章や図を用意するだろうが、どこまで「わかりやすい」ものになるかは、編集するサイドがかなり目を配らなければ難しい。
自分が関わってきたニュースレターでも、研究者ではない友人から「これでも難しいよ〜」と何度も言われた。
そういう「プロ」の目が必要であることは確か。
繰り返すが、研究者のアウトリーチ活動を推進するのであれば、そのためのバックアップ体制が必要だ。
そうでなければ「アリバイ」的にしかできず、それが果たして、科学者コミュニティーが社会と良いコミュニケーションを図ることに繋がるかどうか疑問である。