自閉症のシンポジウムに参加した
2011年 11月 12日
2日半でスピーカーが25人、ポスター発表が111題、参加者はおそらく200名超えという規模で、予想よりも大きかった。
Simon FoundationやAutism Speaksという自閉症の患者団体関係者(多くはご家族)も50名くらいは参加されていたように思う。
スピーカーの方々は臨床家が1/4程度で基礎研究者が多かったが、その中にも、例えば先日の神経科学大会関係で仙台でもセミナーをして頂いたRicardo Dolmetschのように、息子さんなど身近に自閉症の家族がいるという方もあった。
このシンポジウムにFrom Mechanisms to Therapiesという副題が付いているように、病態や病因のメカニズムを理解することが治療法の開発に繋がると信じて我々基礎研究者は研究しているが、治療に繋がるまでにはかなりの時間がかかる。
心理学的介入以外のアプローチとして、自閉症の「治療薬」として開発中のもの一つにオキシトシンがあるが、ここではさらに別のターゲットを例に取り上げよう。
(図はマサチューセッツ工科大学のMark Bear博士の発表を参考にした)

遺伝性の精神発達障害の1つに脆弱性X症候群(Fragile X Syndrome)があり、自閉症様の症状を合併する。
この病態が報告されたのが1945年だが、原因の遺伝子としてFMR1が同定されたのは1991年(ゲノム解析の手法が著しく進展した現在では、このステップはもう少し早いかもしれない)。
次に、病態を理解するために為されたのは、遺伝的改変がしやすいマウスを用いたモデルを作製することである。
マウスのFmr1遺伝子が同定され、その欠損マウスが作製され、認知機能の低下等のヒトと類似の病態の再現性が報告されたのは1994年である。
このマウスを用いて、原因の細胞レベルのプロセスが理解されたのが2002年。
mGluR5というグルタミン酸受容体の機能が亢進していることがわかったのだ。
それならば、異常に亢進している受容体機能を押さえればよいだろうと考えられる。
この受容体に特異的な化合物が探索され、「マウスの病態を治療できる」ことが2007年に報告された。
2011年の現在、米国では患者さんに対する「治験」の第II/III相が行われている。
これがうまく行けば、脆弱性X症候群の患者さんや、同様にmGluR5が亢進している可能性のある患者さんの治療が可能になるかもしれないと期待されている。
この例では、病気の発見から治験まで50年以上かかっている。
現在では、遺伝子の同定までのプロセスはかなり短縮してはいるが、それでも、治験の結果が出るまでには20年以上が見積もられるだろう。
2日目の夜にスピーカーを囲むディナーが開かれ参加したのだが、同じテーブルの向かい側に座っていた女性は9歳になる息子さんが自閉症だと言う。
「てんかん発作も多いので看病もあり、フルタイムの仕事に就くことができません。なので、患者団体のボランティアをしています」
元々は経済学系の学部を出て、証券会社かどこかで働いていたらしいのだが、「Shank3(自閉症責任遺伝子の中でも解析が進んでいるものの1つ)のノックアウトマウスの病態についてまとめてみました」といって一覧の表にしたものを見せてくれた。
英語が科学の世界の国際語として使われているため、英語に不自由しない人は市民でも科学論文を読んで理解しやすいという意味で、そうではない人に比べて圧倒的に有利だなぁと思った。
米国の患者団体は(fund raisingは大変だとは言っていたけど)大金持ちからの寄附もあって規模も大きく、直接、研究費を出すところも多い。
基礎研究者であっても研究成果の発表の折などに、直接、患者さんの生の声に接する頻度は、日本よりも圧倒的に高いだろう。
日本の現状では寄附に関する税制が異なるので現状では難しいが、基礎研究費の中で、このような「出口に近い・出口を見据えた」研究については、患者団体等の私的な団体からの資金が活用しやすくすべきかもしれない。
「資金は上に行ったり下に行ったりする間に目減りする」ものだから。
ただ、その場合にはどうしても「治療に繋がる」研究が重視されるであろうから、「マウスを用いてしっかり理解することも大切」だし、何に発展するかもわからない「真理の探究」も不可欠であることを担保する仕組みも残しておく必要がある。
基礎研究無しに真のイノベーションは生まれない。