白川静

今回の出張のお供に連れてきた本は、中公新書の『漢字百話』。
白川静著、初版が1978年で、私が求めたのは2002年の第24版。
凄いロングセラーだという理由が読んでみて分かった。
一つも古さを感じさせないのだ。

ちょっと象形文字について調べたいと思って、Amazon(インターネット本屋の草分け)で数冊購入した中で、読み応えがありそうだと思って持ってきた。
(複数の文献に当たるのは研究者の鉄則だ)
この本には、様々な漢字の起源について、甲骨文、金文に造詣の深い筆者が字形学的な解説を加えている。
これまで、なんだかこじつけだなあと思っていた象形文字や会意文字について、目から鱗の説が書かれていて驚いた。

例えば、「口」が付く漢字には三系統あり、耳口の意味での口から派生した漢字はむしろ少なく、一番多いのが、神に祈り霊を祀る祝詞(のりと)を入れる器を象徴するもの、次いで区画や囲われた場所を示す意だという。
「名」という字は「夕には口で名乗る」式に説明されることが多いが、そうではなく、この字の上部は「祭肉」を、下部が祝詞を入れる器を表しており、子供が成長して一定の年齢に達したときに、氏族員としての「名」が与えられ、それを祖先の霊に報告する、その儀礼を表す「映像的字形」なのだ。
筆者は、様々な呪術や神や祖霊との交流の儀式が盛んに行われていた三千年以上前の生活習慣に遡り、漢字の本意を説き明かしていく。
象形文字は、具象というよりは象徴であることを知った。
つまり、多くの漢字はまさにビジュアル系なのだ。

彼の学説は約30年前、当時の学会に新風を巻き起こしたものであったらしい。
なぜなら、それまでの権威による説は甲骨・金文時代の出土品がない頃、篆書などをもとにした想像であったからだ。
新しい証拠が新しい学説を生むのは、どの世界も同じだと思った。

もう一つ興味深いと思ったのは、一つの漢字にさらにパーツを足して新しい意味が生まれたり、ある漢字が表す意味が膨らんでいったときに、そこから派生させたちょっと違う漢字に特別な意味を与えていったということ。
まるで遺伝子重複とその機能分担のようではないか。

とにかく、720円の新書ながら、その情報量はかなりのもので、実はまだ最後までは読み終わっていない。
研究者の多くが学者ではない時代に、この人は本当に学者なのだと感じた。


ふと、ホテルの部屋に置いてあった『風の旅人』という隔月誌をめくると、巻頭のエッセイを書いているのが、なんと白川静だった。
なんたる偶然、と思ってプロフィールを読んでみると、
<以下引用>
20世紀の日本が生んだ世界の大学者。博大すぎる学識と独創性のため、孤高の道を歩んできたが、近年、急速にその偉大さが認識され、立て続けに大きな賞を受賞する。中国や日本の神話、漢字の起源、民俗学を融合した白川静学は、中国の歴書上の大学者の論を超越する。80歳を超えて、字統、字訓、字通という数千ページにもわたる漢字と古語に関する辞典をたった一人で完成させ、世間をアッと言わせる。94歳の現在でも、並外れた探求心を持ち、時代感覚も抜群であり、学問の総合力はいっさい衰えを見せていない。2004年、文化勲章受章。
<引用終わり>

文化勲章というものは、まさにこういう方にこそ相応しい。
ただし、その栄誉を93歳まで与えなかったというのはどうかと思うが。

かつて日本の文化はこのような映像的漢字をも取り入れ、さらに仮名文字をあみだし、中国の文学等も貪欲に取り入れ、消化するエネルギーを持っていた。
やたらカタカナの多い昨今のIT業界やバイオ業界を支える人間には、日本語化するだけのエネルギーがないのか、それとも物事の移り変わりが早すぎるのか・・・
事情は外来語に音で合わせた漢字を当てる中国の現在も同様といえる。
by osumi1128 | 2005-07-25 22:57

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