ハニアの街:その1

下手くそな鉄琴のような音で目が覚めた。
ちょうど7時だったから、近くに教会でもあるのだろう。
ハニアはギリシア語ではΧανιά、英語表記ではChaniaとなり、クレタ島の真ん中北の海沿いの県の名前でもある。
東ローマ帝国支配の後、かつてオスマン・トルコ帝国領であったこともあり、イスラム風の教会も建っているが、基本的にはビザンチン文化の末裔か。
種々のカルチャーが混和・融合しているところにそそられる。
ハニアの街:その1_d0028322_21263713.jpg

学会は明日からなので、今日はお昼を食べがてら、灯台を臨むエリアをちょっと歩いてみた。
方向音痴ゆえ、一人で遠くまで探索行動をすることはないのだが、街歩きは好きだ。
連れてきたデジカメ(今回はLumix)でいろいろな被写体を風景から切り取るのも楽しい。
とくに古くから人が住んできた土地には、なんとも言えない暖かさがあって、昔の建物(震度3くらいで崩れるんじゃないかと思えるくらいだが)を利用しつつ生活が地に着いているのがいい。




ハニアの街:その1_d0028322_21282491.jpg

まぁ、観光地だから土産物屋が多いのは当然だが、それにしてもカフェやらレストランやらバーやらがそこら中にある。
朝から営業している店、ランチからの店、夜にならないと開かないと思われる店、写真付き英語メニューを用意した観光客目当てもあれば、地元の人が午前中から入り浸っているようなところもあり。
食べ物商売で経済を支えるのは大変なことだろうが、人間生活にいちばん基本で、ローカルな食材で成り立たせていれば、とことんエコなのかもしれない。
以前、サントリーニ島に行ったときも思ったことだが、思いっきり観光客向けの土産物屋だけでなくて、とてもアーティスティックだったり専門的な店もそこそこあるのが目を楽しませてくれる。
本屋だったり、アクセサリーの店だったり、古地図を打っていたり。

ハニアの街:その1_d0028322_21293276.jpgところで、311震災のときにちょうど上海土産の翡翠のペンダントを身につけていた。
震度7でも生き延びられたのはそのお陰のような気がしていて、以来、お守りのようにしばらくずっと身につけていた。
この2ヶ月は他にも緑色のアクセサリー、例えば祖母の形見の指輪、母のコレクションからもらった(失敬した?)ネックレスなどをまとうことが多い。
さすがにヨーロッパまでくれば、いくらなんでも余震の心配も無いだろうと思ったのだが、昨晩チェックインした部屋が、まぁ、なんと、こともあろうに……「311号室」だった(溜息)。
よっぽど変えてもらおうかと一瞬考えたが、きっとこれも何かの思し召しと思ってそのままにした。
……なので、本日、速攻で翡翠のブレスレットを購入(苦笑)。
ま、これで一安心かな。
by osumi1128 | 2011-05-18 21:39 | 旅の思い出

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