DNAの糸
2005年 08月 03日
これは主としてエンジニアなどを対象とした再教育プログラムで、バイオ系、メディカル系の講義と実習を行うというものだ。
今年の3月に第1回目の実習を行って、今回は2回目。
実習書も充実してきた。
分子生物学と細胞生物学を3日間でどんな実習にするかについて、昨年スタッフと話し合って、ラット肝臓からのゲノムDNAの抽出と、それを鋳型としたPCRを分子生物学実習とし、細胞生物学では培養細胞に細胞内小器官特異的遺伝子発現コンストラクトを導入して、蛍光顕微鏡写真を撮影するというプランにした。
残りの2日はウサギを用いた生理学実習および解剖実習だ。
18名の受講者は性別も年代もさまざまだが、皆とても熱心だ。
講義のときも寝ている人はほとんどいない。
普段の学部や大学院の授業とはエライ違い。
こういうモチベーションの高い人ばかりだったら、教える方も張り合いがあるというもの。
今回はバイオ系の実験はほとんどしたことがない受講者ばかりだったので、彼らにとってはすべてのことが「新鮮」な驚きだ。
年をとってもこういう驚きや発見をするのは、さぞかし楽しいだろうし、それを見ているお世話係の私たちも、とても嬉しい。
さて、実は昨日、つまり実習2日目の終わりにPCRの結果を電気泳動して確認する段になって、実験が上手くいっていないことが分かった。
最初に肝臓からDNAを抽出する段階で、すでに「いつもと違う」様子が見られたし、さらに言えば、初日の朝、組織抽出液に10%SDSという界面活性剤が入っているのだが、その液を氷上に置いておいたものが濁らないのも変だという所見があった。
にもかかわらず、「たぶん大丈夫」ということで実習を進め、でも結果として、まず回収できたDNA量があまりにも少なく(しかも実はほとんどゲノムDNAではなかった)、PCRはうまくいかなかった。
急遽、前回の実習で行ったときの電気泳動写真のjpgファイルからプリントしたものを配り、どの遺伝子を増幅したかというレポートに間に合わせた。
学生時代、実習というものは、まあそこそこ上手くいくのが当たり前だった訳だが、自分で実験をするようになると、実験と実習は非常に違うということが分かる。
教員の立場になってみて初めて、実習が先生方の努力の賜物であったことを知る。
うちのラボは学部の実習を担当していないので、このREDEEM実習が初めての経験だった。
つまり、まだ駆け出しである。
責任感のとても強い実習の中心スタッフは大いに落ち込み、「なんとしても、受講者にDNAを見せたい!」と、昨晩遅くまでその準備をした。
彼女のアシストをしているテクニシャンもそれに付き合って頑張った。
さらに巻き添えを食ったのは、そのスタッフのご家族だ。
大学の近所で一緒に夕飯を外食した後、スタッフはラボに戻って、DNA抽出の各段階の溶液を準備した。
翌日、お料理番組よろしく、「このホモジェナイズした液にProKを加えると、こちらになります・・・」とやろういう訳。
さて、今日の午前中に培養細胞の固定から洗浄が一段落したところで、件のDNA抽出ダイジェスト版をデモンストレーションし、最後、フェノール・クロロホルム抽出した液を受講者に配り、最後の「エタノール沈殿」のみ自分達で行ってもらう。
皆、本当に上手くいくのかドキドキしながら、ゆっくりエタノールを加え、15mlのファルコンチューブをゆっくりゆっくり振ってみると・・・
「あ、見えました!」
「凄い!!!」
「これがDNAなんだ!!!」
という声があちこちから上がる。
昨日の失敗体験を共有しているために、今日の成功に思わずどこからともなく拍手。
その場にいたスタッフ一同、ほっと安堵の胸をなでおろしつつ、じんわり感動。
「自分が溶液調整をトラブったのでは?」と悩んでいたテクニシャンは、ちょっとウルウル状態。
「良かったね!」と肩を抱いて喜びを分かち合う。
受講者の多くはDNAをお土産に持って帰りたいということになった。
おそらくこのブログを読まれる方はバイオ系研究者が多いようなので、そんなごく普通の実験で、一体何が感動的なのかアホらしいと思われるかもしれない。
上手く伝わらないのは私の筆力のためでもあるが、その場の空気を一緒に吸っているかどうかで大きく違うということもあるだろう。
でも、こんな素朴な感動を持ってもらえるだけで、たくさんの準備や細かい実習指導の甲斐があったと報われる気持ちになれる。
私が研究所よりも大学が好きなのは、たまにではあっても、こんなことがあるからなのだと思う。