Rusty
2005年 07月 28日
トークでは話さなかったデータについても情報を得ることができたし、こちらの仕事の内容をかなり印象づけることができたと思う。
夜はシンポジウム関係者とともに中華街に繰り出した。
みなとみらい線に初めて乗ったが、クイーンズスクエアの真下に乗り入れていて非常に便利。
中華街駅から中華街にも数分の近さだ。
逗子というところに長く住んでいたので、横浜は庭のような気がしていたが、なんだかすっかり観光地化されてしまった気がする。
内輪の懇親会に集まったのは総勢30名。
大きなテーブル3卓で、フリードリンク&7品くらいのお料理で食べきれないくらい。
Gageの隣だったので、さらにいろいろくだけたお話ができた。
彼のいるSalk Instituteに2年前にヴィジットしたとき、それまで面識がなかったのだが、以前HFSPのグループだったSam Pfaffに紹介してもらって、初めて30分くらいディスカッションした。
現在奈良先端大にいるNさん(これってイニシャルにしてもほとんど意味なし)にも、このとき初めてお目にかかり、先日セミナーに来てもらった次第。
その折に、Samが「Rusty、ディスカッションの時間あるって」と言って、「Rustyって誰?」「ああ、Dr. Gageのことだよ」「なんでRustyなの?」「うーん、よく知らないけど、小さいときからのニックネームで、みんなそう呼んでるね」
・・・という訳で、彼をファーストネームで呼ぶ際には、知っている人は皆「Rusy」と呼ぶ。
同じテーブルにいた人が、「Rustyって、ちょっと変な名前ではありませんか?」と聞いた。
(rustyとは、さびた、とか鈍い、とか嗄れた、など、ややネガティブな形容詞だ)
Rusty曰く、彼の曾おじいさんも、おじいさんも、お父さんもFred某というファーストネームで(非常に珍しい!)、彼の小さいときには彼の周りで「Fred」といえばおじいさんのことを指し、お父さんが何というニックネームだったか聞き損ねたが、彼はだからRustyと呼ばれていたとのこと。
そして、彼は比較的若くして結婚したとのことで、奥さんは彼のことを昔からのニックネームでRustyと呼ぶので、周りの人たちが自然とRustyと呼んでしまうようになった。
「新しい職場でFredという呼称を浸透させようとしたんだけど、やっぱり駄目なので諦めたよ」
ちなみに、San DiegoにはRustyナントカというサーフショップがあるとかで、彼はRustyと書かれたTシャツをたくさんもらってしまうとか。
Rustyはもう何度か来日されているが、一番最初は20年前、横浜とSan Diegoが姉妹都市で、何か記念の行事があって、その折に何人かの科学者が招待されたときとのこと。
先日このブログに仙台とSan Diegoの関係について書き込んだが、横浜と姉妹都市だとは知らなかった。
確かに、陽光溢れる海岸、というイメージだと、横浜の方が暖かいから近いかもしれない。
でも、横浜って港はあるけど、いわゆるビーチはないのだが・・・
(なんかちょっと悔しい気持ちだったりして・・・)
今度是非Salkでセミナーをして、その折に仙台エリアと聖Diegoとの関わりについて宣伝してこなければと思った。
追伸:
彼のお子さんはお嬢さん二人で、Fredの名前の継承は彼でいったん途絶えたらしい。