学会の国際化

やれやれ、仙台はやっぱり涼しい。
まだ梅雨が明けておらず、今日も夜に雨。

数日ラボを空けるとそれなりに仕事がたまる。
最近はメールの転送をチェックしていて、半分くらいは片づけておくのだが、やっぱり大学のアドレスから返信しないと困る場合などもあり、まずは受信簿の仕分けをして、すでに用事は済んでいるもの、今すぐ返事を書いてしまって片づけるもの、少しゆっくり時間をかけて対応すべきものに分類する。
(これはホリエモンのメール術に準拠している)

学会のことで一つ書き忘れたことがある。

日本神経科学学会は、北米、欧州に次ぐ神経科学の第三の拠点を目指しており、数年前から「国際化」の取り組みが始まった。
日本の学会では「国際化=英語化」を意味する。
今年はより徹底してきていて、すべてのシンポジウムは英語になり、タイトルは英語併記(英語のみでも可)、ポスターやスライドの内容は英語、一般の口頭発表は日本語可、というルールだった。
また、海外からの若手研究者の参加を促進するためにTravel Awardを出し、アジアやオリエントからも参加者があった。
抄録集のプログラム一覧のところに英語が併記されていないなど、まだ見落としがあったものの、東大の宮下大会長のご努力により、全般的に昨年よりもかなり英語化されてきた。

シンポジウムで外国人のゲストスピーカーがいなくても英語というのは、きっと演者も聴衆の大多数も抵抗があったことと思う。
だが、フロアには「日本語が不自由な人」が少しでもいるかもしれないので、英語を使おうという主旨に従ったのだ。

シンポジウムは、いわば大人の発表が多いから、まだそんなに問題はない。
だが一般口演で、日本語でのオーラルも経験が浅い(おそらく学生さんと思われる)人が英語で発表すると、まあ、発表は相当練習もするだろうから良いのだが、質疑応答になるとボロボロ、メタメタになる。
これは仕方ないとはいえ、本当に良いのかどうか・・・

すべての学会で英語化が進むと、それに対応すべく、ラボでも英語のトレーニングを強化しないといけなくなるだろうが、それは本来「研究」を教える指導教員に求められることなのだろうか?
本音はもっと以前に学部あたりでこなしておいて欲しいと思うし、でも自分のところの学生に恥をかかせたくない(→自分も恥ずかしくないようにしたい)。
英語のトレーニングに時間を費やして、本来の研究遂行が遅れても構わないとすべきなのかどうか?
悩ましいところだが、私自身は大学院生には後々まで役立つ基礎体力(基本的な文章力、プレゼン力、コメント力など)を、研究技術と並行して養って欲しいと考えている。

さて、この英語化でもう一つ気が付いたのは、英語で発表すると日本語より難しいことが言えなくなるため、少々遠い分野の研究内容もスピードが遅く、分かり易く、その結果、臆せず質問できるということだ。
私は発生生物学→神経発生学と進んで、さらに現在では心の病気にからんだところまで気になっている。
昨年の学会まででは「精神疾患」とか「行動解析」などのセッションで積極的に質問することがなかったが(先に専門家が専門的な質問を始めてしまうので)、今年はかなり突っ込みを入れることができた。
・・・という訳で、これはちょっと変わった英語化の効用。

それにしても、ある外国人スピーカーは非常にスマートなPowerPointを作っていて、とても参考になった。
カスタムなアニメーションもさることながら、画面の端に今どのポイントを話しているのかがナビゲートできるようなサインを入れていた。
さっそく取り入れてみようと思った次第。
他人の発表というのは、中身に興味がなくても無駄にはならないものだ。
by osumi1128 | 2005-07-30 00:36

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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