旅の終わりに:グローバル化って何?
2010年 11月 25日
帰りのボストン〜成田はユナイテッドでシカゴ乗り継ぎだったのだが、同じターミナルでゲートも近くて1時間しかなくても大丈夫だった。
ただ、シカゴのそのターミナルにはduty freeなどなくて(想定外……)、つまりこれはボストンから東京に飛ぶ乗客を想定しての便なのね、ということ。
出張を終えて思ったことなどを。
初めて海外に行ったのは大学2年の夏、母親が国際会議でカナダはトロントに行くというのに同行させてもらった。
当時の国際会議はアカデミックイベントと並行して行われるエクスカーションも多く、それはつまり「女子ども向き」で、お父さんが学会参加している間に、一緒に来た妻子が退屈しないように組まれているのだけど、今はいろいろな情報は簡単に手に入るし、「勝手にやってね」的なノリだ。
アカデミックイベントの方も覗いたはずだが、何の学会だったのかは思い出せない(苦笑)。
まぁ、特別な興味の無い者にとっては、どの学会も生命科学系なら似たようなものだが……。
自分の研究分野に関する国際会議としては、大学院の1年目の8月に開催された国際発生生物学会への参加が初めての経験。
開催地はロサンゼルス、岡田節人が学会長(学会全体の代表)として羽織袴姿でご挨拶されたのがカッコ良くて印象的だった。
あと、シンポジウムで発表する女性のPIや、乳母車を押しながら会場を歩いている研究者(男性も女性も)を見かけることも多かったのが、日本とは違うなぁという感想を持った。
この学会は自分は発表無し、自腹で参加したのだが、当時は発表された先輩にもどれだけの経済的サポートがあったのかはよく知らない。
というか、自分の研究費を使えるようになったのは助手になってからだし、実際には消耗品を買うので精一杯だったから、自腹参加がほとんど原則だった。
そういうこともあって、学生として参加した国際学会(国内もそうだが)は自由なスケジュールが組めた。
確か、あのときは車好きの先輩がサンダーバードだったか何かの「アメ車」のレンタカーを借りられて、学会後にロスからサンフランシスコまでの間、ヨセミテ国立公園やフレスノ、モントレーなどの名所を訪れるツアーに行った。
その帰りに日航機の事故が起きたことは、あちこちで触れたが、そんな意味でも思い出の多い国際学会だった。
今回、サンディエゴの北米神経科学大会には、ほとんどの学生さんとポスドクさんは東北大学脳科学グローバルCOEの支援(支倉フェローシップ)を受けて参加したが、こういう場合には学会後に数日遊んで帰る、なんてことはできないルールになっている。
だが、このスタンダードは国際的に見ると「例外的」だ。
学生やポスドクに限らず、自分の研究費で参加する研究者でも、「せっかく時差もあるところに行くのだから、ついでにいろいろ回ってみよう」「風光明媚なところに行くのだから家族も一緒に連れて行って休暇を一緒に過ごそう」というのがグローバルスタンダードなのに、日本ではそういうことがしづらい。
もちろん欧米でも家族の分や休暇の分はもちろん研究費からの支出ではないのは当たり前だが、「仕事で〈出張〉に行くのだから、終わったらとっとと帰るべき」というのが日本のルール。
しかも(カラ出張ではないことの証明のために?)旅費の見積もり・請求・領収書という「三点セット」に加えて航空券の「半券(英語ではtubと言います)」の提出が必要で、これは外国からの招聘者にも当てはまる。
とくに、帰りの半券は「申し訳ないけど、Japanese stupid ruleなので、帰国したら送ってね」と言うのだが(だって、日本に仕事で来たのなら、当然帰るはずでしょう。不法労働者じゃないんだから)、もし紛失したら招聘した私が「始末書」を書くことになる(英語で書いてもらっても、その翻訳が必要だしね…)。
会計検査院のチェックが入る際には、これらの証拠書類がきちんと揃っているか、などが厳しく調べられる……やれやれ。
こういう細かいことを要求する日本人の体質は、誰かを首相に担ぎ上げておいて、ちょっとほころびが出るたびに大声で糾弾し引きずり下ろす、なんてことが繰り返されているのにも繋がっているだろう。
もっと合理的に考えて、全体の仕事が少なくなるようにして、皆がラクをするようにできないものだろうかと改めて思う。














