苦節15年の論文掲載など……
2010年 12月 22日

アメリカの郵便ポストはかなーり地味だ。
昨晩「ポストってどの辺にあるのかな?」と現地日本人の方に問うたところ「ゴミ箱みたいなヤツですよ」と言われて、今日、郵便局まで歩く覚悟でいたら、案外近くに発見。
1個発見すると、もっと近くに(通りの反対側なのだけど)も発見。
うーむ、なんだか学部生の頃の組織学の実習を思い出す。
「これこれの細胞を見つけてスケッチする」のに、最初はどれがどれだかプレパラート標本を見てもわからないのだけど、1個見つけると、あ、ここにも、そこにも、……と見つけられるようになる。
形態認識って、そんな風に何か抽出とか一般化などの処理がなされてるのね、きっと。
さて、本日は人生節目の日でした。
研究者にとって「論文」というのはプライオリティーのトップにくると思っている。
(学者にとっては書籍だと思うが)
それは、その研究者のアイデンティティーの表出でもあるし、多くの場合に国民の税金を元にして為された研究成果を社会に還元する手段でもある。
だが、リアルな研究社会において、論文発表というのは、必ずしも簡単なことではない。
例えば、本日、PLoS ONEというオンライン雑誌に掲載された論文は、実に15年もの年月がかかっている。
Umeda, Takashima, Nakagawa, Maekawa, Ikegami, et al.: Evaluation of Pax6 Mutant Rat as a Model for Autism. PLoS ONE, 5(12): e15500. doi:10.1371/journal.pone.0015500
この論文では脳の発生に重要なPax6遺伝子が自閉症の発症に関係するかどうかについて、Pax6遺伝子変異ラットを解析したものだ。
Pax6遺伝子がマウスおよびヒトで初めて見つかったのは1991年。
我々のグループは独自に小眼症を示す自然発症のラットの系統の原因遺伝子が、やはり同じ表現型を示すマウスと同様に、Pax6遺伝子であることを1993年に報告した。
元々は眼の発生に重要な遺伝子として注目されたのだが、中枢神経系でも働いていることがわかり、脳や脊髄の発生に関する研究にも展開した。
脳幹部の運動ニューロンのサブタイプ分化に関係することを報告したのが1997年。
Pax6は発生初期に大脳皮質でも強く発現しているため、何か精神疾患等とも関係していないだろうか、と考えるようになった。
直接的なきっかけは、PAX6に変異を有するメンバーが社会性の異常や前頭葉機能の異常を示す、という家系についての1999年に為された症例報告だ。
(その後も精神遅滞との関係などが報告された。)
だったら、やっぱりこの変異ラットの行動解析を行ってみようと考え、当時、三菱化学生命科学研究所におられた井ノ口馨先生にご相談した。
(後に分かったことなのだが、井ノ口先生は高校の先輩でもある)
当時は、統合失調症に関係するかと思って解析を始め、そういうストーリーでまとめた論文を2003年頃から投稿したりもしたのだが、不採択の結果を受けて、さらにデータを足していった。
そうこうする間に、2008年、PAX6遺伝子の異常を伴う自閉症患者についての報告が為された。
え? と思って文献を当たると、米国を中心として精神疾患の全ゲノム解析の結果、2007年の論文にPAX6遺伝子座が存在する11番染色体短腕の領域と自閉症が関係する可能性がある、ということが書いてあった。
そう思って振り返ると、実はPax6/PAX6遺伝子が同定されるに至ったきっかけというのは、WAGR症候群という先天異常なのだが、その患者の20%は自閉症を伴うということになっている!
人間というものは観念に囚われやすく、科学者とて同様。
「統合失調症かな?」と思っていると、「統合失調症の表現型と自閉症の表現型は、オーバーラップする部分がある」ことは見落としてしまう……。
でもって、2008年以降、方向転換して自閉症関係でストーリーを立てることにし、追加の解析について、福島医大の小林和人先生や、理化学研究所(当時)の岡ノ谷一夫先生にお世話になることにした。
さらに、理化学研究所の吉川先生には別途、自閉症患者さんのサンプルについて、PAX6遺伝子に異常がないかどうかの再チェックを御願いし、こちらについてはポジティブな結果がすぐに出て、2009年のうちに報告して頂いた。
……そんな訳で、いろいろと思い入れの大きい論文だ。
個々のデータの間には不明な点がまだ多く残されており、それらについて、今後さらに解析を進める予定にしている。
実は今回、ハーバードの内田研と共同研究を始めて、私自身で行動解析の実験を習っているのも、その一環である。
研究というのは、決して3年や5年の研究プロジェクトで完了するものではない。
そして、ついついくじけそうになる心を強く持って、論文として世の中に発信していかなければならない。
……という訳で、本日は節目の日。
これまでお世話になったすべての方々と、実験に使われたラットに感謝を込めて、一人ボストンで祝杯を上げる。
(帰国したら、打ち上げしましょう>関係各位)