書評『美を脳から考える 芸術への生物学的探検』

書評『美を脳から考える 芸術への生物学的探検』_d0028322_23375549.jpg宝ヶ池は京都市内からかなり離れているが、今朝は6時に出発して、10時前に研究室に到着。
新幹線を乗り継ぐよりも、飛行機の方が早い。
ただし、空港までの間はタクシー飛ばして、だが(苦笑)。

まだ読みかけなのだけど『美を脳から考える 芸術への生物学的探検』が思いの外、面白いので、ご紹介。
1月21日(金)に市民向けに、神経美学の大家セミール・ゼキ先生のご講演や、先日お目にかかった宮島達男先生@東北芸工大との対談を企画しているので。




原著はインゴ・レンチュラーらによる1988年の本で、苧阪直行先生らによる翻訳本書が出版されたのが2000だから、ちょっと古いといえば古いのだが、「美」という、魅力的でかつ捕らえどころがないものに「生物学的に」アプローチするなんてことが、どれだけ可能か、というチャレンジとして非常に興味深い。

例えば、「美的バイアスの基本タイプは人に固有のものではない。…動物が非対称性や不規則性よりも対称性、規則性、秩序を好むという美的選好を示す…。」
また、私たちの知覚が秩序を求める傾向は、部分的には「情報処理能力に限界があることによる」と考えられる。
曰く「短期記憶は1秒当たり16ビットを処理する能力をもつと思われる。それ以下では退屈だと知覚され、それ以上だと緊張を与える。私たちはパターンの規則性を発見し、入ってくる情報の量を減らすための〈スーパーサイン〉をつくろうとする。」

ところで本書に1979年の時点で「未公刊」とされるダウヒャーH. Daucherの実験結果(オリジナルには19世紀にフランシス・ゴルトンによって最初に行われた)の図が挙げられている。
20枚の女性の写真を重ねて示すと、それらの特徴が平均化され、類型的な顔になるのだが、実はそのようにして合成された顔が「美しい」と感じられる、というものだ。
これらは「統計的学習」によって処理されていると、筆者のイレノイス・アイブル=アイベスフェルト(マックスプランク研究所人間行動学研究部門)は考えている。

ちなみに、私はこの話を別のルートから知っていたのだが、それは15年ほど前くらいだったか、日本人著者の論文が確かNatureの表紙を飾ったからだ。
私はかつて「顔の発生」を専門としていたので、そういう観点から面白いと思った。
その論文やNatureの表紙を探そうとしたのだが、どうしても探せない……うーむ。


あるいは「カテゴリー化」という認知処理機能も、子どもに生得的に備わっていて、カテゴリー化された図式的な知覚が、言語の前提条件の一つ、という指摘も、ちょっと心の中に止めておこう。

「…秩序を認知したいという私たちの衝動…がメッセージの積極的な発見に導く…そのとき大いなる報酬の経験(認知のひらめき)がともなう。この経験を通してメッセージは強化される。私の考えでは、これが芸術の基本的なはたらきである。…」


つまり、円や正方形、黄金比を持つ四角形等は「秩序」を感じさせて、安定的な快感を生みだすし、そうではない形態を認知した場合には、「理想=秩序」との差分によって、心が揺さぶられるのだろう。
by osumi1128 | 2010-11-11 23:31 | 書評

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