『シアター』を読みつつ理系キャリアパスについて考える
2012年 01月 07日
今週一杯くらいは「明けましておめでとうございます」のご挨拶で大丈夫ですよね?
お年賀状を出せなかった方にこちらを(今年のネタ=研究成果は博士研究員の山西恵美子氏のものです)。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨年から有川浩づいていまして、年末から立て続けに、自衛隊三部作(『塩の街』『空の中』『海の底』)およびそのスピンアウトの『クジラの彼』と『シアター!』および『シアター!2』をいずれも文庫本で読了しました。
どの作品も人物の書き分けが上手いなぁと思います。
(専門用語では「キャラが立っている」と言うのだそうですね。)
『シアター!』および『シアター!2』は「シアターフラッグ」という小劇団が存続の危機に陥り、それを劇団員+主催者の兄が立てなおしていく、という主軸のストーリーに、登場人物間のこまごまとした人間模様が織り込まれているのですが、ここでは書評のようなものを書くつもりではありません。
「演劇」という世界のビジネスやキャリアパスを読みながら、思わずサイエンス業界と比べてしまったのです。
「シアターフラッグ」は主催者である春川巧が大学時代に仲間と結成して、そこそこの観客動員数を誇るところまで成長した小劇団なのですが、その間に300万円という借金ができてしまった、というのがことの発端です。
巧の兄の春川司はいわゆる普通のサラリーマンで、その借金を肩代わりする代わりに「2年間で劇団の収益を上げて300万円を返せ。でなければ劇団を潰せ!」という条件を突きつけます。
実は巧と司の父親が売れない役者だったので、司は巧をそんな世界から救済したいとも思っていたからです。
劇団というものは、ごく一部、商業的に成功しているケースを除いては、売れなくて当たり前。
劇団員は皆、普段はバイトや派遣をして生活費を稼ぎ、あるいはオーディションを受けてメジャーになることを夢見つつ、劇団としての公演を行う。
公演のチケットは売れない場合には団員がノルマで買い取り、知り合いに配って見に来てもらう。
劇団員は(よっぽど収益が上がっているところ以外は)無給、でも、舞台関係のプロ(舞台装置の作製、照明、衣装など)には結構な(暴利な?)お金を支払う。
でもって劇団員にとっては、そのあたりの算盤勘定がきわめてドンブリ。
なぜなら、役者はそういうところに気を遣う暇があったら、芸を磨くべきと思っているから。
成功する劇団はごくごく一部なので、生活の基盤は別に置きつつ、趣味として演劇を続ける人もいる。
……ちょっとサイエンス業界と似ているところ、ありますよね?
職業としての俳優・女優・役者の方が、科学者よりはるかに長い歴史がある訳ですが、その昔、ルネッサンスの頃は科学者も大金持ちのパトロンに雇われていたりしました。
あるいは、生活に困らない修道僧や貴族やお金持ちが趣味的に行なっていたサイエンスもありますね(メンデルの法則のメンデルさんにしろ、ダーウィンにしろ)。
それから数世紀の間に著しく発達した科学は、もはや「趣味」として関われるレベルではなくなりました。
(もちろん、ごく一部では、例えば在野の天文愛好家が新星発見などで大きな貢献をする場合もありますが、ライフサイエンス系ではまずもって難しいです)
広く深くなった科学の知識習得やトレーニングのために必要な教育期間もどんどん長くなり、そこには国の予算がつぎ込まれます。
そして、新しい発見をするための研究も、多くの場合、税金で支えられています。
……なので、やっぱり、サイエンスも基本は「好きでやっている」のではありますが、演劇の世界とは異なるのです。
折しも、ボストン在住の友人に「米国ではやっぱり良い職業に付くために高学歴をめざす」というNew York Timesの記事を教えて頂いたところでした。
そういう意味で、日本において高度な科学の知識やスキルを身につけた人材がどのように生き生きと活躍することができるのか、社会として考える必要があると思います。
そんなことを考えた『シアター!』でした。
【参考】
科学技術・学術審議会 人材委員会(第 57 回) H23.12.20:資料(PDF)
The New York Times (1/7付web記事):Want a Job? Go to College, and Don’t Major in Architecture
『シアター!(有川浩著、メディアワークス文庫)』